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11. 魔王軍にて 2

 光の差さぬ塔の一室で、ヒューは目を覚ました。

 たしか、数日前から新しい男が来て身の回りの世話をしていた。

 男は逐一、ヒューが何かをする度に小言を言ってきたので「うるさいな。邪魔だな。消したいな」と思い魔力を使ったら本当に消えた。その時、抵抗されたので右腕が取れてしまった。直ぐに赤い髪の女が来て、何か呟いたかと思ったら意識を失った。てっきり腕を治してくれたのだと思っていたが、血は止まっているものの腕は床に転がったままだった。痛みはないが、気分が悪い。


「? 何かいる」


 ヒューはごろんと寝ころんだまま、足音に耳を澄ませた。


 軽い足音だ。

 初めて感じる気配だった。

 昔、人間という生き物を見たことがある。その気配に似ているが、それにしては魔力が強い。だが、軽い。ふわふわとしている。


 その気配が、部屋の前で止まった。


「お兄様……?」

 聞いたことのない、か細い声だ。鈴が鳴ったのかと思った。

「お兄様、いらっしゃいますか? あの、あの、わたくし……」

 鈴が、何か言っている。

(『お兄様』とは何だ? 皆、俺を『ヒュー』とか『魔王』と呼ぶ)

「お兄様とは何だ。ここには、俺しかいない」

 ヒューが答えると、相手が高揚したのが伝わってきた。新しい世話係だろうか。それとも、俺の命を狙ってきたのだろうか。

 だとしたら、邪魔だな、とヒューは思った。



 ソフィアは、東の塔を弾む気持ちを抑えながら駆け上がった。後ろから、キトがぴょんぴょんとついてくる。ソフィアは一度止まって、キトを抱き上げた。キトは震えていた。

「大丈夫よ」

 ソフィアは笑って、キトを服の中に入れてやった。ふわふわの毛並みが暖かい。

 ソフィアは再び舞う様に階段を駆け上がると、強い気配のする部屋の前で足を止めた。


 深呼吸を2回。

 覚悟を決めて、声を掛けた。

「お兄様……?」

 数秒待ったが返事がない。

「お兄様、いらっしゃいますか? あの、あの、わたくし……」

 妹の、ソフィアです。と言おうとして、口をつぐんだ。

(お兄様は、私のことをご存じないのだわ。私だって、偶然知ったんだもの)

 どうしたものかと悩んでいると、向こうから声がかかった。

「お兄様とは何だ。ここには、俺しかいない」

 パッと、ソフィアは顔を上げた。若い、でも綺麗な声。ソフィアの胸は高鳴った。

「わ、私、ソフィアと申します! 突然で驚かれたと思いますが、私、お兄様の妹なのだそうです。それで、居ても立っても居られず……」

 部屋の中からは反応がない。ソフィアは、意を決してドアノブを握りしめた。

「お兄様、開けますわね?」

 ソフィアはドキドキとうるさいほど鼓動する胸をキトごと押さえながら、そっと、ドアを開いた。

 そこには、床に胡坐をかく少年が居た。ソフィアと同じ、白銀の髪と琥珀の瞳。その右腕は、床に転がっていた。

「……!! お兄様っ!?」

 ソフィアは兄に駆け寄った。


 見たこともない女が、近づいてくる。自分と同じ、白銀の髪と琥珀の瞳。……よく似た顔。こんな存在は初めてだった。女は腕を拾い上げると、蒼白な顔で抱え込んだ。一瞬、何かを考えるように目を閉じると、顔を上げて右手を伸ばしてきた。


「触るな」

「えっ?」

 うるさそうにヒューが左手を振ると、ソフィアの右腕が飛んだ。ぼとり、と床に落ちて僅かに弾んだ。

「……………………………き、きゃああああああああああああ!!!」

「ソフィア様あああ!!」

 血を吹き上げながら、ソフィアは悲鳴を上げた。その胸元からキトが飛び出した。キトはソフィアの腕を追いかけて小さな体で持ち上げた。急いで回復魔法をかければ、繋がるはずだ。そのキトの頭が、飛んだ。

「ああああああああ! ああああああああ!!」

「うるさい」

 甲高い声が耳に響く。ヒューがもう一度左手を振ろうとした時、真空の檻がヒューを閉じ込めた。

「!?」

「少し大人しくしていろ! 馬鹿が!」

 ガイアードだった。ガイアードは発狂するソフィアを抱きしめると意識を奪い、同行していた魔族に託した。アウラウネという植物の魔物であった女は、大きな花びらでソフィアを包むと、西の塔へ転移した。魔族だが、治癒魔法を得意としていた。ソフィアの腕はうまく繋がるだろう。

(それよりも……)

「檻を解くが、暴れるなよ」

 一言忠告してから、ガイアードは檻を解除した。

「っはっ! はあっ、はあっ、殺す気か!?」

「魔王なら、アレくらいでは死なん」

 真空に閉じ込めておいて酷い話だが、実際、ヒューは無事だった。本能で「息ができずに苦しい」と思い込んでいるだけだ。

「腕は、どうした」

 大した感情も込めず、ガイアードはヒューに尋ねた。

「朝、男を消した時に壊された」

 なるほど、とガイアードは床に転がっている腕を見た。それにしては、傷が新しい。

「……………………………………………………しまった」

 こっちがソフィアの腕か、とガイアードは内心焦った。だが、顔には出さず血の滴る細い腕を拾い上げると、ヒューの腕の断面に当てた。

「……おいっ!」

「動くな」

 ガイアードが魔力を込めると、すんなりとソフィアの右腕はヒューの腕にはまった。幸い、ヒューはまだ成長途中の子供であり、腕の細さはそれほど気にならなかった。馴染めば筋肉も付くだろう。……少年の腕に差し変えられたソフィアには申し訳ないが、仕方ない。

「ガイアード」

 キトの死体を葬ろうと腰を上げかけたガイアードの動きが、ピタリ、と止まった。

「あの、女……ソフィアは何者だ?」

 ほう、とガイアードは目を見開いた。自分の名を呼ばれたことにも驚いたが、今まで何事にも興味を示さなかったヒューが、初めて会った少女の名前を記憶し、何者かを知りたがっている。

「知りたいか?」

「お兄様、と言っていた。お兄様とは何だ? 妹とは何だ?」

 目を丸くして、ヒューがガイアードを見つめている。こんなヒューは初めてだ。

「お兄様、とは兄という意味だ」

「兄とは?」

「兄と妹は、同じ両親から生まれた存在、という意味だ」

「同じ両親? 両親とは何だ? 俺は、ガイアードから生まれたのではないのか?」

「……………………………………………………」

 そんな風に思っていたのか、とガイアードは驚愕した。

(どうやら、俺は思い違いをしていたようだ)

 ヒューは、人らしい感情を持たずに育ったわけではなかった。自分を含め、周りの者が彼の心の声に耳を傾けていなかっただけだ。……魔族や魔物しかいないのだから仕方がない。

「ヒュー」

 ガイアードはヒューの目の前に胡坐をかいた。ヒューは瞬きもせず、ガイアードを凝視している。ああ、よく似ている、とガイアードは思った。

「少し、話をしよう」


 その数日後、蘇生した白兎がピョンピョンとソフィアの元へ戻っていくのを、ガイアードは目撃した。

 その口元には笑みが浮かんでいた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等ありがとうございます!

 

今日は休みを取ったので、いい感じで筆が進みました(笑)

これで、第2章も前半が終わりました。

これから後は後半戦です。

今後ともよろしくお願いいたします!

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