19:師匠とりひたん
大気中の魔力は白い方が吸い取った。
後は出方が分からない黒い方。
魔弾と槍を降らせるのも飽きてきた。
そろそろ、僕らも動く必要があるだろう。
「ん〜!見分けがつく外見してくれて助かりますねぇ!動きも把握しやすいのなんの!」
「一咲さん。そろそろ僕らも動こうか」
「ん?このままでよくないっすか?安全圏で殴るのが一番ですよ。二人とも、厄介そうなんで…」
「せっかくリュミエール貸したんだから、もう少しなんかないの?」
「…いいっすね。どっちが師匠の獲物にしたいですか?」
「両方。君は?」
「私も両方なんですけど、どちらかと言えば白い方」
「了解。僕が黒をやるよ。お互いそっちをメインに狩ってやろう」
「上等っすね!じゃあどっちが早く終わるか競いましょうよ!」
「リュミエールでブーストしている分際で競うとか、君もなかなか面白いこと言うようになったじゃないか」
「まずはお前の口から塞いでやろうか」
「この後でね」
魔法を放ちつつ、お互いに下降を始める。
僕らの行動に彼らも対応したらしい。それぞれ僕らに合わせるように動き出す。
「ん〜。杖を使っていない方が師匠っぽいけど…ノルド」
「それぞれで対応といいたいところですが、あの頭が白いのはなかなかに難敵そうです。あれは放置して、弟子の方を瞬殺しましょう」
「それもそうだね。前は任せたよ、ノルド」
「後ろは任せます、先生」
最も、二人とも僕を警戒して先に一咲さんを潰すように動き出してしまった。
やれ…ここでも警戒される身か。
仕方が無い。
「かずささ〜ん!両方そっち行ったから頑張りな〜!」
「何か強そうなの二人を同時に相手取れってか!?」
「君ならできる!なんせ僕の弟子だから!」
「ちくしょー!…って、白い方りひたんか!?なんでこんなところに!?」
「…りひたん?」
「りひたん?」
「…そんな呼び方する子、数千年生きていてもエイルシュタット君しか…」
白い方の魔法使い———りひたんと呼ばれた男は一咲さんを凝視して、目を見開く。
「…君、なんでエイルシュタット君と同じ魔力紋をしてるの?」
「え」
「え」
「先生遂に耄碌しました?」
一咲さんは杖を収め、同時にりひたんも杖を収める。
ここで油断せずに一咲さんを襲撃しようとしたノルドとかいう魔法使いの動きは僕が魔法で御し、互いに動きを止め合った。
…まさかあの状態で他人の魔力を判別できる存在がこの世界にいるとは思わなかった。
◇◇
遠目だったから全然分からなかった。
だけど近づけば、流石に彼がどんな存在かはすぐに理解できた。
三年間世話になった恩師の顔を忘れてしまうことはあるだろうけど…彼ほど印象深い人物を、私が忘れることはない。
「りひたん…」
「…君、どうしてエイルシュタット君の魔力紋を?」
「話せば色々と長くなるんですけど…」
「どんな突拍子のない話だろうとも、信じるから話してくれ」
「…!」
「魔力を持った存在にはそれぞれ魔力紋がある。性質を偽造することはできても、紋様を変化させることはできない。それは魂に刻まれた紋様なのだから。それに変化を与えるということは、魂に損傷を与えることに他ならない」
「…そう、講義で言っていましたね」
「覚えていてくれて何よりだよ。それで君は…」
「色々あって、ノワの身体が呪いに侵されていまして。今は魂を仮初めの身体に…こうしないと、死んでしまうレベルだったので…」
「先日聖教都市に現れた怪物が原因かい?」
「如何にも」
「君ほどの魔法使いでもこうなるとはね…旅は険しいか」
「魔王の娘を名乗る存在の襲撃があって、こうして命があるだけ十分ですよ」
「そうかい…でも、敵の戦力を大幅に削ぐことには成功したようだね」
「ええ。身体はあれでも、十分な戦果は得られていると思います。今は浄化方法を探している最中です。ここに立ち寄ったのは…」
「オードガリアに棲まう、浄化の力を持ったガリアで浄化を試みようと考えているのかな?」
「そんなところです。こんな姿ですが、お久しぶりです。リヒター先生。まさかこの姿でノワだと見破られると思っていませんでした」
「君の先生だよ?教え子の魔力を見間違うほど、私も衰えてはいないからね」
流石りひたん。この世界の魔法使い———その最高峰に位置する彼に見破られるのであれば本望だ。
まさかこんなところで再会するとは思わなかったけれど…。
「…あ、今は世間にノワがこうなっていることがバレるとあれなので…友江一咲と呼んでいただけると。アリアも偽名でやってますんで」
「…変わった名前だね。いいよ。確かに事態の混乱は避けた方が良さそうだ」
「話が早くて助かるよりひたん。相変わらず最高だよりひたん。うちの話の通じない師匠に爪の垢煎じて飲ませてよりひたん」
「…君、社会に出てからトンチキ具合が上がった?ノルドレベルに気持ち悪いよ…?」
「りひたん!?」
「…話は終わったかクげぶっ」
「口が悪いよ、クソ魔法使い。その装束が活躍できる闇の中に放り込んでやろうか」
「…師匠は足癖が悪いですね」
私達の話が終わるのを遠くで待っていたのだろう。
うちの師匠の椅子にさせられていたもう一人は、私の事をクソ魔法使いかクソ女か…ともかく暴言を吐こうとした瞬間に師匠から魔法を一発ぶち込まれていた。
「おや、彼が噂の純血人間魔法使いのお師匠さん?」
「ええ。りひたんも気に入ると思いますよ。性格はゴミでげぶっ」
「…君も失言は控えた方がいい。どんな目に遭うかお手本を見せたばかりだろう?」
「左様で…」
「その手があったか…」
「りひたん、あれは師匠として悪い部類なので。今は体罰とか許されていい時代じゃないんで。あんなの覚えちゃダメです」
「でも、ノルドは多少痛めつけてあげないと理解が…」
「ノルドって…」
「ああ…こんな状況で紹介するのもあれだけど、彼がスフィリアのお父さんだよ。最も、スフィリアが産まれた時の一件で気が狂っているから…スフィリアのことは全くと言っていいレベルで覚えていないんだけどね」
「何が、あったんですか」
「色々とね。あまり話す無いようでもないから、聞かないでくれると」
「そうします」
…まーた、聞くに堪えなさそうな話題がご用意されていそうだ。
聞く機会があれば心して聞かなければ…。
「そういえば、ここにはスフィリアはいる?」
「いますね。近隣の宿屋で倒れていると思うのですが…」
「どうして?」
「あんたの魔法の影響だよ」
「一人から吸収する魔力はかなり微量に抑えたはずだけど…」
「はずで終わっていますね。エミリーがグロッキーな時点で「かなり微量」の域は余裕で越えてます」
「調整ミスっちゃったかぁ」
決して笑い事では無いのだが、りひたんは笑みを浮かべたまま。
…それもそうだろう。彼的にはこれは手加減をしている部類だ。
私とエミリー、そしてスフィリアの恩師である彼は、二千歳を越えた精霊。
先の大戦で多大な功績を残した今、この世界にいる魔法使いの最高水準。
リヒター・アリステラ。
彼こそが、この世界の魔法の未来を作り、担う魔法使いだ。
「…」
最も、ここには鈴海一と謳われたうちの師匠がいる。
「…力加減が出来ないのが、この世界の最高峰?」
「おい、お前…!」
「椅子は黙っていてくれる?」
りひたんを睨み付ける彼はノルドを椅子にしたまま———りひたんだけを見つめ続ける。
りひたんもそれを見つけたのだろう。応えるように鋭い視線を師匠に向けていた。
互いに最強と呼ばれ、互いに魔法を背負った魔法使い。
…この二人が交わる日が来るとは、思っていなかった。




