8:魔法使いの理
「やあ、一咲さん」
「こんばんは、師匠。しかしこれ…なんです?図書館ですよね?ここ」
ふわふわと浮かぶ身体。
紺色の制服に身を包んだ茶髪の私は、仁王立ちしている師匠を見下ろしながら彼に問いかける。
「そうだよ。君が魔法の訓練していた場所」
「こんなところでしたっけ?」
「こんなところでした」
「で、今の私はどういう状態なのでしょうか」
「魂だけあの世界からここへ引っ張ってきた。今の君は魂だけの存在になるね」
「なるほどなるほど。よくわからん」
「…」
師匠が生ゴミを見るような目線で私を見てくる。
来世で頑張っていようが、ふざけた対応を行った際の反応は変わらないらしい。
「す、すみません師匠…ちょっとふざけました」
「だろうね。今回は見逃すけど、次はないからね」
「へいへい。しかし、今の私は今幽体離脱状態なわけですよね?色々と危なくないですか?」
「何を心配しているんだい?」
「そこですよ。一応、十七歳?のうら若き乙女なんですから。口にするのも憚られるようなことをされたらどう責任を取ってくれるんです?師匠が私を嫁にしてくれるんですか?」
「…この世界は「賢者ノワ」の世界と異なる時間を進んでいる。ここでの一日は向こうに一秒にも満たないよ。ほら、変な心配はもうしなくていいよ」
気分が悪そうに、口元を手で押さえつつ師匠は問題点を解消してくれる。
先程まで普通そうにしていたのだが…急に具合が悪くなったように見えた。
「それ、時差ボケ起こしません?」
「ああいえばこういう…」
「そのボケが起きている間に口にできないような」
「時差ボケなんてなく、元の世界に戻れるよ…後、僕には婚約者が」
「ああ。孤児になった師匠に「私がずっと一緒にいてあげるね!」って言ってくれた師匠の生きる糧ことしぐべあっ!?」
頭に強い衝撃が走る。
気がつけば師匠は私がいる場所に飛んできて、わざわざ杖を振りかざし、頭を殴打しに来たらしい。
「あだー…」
「不必要な心配はしなくてよろしい」
「へいへい。あ、大事なことだから言っておくのですが、師匠みたいな偏屈性悪魔法使いはこちらからお断り…あ、すみません。謝るからその見るからに攻撃仕様な魔法が出てきそうな魔法陣を仕舞ってください」
師匠は愛用の魔法旗杖を降ろし、魔法陣を消してくれる。
「とにかく、何も問題はないからそろそろ本題に入らせてもらえるかな」
「どうぞ」
「そうしてもらえると話が早いよ…」
「と、いいたいところなのですが」
「…まだなにかあるのかい?」
「これ。今の私の姿はなんなんです?師匠の趣味?」
「…前世の君の姿じゃないか。それすらも忘れたのかい?」
「そういえばそうかも。こんなに可愛かったですかね?私、実は超美少女?」
「性格は全く可愛くないけれど、外面は可愛いに分類されるものではないかな?」
うわー…言い方。デリカシーなさすぎ。
しかも笑顔と来た。心の底から思っているんだろうなぁ…。
まあいいや。無駄話はここまでにしておこう。
「しかし本題に入る前に、僕も言いたいことがあってね」
師匠は若干眉間にしわを寄せつつ、私の頭を杖で軽く小突く。
「やだ師匠。杖で頭こんこんするのやめてください。頭蓋の中で空虚な音が響いて気分悪いんですよ」
「君の頭に何も詰まっていない虚偽申告はいらないよ。全く、枷をあんな使い方をして。三巻という佳境を迎えたら自動的に外れるんだよ?つまりのところ、君が今やらかした方法で僕と通信なんてできなくなるんだよ?」
「うぐ…」
「今回は永羽さんに能力を託した身として助けてあげるけれど、本来なら僕の接触はタブーなわけ。よっぽどのことがない限り、僕を表舞台に引き込むのはやめて貰えるかな?」
よっぽどがあればちゃんと表舞台に出てくれる。
…つまり助けてくれるとは。甘いなぁ師匠。激甘すぎる。流石お人好し。
厳しいけどしっかり甘い心配性。これが我が師匠だ。
だからこそ、それでからかいたくもあるけれど…同時についていきたくもなる。
弟子として魔法の才能を吸収したい気持ちもあるけれど、純粋に「ついて行きたい」気持ちがあるのだ。
…ここに来ることになったきっかけを含め、彼には恩義がある。
師匠として、尊敬もしている。私にとって師匠は、生まれ変わっても憧れの魔法使いなのだ。
「さて。無駄話も切り上げて、本題に入ろう」
「お願いします!」
「今から君に見せる光景は、実際に存在する並行世界の映像だよ」
「なんで並行世界?」
「…永羽さんの病が奇跡的に治り、能力を無事に開花させた世界といえば君の知りたいことは見えると思うけれど」
魔法ってそんなことできるんだ。
あれ?永羽ちゃんの病気って不治系だったはず。治る事なんて、奇跡でも起きない限り無いはずだけど。
でも「その気になれば、師匠は「あれ」で私達の病は自分の力で治せる」って手帳にそんな記載があった。
…なんだろう。思い出したらいけない気がする。
師匠はあの時、私達の願いをどう叶えたんだっけ?
その力を使えば、奇跡は起こせるだろうけど…。
…師匠はあの後、私達の前から姿を消したんだ。ニュースにもなった。
思い出せない。その後どうなったかまでは思い出せるのに。課程がどうだったか…。
「…何か、余計なことを考えていないかい?」
「あー。すみません。私にも色々と考える事があって。で、何の話をしていましたっけ」
「これから魔法で永羽さんの病が治った世界を見るよって話」
「あ〜。思い出しました。魔法ってそんな別世界を覗くようなこともできるんですね」
「魔法は理の中心に存在する奇跡にすら干渉する力だ。適切な時に使わなければ世界に惨事をもたらす呪いと化す」
「私達は摂理を守り、奇跡を操らなければならない。それが奇跡の代弁者…魔法使いの掟」
「その通り。その気になればできる事って言うものはね、生きていた間にたくさんあったよ。君たち二人の病だってそう」
「…師匠は確か私達の願いを叶えた時に、君達さえ願えば病気を治せるって言ったよね。あれってどういう…」
「「世界の理を書き換える願い」を使えば、君達をここに招くこともできれば…君達の病を治し、未来を与えることもできたってことだね」
「そう、なんだ。で、その魔法は!」
「教えません。それに「願い」だと言っただろう?魔法とは異なる代物だから、君に継承するのは無理だね」
「そっかぁ…」
「一応、同じ事ができる魔法は存在しているんだけど…」
「じゃあそれを」
「膨大な魔力を要求されるから、術者は必ず死にます。理をねじ曲げるのなら、それ相応の代償が発生するんだ」
「じゃあ、師匠もあの時…何かを代償にして私達の願いを叶えたの?」
「そうだね」
「師匠にメリットは皆無じゃない?」
「いいや。君達の願いを叶えることに、僕のメリットは存在した。色々あって今まで生きてきた二十一年分の記憶を飛ばしたかったのもあるけれど…一番はね、君達を引き離したくはなかったんだ」
「…寝たきりの永羽ちゃんと私の意識の間に共通の夢を作って、師匠自ら中継地点として私達の意識を共有。夢の中で話せるようにしたのも…それが理由?」
「うん。君達が互いに大事な友達だと認識していたのは、君達の意識を仲介していた立ち位置として認識をしていたからね」
正直、師匠はお人好しがすぎると思っている。
他人の為に魔法を構築して、都合が付く限り、中継地点として私達が駄弁るだけの時間を提供し続けた。
…普通はそんなことをする必要が無いのに。
「…私は弟子だとしても、最終的には他人ですよ。どうしてそこまで」
「僕が失ったものを、君達はまだ持っていたから。それを大事にしてほしくて、失ってほしくなかったから」
「…二ノ宮さんとのこと、言ってる?」
「さあ、どうだろうね。とにかく僕は、君達に今の感情を大事にしてほしいと思っている。君達が双方共に互いを思い、望む限り…僕は何を犠牲にしても、君達が側にいられるように手を尽くすよ」
「…やりすぎだっての」
「それぐらい君達の関係性が好きなだけだよ。君達が望むなら、鈴海の条例に同性婚OKまで付け加える所存でいたよ?」
「それ絶対私情の越権ですよね」
「至上の越権?」
「違いますよ」
「とにかく、今から見るのはその世界の光景。さあ、行こうか。物語を紡ぐ鍵となる世界を見に」
「あ、この流れで…?」
師匠が杖を振りかざした瞬間、光が瞬いた。
その眩しさに目を閉じる。
再び目を開いた先には、前世の世界が広がっていた。
それからしばらく、私は懐かしい前世の世界を。
そして永羽ちゃんが持つ能力を、目の当たりにすることになる…。




