13:生きるために、憧れを糧に
教会に訪れた私はいつも通り挨拶を済ませ、その辺で遊んでいると言って離れたノワの元へ戻る。
今日の彼女は珍しく、真面目に椅子へ腰掛けていた。
「今日は大人しいわね」
「まあねぇ〜。前みたいに指が抜けなくなるとか嫌だし」
「流石にメサティスの教会があんなにガタガタな訳がないと思うけど…って、何を読んでいるの?」
「ああ。聖女の歴史。聖女になるために必要な条件が記載されている本だよ」
「聖女って、存在するの?」
「存在するよ。見たことがないのは、聖女って存在が滅多なことがない限り表へ出てくることがない存在だからじゃないかな」
「へぇ…ここにはいないのかしら」
「いないみたいだよ。聖女は聖女で勤め先が異なるらしい」
「普段はどこにいるの?」
「メサティス大聖堂だって。私たちは立ち寄らなかったけど」
「…後続組のルートには含まれている」
今回、私たちは先行するため、本来なら立ち寄るべきメサティス大聖堂をカットしているけれど、本来ならメサティス大聖堂に立ち寄っている。
もちろん作中のノワも立ち寄っているし、ノワの旅路を再現する後続組もメサティス大聖堂に立ち寄っているはずだ。
そして数行の間にメサティス大聖堂を爆破している。
理由は不明だし、彼女が何を見たのかはわからないままだけれど…。
「あの場で何があったのか、続きで明かされたりとかした?」
「…いや。メサティス大聖堂に関しては一切ないよ。ただ何となく嫌な予感は存在している」
「ただ?」
「覚えてない?アリアが死ぬまでの間」
「ええっと…ノワに再会して、それから何か話して、ごめんって謝った後…アングスフェアリレンになった、かしら。うろ覚えだけれども」
「メサティスに到着してから、ノワと再会するまでアリアはずっと一人。後の三人は?」
「…まさか」
作中に関係なかったメサティス大聖堂の破壊をわざわざ書いた理由。
もしかしたらそこで、作中のノワは見つけたのかもしれない。
アリアと一緒に旅をしていたはずの、三人の死体を。
「まあ、死亡時期にラグはあるだろうけど、少なくともミリアはあの場所で助かる見込みはない。彼女が聖女の条件を満たしていれば、尚更だ」
ノワはそう述べながら、私に本を手渡してくれる。
聖女に選ばれる規定が書かれていた本だ。
軽くパラパラとそれをめくり、中身を確認しておく。
聖女に至る条件は二つ。
一つ、神を信仰する清らかな乙女であること。
二つ、浄化魔法を「杖無しで」扱える者であること。
「少ない条件に見えるけど」
「条件が厳しいね」
「そうなの?」
「うん。一つ目を満たすことができる子はこの世界でなら沢山いるだろう。二つ目の条件は「浄化魔法を扱える」って部分だけなら、やはり多い」
「問題は、杖無しの部分?」
「うん。魔法使いでも限られているんだけど、杖無しで魔法を使える存在って凄く貴重なんだよ」
「無詠唱より?」
「比べものにならないね。無詠唱は鍛錬次第で使えるようになるけれど…「虚詠唱」って呼ばれている杖無しでの魔法行使。こればかりは生まれ持った才能がものを言う」
「貴方でも使えないの?」
「使えないよ。師匠と…それから陽雪さんは使えるけどねっ!」
珍しく、彼女がふてくされている。
強い魔法使いだと思っていたが、彼女は虚詠唱を使えないらしい。
けれど、師匠と兄弟子は使える…面白くない状況だろうな、こういうのは。
「むすー」
「貴方が強いことは十分知っているし、どんな魔法使いより頼りがいがあるって、私は思っているから」
「はっ…!」
「だから、そんなことは気にしない方がいいわ」
「うん、気にしない!」
嬉しそうに私を抱きしめて、ノワは安心したように息を吐く。
「…気にしていたの?」
「少しね。才能がものを言う代物だってわかっていても…兄弟子が使えるっていうのは、焦りを覚えちゃうんだ」
「どうして?」
「…私さ、本気でリュミエールを狙っているんだ」
確かに、隙あらば椎名さんへ「リュミエール頂戴!」ってアピールしていた。
あの杖は魔法使いの杖としては最上の代物。現在進行形で正規の杖を失って、臨時の杖を使うことになっているノワからしたら「自分のものにしたい杖」なのだろう。
そう思っていたのだが、どうやらそれだけではないらしい。
「…師匠はね、自分の後継者にあの杖と流星葬を贈るつもりなんだよ」
「椎名さんの後継となると、自分の力量と近い魔法使いを選ぶのかな」
「うん。自分の力量と似ている魔法使い…虚詠唱を使える方を選ぶんじゃないかなってずっと思っていて。だから虚詠唱を意地でも使えるようになりたいなって。そうしたら、師匠も認めてくれるかなってさ」
…椎名さんの思惑もあるだろうから、あえては言わないけれど。
焦りすぎて彼女は前提を見失っている。
リュミエールを贈るだけなら、どちらが後継だなんてわからない。
けれど、椎名さんは自分の後継に「流星葬」を贈るというのなら、話は別だ。
この時点で私は彼が一咲ちゃんを自分の後継にする気満々ということは察した。
あの攻撃魔法の権化を、防御魔法と支援魔法しか使えない兄弟子に贈るはずがない。
多少威力が減退したとしても、使える方に与える。
私が彼の立場なら、そうする。
けれどこれはあくまで予想の範疇だ。
正確な答えが出るまで、彼女にはこの予想を、最悪答えになる事実は伏せておいた方がいい。
異なった話であれば、彼女を傷つけることになってしまうから。
それに油断した彼女が努力を怠り、椎名さんの期待を裏切るような真似をしでかすのは避けたい。
彼女がリュミエールを欲するのであれば、私はそれが成せるように背中を押すこと
「貴方は、師匠から一人前と認められ、自分の後継だって任命された証拠が欲しいんだ」
「うん。師匠はずっと私の憧れだから。なんどか、忘れていたけどね」
「そういえば、自分から弟子入り志願したんだよね?その理由って覚えていたりするの?」
「ああ、うん。忘れても大丈夫なように、ちゃんとメモをしていたんだ」
鞄から自分の手記を取り出して、ノワはそれを見せてくれる。
簡潔に書かれているそれには…彼女が彼に弟子入りするまでの課程がまとめられていた。
・一咲ちゃんが十二歳の時、病気が見つかった。
・その際に、定期検診に来ていた十六歳の椎名さんとすれ違っていた。
・両親から彼が「大社の青鳥」であること、病を抱えながらも鈴海の為に戦っている魔法使いだと教えられた。
・そこから追っかけになった。
・何度か忘れているけれど、彼の存在は闘病中の一咲ちゃんの支えになっていたらしい。
・十四歳の春、終末病棟に送られる。そこで私と出会ったみたいだ。
・そして十五歳の春、椎名さんが病室に偶然訪れた。
・椎名さんの事を既に忘れていたが、手記で思い出した際…偶然自分にも魔法使いの才能があることを伝えられた。
・忘れないうちに弟子入り志願をしておいた。
将来の自分の為、憧れを支えにしていた自分が、彼の弟子としてきちんと魔法使いの修行をつけて貰うという目標の為に。
彼が自分の生きる糧になったように、自分もまた、誰かの憧れに成るために。
「生きる為に…憧れを糧に、か」
初めて知った彼女の弟子入り理由
「これが、かつての私を生かした糧。もう一つの夢と合わせて、終末病棟で予定より長く頑張ってみたけれど…結果はまあ、そういうことで」
「仕方ないよ。元々私たちは治る見込みがないからこそ、あの場所にいたんだから」
「けれどあの場所で出会えた。私は二人の生きる糧へ、出会えたんだ」
もう一つの夢というのは、どうやら私が関係しているらしい。
彼女がまだ話す気が無いのなら、聞かないでおこう。
いつか話してくれる日を、待っていよう。
「…そろそろ、お腹空いたかも」
「そうだね。そろそろお昼だし、今度こそメサティス名物にしゃれ込もうよ。昨日の買い出しの時にちゃんとした名物を見つけておいたんだ」
「そうなの?」
「うん!ちゃんと甘いよ!」
教会を出て、次の予定をこなしにいく。
そんな私たちを、教会に飾られた女神像の後ろから眺める影が一つ。
「…あれが、今代の勇者とそれに同行する賢者」
「あんなに仲良しだなんて、これは潰し甲斐があるかも」
「でも、ベリアルの娘達を潰した二人を警戒しないわけはないな…もう少しだけ観察を続けさせて貰おう」
「———きちんと、首を狩れるように」
黒い翼を広げ、教会の奥へ進む彼女の存在に、私たちはまだ気がつかない。




