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番外編2 シャルロット・ビトレール

 シャルロット・ビトレールは、レダコート国の王都から北西に位置するコッカス地方を治める子爵家の令嬢だ。今年で9歳になる。

 母はコッカス地方に隣接する男爵家の次女で、17歳で嫁いできた。容姿も才能も人並みで、特筆すべき点のない平凡な少女だった。

 その母の見た目をそのまま引き継いだシャルロットは、自分のことが大嫌いだった。

 もっと母が美人だったら。もっと私が可愛かったら。

(……お父様は、家に居てくれたかしら)

 シャルロットは毎朝鏡を見る度に憂鬱になる。それでも少しでも可愛く見せようと、髪をとかし、華やかなドレスを着て、父の帰りを待つのが日課になっていた。


 シャルロットの父の名は、エドワードという。

 小さい頃は、ちゃんと家に居てシャルロットを可愛がってくれた。シャルロットは、父の広い背中が大好きだった。父は優しくて、シャルロットに触れる度「私の可愛い娘」と微笑んでくれた。

 父が屋敷に帰らなくなったのは、いつ頃からだろう。

 毎年、シャルロットの誕生日だけは帰ってきてくれたものの、今年はそれすらなかった。母も家臣も、精一杯お祝いをしてくれたが、シャルロットの心は晴れなかった。パーティが終わっても、日付が変わっても、シャルロットは待ち続けた。耐えられなくなって、夜明け前に母の寝室に行くと、母が声を殺して泣いている姿が目に入った。


 ついに父に捨てられたのだ、と、シャルロットは理解した。


 噂によると、父には愛人との間に隠し子が居て、その子を探しているのだという。少し前までは、それがどういう意味なのか、幼いシャルロットには理解できなかった。しかし、文字を覚え、様々な物語が読めるようになると、大人の事情というやつが何となく理解できるようになった。


 父は今頃、子供を探し当てて、愛人と暮らしているのだろう。


 それでも毎日父を待つのは、まだ希望を失ってないからだ。父に会いたかった。会って、文句が言いたかった。母に謝れと、蹴飛ばしてやりたかった。


 そんなある日。

 祖父であるサルナーン・ビトレール子爵の屋敷が盗賊に奇襲され、大破したと連絡が入った。今、本邸では大変な騒ぎらしい。だが、シャルロットにはどうでも良いことだった。


 祖父とは子供の時に一度だけ会ったことがある。薄気味悪く、好きにはなれなかった。父から「二度と会ってはいけない」ときつく注意を受けたため、祖父から誘いがあっても適当な言い訳をして訪問を断り続けた。

 祖母は父を産んですぐに祖父の元を離れ、王都の別邸で父を育てた。祖母は既に他界している。この屋敷は、祖母の死後に跡取りとして呼び寄せたエドワードの住居として、祖父が与えたものだ。なぜ、祖父と同じ屋敷に住まわせなかったのか、理由は分からない。一度、母に尋ねてみたが、目を吊り上げて「二度と聞いてはいけません!」と叱責された。その時は、理由も分からず優しい母から怒られたショックで泣いてしまった。しかし今は、祖父は悪いことをしている人なのだと察しており、祖父の話は禁句なのだと理解していた。


 悪人の祖父、愛人を作って捨てた父、捨てられた母……と娘。


 9歳の少女が受け止めるには、重たい現実だった。


 祖父の家が襲われてからしばらくして、突然、父が見つかったと連絡があった。それだけではない。祖父が死刑となり、父が兄を連れて領主として戻ってくるというのだ。


 ビトレール家は大混乱に陥った。


 シャルロットは「襲われた側の祖父が何故死刑に!?」と一瞬思ったが、同時に「ああ、悪いことしてたのがばれたんだな」と納得した。

 それよりも、父である。

 しかも兄と一緒とは、どの面下げて戻ってくるつもりなのだろうか。母は気丈にも、家臣たちに兄の部屋を準備するよう指示を出している。

 父と兄は、昼過ぎにはこちらに到着するらしい。

(母を泣かせといて、家臣達を裏切っておいて、どういうつもりなの!?)

 シャルロットは無言で怒っていた。

 父に「可愛い」と言ってもらいたくて、毎日髪を梳いて着飾っていたけれど。

(馬鹿馬鹿しい! たとえ母が許しても、私は許しません!)

「お嬢様!?」

 シャルロットは驚きで固まった侍女の目の前で、自慢の髪に鋏を入れた。可愛らしいオレンジのドレスも脱ぎ捨て、侍女に使用人の服を持ってくるように指示した。

 せめてもの反抗であった。


 貴族の令嬢としてあるまじき姿となった娘を見て、母が卒倒しかかったその時、父と兄を乗せた馬車が門前に到着した。


「お帰りなさいませ。旦那様。お坊ちゃま。ようこそ、グラン様」

 遠くから、筆頭執事の声が聞こえてきた。

 シャルロットは門から屋敷へ続く執事や侍女をはじめとする使用人達の列に紛れた。両手を臍の前辺りで重ねて、軽くお辞儀をした姿勢で三人が通り過ぎるのを待った。


(どうせ、お父様は私には気が付かない。こんな格好の娘に、気が付く方がどうかしている)


 シャルロットの前を通り過ぎて数秒後、ぴたり、と三人の足が止まった。シャルロットの胸が早鐘を打つ。そんなはずはない、という想いと、もしかしたらという期待が交差する。

 一人が足早に引き返し、シャルロットの前で立ち止まった。

 上品な新品の革靴が目に入る。


(ああ。お父様。私に気付いてくださったの……!?)

 許さないと決めていたはずなのに。

 蹴り飛ばしてやる、とまで思っていたはずなのに。

 涙が、ポタリと地面に染みを作った。

 こんな格好、意味がなかった。

「おと……」

「もしかして、君がシャルロット!?」

「……え?」

 顔を上げたシャルロットの視界に入ったのは、見たことも、想像したことすらないレベルの美青年だった。

「シャルロット!?」

 父が駆け寄ってくるのが一瞬視界に入ったが、すぐに見えなくなった。

 目の前の美青年に抱きしめられたからだ。

「やっぱり! 父上と同じ匂いがしたから、まさかと思って!」

「シャルロット!」

 パニック状態のシャルロットを、美青年ごと抱きしめる父の手の平の感触が、背中から伝わってくる。美青年……兄は、シャルロットから身を離し、父に譲った。

 父は、膝をついてシャルロットの髪に触れた。

「ああ、こんなに大きくなって。髪型を変えたんだね。そんな格好までして、私を驚かそうとしたのかな?」

 悪びれもせず、父は微笑んだ。昔のままの、優しい顔で。

「可愛いな、私の娘は」

「…………! ぅうううううっ!」

 家臣たちの目の前だというのに。兄との初対面だというのに。

 シャルロットは号泣した。母が駆け寄ってくるのが見えた。父も母に気が付いたらしく、立ち上がって片腕を広げた。長年放っておかれたというのに、母は何の躊躇もなく父の胸に飛び込んだ。

(何だ。私達、捨てられたわけじゃなかったんだ)

 良かったね、お母様。と小さく呟いて、シャルロットは涙を拭くと、改めて兄を見た。


 ゆるくウェーブのかかる長い黒髪を後ろで束ねた、父よりも背の高い大人びた美しい人。

 父と顔立ちは全く違うのに、微笑み方がそっくりな上品な貴公子。


(この方が、お兄様………………………………お兄様? お兄様!?)

 じわじわと現実味が湧いてきて、シャルロットの頬は見る見る紅潮した。

「卑怯です! お父様!」

 気がついたら口に出ていた。

「こんなに素敵な方がお兄様だなんて! 不意打ち過ぎて、お父様を叱れません!」

「「えっ!?」」

 シャルロットのまさかの発言に、父と兄は声を揃えた。母は笑っている。母の笑顔を見るのは何年ぶりだろう。じわり、と涙が溢れてきた。

「すまなかったね、シャルロット。これからはずっとお前達の側にいるよ」

 と、父が言った。

「よろしくね。シャルロット。ずっと一人だと思っていたから。妹ができて嬉しいよ」

 と、兄が微笑んだ。ふわっと薔薇の匂いがした。

「はうわあああ」

 妹、と言われて、シャルロットは眩暈がした。

「さすが我が娘。血は争えないな」

 父が何か言っている。父も兄の母に一目惚れしたということだろうか。

 本来なら、娘として怒らなければいけないところであろうが、苦笑する兄を見てシャルロットは思った。


 これは、不可抗力だ。と。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!


番外編その2 の主人公は、ロイの妹でした。

次回は、「そういえば、いたな」という方に登場していただきたいと思います(笑)

今後ともよろしくお願いいたします!



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