20:この痛みは、忘れない
私が必死に戦っている間にアリアへお出かけのお誘いをするヴェルに対して抗議をすると、グサルの動きが一瞬だけ鈍った。
荒れ狂う業火の勢いですらも緩んだ理由は、視線の先に。
「…ヴェル」
こちらも、同級生の存在は覚えてはいたらしい。
「彼女、知り合い?」
「ああ。死んだと思ったが」
「残念ながら、君の勘違いだね」
「そうだよな。あいつはそう簡単に死ぬような悪魔じゃない。しぶとかった。ずっと」
「…?」
表情が穏やかなものになっていたような気がしたが、間髪入れずに私の背後へ業火を回す。
消耗した結界を追加せず、こうして油断した私も悪いが、ローブに火が移ってしまった。
「油断するなよ、賢者?」
「っ…!」
急いでローブを脱ぎ捨て、身軽になる。
灰すら残さすに消えたローブを見て、息をのんだ。
業火を浴びればああなるらしい。
…結界も張り直したが、実際「次はない」とみるべき。
———油断したが最期。次は業火に飲まれて私も死ぬ。
あー…なかなか持つなぁ、この悪魔。
私個人、体力があるというわけじゃない。
基本的に後ろで棒立ち。適当な魔法を打っていればおしまい。
アリアと違って、重い剣を片手に地面を駆けたりなんてしない。
…こういう「戦い方」が変わった時、自分の欠点を嫌というほど痛感させられる。
無事に終わったら、アリアと一緒に体力作りをしようかな。
そうでもしないと、私は長続きしないだろうし。
「また余計な事を考えているな?」
「いや、そんなことはない。ただもう少し早く終わる想定だったんだけどなぁ…って、考えていただけだよ」
息を整えながら魔弾を撃ち込む。
ああ、先程よりも数が減った。集中力も切れかけだろうか。
向こうはヴェルの血が効いているとはいえまだピンピンしているのに。
「しぶといと評判なもので」
「奇遇だね。私も師匠にしぶといレッテルをつけられているんだ」
「相討ちで、共に死んでくれ」
「それは私の師匠にしか売っていない権利。ポッと出のモブ風情には売らないよっ!」
どうする。これ以上は私の限界に近い体力も持たない。
残りの魔力も微妙だ。魔弾だけじゃ乗り切れない今…一か八か。やるしかないか。
杖を構え、この場を乗り切れる魔法を思い描く。
グサルを無力化、足止めして時間稼ぎ。
私はこれ以上持たない。案外奴がしぶとすぎる。
思い返せ。私が取れる手段…後は何がある?
忘れてはいけない存在がいるはずだ。
結界の外にいる面々は頼れない。頼ってはいけない。
結界の中でどうにかしなければいけない。
そういえば、私は「あれ」を忘れていないか?
こいつのことだ。いつでも「呼び寄せる」ように術を仕込んでいるだろう。
あいつなら、残りの懸念材料を全て解消できる。
頼るのは癪だが、そういう目的で入れ替わりをさせたのだ。
———存分に利用させて貰おう。
「なあ、グサル」
「あぁ!?」
「そういえば君、人質を取っていたよね?今、無事なのかな?」
「勿論だとも。厳重な警備で」
「今、私の仲間が助け出したって連絡が来たんだけど」
「そんなはずはない」
もちろん、連絡が来たというのはハッタリだ。
しかし、そんな警備を掻い潜って…時雨さん達はミシェラを救い出し、彼は代わりの人質として潜んでいる。
「どうして断言できるのかなぁ」
「ここにいるからだよ。人質は然るべき時に、然るべき時に使わないともったいないだろう?」
グサルが空間を開いて出したのは、眠るミシェラ。
悪魔はこういうこともできるのだろうか。後でベリアに聞いてみようか。
…ヴェルはそういうことに無頓着のような気がするからね。
知識面はベリアに聞いた方がいい。
しかし、アリアとハイドは大丈夫だろうか。
師匠は既に保護を行った事実を伝えているだろう。
偽物とはいえ…実の母親の姿をした存在が命の危機に晒されている光景は見るに堪えないはずだ。
できるだけ、この茶番は早く終わらせないと。
「せっかくだし、今ここで使おうか」
「どうやって?」
「今後の為に、俺と死んでくれ」
「嫌」
「じゃあ、こいつを殺そう」
「あっ…く」
眠る舞園はグサルに首を絞められ、呻き声を上げる。
…正体を知っていると、正直焦りより恐怖心の方が勝る。
舞園、こんな女性らしい声も出せたのか。こっわ。
姿は勿論だが、仕草も女性そのもの。
これが舞台役者としての舞園桜哉というわけか
性格が悪いだけのクソ幽霊ではなかったらしい
…曾お婆ちゃんが認めた役者と張り合った天才なだけあるな。
「や、やめて…死にたく、な…っ」
「賢者、いいのか?お前の選択次第で勇者の母親は首を折られて死ぬぞ」
「それはどうかな…ね、師匠!」
師匠に声をかける。
彼が提示した正解に辿り着けたようで、その顔は穏やかだった。
「舞台は閉幕だ。僕の元へ帰っておいで———桜哉!」
声が響くと同時に、ミシェラの姿をした舞園は目の色を変える。
一瞬でグサルの腕を切り落とし、彼の手から抜け出した舞園は彼を刀でバラバラに切り裂いた。
断末魔すら出すことなく、全身から血を噴き出すグサルをミシェラの姿で一瞥した後、彼は姿を戻す。
いつもの、舞園桜哉がそこに立っていた
「…もう動けない。後は果てるだけ」
「ありがとう、舞園」
「…別に。無事に終わって良かったな」
相変わらず私の存在なんてどうでもいいかと思いきや、何かもう一声あった…。聞き間違えか?
呆気にとられる私を無視し、ふよふよと舞園は師匠のところに向かう。
「ただいま、譲」
「おかえり、桜哉。今回はお疲れ様でした。ゆっくり休んでいて」
師匠の元へ辿り着き、舞園が姿を消す。
それと同時に、師匠が結界を狭め…グサルを囲むように展開する。
しばらくすると、グサルの身体は灰となって地面に残る。
これが悪魔にとっての「死」なのだろうか。
とにかく、これで終わりらしい。
「ノワ」
「ノワ!」
「ししょー…アリア」
アリアは泣きそうな顔で私に駆け寄り、師匠はゆっくりとした足取りで私の元へやってきてくれる。
ヴェルはハイドとお父さんに向かって「すてい。すてい。あいつには師匠としての仕事がまだ残っている。もう少しだけ三人にして」と引き留めていた。
まだ、何かあるのかな。
「無事でよかった!」
「あー…うん。ぎりぎりで」
アリアが抱きついて、私の無事を喜んでくれる。
うん、いい光景だ。一生これでいいね。
しかし、問題は師匠だ。
アリアからの抱擁を堪能していると———頬にぺちっと、触れる音がする。
頬がヒリヒリするような痛みなんて与えない。
けれどどこか痛みがあるそれは、アリアのものではない。
「君は、何をしているんだい」
「…ししょー」
手袋がない師匠の右手は私へ向けられていた。
私の頬に触れたのは、師匠の弱々状態の右手。
この男は吐き気を堪えているのか、それとも泣きそうなのを堪えているのかわからない表情を私に目を向けながら、私の頬を叩いたらしい。
「君の戦い方は命がいくつあっても足りない。自分を犠牲にする方法はとるな」
「はい」
「いつだって「敵以外の全員が生き残る方法」を模索しろ」
「はい」
「誰も、悲しませるな」
「ひゃい…!」
「泣かないでくれる?説教はまだしたりない。続きがある」
「帰ってからでいいじゃん…」
「帰ったら寝るだろ…まあ、今回だけだよ」
「ん!」
「よしよし…って、抱きつかないでくれる?頭に吐くよ」
「吐いていいからだっこして。立てない」
「はいはい。流石に頭は嫌だからおんぶで我慢してね…おえっ」
師匠は吐きそうになりながらも私をおんぶして、ハイドやお父さんがいる場所へ歩いてくれる。
アリアは私の手を握り、無言で具合を伺ってくれていた。
大丈夫だよ、という余裕もない。
今はただ、無事に終わった安心感で眠気が半端ないから…。
ふと、地面に何かが落ちる音がする。
師匠が吐いたのだろう。女性に触れたら吐くのに、私の我が儘なんて聞いちゃってさ。
私が眠るまでの間、師匠は定期的に吐いていたのだが———それでも師匠は私を運ぶ仕事だけは、誰にも譲らなかった。




