21. 魔王軍の事情
時は少し前に遡る。
城の中庭でヒューに剣の稽古をつけていたガイアードは、シェリルからの報告に耳を疑った。
「何だと!? 森に勇者がいるだと?」
「? どうしたんだ? ガイアード」
ヒューは攻撃の手を弛めぬまま、突然独り言を言い初めたガイアードに問いかけた。ガイアードは右手でヒューの剣を捌きながら、左手に握った小さな球根に向かって話しかけていた。サラが見たら「携帯で喋ってる!?」と突っ込みたくなる様な仕草だ。小さな球根はシェリルの一部であり、ダンジョンの内部からでも連絡をとることが出来た。まさに携帯電話である。
「ふむ。分かった。ん? ソフィアが? 幸せ? 馬鹿が! さっさと出口に連れてこい!」
カァッ! と、ガイアードは気合いを入れてヒューの剣をはね飛ばした。
「あの、馬鹿ども!」
「っつ! ……ソフィアがどうかしたのか?」
打たれた手を擦りながら、ヒューは不思議そうにガイアードを見つめている。いつも冷静なガイアードが吼える姿を見るのは2年ぶりだった。
「森へ行ってくる。お前は部屋に戻っていろ」
「嫌だ」
転移する直前、ヒューはガイアードのマントを掴んだ。
「馬鹿が! 何故ついてきた!」
『魔王の森』の入り口で、こめかみに青筋を立ててガイアードはヒューを怒鳴った。ヒューはソフィアのお陰もあり、2年前よりも心身共に著しく成長していた。とは言え、ガイアードから見ればまだ15歳の子供である。『魔王』と呼ぶには、あまりにも実力不足であった。今はまだ、『勇者』に挑むのは危険すぎる。
「聞いていなかったのか!?」
「ゆうしゃ、とは何だ? ソフィアは無事か?」
真っ直ぐに自分を見つめてくるヒューに、ガイアードは内心で舌打ちした。「なぜなぜモード」に入ったヒューは、納得する答えを得るまで引き下がらない。普段ならば、ヒューの内面の成長を喜び、何時間でも付き合うガイアードであったが、今はそんな場合ではない。
「無事かどうかは、ここを開けねば分からん! だが、お前がそこに居ては、これを開けれん! 帰れ!」
「何故、俺が居ては開けられないんだ? 簡単だろう? ただの扉だ」
「馬鹿が! 勝手に開けるな!」
内心で慌てふためきながら、ガイアードは取っ手に手をかけ扉を開こうとするヒューの手を抑えた。ここで『魔王』を失うことになったら、全てが終わってしまうのだ。
「まあ!」
僅かに開いた扉の向こうから、ソフィアの声が聞こえた。ハッと、ガイアードとヒューは顔を見合わせた。ソフィアは無事で、予想よりも近くに居た。
「ええ!? サラちゃん大丈夫!?」
知らない少年の声も聞こえ、ガイアードは眉をひそめた。普通の人間ではない。自然に、嫌悪感が込み上げてくる。生理的に受け付けない、というやつだ。
(これが『勇者』。『魔王』と相反する者、か)
「ヒュー。早まるなよ」
ガイアードはヒューと扉の間に身を割り込ませた。その耳に、ソフィアの軽やかな声が届く。
「どうしたの? 気分悪い? 大丈夫よ。この先は私の生まれ育ったところだから、色々案内してあげる!」
(馬鹿を言うな!)
ガイアードはダンジョンに飛び込みたくなる気持ちを抑えた。もし、『勇者』が完全に目覚めていたら、ガイアードだけではヒューもソフィアも守り切れないのだ。
ニーチェを呼ぼうと念話に集中しかけた瞬間、ソフィアから爆弾発言があった。
「そうだわ! サーラちゃん具合悪そうだし、今日は泊まっていかない? ガイアードに頼んでみるわ」
(なん……だと!?)
「その必要はない!」
気が付けば、扉が全開になっていた。ガイアード、一生の不覚である。
「ガイアード! お兄様まで!?」
ソフィアは心底驚いた様な声を上げた。キトも驚いたらしく耳を立ててキョロキョロしている。シェリルは広場の入り口の前に立ち、『聖女の泉』への道を塞いでいた。
「シェリル!? 貴女が連絡したの?」
友人と家族のただならぬ様子に、ソフィアは青ざめながら間に立った。
「ガイアード。いつもより怖い顔よ? カイト達は私のお友達なの。『魔王の森』で迷子になってただけなのよ? そんなに睨まないで!」
ソフィアは嫌な予感に身を震わせた。過保護なガイアードが時々迎えに来ることはあったが、ヒューは城を出たことなど無かったはずだった。
「どけ。ソフィア。そいつは『勇者』、『魔王』を倒す者だ」
「えっ!?」
ガイアードの発言に、ソフィアは目を見張った。『勇者』という存在は、お伽噺で知っていた。ソフィアの家族を傷付ける怖い化け物が、カイトの事だとは思えなかった。
「どいて、ソフィア! 魔族も魔王も、僕が倒す!」
「えっ!?」
カイトも剣を構えている。突然の展開に、ソフィアは理解が追い付かない。だが、ガイアードが本気でカイト達を消そうとしていることは分かった。
「ふん。実力差も分からん阿呆が。死ね」
「ダメ!」
思わず、ソフィアはカイトに抱き着いた。
「そいつから離れろ! ソフィア!」
ガイアードが吼えた。こんな怖いガイアードは初めてだ。ガイアードとカイト達では、力の差があり過ぎる。ガイアードはソフィアが知る限り、一番強い魔族だった。
「ソフィア、離して! 僕、戦わなくちゃ!」
「ダメ! 殺されるわ! お兄様、ガイアードを止めて!? お願い、お兄様!」
必死でカイトに縋りつきながら、ソフィアはガイアードの後ろで「?」を浮かべる兄に訴えた。
「ガイアード。何故あんな弱い者にこだわる? ソフィアを泣かすな」
ヒューは戸惑いながら、ガイアードの腕を引いた。その手を、ガイアードは振り払った。
扉を開けて直に『勇者』を見たガイアードは、正直な所、拍子抜けしていた。
(未熟……!)
明らかに、『勇者』は成長途中の子供であった。
『勇者』の仲間らしき少年達も、その年頃にしてみればかなりの逸材と呼べるのであろうが、ガイアードからすれば赤子も同然であった。魔術師らしい少女に至っては、恐怖からか、しゃがみ込んで震えている。
(なんという僥倖!)
かつて、『魔王』が世界を制したことは無かった。どれだけ強大な魔力を得ようと、必ず邪魔が入るのだ。その最大の邪魔者である天敵の『勇者』が、未成熟な姿で目の前に居る。
(狩らない理由などない……!)
魔族としての本能が疼く。
『勇者』を目の前に、快感にも似た興奮が全身を駆け巡った。
「ククク……! フハハハハハ!!」
(これほど愉快なことがあろうか……!)
ガイアードは黒光りする愛剣を抜いた。
「魔王よ。あれは我らの敵だ。今はまだ脆弱だが、力の使い方を覚えれば必ず脅威になる。その前に消さねばならん! これは絶好の機会なのだ!」
ガイアードは、ニタリ、と笑った。
「さて、どれから狩ろうか」
ブックマーク、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!
本日中の投稿、ギリギリで間に合いませんでした!
台風の影響で、空が渋滞しているらしく、飛行機が遅れました。
空も渋滞するんですね!
しかし、家はいいものですね(笑)
さて、ガイア―ドパパが双子に翻弄されてます。
もう、パパですよね? 完全に。
頑張れ、パパ!




