3:ここに来た目的
「…重力!?」
「そんな高度魔法を使える者が機関の魔法使い以外にも…」
「いや、普通に魔力を操作して壁を作って…君達を地面と仲良くさせているだけだけども?」
「カズサ、カズサ。あれは魔法ではないのですか?」
「魔法じゃないね。周囲の魔力を操って、見えない壁を作っただけ。あの二人はそれに押しつぶされそうになっているだけだよ」
「では、重力とか、そういう高度なものではないと」
「そうなるね。強いて言うなら…透明壁に圧迫される魔法?」
「単語では纏められないのですか…まあ、そういう私も適当な物を思いつくことはないのでとやかく言いませんが…」
「重力魔法見たいの〜?実演しようか〜?」
「結構です!…あの言い方だと、使えるんですね」
「師匠に出来ないのは浄化だけだからねぇ」
「本当になんでそれだけができないのか、疑問すら浮かびますね…」
使えないと判明したけれど、間近にはこれまた手頃に浄化魔法へ特化した存在。
紅葉さんがいたから焦る必要もなかった…とか、そういうところだと思っている。
だけど根本的な理由はわからないまま。
師匠はずっと浄化魔法だけ使えないまま。
…まあ、本人が不便さを覚えていないし、私達としても都合が良いので気にすることでもなさそうだが。
「…杖を介さずに魔法を」
「教会の関係者か?」
「いや、魔法学校の落ちぶれを連れている。聖職者な訳があるか。魔法使いなのは確かだろう」
「聖職者にしては気配が禍々しいしな…」
野次馬達がギャラリーと化し、師匠達を取り囲む。
その中に永羽ちゃん達の姿はない。
…どこにいったのだろうか。
「んー…人の目が出てきたね。君もあまり周囲に恥を晒したくはないだろう?」
「弟子を貶められた相手に背を向けるような育ちはしていない」
「師匠…」
「僕も知り合いが罵られる姿を呆然と眺めるような育ちをしていなくてね」
「じゃあエミリーに日々怒られる私を助けてくださいよ」
「真っ当な説教だろう。黙っていなさい」
「いてっ。いてっ」
最高顧問さんとスフィリアを押さえつけていた魔力を霧散させ、同じ要領で再び魔力を固め…私の頬を軽く叩いてくる。
「これでもね、僕は部下の命を預かった司令官だから。うちの弟子もその一人。預かりでも、同様の待遇を保証する立場にある。君と同じさ」
「…軍人か」
「みたいなものだね」
「…魔法使いの軍人なんて聞いたことがない」
「この大陸ではないところから来たからね。聞いたこともないのは当然だね」
「左様で…」
「…都合により、手を貸すことはできない」
「大丈夫だ。立てるか、スフィリア」
「は、はい…」
スフィリアは最高顧問さんの手を借りて立ち上がる。
うちの師匠はそんな二人を眺め、改めて最高顧問さんと向き合う。
「…ここはお互い引くに越したことはないのでは?決着は話でつけよう」
「そうだな。では…まあ、関所に行列が出来ているし、離れたところで立ち話となってしまうが…」
「師匠、私が関所に…」
「いや、いい。技巧人形を遣わせる。君はここにいるんだ。スフィリア」
最高顧問さんはマジックポケットらしきものから人形を取り出す。
それは私達の様に人間の様相をしている訳ではないが、何かの紋章を身体に刻み、これまた人間と相違ない動きをしながら列へ混ざっていく。
その中に、見覚えのある銀髪と赤髪を見つけた。どうやらミリアとベリアはそこにいたらしい。
…永羽ちゃんは?何処?
私が永羽ちゃんを探してキョロキョロしていると、エミリーが首根っこを掴んで道の端———師匠と最高顧問さんが話している場に混ぜてくる。
そこには勿論スフィリアもいる。
ふとエミリーの方を見上げてみると…彼女は私を静かに睨み付けていた。
弟子としてしっかり混ざれとの事らしい。噂の的になり萎縮していたエミリーさんは、私の前ではいつも強気だ。
そういう変わらないところに、安堵を覚えるけれど。
「…改めて、オヴィロ帝国魔法機関最高顧問「技巧」のイスカ・ルミナリエ。魔法使いではあるが、魔具技師としての功績が大きいため、技巧の冠を得た魔具技師だ」
「魔具技師だったんだね。僕も少しではあるが囓っているんだ。改めて、僕は椎名譲。まあ、大海の外から来た異邦の魔法使い」
「あの腕前で魔具技師を…ああ。それからこちらはスフィリア・エルシャント。私が唯一預かっている弟子になる。お察しの通り、魔法の腕はからっきしだが、知識は十分に身につけていた彼女を見捨てるわけにもいかなくてね。魔具技師の弟子として預かっている」
「…どうも」
「ちなみに私は土妖精と人間の混血。スフィリアは風妖精と人間の混血だ。君は?」
この世界は人間の魔法使いは基本的に混血。
だからこそ、かつて私は師匠の紹介をした時に学校で笑われた訳だけど…。実際にこうして話さなければいけない環境にきたら、師匠はどうするのだろうか…。
「僕も弟子も純粋な人間だよ。大海の外では当たり前だからね。こちらは友江一咲。僕の二番弟子」
「こんにちは、友江一咲です。師匠の元で二番弟子をさせていただいています」
あっけなく正直に話したので、最高顧問さん———イスカさんは目を丸くしていた。
それもそうだろう。彼女の常識を容易に打ち砕く行為だった。もちろん周囲の野次馬も同様。
あれほどの魔法使いが、純粋な人間で存在していることはこの世界ではあり得ない。
しかし、大海の外と言ってしまえば確認する方法なんてないに等しい。
「…賢者であるノワ・エイルシュタットの師匠と同じ名前ですね」
「ああ。彼女も面倒を見たからね」
「あの賢者まで育てた師匠か…流石の腕前と言ったところだ」
「どやっ」
「…なんで無関係な二番弟子がほくそ笑んでいるのかしら」
おっと。今の私は友江一咲だった。決してノワ・エイルシュタットではない。
だけど自分の事を褒められるとなんだかとっても嬉しいなって。
…しかし、学内で関わった記憶もなければ話した記憶も業務的なことだけだったスフィリアが、たった一度だけ周囲に話した私の師匠の名前を覚えているとは思わなかったな。
「カズサ…」
「どうしたの、エミリー…」
「ちゃんと挨拶できたんですね…敬語使えたんですね…」
「エミリーさん?」
師匠達が互いの自己紹介を終わり、意気投合したのか魔導具談義で盛り上がる中、なぜか泣きじゃくるエミリーを宥めようとしたが…碌でもないことで泣いていた。
失礼が過ぎると思うが、普段の言動から「できない」と思われていたのだろう…。
…あまりにも失礼すぎでは?
私がエミリーに抗議する姿を、スフィリアは横目で見続ける。
かつてのように。ただじっと…混ざることもなく。彼女は観客として———その様子を見つめ続けた。
・・
…先程までの険悪なやりとりは何処へ。
互いに技術者ということで、あっという間に打ち解けた師匠同士はミリアとベリア、そして手続きを任せた人形と合流し、ヴィラロックの中を共に歩いていた。
「なるほど。二人はここに魔石を買い付けに…」
「ああ。君も魔具技師なら分かると思うが…作成用の万年筆に取り付けるための、純度の高い魔石を探していてね。オークションにも参加する予定なんだ」
「ここで採掘した魔石では不十分なのかい?」
「いや、十分だよ」
「じゃあ、なぜオークションに…」
「今回は…ここの物より高濃度かつ高純度の魔石がオークションに出品されると聞きつけてね。実物を拝んでみたいんだ。ここに来た魔法使いのほとんどはその魔石を目当てに来ているのだろう」
「なるほどね」
「他にも、面白そうな出品をいくつか聞き及んでいる。貴殿はそれ目当てに来たのではないのか?」
「僕はオードガリアに挑む準備の為にここへ寄ったんだ」
「入山手続きは終えているのか?」
「色々あった縁で、ルーメン・エイルシュタットに依頼ができたんだ。ほら、本物でしょう?」
師匠は懐からお父さんが書いた入山許可証を取りだし、イスカに見せる。
彼女も実物だと判断できたのだろう。潜めていた眉は元通りになっていた。
「確かに。まさかあの山に挑む魔法使いがいたとはな…何をしに行くんだ?」
「ガリアの羽をむしりに行こうかと」
「…無茶はするなよ」
最も、あの依頼は依頼と言える代物では無かった。むしろ脅迫だ。
ヴェルと二人でお父さんを囲んで、書いて書いてとせがんでいたではないか。
物は言い様である。
「じゃあ、オークションに興味がなさそうな貴殿の興味を引きそうな話を一つ」
「僕をオークションに巻き込みたいの?」
「そうではないさ。貴殿に縁が無いとしても…弟子と預かりにはそうも言えまい。将来の見識を広めるため、保護者同伴が叶う内に危険がある場所へ連れて行くのも師匠の役目だぞ?」
「なるほど。それで、僕が興味を抱きそうな情報というのは?」
「———此度のオークションで、魔法を使用する金糸雀が出品されるらしい」
イスカが告げた言葉に、師匠は案の定目を丸くしていた。
勿論、私もエミリーも。事前に聞かされていたのか、スフィリアだけは澄まし顔だったが…。
驚くのも無理はない。
この世界で純粋な人間の魔法使いが存在しないように。
この世界でも、鈴海でも———動物が魔法を使う例は、確認されていないのだから。




