3:術式破壊
あれから一週間後。
僕たちは無事にオヴィロの国境を越えて、首都ナティアへと辿り着くことが出来た。
それから先は手はず通りに。
ベリアとヴェルはアリアの方を追って貰い、僕と時雨ちゃんはルーメンがいる法務局近辺を歩いていた。
「もしゃもしゃ」
「美味しいですか、譲さん」
「もしゃもしゃ…うん、美味しいよ。しかしなんなんだい、これは」
とりあえず、ルーメンへ会う前に準備を進めよう。
法務局前にある四本の柱を観察しながら、時折触れておく。
それから腹が減っては魔法を打てぬ。先人達の偉大なる教えなのだ。守るべきだろう。
しかし、これはなんだろうか。
パンの間に挟まれている、まるでアフロみたいな緑色の草。
食感は若干固く、嫌にはならないけれど癖になる不思議なものだ。
この世界に存在している植物なのだろう。僕たちでいえば「キャベツ」みたいな立ち回りなのだろうか。
「もじゃもじゃ草のサンドウィッチだそうです」
「…もう一度、言ってくれる?」
「もじゃもじゃ草です」
「そのまんまじゃないか」
「食感が変なキャベツだと思えば、まあどうにか食べられますよ」
「それはキャベツに失礼だよ」
グルメというわけではないが、流石にキャベツともじゃ草を一緒にするのはキャベツに失礼だろう。
にょきにょき草といい、もじゃもじゃ草といい、この世界の植物の名称はおかしすぎる。命名した人間の顔を拝んでみたいものだ。
…まあ、もう一度見ているのだけど。
もう彼女とは会えないだろう。ここは受け入れてもじゃもじゃを口いっぱいに味わう。
「食べてから聞くのもなんだけど、これは食べても大丈夫な草なんだろうね…」
「見た目はあれですけど、問題ないどころか色々な栄養が沢山取れる優れもののようです。オヴィロの食卓には毎日出るそうですよ」
「もじゃが…毎日」
再び、もじゃ草を口に含む。
やはり変な食感…なんだか髪の毛を噛んでいるような感じだが、これでも栄養は十分に存在しているんだよな。
うん。しっかり食べて英気を養っておこう。
食べ終わる頃には口の中がもじゃもじゃしていたので、口直しに紅茶とデザートを頼み、時雨ちゃんと今後の段取りを決めていった。
「とりあえずだ」
「はい」
「やっぱり不法侵入で行こうと思う」
「正面から突破しようとしていた気概はどこに置いてきたのですか?」
「そうしたかったんだけど、聞き耳を立てている限り、ルーメンは娘の問題で皇帝に呼び出し。脅しパフォーマンスをするにしても何にしても、人通りが多いし、あの柱…見えるかい?」
「あの、銀色の柱ですか?」
「あれは鈴海にもよくあった代物さ。店の中で能力やマジックポケットを使用できないように…」
「…はっ!露骨すぎるからわかりませんでしたが、魔封の柱ですか?」
「正解。あれは魔封の術が仕込まれている柱で、あの柱が囲んでいる範囲では何人たりとも魔法や特殊能力を使用できなくなるんだ。ここの世界でも鈴海と同じような効力を発揮しているようだね。僕でも魔法や魔導具を使えなくなるよ」
「それは…」
「だから、ついてくるのは禁止。先に宿の手配をしてくれると助かるよ。転送魔法で君の元に飛ぶから、宿が取れたら部屋で待機でお願いするよ」
「了解です。しかし、譲さんはなぜ平気なのですか?」
「裏技があるんだよ。魔法使いだけのね」
「…本当に魔法使いという生き物は自由ですね。あ、譲さん。お気をつけて!」
「うん。桜哉、水、ピニャ。君たちは時雨ちゃんの方に」
『ああ。わかった』
『気をつけてね、譲君』
「合流場所でお待ちしております、主」
念には念を。二人とピニャを戦えない時雨ちゃんにつけて、僕は魔法で自分の姿を消す。
同時に感知妨害をかけて、一般人が法務局の扉を開けた瞬間に中に滑り込んだ。
・・
「…」
地下牢に蹲っていると、時間の感覚を忘れてしまう。
今は朝だったか、夜だったか。
どうせ外に出られないんだから、そんな意味はないか。
「ししょー…助けて」
「呼んだかい?」
「え?」
「やあ、一咲さん。牢屋生活楽しんでいる?その顔じゃ、最悪だったみたいだけれど」
「な、なんで…」
声がする方に手を伸ばすと、どこか懐かしい魔力の気配。
触れたら大変なことになるだろう。
だから、手は伸ばさない。
見えないけれど、わかる。
師匠が、ここにいる。
「魔封の手枷か…この先は通信魔法を使う。少し待っていて」
「…テンプレだけど、魔封が」
師匠が軽く私の手枷をなぞった気がした。
その瞬間、身体が少し軽くなる。
同時に使用できないはずの通信魔法が私に届いた。
『どうかな』
『…ちゃんと通信魔法が使えている?なんで?』
『仕組みは後に。今は君に関して』
『…了解』
返事をすると、師匠は近くに腰掛けたらしい。
透明状態のまま、静かに質問を始めてくれた。
『じゃあ、質問。君とアリアを引き離したのは、ルーメン?』
『違う。私とアリアを引き離したのは、お父さんじゃない』
『引き離したのは人間だ』
『そうだね。ハイドは人間だ。だから、この解答でいいはず。最も、彼が悪魔の擬態でなければだけれど』
『正体にはまだ辿り着いていないか』
『そんなところ』
『ちなみにだけど、アリアの両親が君を引き離したのかい?』
『見たのは、ハイドのみ。ミシェラ・イレイスの姿は確認できていない』
『そうか…本来ならここで出てくるはずのない存在だね』
『そうなるね。今、アリアはハイドと一緒にいる。ミシェラもいるかどうかは私にはわからないかな』
『十分。さあ、最後の質問だ。今回、君は全ての罪を認めるのかい?』
『あんな冤罪の山、認めてたまるものか』
「それじゃあ決まりだ」
質問は終わり———師匠がそう告げた瞬間、私の手枷が弾け飛ぶ。
魔封の術が入っているんだぞ…なんで、この男は魔法で破壊しているんだ。
「おい、お前…!なぜこんな所に!」
「はい、部外者は邪魔しない!」
爆破音で私の監視をしていた衛兵も異変に気付いたらしい。
師匠は透明化を解除して、牢屋全体に結界を張る。
その結界を突破しようとしてくる衛兵達を前に、師匠は余裕を見せつけながら授業を開始する。
こんな状況で、だ。
「魔道具には弱点がある。はい、それは何だったかな」
「確か、刻んだ文字が消えたら使い物にならないとか…」
「それだけではなくてね、刻んだ文字の改変で別の魔法に変化させることができるんだ」
「つまり、これも」
「そう魔封として刻まれる文字の、この部分を変えるとね、効果が魔封から虫除けに変わるんだよね〜」
「えぇ…」
なんだよ魔封が虫除けって。
今回は手を使えなかったから、どうあがいても成し遂げられないものだったけれど…いつかは役に立つかもしれない。覚えていて損はないだろう。
「術式崩壊は覚えておくと便利だよ。さあ!脱獄でもしようか!」
「ちょ、ちょい師匠…少しいい?」
「何?」
「あのさ…私さ、かれこれ一ヶ月、着替えとかなしでして」
「もう容疑者の扱いではないよね。この世界の常識かい?」
「多分違うと思う。なんか、私の扱いも含めて、今回は違和感だらけなんだよ。説明がうまくできないんだけど、変な感じで…!」
「着替えも無し、風呂も無し、食事もまともじゃなかったんだろうね。落ち着いてから、改めて考えよう」
「うー…」
「ところで君、杖は?」
「ハイドに折られたー…」
「魔法使いにとって杖がどういうものかわかっていてやっているんだろうね…いい度胸をしてるじゃないか…絶対しばく」
「ししょー…私が言うのもなんだけど、手加減してね。姿だけは、アリアの父親なんだから」
安定と安心のうさんくさい笑顔の上に、眉間と口角をヒクつかせつつ…師匠は衛兵達に向かって、珍しく荒い声を発した。
『ルーメン・エイルシュタットとハイド・イレイスに伝えろ。僕の弟子が世話になった。疲弊した弟子は預かる。一週間後にまた法務局へ遊びに来てやるから、勇者と共に待っていろ!結界を破れると考えている馬鹿な君達でも、これぐらいの伝言は覚えられるはずだ!さっさと仕事をしろ!』
完全に喧嘩腰じゃないか。小心者なお父さんが泣いちゃうんですけど。
まあいいか。今回ばかりは…対立しないといけないから、師匠に任せよう。
結界を牢屋の外に押し出し、牢の前に集まっていた衛兵を一気に払いのける。
その後、師匠は目を伏せたまま杖を一突き。転送魔法を使い…牢屋から脱出させてくれる。
後の騒ぎは…もうどうでもいいや。




