36:舞桜と雲雀の安らぎ
「…少し、考え事を」
「へぇ。聞かせて貰えるかい?」
「実は」
ぽつりぽつりと話し出してくれる姿を見て、小さく拳を握りしめる。
上手くいっているらしい。
…状況が味方をしてくれたというのもあるだろう。
負傷状態。精神も憔悴…と、言ったところか。
虚ろで、今にでも閉じそうな赤い瞳は現実ではなく「そうであってほしい理想」の一つを映し出す。
やはり申し訳ないが…対話が難しい彼と話すにはこれが一番手っ取り早い。
しかし、病室で見聞きした姿を真似ているだけ。
言ってしまえば雑な演技だろう。その程度で欺ける状態ということは、かなりまずいのではないだろうか。
「…水さん。足が切断された状態で帰ってきたよね」
「う、うん。時雨ちゃんから、そう聞いているよ…?」
「あれ、僕が幻術に惑わされたせいなんだ…」
「!?」
「譲?どうしたの?発作?びっくりさせたせいかな…」
「い、いや。大丈夫!心配はいらないよ!?」
「それならよかった」
初対面の様子とは異なる態度。
演技?それともこれが本来の姿…?
わからない。私は舞園桜哉という存在がよくわからない。
とりあえず、もう流れに身を任せるしか…!
「昔からごめんね。未熟者で」
「い、いや…桜哉はよくやってくれているよ。難題を頼んでいる自覚はあるし…」
「だが、未熟者でもその雑な幻術ぐらいは気がつくぞ…何をやっているんだ、霧雨」
「ですよねぇ」
やはり気づかれていたらしい。
可哀想なものを見るような哀れんだ目を向けられつつ、私は肩を落とした。
同時に、見破られた事で幻術も解けたらしい。
「でもまあ。譲が言いそうなことばかりだよ。うっかり騙されそうになった」
「演技はこれで二回目なので、そう言われると自信がつきますね」
「才能の片鱗は見えるな。縁者に役者がいたとか、聞いたことは?」
「いえ、前世の私は外に出たことすらありませんから」
パシフィカは遠くにいると言っていた。
だから、聞かれていないと信じつつ…聞かれたことに答えていく。
「じゃあ、身内の苗字。旧姓とか知っていることは?」
「えぇ…ええっと、確か、母の旧姓が「雲雀」と聞いたことがあるぐらいです」
「…雲雀」
「ええ。それから母以外の雲雀家は全員芸能人だと聞いています」
「なるほどな。道理で君には、譲に似ているという要素以外にも気を許せるわけだ」
「…?」
舞園さんを安心させる要素が他にもあるらしいが、残念ながら心当たりはない。
雲雀が何か関係しているのだろうか。
「雲雀朱音。その名前に聞き覚えは?」
「祖母が時折、昔を語っていた際に…祖母の、歳の離れたお兄さんで、戦争で亡くなったと。お知り合いですか?」
「かつての友人だ。所属劇団は違ったが」
「それはつまり、一咲ちゃんの曾お婆ちゃん…紫苑さんともお知り合いで?」
「ああ。俺はあの女が現役戯曲作家だった時代に生きていた」
こういうのを、奇妙な縁というのかもしれない。
舞園さんと、私と一咲ちゃんの親戚に当たる人物が知り合い。
世間は思っていたよりも狭いらしい。
「その雲雀朱音という人物は、どんな方だったのですか?」
「傀儡」
「それ、褒めているんですか?」
「人間としては褒めていない。けれど、演者としては最上級だ。何にでもなれるのだから」
自分がない傀儡だからこそ、できる演技がある。
空っぽの器に、しっかりとした人物背景を流し込むことで雲雀朱音は「鴇宮紫苑が紡ぎ上げた物語の登場人物」として顕現できていたそうだ。
それは一種の憑依であり、精神に異常をきたした危険な技法。
「演者のことを全く考えていないトンチキかつ狂気じみた戯曲を用意するあの女もあの女だが、その注文に全て応える朱音も狂人だったな…」
…紫苑さんは実際に同じ時代で生きていた人からもこんな扱いのようだ。
賢者ノワは、老年期———彼女の遺作に相当するものだ。
若かりし頃の鴇宮紫苑は、どんな物語を紡いでいたのだろうか。
知りたいけれど、この話を聞いたら躊躇してしまうな。
「ま、世間話もこの程度。君に恐怖心を抱かないのは、朱音の血縁者だからだろうなということで、俺の中でも腑に落ちた」
「それはつまり狂人扱いってことですよね」
「そうだが?」
「それなら、紫苑さんも苦手ですよね?一咲ちゃんを無視しているのは何故ですか?」
「昔、鴇宮には足と腕を数回たたき折られていてな、それが直接的な死因ではないのだが、死ぬ原因にはなったから。だから鴇宮嫌い。ひ孫も嫌い」
「ち、ちなみに、死因は…?」
「姉に首を絞められて窒息死。逃げようとしたんだぞ、骨折した足を必死に動かして、腕で必死に抵抗して…まあ、こうなっているわけだが」
「あぁ…」
意外とすんなり話してくれた死因。
確かにそれならば、直接的な死因ではないにせよ、死んだ原因にはなったのだろう。運がない。
「ええっと、この後も聞いても?」
「勿論いいが?」
「軽いですね」
「正直なところ、やけも入っている。この流れで話さないと、今後話せる気がしないから。他に何が聞きたい?」
「なぜお姉さんから絞殺を?仲のいいご姉弟ではなかったのですか?」
「そんな姉に、一人の男として好かれてしまった」
「お姉さんは…舞園さんに恋愛感情を抱いていたと言うことですか?」
「そういうことだ。最後まで全部無理矢理奪われた。勿論、命まですべてな」
初対面に近いから、話せることもあるのかもしれない。
短い間柄だからこそ、こうして述べることができるのかもしれない。
ミドガルにきて、娼館という存在を知った。
そこで何をするのかも、教えられた。
今、彼の言葉が理解できないほど私は無知ではない。
「…命は勿論ですし、ましてや姉弟。それを抜いたとしても、そういうのは互いの了承を得なければいけないのでは?」
「ああ。その考えは大事にしてくれよ。俺みたいな犠牲者を増やさないために」
「どうしてお姉さんは」
「恋をしている人間の中には、余裕がなくなってしまう存在がいる。桜花はその一人だっただけだ」
「こい、ですか」
「…甘くて優しいだけではない。それには欲が沢山芽生えてしまうから」
「私は恋をしたことはないのでわからないのですが、それは舞園さんの主観ですか?」
「そうだな。俺はそう考えている」
舞園さんの、伏せた瞼の裏には誰がいるのだろうか。
いや、答えは決まっているか。
唯一、何のしがらみもなく…彼と会話ができるあの人だ。
「話をそろそろ本題に移そうか」
「はい」
「足の件、冗談じゃないんだ。切り落としたのは俺」
「幻術に惑わされたのも?」
「そうだな」
「お二人が襲撃された後、私に巻き込まれる形で椎名さんも術にかかりました。理想と思わしき夢を見せられて…怒り心頭でしたよ」
「性的欲求を満たす術だろう?あの双子悪魔は安直的な思考なのか、男にはその手の夢を見せるようだな。最も、俺と譲には悪手だが」
「そうですね。話を聞くに、椎名さんは時雨さんとの夢だったようですが」
「俺は水だ。もちろん、彼女の事情を知っていれば彼女がそんなことをしないことなんて簡単に理解できる…けれど」
理解してしまったからこそ、幻術として切り伏せた。
その先にいた、現実の水さんと共に…と、いったところか。
「水は、その…何か言っていたか?」
「いいえ、むしろ早く舞園さんを探さないとといの一番に図書館を発ちました」
「怒っていてくれた方が、気持ち的に楽だったが…その水は今、どこに?」
「そうです!水さん!今戦闘中とのことで!」
「…なるほど。ピニャ達は水の攻撃に巻き込まれたくないから、先に俺の元に行って説得をと考えたのか」
舞園さんが指を鳴らした瞬間、桜と舞台は消え失せて———私たちは墓地に降り立つ。
離れた位置にいたパシフィカも隠匿の術を解いて、私たちの前に姿を現してくれた
「アリア。その方が探していた…」
「うん。舞園桜哉さん。舞園さん、こちらパシフィカ!私の友達!」
「二人と二羽できたのか。まあとりあえず話を進める前に水と合流しよう。雑魚相手だといいんだが水は若干無茶するからな。急がないと傷がまた開いてしまうだろうし、早く駆けつけてあげないと水が危ない。成仏をさせられることもないしなんなら死ぬこともないけれどこれ以上彼女が痛い目を見るのは避けなければいけない義務。しかしなぜ結界に入り込んでくれなかったんだ。あれは悪魔を迎撃できるように作ってあった一種の「ホイホイ」なのに…」
ぶつくさ言いながら早歩き、そして全力で駆け出した舞園さん。
追うのは意外と大変で、その速さに一度パシフィカと目配せして…私達自身で追うことを瞬時に諦めた。
「「ピニャ、追跡!」」
「「ぴにゃぁ(了解。本当に手がかかるな、あの地縛霊は!)」」
高速で移動していった結果、見失ってしまった彼を…ピニャ君達に追跡して貰ったのは言うまでも無い。




