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26. 初めての

「ふう」

 何度目になるか分からないため息をついて、ユーティスは本を閉じた。

 日は既に落ち、王城もユーティスと護衛の者達を残して皆寝静まっていた。

「はぁ……駄目だな」

 ユーティスはこの数年、近隣諸国だけではなく、世界中の国々について風土や風習、経済、歴史、言語等々を勉強している。が、ここ最近、中々身に入らない。

 原因は分かっている。

 『魔王の森』以来、サラと上手くいっていないことが胸につかえているのだ。

「寝るか」

 くいっ、と水を飲んで、ユーティスはベッドへと向かった。ユーティスの私室は広く、シンプルだが上質の家具がセンス良く配置されている。所々に設置されたランプは全て消され、ユーティスが持つランタンだけが灯りをともしていた。

 ユーティスはランタンをベッド脇のテーブルに置いた。

 ローブを脱ごうと止め紐に手をかけて、ピタリと動きが止まる。

「……誰だ」

 テラスへと続く窓のカーテンが僅かに揺れる。ユーティスは音を立てずにベッドの下から剣を取り出した。

「ティアナか?」

 カーテンの膨らみ具合から女性であることを推察し、ユーティスは優しく問いかけた。

「今度忍び込んだら近衛兵に突き出すと言ったはずだが?」

「……」

 カーテンの君からの返答はない。ユーティスの鼓動が早くなる。

「……サラか?」

 ピクッと、カーテンが揺れた。

「サラ!」

 気が付くと、ユーティスはカーテンを開けていた。これがもし刺客であったなら、とんでもない失態である。普段のユーティスならば絶対にしない行動であった。


「サラ」

 月明かりに照らされながら、サラは恥ずかしそうに顔を背けていた。

 半年ぶりにまともに見る愛しい少女は、化粧をしていなくても分かるほど、ぐっと大人っぽくなっていた。ドレス姿でもローブ姿でもなく、寝間着に近い服装のせいか、淡い色気まで感じさせる。

 ユーティスの胸が高鳴った。

「……ユーティス?」

 名を呼んだだけでそれ以上何も言わない事を不審に思ったのか、サラは上目遣いでユーティスを見つめた。どくん、とユーティスの胸が熱くなる。身長差が30センチ近くあるため、ほぼ真下から見上げてくるサラは、幼さと大人の色気が混ざった妖しい美しさをたたえていた。

「……サラ!」

 こらえきれず、ユーティスはサラの身体を引き寄せた。

「ひゃっ! うわうわうわうわ! ユーティスっ、前、前っ! ひゃああああ」

「前?」

 ローブを脱ぎかけていたせいか、ユーティスは前がはだけ、逞しく成長した胸が露わになっていた。そこにサラを搔き抱いたため、サラはユーティスの素肌に顔を埋める形になってしまったのだ。

「……………………………………………………」

「ユーティス! 不法侵入してごめんなさい! ひえええええ。離してくだせぇ……」

「…………却下だ」

「ええええええ!?」

 胸の中で、声を抑えて悲鳴を上げながら、モゾモゾと抵抗する少女の何と愛おしいことか。『魔王の森』で意見が対立し、気まずさから距離を置いていたことが嘘の様に、顔を見ただけで愛しさが溢れ、声を聴いただけで涙が出そうになる。

(こんなにも…………こんなにも、俺はサラを求めていたのか……!)

 ユーティスはサラの頭に顔を埋め、ギュッと両腕に力を込めた。

「ひええぇぇ……? ん? ユーティス……? 泣いてるの?」

「泣いてない」

 サラが顔を上げようとするが、ユーティスはサラの頭に手を置いて自分の胸に押し付けた。

「サラ。君の方からこんなところに来るなんて、不意打ち過ぎて卑怯だ」

「ごめんなさい。……だって、ユーティスったら全然会ってくれないんだもの。私、ちゃんと謝りたかったの! その上で、ちゃんと自分の目的を伝えなくちゃって思ったの」

「……俺も、君とはちゃんと話さなくてはならないと思ってた。だが、君と向き合う資格が俺にはない」

 ユーティスは今まで見て見ぬふりをしてきた現実に打ちのめされていた。

「……俺は、ただの王子で、君は『聖女』だ」

「そんなこと言わないで!?」

 サラはバッと腕を伸ばして、ユーティスの胸から離れた。久々に見るユーティスは、夜露に濡れた薔薇の様に美しかった。だがそこに、自信に溢れ、前だけを見ていたゲームの中の第一王子の姿はない。

 プライドも、信念もボロボロにされて、それでも倒れることを許されず、もがき苦しむ現実の王子。ユーティスを苦しめているのは他の誰でもない、自分だと、サラにははっきりと分かった。

 ユーティスの頬に涙はないが、泣いている、とサラは感じた。じわっと、サラの涙腺が緩んだ。

「ユーティスは、本当に凄いわ! ユーティスは私の自慢の仲間よ!? 資格がないとか言わないで!」

「いいや、サラ」

 ユーティスはサラの肩に両手を置き、小さく首を振った。

「俺と君は、対等ではない」

「そんなこと……」

「君は何を隠している?」

「!!」

 ユーティスからの質問に、サラは言葉を失った。目を丸くするサラを見つめたまま、ユーティスは吐き出すように言葉を繋いだ。

「俺には、君が見ている世界が見えない! 君はいつも俺とは違う次元で物事を見ている。それは、『聖女』だからなのか? パルマやリーンには、同じものが見えているのか? 君が『夢を見た』と言う度、俺は君が恐くなる。君が愛おしくて堪らないのに、君の非凡さについていけない自分の凡庸さに反吐が出るんだ! 俺は、どれだけ努力しようと、只の人間だ。努力しても、努力しても届かない世界にいる君達を見続けて、俺は、もう……!」

「ユーティス!」

 サラは衝動的に、()()()()()()()()()()()

「……サラ!?」

「私だって、怖いよ!? ユーティス、私、魔王をちゃんと倒せるようになりたいって、ずっと思ってた。そのために、努力してきたつもり。だけど、全然足りないの。魔術は、これから冒険者として経験を積めば、もっと上達できるって信じてる。でも、心が全然追い付かないの!」

 サラはユーティスの右手を取り、両手でギュッと握りしめた。

「ユーティスは強い。ガイアードを前にしても、全然怯まなかった。ちゃんとすべきことを把握して、私を守ってくれた。……なのに、私は」

 サラはユーティスの手を胸に引き寄せた。思わず、涙がこぼれる。

 ずっと、謝りたかった。自分の弱さを、拙さを、幼さを。誰よりも清廉で、誇り高いこの人に。

「私は、『魔王』を倒すチャンスを逃してしまった。ソフィアを助けたいって願ってしまった。せっかく、貴方が諭してくれたのに! 私、貴方に酷いことを言ったわ。『ソフィアの家族を殺させるの?』って。そんなの、貴方だって嫌なはずなのに! 貴方の信念を曲げさせてしまって、ごめんなさい。覚悟が足りなかったの。中途半端で、弱くて、私、ユーティス達がいないと全然だめだ! ユーティスみたいに、強くなれない……!」

 心からの懺悔。これから先、『魔王』が復活すれば世界中で沢山の死者がでるだろう。あの時倒しておけば、と必ず後悔する。その時、きっと誰よりも心を痛めるのはユーティスだ。ユーティスは生まれながらの『人の王』だ。未然に防げたはずの惨劇に、真正面から向き合い、人類を導いていかなければならないのだ。覚悟のない『聖女』が、どれ程『王』の力になれるというのだろうか。

「私なんかが『聖女』でごめんなさい……!」

「サラ」

 今度はユーティスがサラの口を塞いだ。

「………………………………んん!?」

 突然唇に触れた柔らかい感触に、サラは頭が真っ白になった。何をされたのか理解するまでに、結構な時間がかかり、顔がボンッと赤くなる。

「ゆ、ユーティス!?」

「サラ、謝るのは俺の方だ」

 月明かりのせいで、ユーティスの顔色は分からない。だが、その表情に先ほどまでの悲壮感はなかった。

「君の気持も考えず、答えを急がせてしまった。あの時『魔王』達を見逃したことを、俺は王子として一生後悔するだろう。だが、もし君に『魔王』を殺させていたら、きっと俺は二度と君に顔向けが出来なくなっていた。あの時、強引に君を説得することも出来たはずだ。それをしなかったのは、俺の弱さだ。心のどこかで、君に嫌われたくないと思ってしまったんだ」

「ユーティス」

「ずっと、あの日以来モヤモヤしていた。自分の弱さを君のせいにしていたことに、今、気付くことが出来た。すまない、サラ。君を避けていた自分を恥じるよ」

 胸の内をさらけ出して、ユーティスは心にかかった暗雲が一気に晴れるのを感じていた。ユーティスは、瞬きも忘れて自分を見つめているサラの顎に左手を添えた。そのまま顔を近づける。

「サラ。君が『聖女』で良かった」

「……だ、ダメダメダメ! ストップ!」

 我に返ったサラは、自分とユーティスの唇の間に手の平を差し込んでガードする。

「なぜ? 君からしてきたのに」

「ええええ!?」

 サラは目を見開いた。先ほど、感極まったユーティスの口を自分が口で塞いだことなど、すっかり頭から抜けていた。

「無意識だったのか!? ……本当にひどいな、君は」

 ははは、とユーティスは笑った。

「全く、君には敵わない」

 ユーティスはサラから身を離すと、居住まいを正した。

「サラ。君は『聖女』として、俺は『王』として、もっと成長する必要がある。俺はもう、弱音は吐かない。俺はまだ弱い。だが、さっき、君の弱さも見てしまった。僭越ながら、これからも君を守りたいと思った。俺なりの方法で、『聖女』を守ってみせる」

 ユーティスは片膝をつき、右手をサラに差し出した。

「また、昔の様に笑ってくれるかい?」

「……うん。うん!」

 初めて会った頃より、格段に大きくなったユーティスの手に、サラは左手を重ねた。

「私も、ちゃんと『王』を守れる『聖女』になる。ユーティス、私も弱音は吐かない!」

 サラの宣言に、ははは、と笑ってユーティスは立ち上がると、サラの左手の甲にキスをした。

「それは困ったな。他の奴には見せないで欲しいが、俺にはもっと、君の弱さを見せて欲しい……色々と」

「ひえぇぇぇ! もう! ユーティスの馬鹿! 真面目に言ってるのに、からかわないでよ!」

 声を抑えるのも忘れて頬を膨らませながら、サラはポカポカとユーティスの胸を殴った。意外に痛い。

「ふふ。君らしい声が聞けて安心した。……もう、お帰り。紳士でいるのも大変なんだ」

「うん。……またね、ユーティス。今度はいつ会えるか分からないけど……」

「ああ。君は冒険者になるんだったな。次に会う時は、もっといい男になっているから、覚悟しておけ」

「ふふ! 私もすごくいい女になってるはずだから、びっくりしないでね!」

「困ったな。やっぱり帰すの止めるか」

「何で!?」

「いや。なんでもない。……今日はありがとう。嬉しかった。だが、もうここへ来てはいけないよ」

「近衛兵に突き出す?」

「ははは! 君は自分が大人だという自覚がなさすぎる。王妃になる覚悟が出来たらおいで」

「……え? ひゃああ! そういうこと!?」

「覚悟がないなら、早くお帰り。俺的には、その……限界がある」

「はい! 帰ります!」

 サラはビシッと敬礼した。

「おやすみなさい。ユーティス」

「おやすみ。サラ」

 苦笑しながら、ユーティスは消えていくサラを見送った。

 王城の中では転移は出来ないはずだが、あっさりやってのけたところをみると、協力者がいるに違いない。

「パルマめ……礼を言う」

 小さく呟いて、ユーティスはバタンとベッドに飛び込んだ。

「よく耐えた、俺」

 成人となったサラは、何かと刺激が強すぎた。

「……………………………………………………素振りでもするか」

 今夜は眠れそうにないな、と唇に触れながらユーティスは苦笑した。


「ふぎゃああああああ」

 ユーティスが素振りをする一方で、サラは頭ごとベッドに潜り込んでいた。

「悪魔ですね、サラ様」

 アマネがニヤニヤしている。サラは転移で自室に戻った後、混乱のあまり一部始終をアマネに語った。

「うわああああ。ひやあああ」

 ユーティスの胸を、愁いを帯びた麗しい顔を、艶やかな銀色の髪を、柔らかい唇を思い出し、サラは顔を真っ赤にして枕を叩いた。

(メイン攻略対象者の破壊力を忘れてた……!)

 ファーストキスの味なんて、突然すぎて味わう暇などなかった。

 しかし今夜の邂逅は、サラにとっても一生忘れられない出来事となった。


 サラ、15歳。大人への階段を上り始めたばかりである。

ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!


 プロットでは「ユーティスをパーティに誘うが、王としての立場からサラを支えていくと決意し、断られる」と、2行くらいだったんですが、なぜこうなったんでしょう(笑)

 きっとどこかから家政婦のように覗いていたパルマさんも混乱されていることでしょう。


次回は、久しぶりのあの子が登場予定です。今後ともよろしくお願いします。

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[一言] 還暦超えたばぁさんの色恋とかキツ過ぎ
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