35:即興劇の幻術
一番奥と思わしき場所には、舞台が作られていた。
古めかしいその舞台はおそらく、舞園さんが生きていた時代のものだろう。
木造建築のそれは、どこか古めかしくて…しかし、使い込まれた跡は歴史を感じさせる。
そんな場所に立てていた彼は「ただの舞台役者」という訳ではないだろう。
一体彼は地縛霊になるまでどんな日々を送ったのか。
その秘密はこの空間に閉じ込められているのかもしれない。
本人の許可無しに知るのは気が引けるけれど、協力関係にある今…少しでも彼に歩み寄るきっかけができれば、願ったり叶ったりだ。
「ここは、舞台でしょうか。屋内様式ですが、しっかりしていますね。舞台上の板材もなめらか…それでいて、しなやかで、肌触りがいい。こんな素材は見たことがないですよ、アリア」
若干興奮気味に舞台へ触れるパシフィカ。
建築というか、舞台への興味がある…のかな。
「そっか、パシフィカは舞いを踊っていたわよね。スメイラワースでは、石作りの舞台だったかしら」
「ええ。木造は珍しいですよ。舞台の主流は未だ石材ですので」
「これ、珍しいの?」
「大海の外ではもう当たり前なのかもしれませんね」
「そうかもしれないわね。私はそういう話に疎いからわからないのだけれど、最近は木造建築の舞台も出てきたの?」
「まだ一つだけですがね。試験的に製作されたと来ています」
「へえ…それ、どこあるの?」
「そうですね…オヴィロ帝国の首都ナティアに存在する最新鋭の舞台です。これと似た作りをした舞台が見られますよ」
「木材は舞台に向かないのかしら」
「素材次第ですね。メルクリア王国には土地柄といいますか、建築に向かない「加工が難しい」木材しか存在しないのです。加工に向いている木材は帝国の方に多く存在しています」
「なるほど。パシフィカは物知りね」
「だ、伊達に長年生きていませんので…」
頬をかき、照れくさそうに目を逸らす彼女はうっすらと微笑んでいた。
褒められるのは、嬉しいらしい。
「こうして力になれることがあるのなら、これからも手助けします。私も、微力ながら支えられるように」
「ありがとう」
「どういたしまして。さて、この舞台を隅々まで観察したい欲はあるのですが、ここから先は行き止まり。進むには…」
パシフィカが指で示してくれた先は「天井」
上にぽっかり空いた穴の先には、まだ道が続いているらしい。
「ノワがいれば、飛べたかもだけど」
「…」
「どうしたら…」
「アリア」
「どうしたの、パシフィカ。」
「精霊には、その、羽があるのですが…」
「でも、貴方…」
「頑張って、浮く程度はできます。あれぐらいであれば…ギリギリ…」
「じゃあ、あの先にも」
「行けますよ。ええ、行けます!絶対!行きます!」
気づいてくれて嬉しい!と言うように、胸を張る彼女は、長く生きてきた大人のはずなのに、どこか子供っぽくて可愛らしい。
「飛び回ることは出来ませんが、私のこれも決して飾りではありませんので。どんと、頼って貰えると!」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「勿論です!」
「でも、私は重いかも…」
「これでも巡回騎士ですよ。腕には自信があります。ご安心を…っと」
ひょいっと、身体が宙に浮く。
どうやら、パシフィカの腕に抱かれているらしい。
ノワとは異なるしなやかで、それでいて力強い腕。
細いけれど、筋肉はしっかりついているようだ。
服を着ているとわからないけれど、パシフィカはきちんと「剣で戦える身体」になっている。
…これが「私が至らないと行けない到達点の一つ」なんだよな。
「ご、ご存じの通り、背中に羽根がでますから…安定感を考慮して、これで。しっかり支えさせてください」
「え、ええ。勿論。貴方にお任せするわ」
「ありがとうございます」
お礼を告げた瞬間、パシフィカの足下に魔法陣が展開される。
鮮やかな赤。太陽のように輝くそれから紡がれる糸は、パシフィカの背中に伸びていく。
「精霊も魔法というか、術の類いが使えるの?」
「ええ。羽根を常日頃から出しているのは生活に支障がでますからね。こうして「隠匿の術」を使用し、収納をしています」
「他にも、使えるの?」
「そうですね。私の場合は剣ばかりなので、他の精霊と比較して使える術は少ないです。使えるのは、隠匿と幻術に疾風。後は、明かりを灯す程度ですね」
術の詳細を聞き終えると同時に、彼女の背中には赤く透き通る羽根が広がっていた。
二枚羽根とかつて表現したとおり、パシフィカの羽根は普通の精霊がもつそれとは形状が異なる。
けれど模様は今まで見たどんな太陽の精霊の中でも美しい。
彼女の羽根には、太陽の意匠がうっすらと刻まれている。
動かす度に舞う光は、太陽の加護をたっぷりと浴びているかのように輝いていた。
「特徴的な形をしているわね」
「ええ。個体ごとに形が異なるんですよ」
「パシフィカらしい、綺麗な羽根ね」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです」
照れくさそうに笑った後、私を支える力を込める。
ウオーミングアップだろうか。彼女は羽根を浮かない程度にゆっくり動かし始めた。
「さて、そろそろ向かいましょうか。しっかり掴まっていてくださいね」
「勿論。お願いします!」
「任されました」
ゆっくりと宙に浮き、右足を踏み込んで、くるくると回るように舞い上がる。
飛ぶ、というよりは浮いている。
だけど間違いなく、私は今———飛んでいる。
「安全飛行ね」
「これが通常ですよ。ふわふわと舞い踊るようにしか飛べないので…期待させてすみません。もう少し、ばびゅーんと鳥のように飛ぶようなイメージがありました?」
「いいえ。この薄羽根で勢いよく飛んで、羽根を傷つけたら大変だもの。それに、遠目からみたらきっと綺麗だわ。アルシアの彫刻に描かれたそれのように」
「きれ…あはは。嬉しいですね。さあ、もう少しで穴に入り込みますが…不意打ちとか大丈夫ですかね?」
「ぴにゃ(我々は一日一度だけ、身を守る結界を張れる。不意打ち攻撃を警戒しているのなら、我々が守るから安心してほしい)」
「ぴ!(不安は解消!)」
「なるほど。便利な鳥ですね。ちなみにですが、君たちは飛べないのですか?」
「ぴにゃ(飛べないねぇ)」
「ぴにゃぁ(我々雛鳥だから。リーダーを除く)」
「そうですか…まあ、それならそれで構いません。今から突入しますので、お願いしますね」
「「ぴにゃ!(了解!)」」
「お願い、パシフィカ」
「勿論です」
「それからパシフィカ。念には念を…なんだけど」
「ふむ」
計画をパシフィカに伝えると、彼女は納得した上で私に幻術をかけてくれた。
「…一応、貴方やピニャたちのイメージ通りに作りましたが、あの賢者の師匠は思っていたよりは普通そうですね」
「あー…あ、声も問題ないかな。ピニャ…くん」
「ぴにゃ(主に聞こえる!)」
「ぴにゃにゃ(集中したらアリアに聞こえるけど…まあ、地縛霊程度なら余裕でだませる!あいつちょろいから!)」
「騙していいかわからないけれど、今の舞園さんとちゃんと話すためにはこういう手段も必要だと思うから」
「しかしバレた時が怖いんですよね」
「それはまあ…わかるけど。その時はその時でどうにかするしかないと思うわ!」
そもそも、アリアでは会話すらできないような存在なのだ。
対人が駄目。女性とは話そうとしない。
あの時は流れなのか、私が椎名さんと似ているからとか、詳細な理由こそ不明だが会話をしてくれた。
しかし、通常は水さん以外の女性とは話そうともしない。
その性質が今、通用するなら…椎名さんの姿を借りて初めてスタートラインに立てるようなものだろう。
長年椎名さんの側にいる舞園さんを騙せるかどうかは、私次第だ。
「…アリア、大丈夫ですか?」
「大丈夫。まずは彼と話すことから始めないとだから」
「わかりました。隠れて見守っています。どうか、無理をしないように…」
ゆっくりと穴の中に入り込むと同時に、パシフィカは私を地面に下ろしてくれる。
それから彼女は隠匿で姿を消し、遠くから様子を伺ってくれた。
「…譲?」
「やあ、桜哉。こんなところで何をしているんだい?」
侵入者に反応を示してくれた桜哉さんはボロボロの身体をふらつかせつつ、私の前に立ってくれた。
演技は今のところ疑われていない。
病室へ遊びに来てくれていた彼の真似をしているだけだが、意外とバレない物らしい…。
いるはずのない椎名さんの出現に目をぱちくりさせている彼に、私は考える時間を与えないために、間髪入れずに話を進め始めた。




