34:願いと取引
管理局方面に向かった私たちは、そこで面白い光景と出会うことになる。
「…遅かったわね」
「やあ、アババ」
「その呼び方やめて貰える!?」
そこにはタクト型の杖を構えたミリアが待ってくれていた。
どうやら彼女の結界魔法で管理局の人間を逃がさないようにしているらしい。
結界の役割はあくまで「檻」
ナッティーを背にして逃げようとしている人間はアリアとベリア、ヴェルにデブ鳥が四方を囲んでいることで、下手に動かないようにしているようだ。
最も、そういう人間は少数。
むしろ、管理局の上でナッティーが大暴れしている中…敵の用意した結界に入った方が安全だからね。大人しくしているらしい。
「へえ、いい結界だね。内側に入った人間を出られなくするなんて」
「マジで?そんな効果付与してんの、ミリア?」
「ええ。ネズミ捕獲器をイメージして作り上げた結界だから。そういう効果が欲しかったのよ。確実に逃がさないためにもね」
「…」
しかし、ミリアの結界は脆い。
パラパラと落ちる結界の破片を見る限り…捕獲することに特化している分、守りは薄いようだ。
「師匠」
「いいよ。今回だけだからね」
師匠はミリアの結界の上に結界を張り、安全地帯を作り上げてくれる。
おそらくだが、ついでにミリアが付与している効果を自分の結界に練り込んでいるはずだ。
これでもう、誰も外へ逃げられない。
「あら?いいのかしら」
「何が?」
「エミリーから聞いたのだけれど、結界の無断二重張りはマナー違反らしいわよ?」
「「魔法使い業界面倒くさいな」」
「貴方も賢者…魔法使いの学び舎で学んだ存在でしょう?少しは気にしなさいよ…」
「師匠が教えてくれなかったからなぁ」
「僕からしたら、常識なんて知ったことではないよ。行動に制限をかける悪い風習だ」
「少なくとも、その師匠はどこで学んだかわかりませんが、ノワは私と同じ学び舎で同じ講義を聞いていましたよね?結界の無断二重張りのことも勿論」
「授業内容とか忘れた」
「学費を出してくれた保護者と賢者試験に落ちた全ての魔法使いに謝ってくれませんか?」
「授業の内容覚えていたって、世間では大体通用しないよ?」
「そんなわけ」
エミリーと揉めている間に、ゾンビナッティーが横転して、師匠の結界に向かって倒れてくる。
結界の強度はわかっているから、ナッティー程度で破られることはないとわかってはいるが…その光景に危機感を覚えた管理局の面々はミリアの結界外に出ようとする。
しかし彼女の結界効果で外に出ることは叶わず。閉じ込められてしまったままだ。
「少なくとも、結界の二重張りは有用だね」
「そうね。私はまだ弱い結界しか張れないし、人を逃がさないだけで精一杯だもの。守る結界があって助かりました」
「いえいえ」
「しかし、せっかくなのでお聞かせ頂いても?なぜ、結界魔法の二重張りはマナー違反なのでしょうか。私としては助かっているのですが…」
「んー…暗に「お前の結界強度は信用ならない。自分で結界を張った方が安心だ」…って言っているように思われるのかも」
「あー…なるほど。だから禁止行為じゃなくてマナー違反なのかもしれませんね」
「かもね」
「後、流れで聞いておきたいのですが」
「うん」
「貴方はどちら様で?」
「ノワの師匠だよ。ミリア・ウェルドさん。後で改めて自己紹介させてね」
「ああ、なるほど」
軽い反応すぎる気がするが、アリアの師匠じゃなくて私だしな。
まあ興味が無いのもわかる。
師匠もこれぐらいの距離感の方が。
「ノワ、ちょっといいかしら」
「何かな、ミリア」
「…貴方のお師匠さん。感じのいい人ね。どういうタイプが好みなのかしら」
ミリアに呼び出されたので何かと思えば、彼女は顔を近づけ、私にそっと耳打ちをしてくる。
それも、ろくでもない話題をだ。残念。最悪の方向だった。
まさかミリアが面食いだったとはなぁ…何があるかわからない。
「どういうタイプもなにも、うちの師匠は婚約者がいるから。手を出さないでね?」
「…そう」
あからさまに残念そうな顔をしないでくれ。
何も知らないミリアが師匠にアタックしてみろ。ジャンルが180度違うものに変わる。
それに師匠は女性に触れられたら吐く。
師匠を労るのなら、ミリアが不用意に近づく材料は消しておかないと。
弟子たるもの、師匠の消化器官と喉を労るのも仕事だ…多分。
師匠も師匠だ。何が起きているのかさっぱりないつもは変な異変にも気がつくのに、他人の好意には鈍感だなこの人。
「…二人は何を話しているんだろうか。そろそろ管理局の人間をつめた方がいいと思うけど」
「私がやっておきますので、貴方はナッティーをどうにかして頂けますか?多分、時間が無いので」
「そうだね。でもよくわかったね。蘇生魔法の時間制限…」
「これでも魔法使いですので。魔法が終わるタイミングぐらいはわかります」
「そうかい。いい目をしているね」
「お褒めいただき、光栄です」
放心したミリアを宥めている間に、エミリーと師匠はそれぞれ仕事に取りかかっていた。
・・
エミリーにかけられた冤罪はあっさり晴れた。
管理局の面々は、ずいぶん前からナッティーが死んでいることを知っていたらしい。
それをナティ湖のダイビングを禁じたりすることで代々隠し続けていたが、今回のエミリー落下事件が起きたようだ。
潜ったことでバレた———と、思われたそうで「殺害容疑」をかけて捕獲。パシフィカを捕獲してから示談に持ち込む予定だったらしい。
…あくまで「らしい」だから、体のいいことを言っているだけかもしれないが、今回は信じておこう。
結論を言うと、ナティ湖管理局は壊滅。
ナッティーの怒りで処理をし、今後はどこにでもある湖として運営するそうだ。
そして、元管理局の人間からしたらナッティーの遺骸は不都合な代物のようで———。
「示談金に加えて、ナッティーの骨も頂きました…」
エミリーはとんでもないものを手に入れてしまいましたとさ。めでたしめでたし。
師匠が蘇生魔法で打ち上げたおかげで骨も全て地上に運び出されている。後は回収するだけの状態だ。
しかし、現実はそう簡単に終わってくれない。
図らずも巨大な骨を手に入れた彼女は、呆然とそれを眺めるだけなのだ。
回収しようにも回収手段がない。どうしたらいいか、わからないまま。
「これ、どうしたら」
「杖に改造してあげようか?」
「できるんですか?」
「うん。元々、ナッティーは素材として上々だからね。僕が制作に携わる代わりに、二つ条件がある」
「なんでしょう」
「まずは杖が完成するまで、君の旅路に同行すること。もう一つは…ナッティーの骨を一欠片分けてほしい」
「構いません。杖の為ということもありますが、貴方の力量はノワを見たらわかりますし…一緒であれば学ぶこともあるでしょう」
「助かるよ」
「それから、これは前払いです」
エミリーは早速師匠にナッティーの骨を分け与える。
しかし、師匠はなぜ骨を欲しがるのだろうか。
話を聞く限り、素材としては美味しい部類みたいだし、何かに使うのだろうか。
「ありがとう」
「なぜ、骨を?」
「責任。本来眠っているところを蘇生魔法で叩き起こしたようなものだから…僕は代わりに彼女の願いを叶えなければならない」
「ナッティー、雌だったんですか?」
「うん。それにね、最後に彼女はこう言ったんだ。湖しか知らない私に、世界を見せてほしいと」
師匠は魔法で骨を加工し、一瞬で飾りを形成する。
それから、魔法を使い…釣り人形態からここに来た時の服装「鈴海大社の制服」に着替え、ベレー帽に装着していた羽飾りと共につけて完成だ。
「…生活魔法まで」
「僕はその願いを叶えるために骨が一欠片欲しかった。欲を言えば素材として欲しいけれど、君の杖を改造するのに全て使うから」
「すべて!?」
「そうだよ。全て使って、僕のリュミエールと同等程度の代物になるだろうね」
「その杖と、同等…」
エミリーもリュミエールを眺めて息をのむ。
やはりわかるか。あの杖の価値が。
「しかし杖だけ強くて何になる?君はその杖にふさわしい魔法使いにならなければいけない。それは理解しているね?」
「勿論です。手始めに、私の師匠が与えた卒業試験をクリアして「枠外」とやらに触れてやりますよ」
「その意気だ」
師匠とエミリーの企み全開の笑いを横目で見つつ、私はアリアを抱きしめる。
「どうしたの、ノワ」
「なんだか寒けがしてね…暖めていてよ」
「いいけど、風邪とかじゃないよね?ここ最近、無茶というか酷い生活をしていたみたいだし…」
「それもあるかもだけど、間違いなく師匠とエミリーのせいだから…」
「?」
ここから先、私とアリアの旅と、師匠達の旅は一時的に別れていく。
だから私はこの先の師匠とエミリーが巻き起こす問題に介入しなくて済むのだが…。
「おい、ノワ。なんであたしを見るんだ」
今後、あの五人を相手にツッコミを入れまくらなければならないベリアの負担に対し、心の中で敬礼をしておく。
パシフィカとヴェルはボケ側。協力者として期待できるミリアは師匠相手にまともな応対ができるとは思えない。
そして極めつけはあの魔法使い二人だ。止められるのは君だけだよ、ベリア…。
でも、人の心配ばかりしている場合ではないことぐらい、自分でも理解できている。
「ノワ?」
「…大丈夫。君は私が守るから」
愛用の杖を失った魔法使い。
正直なことを言えば…今の杖で、まともに戦える自信は無い。
けれどやらなければならない。
アリアと二人で、シフォルを討ち取る旅を成さねば。
———私たちに、未来はない。




