番外編1 リュークとアマネの不思議なダンジョン
番外編になります! 父ドラゴンのことをすっかり忘れておりましたもので。
オークション入札の数日前。
リュークは父の眠る山脈まで転移していた。
『父の眠る山脈』といったものの、父自体が山脈の一部だった。父の体は巨大だった。数少ない古代生物の生き残りというだけあって、全長は1キロメートルを超える。実の子であるリュークの龍化時の全長が20メートル弱であることを考えると、異次元のレベルである。
300年も眠っていると、鱗の隙間や体の溝に砂や土が溜まり、そこに植物が根付き、動物たちが住まう。父が安眠のために張った結界のおかげで、魔力の強いものは近づくことが出来ない。時々、寝返りを打つのと、口元に近づくと鼻息で吸い込まれることを除けば、ここは力のない生き物達の楽園であった。
直接父の元に転移することは出来ないため、リュークは近場の小さな森の中に降り立った。姪ドラゴンの亡骸を核として生まれた森である。
リュークは一度地面に手をつくと、「ただいま」と声に出した。返事はなかったが、ここの空気はリュークの肌に良くなじんだ。姪ドラゴンが死んで数千年経つというのに、ここの精霊達はリュークを歓迎してくれる。リュークは大きな戦いの後は必ずここへ戻り、ひと眠りするのが習慣となっていた。
リュークがここを訪れた理由は、安眠を得るためではない。ロイの魔力が暴走した時に備え、黒い魔石を入手するためである。
黒い魔石は黒龍の体内で育つ。
300年眠り続け、魔力を使っていない父の体内であれば、さぞや大きな魔石が採れるに違いないと期待してのことだった。
姪ドラゴンの森から、人間の体で徒歩半日ほどの距離に父の寝床はある。途中、ゆっくりと父の魔力に自分の波長を重ねて結界に侵入し、王都を出てから20時間ほどかかって父の顔まで辿り着いた。
リュークは腹に力を入れて、耳の近くで叫んだ。
「父さん。魔石をください!」
ところが父は、どれだけ呼びかけても、揺すっても、叩いても、龍化してドラゴンブレスを喰らわしても起きなかった。仕方なく、リュークは人の姿に戻って父の口の中に入り込み、直接回収することにした。
父の体内は、ダンジョン仕様だった。
まず、吸気と一緒に一気に肺まで到達したのだが、そこにはリュークの膝丈ほどの小人族が住んでいた。彼らは父の肺胞のいくつかに穴をあけ、住処としていた。呼気で外に吐き出されるのではないかと心配したが、小人族の話だと、肺の中は異次元になっているらしく、一度肺まで到達したものは呼吸の影響を受けないのだという。そういえば、ここは明るく、森の中の様に木々が茂っている。小川もあり、魚が跳ねている。空には鳥も飛んでいた。
小人族はリュークが住処の息子だと知ると、こぞって歓迎してくれた。
しかし、リュークが「急いでいるから」ともてなしを断ると、フォークやナイフを取り出して一斉に襲い掛かってきた。リュークは逃げた。本気で逃げた。龍化することも忘れて、真顔で走った。肺から食道に逃げ込んだ時には、涙目になっていた。小さい生き物が大好きなリュークには、相当なトラウマになったようだ。
食道は、食堂になっていた。
100メートルはありそうな長い食卓の上には、様々な料理が置かれている。手の込んだ料理もあれば、フルーツがそのまま皿の上に乗っていたりもする。入口に近いところは普段人間が食べそうなものが続いていたが、次第に様子が変わり、中盤からは明らかに動物の体の一部と分かるものが混ざるようになってきた。後半になると、取り繕うのも止めたのか、人の手足や臓物が直接テーブルの上に放置されるようになり、最終的には服や鎧を着けたままの状態で転がされていた。恐らく、父に吸い込まれた冒険者たちの末路であろう。惨いようだが、父に罪はない。これは、父の免疫システムなのだ。異物と判断され殺されたか、たんに食料と思われたか。
リュークは父ドラゴンと遺伝子レベルで似ているため、父の免疫システムからは寛容されているようであった。
リュークは目を閉じて冥福を祈った。
その時だ。
聞き覚えのある少女の悲鳴が入り口の方から聞こえてきた。
「リューク様あああああああ! どこですかああああああ!」
確か、アマネという少女だ。一度だけ、サラの屋敷で出会った。あの時は言葉数の少ない、大人しい少女というイメージだったが。
アマネは何かから逃げている様だった。必死の形相でこちらに走ってくる。
「見つけました! リューク様! 助けて下さい! 何ですか!? この気持ち悪いやつらは!」
アマネの後ろから付いてくるのは、小人族……よりも一回り大きなゴブリンに似た生き物だった。自分の身長と同じくらいの鋏を持っている。
ゴブリンモドキ達は壁や天井からも這い出してきて、アマネに襲い掛かる。
「はっ! せいっ!」
アマネは器用に攻撃したり、避けたりしながらリュークに近づいてきた。スカートの裾にゴブリンモドキの鋏が触れた。ジャキンッと、スカートがカットされた。
「何するんですか!?」
「アマネ、これの中へ」
リュークはアマネをマントの中へ招き入れた。ピタリとゴブリンモドキの攻撃が止んだ。
「リューク様、助けるのが遅いです! 死んだらどうする気ですか!」
「……すまない」
助けたはずのなのに、怒られてしまった。
(サラなら、ありがとうと言って、抱きついてくるのに)
リュークは更にテンションが下がった。
「謝罪は結構です。行動で示してください。リューク様、早く王都に戻りましょう。ロイのオークションが中止になりました」
「なんだと?」
「それを知ったサラ様とシズ姉様がロイの元へ向かいました。私は姉様から、リューク様をお呼びするようにと命じられました」
アマネは眉毛の辺りで切りそろえられた前髪を撫でながら、状況説明を行った。
「さ、戻りましょう。こんな気持ち悪い場所、早く出ましょう。だいたい、このでかいドラゴンは何なんですか? 夢ですか?」
数時間前、アマネはリュークの気配を追って父ドラゴンの結界の近くに転移した。テス直伝の封魔の術で自らの魔脈に針を刺し、結界を超えるとリュークの痕跡を辿って父ドラゴンの口元まで辿り着いた。そこで初めてこの大きな山が生きたドラゴンだと気が付いた。「うわー」と一歩引いた瞬間、パクリ、ゴクン、と飲み込まれた。肺には行かず、直接食堂に放り出されたアマネは、襲い掛かるゴブリンモドキを避けつつ、リュークの気配を追ってきたのだ。
「これは、俺の父ドラゴンだ」
「は?」
リューク様、頭おかしいのでは? とアマネは首を傾げた。
「俺は、テイムの子だ」
「は?」
リューク様、何か変なもの食べました? とアマネは顔をしかめた。
「とにかく、すぐには戻れない。胆嚢まで行って、魔石を回収しなければ」
「胆嚢? 魔石? ……ドラゴンの胆石?」
「行くぞ」
「え!?」
リュークはアマネが苦手だ。長々説明するのも面倒なので、アマネを小脇に抱えるとリュークは走り出した。アマネは小柄だが、サラよりは大きい。年も、15~16だろう。サラよりも女性らしい体つきをしているので、くびれたウェストに腕を回すと抱えやすかった。
だけど、ちっとも楽しくない。
サラを抱えた時は、いつも楽しかった。
「リューク様。もっと揺れないように走ってください。運転下手くそですか」
やっぱり、アマネは苦手だ。
食堂、もとい食道を抜けると、酸を吐くアメーバが大量発生している胃に辿り着いた。さすがに胃酸の海を泳ぐわけにもいかず、リュークは龍化した。
アマネは一度可愛らしく悲鳴を上げたが、一瞬で真顔に戻り「なるほど、理解しました。これは夢です」と何やら納得した様子だった。頭の切り替えは早いらしく、リュークの背中に飛び乗ると「飛べ! ドラゴン号!」と、よく分からないテンションで命じた。
命じられると、ちょっと気分が上がってしまうのがリュークだ。リュークは変なノリに弱かった。飛びながら、意味もなく炎を吐いてみたりした。
胃を抜けると、道が分かれていた。
リュークは細い道へと進み、小さな部屋の前でアマネを降ろした。
「よくやった! ドラゴン号!」
褒められた。アマネは苦手だが、ちょっと嬉しかった。
リュークが龍化を解くと、アマネは途端に残念な顔をした。
「……ドラゴンの方が可愛い」
リュークのテンションは再び下がった。
小部屋は胆嚢だった。
2人で探せば早かろうと、アマネにマントを羽織らせ、二手に分かれて魔石を集めた。
魔石の大きさは様々だ。通常、魔物を倒して手に入る魔石は、1ミリほどの砂の様なものから5センチ程度の小石の様なものがほとんどだ。魔族や魔力量の多い魔物になると、体の大きさと生きた年数に応じて大きな魔石が採れることがある。
全長1キロを超える父ドラゴンの魔石は異様だった。
まず、数がおかしい。小部屋のいたるところに転がっている。普通、魔石は1体1個が原則だ。冒険者が魔物討伐の証として魔石を持ち帰るのは、この原則があるからだ。
そして、大きさがおかしい。
一番大きな魔石は3メートルを超えていた。1メートルを超えるものもいくつか見られる。これらは『魔王』や『魔王』クラスの『魔族』用にとっておいた方が良いだろうと、残すことにした。
「これなんかどうでしょう?」
アマネが1つ、両腕で抱えて持ってきた。直径25センチ程度と、この部屋の中では小さい方だが、色が濃く、見た目よりもはるかに重量がある。
いい魔石だった。「ほう」とリュークは感心した。アマネは良い目を持っているようだ。そのうち鑑定魔法を覚えるといいかもしれない。
他にもいくつか手ごろな大きさの魔石を空間魔法に収納し、二人は再び胃まで戻ってきた。
「出陣じゃー! 蹴散らせ者どもー!」
ゴゴゴゴゴゴゴ!!
……意味もなく、指揮してみたり、ホワイトブレスで胃酸の海を凍らせてみたりと、二人のテンションが迷子になっていたことについては、そっとしておこう。
食道に着いた時、父ドラゴンが「ゔゔっ」と嘔吐いた。
「え?」と言う間もなく、二人は口外に吐き出され、目を覚ました父にもう一度食べられた。
慌てて口をこじ開けて脱出した二人に父ドラゴンは言った。
「腹減った。何か食わせろ」
こうして、『リュークとアマネの不思議なダンジョン』は終了した。
アマネがクイクイとリュークの腕を引っ張った。「何事だ?」と振り返ったリュークに、アマネは「意外に楽しかったです」と笑顔で言った。笑顔一つで落ちてしまうのが、リュークである。アマネの事が、苦手ではなくなった。
アマネはリュークに早く王都に戻るように伝えて、先に戻っていった。
父ドラゴンは、脱皮する様に器用に表面の皮だけ残して、50メートル程の大きさまで縮まった。腹が減り過ぎて、大きな体を維持するのは辛いらしい。ここに住まう生き物達の住処を残すため、父ドラゴンはポッカリと穴のあいた山の内部を魔法で補強した。父ドラゴンも、優しいのである。
リュークは父に礼を言って帰るつもりだったが、父に呼び止められた。
腹が減ったとわめく父の口に手持ちのパンをいくつか放り込むと、例のごとく父も変なテンションになった。
「もっと食べたい」
駄々を捏ねる父のため、二匹は王都へ行くことにした。転移すれば早かったのだが、「どれだけ世界が変わったか見たい」という父の我が儘により、空路で王都へ向かうこととなった。
その際、アグロスに襲われるサラ達を見付けたのだ。
リュークはサラ達を守るためその場に降り立ち、父ドラゴンは食料を守るため王都へ向かった。
その後の父の活躍は言うまでもない。空腹でも古代龍は強いのだ。
闇が晴れ、サラとロイを騎士団に引き渡したリュークは父を探した。
「黒リューじゃないか!」
パン屋のジムに呼び止められた。
「この人、あんたのお兄さんか!? 助けてくれ!」
父は既に、人化した状態でパンを頬張っていた。
リュークを一回り大きくし、ワイルドにした風貌の美丈夫の腹は、パンパンに膨れていた。
うまい、うまいと手当たり次第に鷲掴みでパンを口に放り込んでいく。
正直、息子として恥ずかしい。
「いえ、他人です……」
リュークは生まれて初めて嘘をついた。
どうせ直ぐにばれる嘘です(笑)
いつもありがとうございます!
こんな感じでいくつか番外編を書きたいと思っています。
第二章はのんびりお待ちください。




