9:今日の失敗は今日のいいこと
「なあにこれ」
「なんですか、これ」
「なんで、こんな…」
トワ達が手配してくれた宿の部屋。
シーツや布団は非常に肌触りがいい。
ラグだって、お高い感じがするわ。
それに装飾品…なんというか、触るのも躊躇してしまいたくなるオーラが漏れ出ている。
金色のこの小物だって、素手で触っていい気がしない。触れた形跡をつけただけでも怒られそう。
「永羽さん」
「はい」
「ここ、いくら?」
「ええっと…大体、これぐらい?」
気まずそうな顔で、指を一本立てて…私達に笑いかけてくる。
聖貨一枚?とてもじゃないけれど、そこまでお安くは感じない。
もう少し、それこそ…もう一桁。
「十枚?」
「…はい」
「しかもそれ、一部屋じゃなくて一人あたりかつ一泊の料金だね」
「…はい」
「…パシフィカさん!」
「はい。どうされました?」
「この世界の貴族界隈はお金の使い方を教えないのかい?」
「最低限と聞いています」
「永羽さん」
「は、はい!」
「今度から買い物に行く時、第三者を連れて歩いて。君一人じゃ予算オーバーどころの話じゃない。あるだけ使って破産コース」
「はさっ!?」
「現に預かった財布、ほぼ空なんじゃない?」
「…なんで分かるんですか」
渋々差し出された、残り数枚の聖貨が入った財布。
…ミドガルとナティアを立つ前に、そこそこの額を預けた気がするのだが…。どうして、こんなことに…?
…ごめんなさい。トワ。私も破産は言い過ぎだと最初は思ったのよ?
でも、今は…正直破産が脳裏どころか頭に常駐しているわ。
このままじゃまずいとも…。
「今までぼったくられなかったのは「アリア」だったからというのもあるだろうね」
「国が派遣した勇者にぼったくりなんて仕掛けたと知られたら、一生商売出来ないことになっていたと思うわ…国の一大事だもの。アリアちゃんには適正価格より低価格で提供していた可能性があるわね」
「…うっ」
「つまり、買い物はしたことがあってもちゃんとした経験を積めていない」
「…そう、なりますね」
「永羽さん時代は買い物なんてしたことはなかったからね…ごめんね。意識共有時にお店屋さんごっこでも提案したらよかった…」
「友江さんなら最初こそ嫌がりそうですけど、事情を知ったら真摯に取り組んでくれそうですよね」
「そ、そんなことする程、私達は子供でも…!?」
「なんなら今からした方がいいと思う。これでも対等な金銭のやりとりが出来ているんだよ。今の君はこれ以下だよ」
「もぐ…これこれうるさい…名前も覚えきれないポンコツ魔法使い…」
「ちなみに君、A店とB店、同じ食事を取り扱っているけれど、旨さ重視な金貨二枚のA店、安くてマズイ金貨一枚B店。どっちでご飯を食べる?」
「素材に差異は?」
「ない。強いて言うなら仕上げのソースにハーブがちょこっと使用されているか否か」
「なるほど大差ない。A店にB店はこの金額で売ってるぞと文句をつけた後、B店の金額でA店の食事を食べる。私の胃袋も平和。いっぱい食べられて平和。いぶくろあんどぴーす…」
「ほらみろ」
「貴方に足りないのは一般教養じゃ無くて倫理ですね。ちょっとこっちに…」
「むー?私が天才過ぎて嫉妬?」
「この感情は、嫉妬ではなく軽蔑ですね。本当に悪魔のような生物…」
「事実悪魔…」
色々と言いたいことがあったヴェルはパシフィカが引き取ってくれた。
問題は一般教養が圧倒的に欠けているトワの方だ。
…カズサがいてくれたら、今すぐにでも取り組んでくれるのかしら。
———いいえ。そうじゃないでしょう、ミリア。
今、私がすべきことはいないカズサに縋ることではなく———。
「わ、私が付き添うから!ここで諦めないで、お買い物出来る子になって見返してやりましょ、トワ!」
「いいの?こんなザマなのに…」
「最初は皆こんなものよ…!私だって初めてのお使いでトマトとリンゴを買い間違えたわ」
「…」
「一度の失敗でくじけちゃダメよ。大丈夫。失敗は誰しもすることよ」
…お使いの失敗ってこんなものかしら。流石に赤いだけしか一致していないものを買い間違えるなんてあるわけないけれど…トワは信じてくれたらしい。
本当に、お使いどころか外出にも無縁だったのね。
…言っていてなんだが、本当にこんなものなのかしら。
だいぶ、やらかしているような気がする。主に金銭感覚の方向で…。
しかしミリア。ここで正論を突きつけたらトワが折れるわ!
優しく、優しく補強するのよ。
ここで正論を出したら先生とやっていることが同じなんだから…!
「大丈夫!まだまだ人生長いわ!お買い物生活も長いのだから!これぐらいでくじけちゃダメよ!」
「ミリア…!」
「それにね、トワがこうして手配してくれたことでいいことだってあったじゃない」
「いいこと?」
「ええ。私、こんな良い宿泊まるの初めて!何があるか、後で部屋の中を探検してみましょ!」
「…ん!」
失敗したっていい。
だって、その失敗でいいことだってちゃんとあるもの。
トワの手を取って、彼女をちゃんと慰める。
先生の意見には賛成よ。今のトワを一人で買い物させるのは流石に論外。
だけど、それは今日までの話。
彼女が出来ないことを支えるのだって…仲間の役割なんだから。
同時に、私が彼女にしてあげたいことなのだから。
「…ん。騒がしい」
「おや、お客様が起きたらしいね。こんにちは、お嬢さん。身体に痛みは?」
「…全身が痛い」
「ミリアさん。早速だけど仕事を頼めるかな」
「勿論ですよ、先生。その間、トワに貨幣の種類を教えておいていただけますか?」
「…僕が?」
「私、使える時には死にかけに人間でも使う主義なので…」
「…わかったよ。トワさん。お勉強しよう」
先生と立ち位置を入れ替わり、私が目覚めたエマさん?の回復を担い、先生がトワに貨幣の種類を紙に書きながら教えてくれる。
…私が回復を終えるまでの間に疑似貨幣を作り出して、本当にお店屋さんごっこを始めていた。
「僕の店ではリンゴを百円で売っている!でも入荷してから、何日だったかな…。覚えてないな」
「ふっふっふ…私の店ではリンゴを百五十円で売っています。入荷したてほやほや。みずみずしい果実であることをお約束します…。本当であるかどうかは貴方が買って見定めてください!」
「ピニャ君リンゴなんか色おかしくない…?なんか若干赤が濃いような…?」
「そういうブランドなんですよ…」
「私のところのリンゴは千円ですが、品質保証をしています。間違いなく本日入荷であり、ブランド物であり、新鮮であることを約束します」
「せんえんで、あんぜんを…?」
「「「本当にぃ?」」」
…先生とピニャさんにシグレさん。
三人揃ってトワを囲んで、何やら怪しいリンゴを販売していた。
目覚めたエマさん?はその光景を見ながら大笑いを始めるし、ヴェルはパシフィカの説教から解放されない。
…この状況、どうしたらいいのだろうか。
今度こそ縋っていいわよね、カズサ。
ここは無法地帯過ぎるわ。貴方の無遠慮な物言いが輝く瞬間だと思うから、至急帰ってきて頂戴…!




