4. 勇者参上
「はいはーい! 僕は舞踏会に行きたいです! 行ってもよろしいでしょうか!?」
「……駄目です、師匠。そもそも誕生祭です」
話は宴が始まった頃に遡る。
サラからの依頼を受け、リーンはグランと共に王城を囲う様に結界を張り、魔物の侵入を防いでいた。魔物以外は『梟』や『鬼』、あるいは騎士団や王城勤務の魔術師達に任せておけばいいので、正直なところ暇を持て余していた。
王城で一番高い屋根の上に腰かけて、リーン達は誕生祭の会場となっている大広間の屋根を眺めていた。月の綺麗な、穏やかな夜である。
「グランもさ、サラちゃんの晴れ姿見たくない!?」
「見たいとは思いますが、警護の方が優先でしょう」
「お! さすが真面目だねえ。じゃあ、そんな熱意あるグランにここはおまかせ」
「されませんよ」
「やだ! 放してよ! 息子ちゃんとサラちゃんが踊ってるとこ見たいんだよ、僕! いくら地味な息子ちゃんでも、サラちゃんと踊ったら目立つと思うんだよね? 父として、息子ちゃんがキャーキャー言われてる姿、この目に焼き付けたいんだよ! 分かるでしょ!?」
「『父として』と言えば、何でも許されると思ったら大間違いですよ」
「うわあああああんん!」
「泣きまねしても駄目です。その『息子ちゃん』から監視を頼まれてますので」
「泣きまねじゃないよ!? 本泣きだからね!?」
「もっと駄目でしょう! いくつですか、貴方は!」
「うわあああああん! 弟子が厳しいよおお!」
リーンの足をがっしり掴むグランの肩を、リーンは両手でぽかぽか殴った。ただの『爺ちゃんの肩たたき』にしか見えない。その手が、ピタリ、と止まった。
「…………おや?」
「? どうしました? 師匠」
涙目のまま、リーンは大広間へ続く門の前に停まった馬車を指さした。
「あの馬車、サイオン侯爵家の馬車だ」
サイオン侯爵家は、王都から北西に位置する広大な領地を治める大貴族である。リーンの生まれ故郷にも近いことから、馬車にあしらわれた紋章に見覚えがあった。
「よく見えますね」
「古代エルフだもんね!」
リーンは自慢げに、ふふん、と胸を反らした。今泣いたカラスがもう笑う、というやつである。
「でもあの馬車、何か変…………!!」
馬車がリーンの張った結界を通り過ぎた時だった。結界が、突然、消えた。
「!? 勇者が乗ってる!」
おそらく、勇者がリーンの結界に違和感を感じ、無意識に消したのだろう。そして結界が消えると同時に、王城に三体の魔族が出現した。中位が一体、下位が二体だ。
「師匠! この気配は……!?」
「中位魔族は僕がやる! グランはリュークを呼んで、西の一体を倒して! もう一体はパルマとロイに任せる……勇者もいるしね!」
じゃ、と言い残して、リーンは中位貴族が現れた一帯ごと何処かへ転移していった。相変わらず、規格外である。
「さて、久々に遊んでやるかの」
老エルフは西の空に浮かぶ魔族を睨んで、ニヤリと笑った。
「魔物を召喚しているのは、お前だな!?」
ロイは屋根の上に転移すると、シャンデリアが落ちる際に開いた穴から広間を覗き込む女に呼びかけた。女が弾かれた様に振り返った。
「!?」
ロイは思わず息を飲んだ。
女、というにはまだ若い、10代半ばの少女だったからだ。額に小さな魔石が埋め込まれている。魔力を増大させるために行う、隣国ハノス特有の処置であった。
「邪魔しないで!」
少女はロイの魔力が自分よりも上であることに気付いたのだろう。怯えながら杖を抱きしめた。
「失敗したら、殺されるの! せめて、王か王子だけでも殺さないと……!」
「よすんだ。君の力では無理だ。俺が王子を説得するから、大人しく捕虜になれ。この国で、守ってあげる」
暗殺者を見逃すことは出来ない。しかしロイは、少女の怯えた瞳を知っていた。理不尽な暴力に逆らえない昔の自分と同じ目をした少女を、ロイに見捨てることなど出来るはずはなかった。
「ほ、本当……?」
少女も、ロイから何かを感じ取ったのだろう。少女が手を伸ばしかけた瞬間、少女の体は跡形もなく消滅した。転移ではない。服と杖だけを残し、少女は消滅した。
「なっ……」
ロイは絶句した。そんなロイを嘲笑うかのように、少女を消滅させた男は高らかに笑った。
「はははは! 可哀そうにな、お前が無駄に希望を持たせたせいで死んでしまったではないか!」
「……魔族か」
「おお。魔族が分かるのか。なるほど……半精霊か。これはいい土産になりそうだ」
ロイは、冷や汗が頬を伝うのを感じていた。精霊の力を存分に引き出せるようになったとはいえ、魔族との実践経験はない。アグロスとの戦いの時は、自分自身が魔族だった。
全力で戦えば、何とかなるかもしれない。だが、ここは荒野ではない。屋根の下にはまだ沢山の人々が居る。サラも、父も、妹もいる。
「!!」
魔族の手が一瞬で伸び、ロイの首を掴んだ。ロイの美貌が苦痛に歪む。
「ちょっとくらい抵抗しろよ。楽しめないじゃないか」
魔族の爪が、ロイの首に食い込んだ。
「……あ……」
ロイの体から力が抜け、艶っぽい呻き声がこぼれた。顔にかかる髪が妙に色っぽい。
「ん? 何か言ったか?」
魔族がロイに顔を近づけた。ロイはうっとりとした表情で微笑んだ。
「アグ・ロス」
「!!」
それは服従の呪文だった。全身が痺れる感覚に、男は思わず手を放しロイから距離を取った。
その刹那。
「あとは任せて!」
場違いなほど元気の良い声がロイの横をすり抜けた。その声の主は、硬直したままの魔族の頭を掴むと、そのまま広間へ続く穴へと身を躍らせた。
「勇者、参上おおおおおお!」
勇者は魔族をシャンデリアの横に投げ捨てると、剣を抜きその体に突き刺した。
「!!!!!!!」
声を上げることも出来ず、魔族は息絶えた。
それと同時に、魔物とほとんどの暗殺者が消えた。襲撃者の内、人間はほんの一部だったのだろう。
あまりの出来事に、広間はしんっと静まり返った。
「お兄様!」
沈黙を破る様に、サラの悲鳴が聞こえた。
「お父様! 私の回復魔法では追い付きません!」
「誰か、毒消しを……」
「その必要はないよ」
いつの間にか、勇者が三人を見下ろしていた。
「魔族の毒でしょ? 普通の毒消しじゃ消えないよ。僕に任せて!」
そう言うと、勇者は何の躊躇も悪意もなく、サクッ、と剣をアイザックの腹に突き刺した。
「きゃあああああああああ!!」
サラの悲鳴が響き渡る。
「貴様、何をする!」
「それはこちらの台詞です」
勇者に襲い掛かったゴルドを、突然現れた騎士姿の女が片手で投げ飛ばした。
「お父様!?」
「シェード伯爵!」
『絶対空間』を解いたユーティスがゴルドに駆け寄った。ユーティスは勇者と名乗った少年と騎士の女を睨みつけた。
「何者だ! 貴族への無礼、見過ごす訳にはいかん」
「無礼はどちらでしょう。ユーティス王子」
騎士の女は第一王子を睨み返した。
「この方は勇者です。勇者の権限は貴方様より上のはず」
「何!?」
「それに、先ほどの魔族を倒したのは勇者です。その功績を労うどころか罵倒するなど、失礼にもほどがあるのでは?」
「……!」
「そのくらいでいいよ、アラミス。僕気にしてないし! 僕たちこそ、遅刻してきて王子に『誕生日おめでとー』って言ってなかったし」
少年は朗らかに笑った。ユーティスは形の良い眉をしかめた。ユーティスに追いついたティアナは鬼の形相だ。少し前に転移で戻ってきたパルマとロイも苦い顔をしている。
一方で、ゴルドは姿勢を正した。
サラは、腕の中の兄の呼吸が楽になっていくのを感じていた。安堵で涙がこぼれる。
ユーティスが何かを言いかけたその時、威厳ある声が割り込んできた。
「そこまでだ。ユーティス」
「王」
レダコート国王がゆっくりと近づいてくる。その後ろには、北西の大貴族、サイオン侯爵が控えていた。
「ご助力、国王として感謝する。勇者、カイト・ミリア・サイオン殿」
サイオン侯爵家嫡男、勇者カイトとユーティス達の出会いは最悪なものとなった。
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勇者くん、やっと出てきたと思ったら、何か感じ悪い……。
これから挽回できるでしょうか。
そしてリーンがだんだんアホな子になっていく……こっちの方が心配です。
今後ともよろしくお願いいたします。




