2:龍族の卒業試験
朝食を終えた僕たちは、改めてエミリーの卒業試験に向き合う。
「しかし、いいのでしょうか」
「何がかな」
「卒業試験を誰かに手伝って貰うだなんて…」
「普通はあり得ないけれど、この試験は誰かの力を借りることが前提の試験だからね。この言語がなんなのか、君は辿り着けたかな?」
「いいえ。全然です」
「そうかい。これはおそらくだけど、龍族が使用している言語になるんだろうね。実際に会ってみないとそればかりはわからないけれど…君は師匠が使っていた文字を見たことは?」
「記憶にある限り、師匠は文字を見せようとしなかったので…そればかりは」
「では君は、師匠とどんな言語でやりとりをしたんだい?」
「私の師匠は私の日常生活の為になるよう、オヴィロ語でやりとりをしてくれていました。それも新用語の方です」
「へぇ…」
パシフィカの話だと、龍族の習性はざっくりと「他種族嫌い」
娼館通いをしていたという情報から考えるに、娼婦と話をするために覚えたのだろう。
凄いのは確かなんだろうけど、素直に尊敬できないな。
「僕はこの国の当たり前に疎い。この国の図書館やそれに関連する施設で、龍族の関係資料は見つけられるのかな」
「いいえ。龍族は何にせよ、他種族が嫌いな種族ですから。言語は勿論ですが、その習性もざっくりとしたものしか…」
長い年月を生きて、龍族を知るパシフィカが一番の情報源か。
ベリアとヴェルも真面目に授業を受けていてくれたら情報源になってくれたんだけど…。過ぎたことは仕方無い。
「もしかしてと思い、昨晩パシフィカに龍族の言葉がわかるかどうか聞いたのですが、挨拶程度しかわからないと」
「そっか。じゃあ、これのでば…ベリア、本返して」
「「んー!」」
まだ魔法陣の言語が解読できていないのだろう。
ベリアとヴェルはいやいやと言わんばかりに顔をしかめ、本を手放さない。
「嫌そうな顔しない。複製するから。少し待って」
「わーふえた」
「わー」
「…君たち、魔法陣の解読の前に朝ご飯を食べて語彙力回復したら?幼児化しているように思えるんだけど?」
「そんなことない」
「ない」
「…大ありだから、ちゃんと食べる!ピニャ!」
「御意!」
「「わー!」」
一瞬で人間形態になったピニャに確保されたベリアとヴェルはピニャに食事の面倒を見て貰っていた。
そのすきに、二人の手から離れた教本を魔法で複製し、原本を収納。
複製したエミリーに手渡した。
「これ、手作りですか?」
「そうだよ。ちなみに僕の手作りではないから。名誉の為にも先に言わせてほしい」
「…天才な俺監修ですもんね。流石に自意識過剰なタイプではないことは付き合いが短くても理解できます」
「助かるよ」
「しかし、誰の監修で?」
「僕のご先祖様だよ。一応わかりやすく書かれているのが憎いポイントだね」
「…天才監修なだけはあると。それから、パスカル語ですか?龍族言語ではなく?」
「龍族の言語は僕が知る歴史の中ではとある帝国の言語として扱われていた。それがパスカル魔法帝国。魔法陣に刻まれた言語は僕から見るとパスカル語として親しまれていたものと同一だね」
「…異国にはそういう場所があるんですね。しかし、親しまれていたということは…言語が変わったか、もしくは」
「察しがいいね。うん。革命戦争を経て崩壊している」
「そうでしたか…では、これは幽霊となったご先祖様が貴方に継承を?」
「そんなところさ。さあ、話は終わりにして解読を進めていこう」
「そうですね」
僕はエミリーの疑問に答えながら、彼女の杖を改修。
エミリーは一人、教本と共に魔法陣の解読を進めていく。
賢者に一番近かった魔法使いと言われるだけあって、エミリーの覚えは早く、教本を手渡せばガンガン魔法陣の解読を進めてくれた。
この調子なら、今週中に解読を終えることができるだろう。
———そして彼女は「壊滅魔法:ドラゴ・フィーニス」に触れることになる。
単語の意味から考えると、ろくでもない魔法なのは確かだ。
同時にこれは、他種族に渡っていいものなのかもわからない。
しかし星見をする限り、エミリーはこの魔法を遠からず使う日が来る。
その星見を確かなものにするためにも、きちんと彼女には壊滅魔法を読み解いて貰わないと行けない。
それに頼る日が、間違いなく来るのだから。
「しかし、楽しそうに解くね」
「勉強は好きですので」
「そうかい」
彼女は設定上、賢者にはなれない。
けれど、賢者に並ぶ魔法使いとして育てることはできる。
堅苦しい部分は彼女の長所だと思う。
規則や常識に囚われている姿は、僕らからしたら異質ではあるが…必要な存在だと思う。
けれど、魔法使いに必要なのは想像力と柔軟性。
堅苦しい思考はそれを抑圧し、規則を守ろうとして動く姿はぎこちない。
皮肉な話だが、彼女の長所は魔法使いとしての成長を抑圧しているのだ。
だからといってうちの弟子みたいにはっちゃけられると非常に困る。
ノワが二人いるような状態になったら、将来それを率いることになるアリアが可哀想だ。
堅物で規則重視な彼女の長所を生かしながら、彼女を魔法使いとして開花させる。
これが次の課題だ。僕がこの世界からいなくなる前に、アリアとノワにできること。
…一つ、星見をして気がついたことがある。
一年以上先の未来が、見えないのだ。
星見は「自分が生きている間の未来」を見ることができる術。
自分が生きていれば、周囲の星も見られるけれど…見られないと言うことは、そういうことなんだろうと思う。
僕は彼女たちの旅に最後まで同行することはない。
その結末も、見届けることは叶わないらしい。
彼女たちの願いを叶える為に、この世界へ永羽さんと一咲さんを巻き込んだのは僕だ。
僕には彼女たちが次の世界でも、この世界でも幸せに生きるために手を尽くす義務がある。
消えるまでの間、僕にできることは全て果たさなければいけない。
あの子達の為に。大事な友達である永羽さんの為に。
僕を選んでくれた、君を選ばせてくれた———自らの意志で師匠にしてくれた、一咲さんの為に。
・・
時刻は昼。
あまり根を詰めすぎるとよくないと説得し、僕とエミリーはお昼ご飯という名の休憩を過ごしていた。
「ご飯の時は魔法の話題は禁止というのが世知辛いです」
「どうして?」
「禁忌ではありますが、蘇生魔法を使えている貴方は指折りの魔法使いとお見受けします」
「…」
「しかし、今の今までやっていることはずっと基礎訓練と魔法陣の解読だけではないですか」
「そうだね。けれどそれが優先事項だから」
「それはわかっているのですが、私としてはあの「ノワ・エイルシュタット」を育て上げた師匠ということもあって気になるんですよ。貴方の知る魔法に、知識に。普通は魔法を使えないはずの純粋な人間が使う魔法に!」
「魔法陣と杖だけでは飽き足らず、知識まで…強欲だね」
「そうかもしれません。けれど知識欲には勝てません」
「…なるほど。では、魔法陣の解読を明日中に終わらせなさい。想定では一週間と見積もっていたけれど」
「解けばその余剰時間で他の魔法を教えてくれると!」
「ああ。勿論。君のその強い知識欲は教育者としては利用するに値する代物だからね。学ぶ意欲があるのなら教えない理由はない。しかし君はまず攻撃魔法以外を覚えようね」
「はーい…」
「つまらなさそうにしているけれど、君は覚えていない系統を覚えるだけで更に伸びる。ノワに並べる魔法使いに育て上げるのが目標だから、しっかりついてきてね」
「はい」
素直に返事をしてくれるエミリーさんに、一咲さんの時はこうも上手くいかなかったなぁ…!という渋い過去を思い出しつつ、紅茶を口に含む。
しかし、そろそろ妙な時間帯になってきたな。
「そういえば、ミリアとパシフィカは来たのでしょうか…。私達が見ていないだけですかね?」
「ピニャ、二人はここに来た?」
「ぴにゃ?」
ずっと朝食を用意していた場所で過ごしていたピニャに声をかけても、なぜか鳴き声だけ。
…普通なら、喋るはずなんだけどな。
「…」
「シイナさん?どうして結界魔法を」
「早く気がつけばよかった…!エミリーさん、身体に異変はないね!?」
「あ、ありません!」
「僕から離れずについてきて」
「わかりました。しかし何が…あ」
エミリーに離れないよう指示を出し、ピニャの元へ歩いて行く。
ピニャのサイズは普段よりも一回り小さい。
そしてその羽毛の下には…。
「おまえだれだ?」
「だれー?」
「…その子達、ベリアとヴェル、ですよね?小さい、ですけど」
僕が与えた人形体が水晶に収納され、ベリアとヴェルの悪魔体はどこにもない。
その代わり、二人を幼児化したような———角を生やした小さな子供がピニャの中から出てきた。




