25:今後の気持ちを読み解いて
朝になり、私たちは午前中の予定をこなしに法務局へ向かう。
疲れがまだ少しだけ残っている様子のノワはまだ眠いようで、リーダーではないピニャケル達に引っ張られつつ歩いていた。
「…乗せた方が早いかな」
「乗り心地、最悪なのでやめた方がいいかと。リーダーピニャ君ならともかく、ですけど」
「そうなんですか?」
「ええ。リーダーピニャ君は昔から譲さんを乗せていた事もあって、誰かを乗せても問題ないのですが…」
「同胞達はそういう練習をする前に死んだので、人を乗せるなんて真似はできません。例えるならばそうですね。暴れ馬に乗るような感じと言えば、想像できますか?」
「それは、大変だね…」
「試しに私へ乗ってみます?」
「え、いいの?」
「もちろん」
ピニャ君はゆっくりと身体を低くして、私を乗せる態勢になってくれる。
椎名さんの方を見ると、彼は手で「どうぞ」と私を促し…私は、ピニャ君の背中に乗ることになった。
「どうですか、アリア」
「ふわふわぁ…」
「そうじゃないでしょ!?乗り心地です!」
「ふわふわで、なんというか、穏やかなお馬さんですね」
「ほうほう…そういえば、アリアとして乗馬の経験があるのですか?」
「貴族の嗜みとして、一応…」
「なるほど。真面目に取り組まれていたのですね、お上手です」
「そ、そうかな…。ありがとう、ピニャ君。ピニャ君が人を乗せるのが上手だから、私も安心して乗れていると思う」
「嬉しいお言葉です。ささっ…心を穏やかに、息を落ち着かせて、背筋を伸ばして。落とさないので大丈夫」
「…馬もピニャ君みたいだったら楽なのに」
「馬は私のように会話を行うことは出来ませんが…賢く、感受性の高い生き物です。不安にならずとも、今こうして上手に乗りこなしているのです。馬相手でも問題なく乗れますよ」
「そうだといいな」
人通りの多い場所ではピニャから降りて、普通に歩き出す。
あのふわふわは名残惜しいけれど、もふもふに堕落した顔は流石に見せられない。
私は一応これでも勇者。
勇者として若干活躍が薄い気がしようとも…大衆の前では勇者らしく振る舞っていないと。
「ところで、アリアとノワはこれが終わった後、出かける予定なんですよね?お昼ご飯はどうされますか?」
「はい!ナティ湖にお出かけの予定で…お昼ご飯は、ナティ湖についてから摂ろうって話をしているんです」
「なるほど。では私と譲さんは…譲さん?」
ナティ湖の話題になると、椎名さんが怪訝な顔を浮かべる。
彼が知る異常があるのだろうか。不安になってきたなぁ…。
「…ナティ湖って、なんかその周辺だけ常夏みたいな気候になっている遊泳区域だっけ?」
「そうなんですか?」
「うん。はい、観光雑誌」
椎名さんから観光雑誌を受け取り、ナティ湖の情報を仕入れる。
ノワの情報だと、ナッティーが住んでいるだけの湖のような感じだったが、ここは泳げるらしい。
気候も相まって、遊泳を目的としたお客さんも多いようだ。
観光雑誌のナティ湖紹介記事には、水着で泳いでいるお客さんの写真が多く掲載されていた。
泳ぐのは前世でも今でも初めてだなぁ…遊泳地区として整備されている場所なら、練習ができるだろうか。
せっかくだし、泳いでみたいな。
ノワの目的であるナッティーはおまけ程度の記載しかない。
そもそも実在しているかどうかすら怪しい生物だし…当然と言えば当然だけれど。
「はい?」
私の意識を引き留めるとある記述を見るまでは、この後の予定が非常に楽しみだった。
ナティ湖は泳げる、ナッティーがいるという噂がある。
ノワがくれた情報には間違いはない。
けれど問題は———。
「ナティ湖周辺は、水着の着用が義務…ですか」
「なんでノワはこの情報を伏せていたんだろう…」
「君に水着を着せたいからだろうね。このバカ弟子は…」
「師匠はわかっていないな。水着回の浪漫を」
「わからなくて結構」
「時雨さんの水着姿は!?水さんの水着姿は!」
「…」
「そんなことでブレないでください譲さん…流石に薄着は…」
でも、水着着用ってことは…流石に二人を誘いにくいな。
椎名さんも時雨さんも、薄着になったところは見たことがないし。
時雨さんは薄着になることを嫌がっているし…。
こんな義務がなければ、一緒に行かないかと聞けたのだが。
「ぴにゃ…(頭、アリアが遊びたがっている)」
「ぴにょ(みんな?)」
「ふむ…誘いにくい。なるほどです。主。私、ナティ湖に行ってみたいです」
「いいけれど…ピニャが珍しいね」
「私、広い環境でないと鳥の姿で水浴びができませんので。ちょうどいい機会だと思うので!せっかくなので主も行きましょう!観光です、観光!」
一瞬、ピニャ君と目が合う。
彼はつぶらな瞳でウインクをしてくる。頭の上には、私とノワの旅に同行している雛鳥ピニャ君がいた。
どうやら、彼らには私の考えが筒抜けだったらしい。
「んー…それなら、ピニャだけでも大丈夫ではないかな」
「けど、でかい鳥が一匹でうろちょろしていたら殺されかねないので、主が保護者としてついてきてほしいです!」
「た、確かにその可能性はないとは言い切れないね。じゃあ僕も行こうか。時雨ちゃんはどうする?」
「私はその…遠慮しておきます。流石に水着はちょっと」
「わかった。じゃあ、僕とピニャだけで行ってくるよ。これ以上変なことは起こらないと思うし、君は先に図書館に帰って休んでいて」
「はい。何かあれば、ご連絡を」
二人が今後の話をする後ろで、ピニャ君が歩調を遅らせて私に並んでくれる。
「…時雨様は無理でした。しょんぼり」
「気持ちを汲んでくれてありがとう、ピニャ。でもなんで私の気持ちをピニャはわかったの?」
「魔力の揺れは心の乱れ。私たちは魔力を主食にする魔獣なので、そういう魔力の流れも読み取れます」
「へぇ」
「それに加えて、私たちは元々「人と共に生きることができる魔獣」として作られました。優しさに、悲しみに、喜びに、怒りに触れて…人の感情を軽くというか、断片的ではありますが読み取ることができるようになっています」
断片的と言うことは、その感情の一部分しか読み取れない。
だから三羽。
魔力の乱れを感知して、それぞれが私の心を読み解いていく。
一羽が「私が遊びたい」と読み取り、二羽が「皆」を読み取る。
そして三羽で「誘いにくい」を読み取れば「アリアは皆で遊びたい。けれど誘いにくい」という情報が出てくる。
「確かに、時雨様だけならともかく、異性である主を含めて誘うのは非常に難しい。けれど貴方はそうしたかった。そこだけはわからなかったので教えてほしいです。なぜですか?」
「前世でね、元気になったら三人で遊びに行きたいねって話をしたことがあるんだ。だけど、その願いは叶えられなかったでしょう?」
「だからここで叶えるというわけですか。理解しました。私もよりよい一日になるよう、尽力させていただきますね」
「うん。でも、ピニャ君はピニャ君で水浴びを楽しんでね。せっかくの機会だから」
「はい!」
予定も固まる頃、法務局が見えてくる。
椎名さんがさくっと修復魔法で柱を立て直し、破壊した外観を元に戻した後…私たちは両親と、ルーメンさんが待つ部屋に足を運んだ。




