26:貴方はもう、会っていたのよ
法務局に存在し、あの日も案内された部屋に集まる。
部屋の前で待っていたお父さんは、話し合いを始める前にアリアに会わせたい人がいると言ってドアを開けてくれた。
「お母様!」
「アリア、無事でなによりです」
その先にいたのは目覚めたミシェラ。
アリアは嬉しそうに彼女へ抱きついて、久しぶりの「親子の再会」を楽しんでいた。
しかし、今はそれまで。
この後に、いくらでもその時間は過ごすことができる。
今は、私の事———そして今後の旅に関わることを話さなければならない。
一方で、アリアが親子の再会を楽しむ後ろで師匠はお父さんに呼び出され、あるものを受け取っていた。
「…先程、全て直したのですが。修繕費を請求されるのでしょうか」
「それはそれ、これはこれです。直したからいいだろう。それでは娘に示しがつきません」
「今、手持ちがないので換金価値のある魔石で…」
「あ、魔法使いの魔石!売り方次第で聖貨200にはなる!ミリアが来たら食費にして貰う!頂戴!」
「ちょっ、ヴェル!黙れ!落ち着け!今日のあたし達は控えなんだから!大人しくしていないと部屋から出されるぞ!?」
そんな魔石に食いついたのは、今日の話し合いを傍聴したいと言い出したヴェル。
ベリアに必死に止められている彼女の反応を見たお父さんは魔石を二度見して、小さく頷いた。
「聖貨200枚程度であれば、こちらを受領させていただき…そちらは破棄で構いません」
「…ありがとうございます」
破棄でいいと言われたのに、師匠は請求書を自分の席まで持って行く。
その途中で、ヴェルが「救われたでしょ?ボーナスよろ」と言っていた。まさかあれは演技だったのだろうか。
とてもそうには見えなかったが…。
「さて、そろそろ始めましょうか」
「今回の議題は「賢者ノワが勇者の旅に同行するに値する存在か」ですよね」
「でもまずは、イレイス夫妻が抱いているノワの冤罪を晴らす必要があるかと。ノワ、一つ一つ弁明してもらえる?」
「はい、師匠。まずウェクリアの教会破壊。あれは事実になります。私は凍結魔法で教会を破壊しました。どうしても、止めなければいけなかったから」
「そこでは神父が一人死んだと聞いている。彼を止めるためにか?」
「いいえ、私を止めるためです」
「アリア…それは」
アリアは席を立ち、その場にいた全員に舞光を見せる。
「聖剣を抜いた後、この力に目覚めて暴走を起こしました。ノワは暴走した私を止める為に凍結魔法を使い…」
「流れで、教会まで破壊したというわけですね」
お仕事モードのお父さんはぴりつく空気を言葉の一つ一つに混ぜつつ、進行役を担ってくれる。
いつもは「ノワすごいぞ〜!」とか「何てことをしてくれたんだノワぁ!」とか、へたれているのに、お仕事の時はきっちりしていて…うちのお父さんは格好いいなと時々思っている。圧倒的に格好悪い時の方が多いけど。
「スメイラワースの件も事実が占めているけれど…」
「その一件に関しては、今朝。砂の精霊女王ピリカ様より事情をしたためた文書と、ノワ・エイルシュタットの不当逮捕に係る抗議文を預かっている」
「ピリカ様が…けれど、誰がここへ」
「使者ピルシェゴール氏が持参されている。親愛なる友…賢者ノワ・エイルシュタットの危機に駆けつけたとも」
「ピルシェゴールとは特に仲が凄くよかったものね、ノワ」
「本当に来た…」
「お二人のことを凄く心配をされていましたよ。賢者に任された大事な公務があるからもう帰らないといけないとも。それから、ノワに伝言が」
「何、お父さん」
「「早かったな」と」
「…」
ピリカが書いた文書を誰か運ぶかってなった際、ピルシェゴールが立候補したのだろう。
報酬と誓いは、想定よりも早く果たされてしまった。
…危機の二回目があったとして、助けてくれるのだろうか。
「あの人嫌いで有名な砂の精霊から、抗議の手紙ということは…これもほぼ冤罪」
「まあ、精霊女王を脅迫したのは事実です。休戦協定の為に必要な事でしたが、然るべき処罰は受ける所存です」
「でも、こうして精霊女王からお手紙が来ていると言うことは、貴方がしたことは例え悪いことだったとしても…最善を掴むために必要なものであり、現にそれが正しかったと証明する証拠ではないかしら?」
「そう、ですかね」
ミシェラさんはただ後ろで、ハイドの言葉に頷くだけかと思っていた。
けれど自分の意見ははっきり述べるタイプの人らしい。
アリアの、母親らしい人だ。
「では、ミドガルの一件に関しては…」
「ミドガルに関しては完全な冤罪だ。おと…ルーメンさんが被害者だと連れてきた女だって赤の他人。見覚えすらない」
「リラでもなかったということよね…って、彼女は私達を追い越してナティア来ることすら無理よね」
「アリア、リラというのは?」
「ミドガルにいた悪魔との混血だった女性です。今は角を折り、普通の人として暮らしています」
「角を、折った…」
「はい。それに私たちも立ち会っていて、その際にリラが発した悲鳴が暴行扱いされたのかと思っていたのですが…赤の他人という存在は、グサルが連れてきたのですか?」
「いや、その女性は自ら「私は賢者ノワに暴行されてきた」と…法務局にやって来ました」
「ルーメンさん、よければその女性のお名前を教えてくれませんか?」
「ええっと、確か資料が…ああ、この人です。「シフォル・ルシフォル」」
その名前に私やアリアだけでなく、ベリアとヴェルも目を見開く。
ここで出てくると思っていた名前ではなかったからだ。
「ルーメン・エイルシュタット!その女は確かにシフォル・ルシフォルって名乗ったんだな?」
「え、ええ。記録にも残されています」
「んぐっ…彼女の話を聞いた人間は今どこにいる?」
「今日は休暇のはずですが…?」
「「早く生存確認を!」」
「え!?はっ…はい!手配をします!」
彼女たちにしては珍しく、荒くて動揺しきった声。
お父さんは急いで机の上にある内線を手に取り、部下にシフォルの話を聞いた存在に連絡を取るように指示をする。
しかし、徐々にお父さんの声のトーンが落ちていった。
「…それは、どういう」
「彼女は自殺なんてするような人では、むしろ自殺を心から憎むような人なのに…どうして」
「ああ、遺族には連絡を。遺体と葬儀の件は教会に。それから、警務局と連携して、彼女の身辺調査して貰えると。それも念入りに」
「…事情は後で伝える。警務局には私の指示であることと「D件」とだけ伝えて貰えたら問題がでないかと。うん、うん。苦労をかける。彼女は君の教育係だったから…悲しむ暇を与える事ができなくて、申し訳ない。後は頼みます」
お父さんは悲しそうな顔で受話器を置いて、私たちの方に顔を向ける。
そして静かに、首を横に振るのだ。
「…なんでこんなところにいるのかわからない。おちょくりにでも来たのか?」
「ベリア、ヴェル…その、シフォルのことを知っているの?」
「知っているもなにも、あたし達の頭」
「つまりのところ、アリア達がいう「魔王」の正体、シフォルはよそ行き用の偽名なんだよ」
「…こんなところで会えるなんて」
「ご主人、悠長にしている場合じゃない。あの女の術は既に発動し始めている。一度会っているご主人とルーメンも術中にいる可能性がある!私たちは平気だから、早く浄化魔法を使って!」
「ノワ、これを使いなさい。これじゃないと、今の君はきちんとやれないだろうから」
師匠から杖をぽんと、投げられる。
重さのあるそれは、確かに私にとって慣れ親しんだ「ロッド型」
けれど、ただのロッド型ではない。
「リュミエール!?」
「それなら大体の事はこなせる。急ぎなさい」
「はい!」
一度、深呼吸をして心を整える。
浄化魔法はミリアに教えて貰った。もちろん、高位の術も。
今回は詠唱で精度を高めた方が良さそうだな。
危険なのはお父さんだけじゃない。あの女と一度会っている私も対象なのだ。
足下に魔法陣を描き出す。
「…我が歩みを見守りし天上よ、歩みを阻む邪悪を、我が身を滅ぼす害を、我が心を蝕む魔を打ち消し、聖なる光を恵みたまえ」
詠唱を終えると、リュミエールの魔石を中心に、光が部屋を包み込んだ。
おそらく私もなんだろうけど、お父さんの身体から黒い靄みたいなものが出てくる。
あれこそシフォルが刻んだ呪いなのだろう。
おそらく、このまま放置していたら私もお父さんも…。
考えたくない未来を振り払いつつ、それが光の中に霧散するまで浄化魔法を発動しつづけた。




