9:最善を求めた話し合い
翌日、朝食を終えた私たちはそのまま作戦会議という形で集まることになった。
「さて、君達。よく眠れたかな」
なんだかんだで布団に丸められ眠ることになったのだが、意外と疲労は回復しており…想像よりも元気な状態でこの場に集まることができていた。
ただ、一人を除いて。
「はい、クソ魔法使い。お前のところの鳥が寄越したプロテインとか言うのがクソまずすぎて朝まで記憶ない」
「君には聞いてないよ?」
「なんで私をカウントしない」
「気絶前提だったから」
ヴェルの顔が驚きで歪む。
私とベリアは彼女がプロテインを飲む様子まで見守り、気絶したのも確認した。
ピニャが想定内と言っていたから驚きこそないけれど。
効果に気絶が含まれている食事は、果たしてまともと言えるのだろうか。
…飲みたくないな、ピニャ印のプロテイン。
「…あのプロテイン、実は効果ない?」
「あるよ。一晩で筋肉が急成長しただろう?」
「まあ、うん。そこは確かに効果があった。悪魔の方の肉体がしっかり成長していた」
「そうだろうそうだろう。しっかり効果がある代物だからね。まあ、飲用した者は一晩気絶する羽目になる難点がある程度で」
「程度じゃないよね、それ」
「今日もいっとく?」
「…ゲロマズだし、なんか起きたら疲労がある気がしなくもないけど、いっとこうかな」
「…提案した身で言うのはなんだけど、本気かい?」
「まあ、うん。効果があるし、私も強くなる必要があるから」
その額にはしっかり冷や汗が浮かんでいる。
飲まなくていいものなら、本当は飲まずにいたいはずだ。
今だって十分強い彼女ですら、必要性を感じるほど…この先の道は険しいものになるのだろうか。
「私もお願いしてもいいですか?」
「私も飲みたいです!」
「…これ、筋肉増強だから君達みたいな生粋の術者に勧めても意味がないよ?勧めるのなら、パシ」
「結構です」
「だよねぇ」
「私はどうでしょうか?」
「んー…君は今回、舞光メインで戦うことになるからね。聖剣、あのザマだし」
そうだった。聖剣、壊れていたんだった。
色々ありすぎてすっかり忘れていたが…今のアヴァンスはボロボロ。使い物にはならないだろう。
「そうでしたね…」
「どこまで直せるか現状わからないから、今回は使わない前提で頼むよ」
「だから今回は、舞光メイン…能力者として戦闘に立つと」
「そういうこと。プロテイン、飲みたいならアングスフェアリレン戦の後からならいいよ。今は気絶されたら困るから禁止だけど…」
「…考えておきます」
私もあれを飲んでいいらしい。
…飲みたくないけれど、飲んだ方がいいのかぁ。
「なあ、椎名。アングスフェアリレン、今すぐ倒しに行かないのか?」
「万全の状態で行きたいから、僕としては箱庭の収納期限ギリギリまで粘るつもり。けれど、君達の意見を聞いてからでもいいかなって。今すぐ挑むか、準備を整えるか。今から話し合おう」
「…物語のノワは、一人で元アリアなアングスフェアリレンを倒したのですよね?この面々なら過剰戦力ではないですか?」
「いいことを言うね、エミリーさん。確かに過剰戦力だ」
「なら」
「エミリー。物語上と今で決定的に違うことがあります。私たちはノワを救うためにアングスフェアリレンと戦うんです」
「でも物語の方は、アングスフェアリレンを殺す覚悟で挑んでいた…ですよね。それに何の違いが」
「殺すのは簡単。救うのは難しい…そういうことですよね、先生」
「正解だよ、ミリアさん。殺す時は急所を打ち抜くだけでいい。運がよければ一撃で終わる。けれど今回のように救うためにはその急所に埋め込まれたノワを五体満足で救い出さないといけない」
それはどれだけ難しいことなのか、現状計り知れない。
現状では過剰戦力に見えるこの面々も、実際の戦場だと人員不足になる可能性だってある。
時間が膨大にある中、無策で持久戦に挑むか。
準備を整えて、短い時間で決着を付けるか。
…私たちに今、判断が委ねられている。
「事実、物語ノワもアングスフェアリレンの急所を何らかの魔法を用いて貫き、戦闘を終えている」
「なんらかの魔法というのは」
「描写不足だね。ベリア、君は昨日街を徘徊したんだろう?何かいい手がかりはなかったかい?」
話を振られたベリアは「だろうと思った…」とぼやきながら、ハンカチに包んだ何かを机の上にのせる。
それは小さな破片。
おそらくメサティスにあった建物の一部だ。
「これはなに?破片?」
「触るなよ、ミリア。お前が触ると現状後がない」
「…それは、どういう。ひっ!?」
「気がついたな」
「なっ…なによそれ。そんな禍々しい代物、どこで」
「街中でアングスフェアリレンが触れたと思われる代物や、移動経路を追いかけた結果。アングスフェアリレンの外殻と思わしき代物を拾った」
「…こんなに固そうなものが、まとわりついているんだ」
「解析した結果、あいつの性質は「呪い」でできていることがわかった。ルシファー…お前らにはシフォルって言った方がわかりやすいよな。あいつの能力まんまだよ」
シフォルの能力は「天呪」と呼ばれるものらしい。
天の示しのように与えられたその命令を聞いた者は、彼女を主とし、命令遂行に最適な力を得るそうだ。
『あの子に立ち塞がってよ。死ぬまで足掻いて足掻いて、双方共に苦しんで』
シフォルがノワに呟いていた言葉が命令とするなら———対アリアに最適な姿となっていると考えた方がいいだろう。
「まあ、そういう性質だから浄化が有効打ではあるな。物語上のノワも、浄化魔法か浄化作用のある何かを用いてアングスフェアリレンの討伐を果たしたと考えていいだろう。ただ、これを見て貰うとわかると思うが、呪いの気が濃い。触れたら呪いが身体を蝕んで、最悪呪い殺される」
「…そんな代物、貴方はどうやって触れたの?」
「これだよこれ。これを包んでいるの時雨のハンカチ。二ノ宮印の浄化魔法が仕込まれていまして、大抵の呪物なら触れられるようになっておりますってわけだ」
また二ノ宮さんか…どこにでもいるな二ノ宮さん。
ここにはいないはずなのに、なぜかいつも一緒にいる不思議な感覚を覚えるぐらいには彼の能力にはお世話になっているらしい。
「あのお守りといい、とんでもないものを貰っていますね、時雨さん」
「本当ですよ…当時はあまり気にしていなかった上に、なんかちょっと清潔さが保たれる時間が長引く程度だと思っていた術が、こんなところで真価を発揮するとは…」
どうやら鈴海では呪いとかそういうものはあまり効力を発揮していないらしい。
浄化も、呪いを消すとかそういう目的じゃなく、清浄な意味合いで効果を発揮していたようだ。
「だから私が触れたら駄目なのね」
「ああ。シフォルの呪いに打ち勝つには浄化魔法を使用できたとしても、高水準なものじゃないといけない。今回の場合だと、エミリーは頼れないんだ」
「…なんか悔しいですけど、その禍々しさを見たら納得です。専門でないと太刀打ちできない」
「と、いうわけだ。この場ではミリア。お前しかこの呪いを解くことはできない」
「そんな私がこの術中にかかれば」
「全滅だな。頼れそうな椎名は浄化魔法だけ使用できないし、エミリーは力量不足。頼みの聖剣もボロボロときたら、打つ手はない。ここ周辺はそういう呪物化しているものが多く落ちている。変なものには触れないようにしてくれ。どうしても気になるモノがあれば第三者に頼むように。お前は直接触れるな」
「…わかったわ」
「そういえば、シイナさん。アングスフェアリレンに殴られていませんでしたっけ?」
「そうだね。回復したから忘れていたけど、思いっきり不意を突かれているね」
「呪いとか、平気なんですか?」
「僕は魔法使いとしての根幹が呪いでできてるから…あれぐらい平気だよ?」
「意味がわかりませんが、とりあえず大丈夫なんですよね?」
「うん。そう思って貰って大丈夫。君達に呪いを振りまくこともないから安心して欲しい」
椎名さんは飄々としたまま、机の上にあるものを広げる。
その隣で時雨さんは上唇を噛みながら椎名さんを見つめているが、ふと、何かを思い出したように頭を捻り出す。
どうしたのだろうか。聞いておこうか。
「時雨さん、どうかされたんですか?」
「ああ…そういえばと思いまして。譲さん、私が預けた紅葉君のお守り。どこにやりました?」
「ノワに預けた」
「許可なく又貸ししないでください…。一応私の私物なんですから」
「ごめんね」
「いえ、でも今回はそれが幸を成しそうですね…アリアが預かっているということもないのでしょう?」
「ええ…全て、ノワが」
あ、そっか。二ノ宮印のアイテムで思い出せばよかった。
ノワは二ノ宮さんのお守りを預かったままだ。
アングスフェアリレン化した今も、そのお守りは一緒に取り込まれている可能性がある。
外殻の呪いにも対抗できるそれが、アングスフェアリレンの内側にあると言うことは———。
「ノワの意識がなくても、内側からお守り効果で抵抗が起きている可能性があるんじゃない?」
「でも、これは素直に喜んでいいのでしょうか…。強度があると思っていたアングスフェアリレンは今ボロボロの可能性がある。容赦なく叩けば、内側に取り込まれているノワを何らかの形で傷つけることになるのではないですか?」
「その可能性がある今、攻撃魔法で思いっきり殻を削り、内側が見えてきたところでミリアさんの浄化魔法を高出力で打ち出す作戦はなしかなぁ…最悪、ノワの身体が終わっちゃう可能性があるし」
あらかじめ用意していた資料を魔法で燃やし、椎名さんは頭を抱える。
ノワ救出の為に、色々なパターンを用意してくれていたようだが…新たな可能性の前ではそれも全て無になってしまったようだ。
「…けど、それしか手段がないのが事実。魔法使い、攻撃することを日和ったら駄目だと思う」
「ヴェル」
「とりあえず、アングスフェアリレンの急所…ご主人がいる場所は狙わないようにして、端の方から地道に落としていくって言うのはどう?」
「…持久戦で行くのかい?」
「うん。幸いにして攻撃役は四人いる。私、アリア、エミリー、パシフィカ。魔法使いはミリアとお姉ちゃんを守りながら、私たちが壊せそうにない強力な部分を破壊してもらえると」
ヴェルはそう告げた後、お茶を一服。
私たちはその意見を聞き入れた上で、互いに顔を見合わせた。
これが最善ではないかと、それぞれが答えを出し…結論を、出す時間となる。




