1:師匠の列車旅
「オヴィロ帝国」———かつての戦争で大幅に領土を失った歴史を持つこの国の首都ナティア。
かつてこそ帝国の中心部に存在したそうだが、今では領土を失った都合で国の東側に位置しているらしい。
「と、言うのが観光マップに書かれている内容だね」
「いつ手に入れたんですか…」
「列車に乗る前、食事と一緒に行商人から買ったんだ。オヴィロ観光全書。魔石一つで譲って貰えたよ」
「譲さんの魔石はその辺のものより質がいいです。一粒でも聖貨一枚相当はあるのですから、市場崩壊をさせないためにも、今度からきちんとお金で買ってください…」
「わかっているよ。でも、まずはそのお金を手に入れる必要があったからね。今回だけさ」
「…そうだった」
ぬいぐるみ状態になったリーダーピニャを抱いた時雨ちゃんは、小言を言いつつ窓の外を眺める。
メルクリア王国首都「メルクリッド」に降り立った僕たちは、ナティアまで魔法でひとっ飛び…と考えた。
旅は急げ。早く一咲さん達へ…ノワとアリアの旅に合流する必要があると考えたからだ。
しかし水の助言もあり、僕たちは道中の観光をしつつ、オヴィロに向かうことにした。
徒歩では流石に年単位の時間がかかる。
僕らは彼女達が歩いた道を走るオヴィロ行きの列車を移動手段として選んだ。
古めかしいそれは個室があるタイプの列車だ。
揺れは酷いし最悪なものだが、その風情は悪くない。
土地に慣れるのも大事だから、と…水は言っていたけれど———。
「どうされました、譲さん」
「ううん。こうして君と冒険をするのは久しぶりだなぁって思ってね。鈴鳴島以来だろう?」
「ええ、そうですね。最初で最期の冒険になってしまいましたが…」
どう考えても、気を遣われている様にしか思えない。
生前、互いが約束を覚えていることは確認していて…約束通りの間柄にはなったが、その数日後に二人揃って死亡。
紅葉と和夜に再会して謝れなかったこと、最後まで気を遣ってくれた千早にお礼を言えなかったこと。ピニャの最期を看取れなかったこと。
他にも沢山あるけれど…なによりも、時雨ちゃんを約束通り幸せにできなかったことが、一番の後悔となって地縛霊になってしまった。
何もかもを捨てたくなって、記憶を封じて。
旅立つ一咲さんに押しつけて、この世界に記憶を捨てた。
けれど、なんの縁か…気がつけば記憶は再び僕の元へ戻ってきてしまった。
腕に揺れる紅葉との誓約の証が———それを証明していた。
「ところで譲さん、頭が痛かったりしませんか?」
「そんなことはないよ。君は頭が痛いのかい?」
もうすぐミドガルの駅に到着する。
近くにオードガリアも存在するし、高濃度魔力に当てられた可能性もあるので声をかけると、彼女は全力で頭を横に振る。
「い、いえ。そんなことはないのです。ただ、記憶が戻って時間がそこまで経っていませんから、その、拒絶反応とか」
「心配ありがとう。意外と大丈夫みたいでね。どうにかやれているよ」
都合がいい話で、戻ってきた記憶の受け入れは意外とすんなり済んでしまっているのが、僕としては腑に落ちない。
落として数百年。その間に、僕としても心境の変化があったらしい。
「あの時の僕はまだ青くて、若かった」なんて言うのだろうか。
「記憶を失い、空っぽになった僕は記録という形で客観的に椎名譲という存在を知り、椎名譲として生きていた時代が、記憶を受け入れる下地を作っていたのかもしれない」
「…本当にごめんなさい。最初の再会で気がつくことができていれば」
「仕方ないさ。お互い、手紙のやりとりすらしていなかったんだ。僕の方こそごめんね。君に相談もなしに、記憶を捨ててしまって」
「仕方ないですよ。忘れたくなる気持ちも、わかりますから」
窓から視線を離した彼女は、隣に腰掛けている僕の肩に頭を乗せる。
ゆっくりと目を細め、か細い声で告げるのだ。
「でも、寂しかったです。もう絶対にいなくならないでください」
「うん」
「私の側で、笑っていてください」
「できる限り、頑張るよ」
表情筋が凝り固まって早数百年。
一咲さん曰く「うさんくせえ笑いしか出ないんですか」と言われるような笑い方しかできないらしいから、彼女が望むように笑えるかはわからないけれど…できる限り頑張ろう。そう決意を言葉にしておく。
ふと、部屋の扉がノックされる。
そういえば、この観光全書を売ってくれた行商人が「ミドガルから乗客が一気に増える」「座席のシェア交渉で部屋に訪れる人が多い」…そして「その時に荷物を泥棒されるケースも多い」と聞いた。
時雨ちゃん。僕はちゃんと魔石一つ分の買い物をしてきたんだよ。
二人分の切符に観光全書、食事と飲み物。それから現地の貨幣に情報という買い物をね。
「相席交渉かもね。君は大丈夫かい?」
「問題ありませんよ」
「じゃあ、そうだったら招き入れるね」
「はい」
僕はずっと起きているし、ピニャもいる。泥棒をされる心配はない。
時雨ちゃんを守る態勢は整っている。
だから誰が来ても———。
「突然すみません。空いている座席を探していて…ぎょえっ!?」
「お姉ちゃん、空いている座席、あった?」
「…入って」
「あ、ああ…」
「どうしたのお姉ちゃん。顔色白いよ」
扉の前にいたのはベリアとヴェル。
まさか妹の方まで一緒とは…どういうことだろうか。
一応、話を聞かれないように部屋全体に遮音魔法をかけて、僕は彼女たちに話を切り出した。
「なぜ君がここに…てっきりアリア達についていたのかと」
「いや、国境付近に最近「悪魔の魔力反応」と「オヴィロ法務局に登録されている危険人物」を見つけたら捕縛する魔法とやらが設置されたらしくてな。二人についていくことはできないから、あたし達だけ別ルート」
ふむ。なるほどなるほど。
その魔法に、悪魔である二人は間違いなく捕縛されるね。別ルートを進む理由としては納得だ。
「徒歩で国境が越えられないから、とりあえずまだ設備が整っていない列車ルートでオヴィロに入ろうと思っているところだ」
「このルートが一番入り込みやすいってなんなの…?」
「さあな。悪魔は金持ってないって思われてんじゃね?」
「でも事実君は無一文だったよね?どうやって列車のチケットを手に入れたんだい?」
「お前の魔石を使った。パシフィカ経由でミリアに託したら、商人に交渉して聖貨200枚にして来てくれた。手数料を渡して、残った金で私とヴェルは列車の切符を買って」
「現在に至るというわけ」
確かに、ベリアに「食事」として提供している魔石は大きいものだ。
一粒で聖貨1枚。食事用魔石なら聖貨100枚は固いと思っていたが…200枚にしてくるとは。
ミリア・ウェルドは交渉上手だったらしい。なんで修道女なんてやっているのだろうか。商人にでもなればいいのに。
「ところでお姉ちゃん、こいつ誰?」
「あたしの、ご主人様だけど…」
「貴方がそうだったの?私はヴェル・ベリアル。不本意だけどお姉ちゃんがお世話になっています。私のご主人に契約委譲、考えておいてね」
「私のご主人って?」
「ノワ・エイルシュタット…貴方の弟子」
あの弟子…隷属魔法まで覚えたのか。
彼女は、ベリアが隷属された時にはまだいなかった。
だからこれは、そういう魔法があると言うことをベリア経由で知ることにはなったが…術自体は一から自分で見つけ出したということだろう。
これは魔法使いという観点で言うと、禁術を編み出しているので褒めてやるどころか、彼女を叱らなければいけない。
そしてその記録を抹消させる…それが本来の魔法使いの姿だ。
しかし僕個人的な意見を述べると褒めてやりたい。
これは禁術である上に、非常に難しい魔法なのだ。
それを初見かつミス無しでやり遂げるとは。
まだまだあの子は成長するらしい…流石僕の弟子。
そんなあの子になら…「あれ」を託してもいいかもしれない。
「いいよ。考えておこう」
「絶対!絶対だから!」
「うるさいな…しかし、ベリア。まだ捕縛魔法の設備が整っていないらしい列車で国境を超えたとしても、検知には引っかかるんじゃないの?」
「そこはまあ、どうにか」
「全く。少し待っていてね…」
魔力検知防止の上に、偽装の魔力を表面に貼り付けて、この世界にいるごく普通の魔法使いに見えるように彼女たちを偽装までは簡単だ。
最後に、季節感皆無のニット帽に隠されている角か。
流石に削りたくはないし、透明化で消しても物体は残る。
「…変身魔法」
「あ、あたしら遂にナメクジにでもされるのか…?」
「いや、それではダメだ。性質が残る。ちょうどいいものがあるんだ。これを使おう」
マジックポケットの中から、木彫りの人形を二体取り出す。
人型のそれを、僕は二人に手渡した。
「…これで、何をするの?」
「身体の入れ替えみたいなことかな。君たちには今から「人間の身体」を手に入れて貰う。時雨ちゃん」
「はい」
時雨ちゃんは僕が何をしたいのか瞬時に理解したようで、ベリアとヴェルの身体を素早く測定してくれる。
この結果が必要になるのは、後のことだ。
「今から僕が君たちの魂をこれに入れ込む。人形の中にね」
「でも、魔力で悪魔だって感知されるんじゃ…」
「人形の表面に偽装魔力を貼り付けておくよ。元の身体を収納する水晶には感知妨害を仕込む。これで君たちが悪魔だってバレることなく都市間を移動し、探索が行えるはずだよ。ただ、身体能力は悪魔時代からかなり落ちるだろうから、無茶はしないでね」
「それでいて、効果の程は実際に確認しないといけないのが難点ってところか…いいぞ。それでいこう。お前の魔法なら、この世界の感知技術なんて誤魔化せるだろうし」
「お姉ちゃんがいいなら、私もいい」
「じゃあ決まりだ」
僕は素早く魔法をかけて、二人の身体から魂を抜き取る。
魂は人形に、残された悪魔の身体は水晶の中にいれて…おしまいだ。
「…人形の中なんだよな。普段と変わらない気がするが、ヴェルはどうだ?」
「逆に動きやすいかも」
「しなやかな動きにこだわってもらい、僕が魔法を使って滅茶苦茶頑丈にしておいた。問題なく動かせているね」
他にも魔法は仕込んでいるけれど、それは追々話していけばいいか。
とりあえず、今彼女たちに必要なことだけを伝えよう。
悪魔の身体には水晶に触れつつ「リターン」って言うだけでいつでも戻れるようにしていること。
水晶は落とさないように身につけておくこと。壊してもいいし、落としてもいいけれど、その時は一生非力な人形で暮らすことになるとだけ伝えておいた。
「てか、私達全裸なんだけど」
「早くどうにかしてくれ。羞恥心はあるんだぞ…」
「譲さん、見ないでくださいね」
「興味ないから安心して」
「「「それはそれでどうなんだ」」」
全く…ヴェルはともかく二人は今の僕の現状を知っての発言なのだろうか。
触れたら吐くんだぞ。見ていたら頭痛がするんだぞ。
…勘弁してほしいのはこちらも同じなんだ。早めに対処しよう。
「…衣服は、今まで君たちが着ていた服だと流石に目立つかもね」
「そうだな。何か出せるか?」
「じゃあ、適当に———」
魔法で二人に新しい衣服を与える。
ベリアは探偵風の服を、ヴェルはベリアと対のデザインをした助手風の衣装にしてみた。
「サイズはどうだい?」
「問題ない。あと、趣味にも合っている。感謝するよ」
「感謝。これで契約委譲を確約してくれたら、もっと感謝」
「ベリア。君の妹は自我を持って話すことが契約委譲のことだけでいいのかい?」
「いや、流石に駄目だと思っている。申し訳ないな…」
「僕が言うのもなんだけれども、苦労させているね」
「本当だよ…。ま、自由にしろとは言わないけど」
「なんで…?」
「お前に隷属され続けたいわけじゃねえけどさ、繋がりは結果的にあたしに手を差し伸べてくれたあの子の手助けになる」
あの子は色々なものを背負いすぎている。
それに気がついて支えてくれる人が多くなることは、あの子の為にもなるだろう。
「ありがとう。今後ともサポートは欠かさないから、気がついた点があれば教えてくれ」
「了解だ。さて、しばらくは列車の旅でも楽しもうぜ」
「そうだね。あれ、時雨ちゃんは?」
ふと、隣を見ると先程までいたはずの時雨ちゃんがどこにもいない。
蚊帳の外みたいな雰囲気を出してしまっていたし、気分を悪くさせただろうか。
「ただいま戻りました…!」
「時雨ちゃん、どこに」
「どこにって、停車駅で新聞を買いに!新しいのが出たと思って…それよりもこれ!」
時雨ちゃんが興奮気味に押しつけた新聞を、僕たちは覗き込む。
「あいつ、遂にやったのか…」
「ひゅう、ご主人が超目立ってる。一面だ」
「あのバカは…」
見出しは「元勇者一行「賢者:ノワ・エイルシュタット」国境付近で捕縛!」
読むにも耐えない内容だし、頭痛がしてきたのだが…とにかくまとめる限り、数多の犯罪疑惑が存在していおり、オヴィロ法務局にマークされていた彼女は他にも余罪が大量に発覚しているらしい。
このままでは賢者資格の剥奪もあり得るとか。
そんな僕の弟子は現在、法務局の地下牢でお世話になっているようだ。
———勇者パーティー崩壊の危機、そして「賢者」ノワ終了のお知らせ。そんなワードが脳裏に浮かぶ。
「…どうやらこれが、僕が呼ばれた理由らしいね」
「譲さん、気を確かに…」
ストレスで痛む頭を抑えた僕の背を、時雨ちゃんは優しく撫でてくれた。
少しずつ落ち着きを取り戻し、僕は自分がやるべきことを考える。
まずはノワと合流しないと。
それから、彼女が脱出できるように取り計らって…アリアと合流させなければいけない。
とりあえず、見たくはないけれど…情報は大事なものだ。
新聞を読み込んで、現在得られる情報を揃えようか。




