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10. 魔王軍にて

「何? またヒューがやったのか」

 薄暗い城の一室で、部下からの報告に魔王軍のトップに君臨する男は顔をしかめた。何度聞いたか分からない報告内容だったが、今回はもう少し先になるだろうと期待していたのだ。

「はい。最近ではますますお力も強くなり、もう並みの中位魔族では相手になりません。とりあえず、私が意識を奪っておきましたが……今後も私が面倒をみましょうか?」

 豊かな赤毛と胸を揺らしながら、部下の女は意味ありげに笑った。

「いや。ニーチェは代わりになりそうな者を探してくれ。ヒューは、俺が押さえておく」

「承知いたしました。……『魔王』として覚醒していないうちからあの力……ゾクゾクしますわ」

 ニーチェと呼ばれた赤毛の魔族は、うっとりと目を細め、身震いした。

「酔いしれている場合か。アレが目覚めれば、俺やお前もその場で灰になるやも知れんぞ。今の内に躾けておかねば、魔王軍は崩壊する」

「あら。私はガイアード様と灰になれるのでしたら、大歓迎ですわよ?」

「……………………………………………………」

「ふふ。怖い顔。私はしばらく留守にいたしますが、寂しかったら名をお呼びくださいませ。直ぐに参りますわ。夢の中へ」

「くだらんことを言ってないで、さっさと仕事しろ。サキュバスが」

「元、サキュバスですわ。元……」

「さっさと行け」

「あん」

 ガイアードと呼ばれた男が睨むと、ニーチェが名残惜しそうな顔のまま消えた。ガイアードの魔術によって、強制的に退出させられたのだ。ふう、とガイアードはため息をついた。

(……碌な部下がいない)

 魔族は本来、自由で我が儘な生き物だ。一方で、魔族はより強力な魔族に心酔する傾向がある。今は、自分が圧倒的な力を持っているからこそ、高位魔族であるニーチェ達を使役できているが、ヒュー……魔王が覚醒すれば、魔族達は魔王の命に従うようになるだろう。そうなった時に、誰が魔王を導き、魔王軍を率いて世界と戦うことができるというのだ。

(やはり、俺がやるしかない)

 ガイアードは、魔王軍の存続が自分のカリスマ性にかかっていることを自覚していた。


 13年前、ガイアードは井戸で拾った双子に『ヒュー』と『ソフィア』と名付けた。人間だった頃の友の名前だった。兄がヒュー、妹がソフィアだ。妹よりも魔に対する感受性が強かったせいか、戦場に渦巻いていた負の感情や『魔』のほとんどを一身に受けたヒューは、順調に魔王に相応しい力を溜めつつあった。

 実は、ヒューの様に赤ん坊のころから魔王として育つケースはレアである。人にせよ、魔物にせよ、本体の感じる恐怖や怒り、悲しみといった負の感情を糧に『魔』が侵食し、膨れ上がるからだ。ヒューは人間らしい感情を持たぬまま、『魔』と取り込み育っていった。ガイアードの尽力で、何とか言葉は覚えたが、感情が育たない。ヒューが自制することを覚えなければ、ただの爆弾を魔王軍は抱えることになる。頭の痛い問題だった。

 一方で妹のソフィアは、魔族や魔物の中にいながらも人らしい心を持って育った。ガイアードが、人とも相性の良い魔物や、中位魔族を選んで身の回りの世話をさせていたからだ。ヒューにも初めはそのような者達をつけていたのだが、1歳になるころには、周りの魔物を手当たり次第に殺すようになってしまった。善悪の区別どころか、理性と言うものがまるで無いのだ。そしてついに、中位魔族ですら太刀打ちできないようになってしまった。先日与えた魔族は、高位に近い実力を持つ男だった。ニーチェのような高位魔族であれば、まだヒューを抑え込むことは出来ているが、万が一、高位魔族を殺すようなことになれば、魔王軍としても大きな戦力ダウンとなる。

(俺がやるしかない、か)

 ガイアードは再び大きなため息をついた。魔族でありながら、彼は人としての性質を失っていなかった。だからこそ、魔族達をまとめることが出来ているのだ。

「ガイアード様!」

「今度は何だ」

 慌てた様子で目の前に転移してきた中位魔族が、蒼白な顔でガイアードに告げた。

「ソフィア様が見当たりません! ……西の塔の、何処にも!」

「……何だと?」

 ガイアードは血の気が引くのを感じた。



「たぶん、ここから行けると思うの」

 ソフィアは、ふわふわとした白銀の髪を耳にかけて、足元で震える兎の様な魔物を抱き上げた。膝丈の白いワンピースがふわりと揺れる。

「ソフィア様、帰りましょう。東の塔には来ちゃいけないって、ガイアード様に言われてます」

「あら! せっかく入り口が見つかったのよ? これを逃したら、もうお兄様に会う機会はないと思うの。キトは部屋に戻ってていいのよ? あ、でも私のことは内緒にしててね」

 ソフィアは、エルフの少女らしい華やかな笑みで兎の魔物に話しかけた。


 ソフィアは、魔王軍の中で育った。

 旧アルバトロス王国の王城の一角にある『西の塔』と呼ばれる建物が、ソフィアの世界の全てだった。西の塔には外部からの『魔』を完全に遮断する強固な結界が張られており、ガイアードの許可なく侵入は不可能である。西の塔へは、キトの様な人語を解する知能の高い魔物や、人を食料と見なさない草食系の魔物、元『花の精』などの気性の穏やかな魔族のみが出入りを許されていたため、魔王軍に居ながら、ソフィアは実に健やかに成長した。

 そんな彼女が西の塔を抜け出し、こっそり東の塔へ侵入を試みているのには理由があった。

 先日、魔物達が魔王の話をしているところに、偶然通りかかってしまったのだ。そこで初めて、ソフィアは自分に双子の兄がいることを知った。ガイアードから、自分には家族が居ないと聞かされて育ったため、ソフィアは突然現れた『兄』という存在に大きな憧れを抱くようになった。

 ソフィアはこっそり、西の塔を抜け出し兄に会いに行く計画を立てた。初めての冒険である。ガイアードに見つかったら、怒られてしまうだろう。ペンペンと、小さい頃のようにお尻を叩かれるかもしれない。ソフィアは少し顔を赤らめた。

(さすがに、お尻を出すのは恥ずかしいわ。せめてデコピンくらいで許してくれないかしら)

 周りに魔物しかいないとはいえ、13歳らしい羞恥心は育っていた。

(でも、ガイアードがいけないのよ? 私にお兄様がいることを黙ってたんだもの!)

 それは小さな反抗期とも言えた。


 チャンスは突然訪れた。

 今朝、東の塔から大きな魔力が突然消えたのだ。東の塔には常に強い魔族が居て、兄を守っているようだった。理由は分からないが、その気配がいなくなった。

(きっと、お兄様は今お一人だわ!)

 ソフィアは魔物達の隙を突いて、窓から飛び出した。近くに居たキトが腰に飛びついてきた。遊び相手が魔物か魔族、というだけあって、ソフィアは魔術が得意だった。キトを抱えたまま気配を消す魔術を使い、ふわりと屋根から屋根へ飛び移り、東の塔まで辿り着いた。

途中、何体かの魔物や魔族とすれ違ったが、ソフィア達に反応する者はいなかった。

 初めての冒険と、兄に会えるかもしれないという興奮で、膨らみ始めた小さな胸が高鳴っていた。

 東の塔にも、西の塔と同様、分厚い結界が張られていた。

 ソフィアはぐるりと塔の周りを巡って、ようやく侵入できそうな歪を見付けたのだった。


「キト、私、髪跳ねてない? スカート、めくれてない? 耳の角度、おかしくない? ああ、何て声を掛けたらいいかしら? お兄様、私のことご存じなのかしら。ねえ、私達、似ていると思う? それから……」

「やっぱり、帰りましょうよぅ!」

 矢継ぎ早に質問を投げかけるソフィアに、キトは涙目で訴えた。魔物であるキトには、この塔から漂う魔力の異常さが本能的に理解できていた。怖くて仕方がない。だが、敬愛する主ガイアードから『ソフィアの側を離れるな』と命じられている以上、見捨てて帰るなど出来なかった。

「キトはここで待ってて。私、行ってくるわ!」

「ソフィア様ぁ!」

 キトを屋根に降ろして、ソフィアは花を摘みに行くような軽やかで、東の塔へ侵入した。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!


昨日は、激しい偏頭痛でぶっ倒れたので更新できませんでした。

楽しみにしていた方 、 申し訳ありませんでした!


魔族のくせに苦労性のガイアードさんが不憫です(笑)

もう一話、魔王軍の話が続きます。


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