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60. それぞれの道はきっと繋がっているから

 夢を見ていた。


 膝の上に、老犬が頭を乗せて微睡んでいる。

 4年前に保健所から引き取ったゴールデンレトリーバーだ。他にも沢山の犬が居た中でこの子を選んだのは、自分の名前と似ていたのと、職員から「この子は、人間で言うと50代くらいです」と言われたからだ。

 自分と同じだ。

 老犬は引き取り手が少ない。自分も若者から老人扱いされる立場になってきたマシロには、見捨てることが出来なかった。


 シロは良く懐いてくれた。

 マシロの膝の上に頭をのせ、日向ぼっこをするのが好きだった。腰が悪いのか、ほとんど散歩にも行きたがらず、家で暴れることもなかったため飼いやすい犬だった。

 3年経ち、シロがだんだん不思議な行動をとるようになった。トイレも失敗することが増え、窓辺でじっとすることが多くなった。認知症だと気付いてからは、毎日シロの世話に明け暮れた。仕事をしながらの介護は、一人暮らしのマシロには重荷だった。だが、真面目なマシロは「私が全部一人でやらなくては」と思い込んでいた。こんな大変なことを誰かにさせる訳にはいかない、迷惑になるに違いない、と。

 定年退職した数日後、ふと、マシロはオムツが切れていたことを思い出した。「行かないで」と目で訴えるシロを残し、マシロは近所のスーパーへ出かけた。その道すがら、新しいカフェがオープンしているのが目に入った。ショーウィンドウにイチゴが山盛りになったパフェが飾ってある。ちょとだけ、見るだけ、と思いながら、マシロは店に近づいた。甘酸っぱい匂いが、鼻腔をくすぐる。

 マシロは、疲れていた。

(たまにはいいよね? 退職祝いくらい、してもいいよね? シロ)

 言い訳しながら、店に足を踏み入れた。久々に食べる、甘く可愛いスウィーツにマシロの心は癒された。「また、頑張ろう」そう思っていた。


 帰宅すると、シロが死んでいた。


 よくマシロと日向ぼっこをした縁側で、マシロの匂いがする座布団に頭を乗せて、動かなくなっていた。


「ぅわあああああああ‼ シロ!? シロ!?」


 あの時と同じように、夢の中のマシロも悲鳴を上げていた。オムツも、シロへのお土産に買った高級な餌も放り投げて、まだ温もりの残るシロの体を揺すって、泣き崩れた。シロのお腹に、顔を埋めた。


 再び顔を上げると、シロがシズに変わっていた。 

「シズ!?」

 マシロも、サラに変わっていた。シズはあちこち傷付き、血にまみれ、冷たくなっていた。左手首から先は切り取られ、傷口から、じわり、と『何か』が這い出してきた。


「いいいいいいいいいいやああああああああああ!」


 サラは自分の悲鳴で目を覚ました。



 王城の一室で、ロイがリーンを引き摺り下ろしていたころ、サラは一人で膝を抱えていた。

 部屋には誰もいない。

 不自由はないとはいえ、ここは牢獄だった。あの日、父やアマネがいたのは王による特別な計らいだったのだと、扉を守る騎士が教えてくれた。父やアマネは今もシェード家で謹慎中だ。

 街では、日に日にサラの死刑を望む声が高まっているらしい。

『美しい奴隷を求める魔女』

 それはあたかも、「カラレール」ルートの様だった。


 サラの心は、重く沈んでいた。シズが死んだと聞かされてから、毎晩同じ夢を見る。


 シズが死んだ。

 シロの時と同じ。看取ることが出来なかった。


 民は、私の死も願っている。


 そして、リュークがいない。

(リューク……どうして、会いに来てくれないの?)

 廊下越しに、パルマから「騎士団にサラさんを渡したのはリュークおじさんですよ」と聞いた。

 誰よりも信頼していたリュークが、無実のサラを投獄した。

 その事実に、サラはショックを受けていた。

 王都にはシェード家自体を恨んでいる者も多い。民も、生贄を望んでいる。

 下手をすれば、裁判の結果を待たずしてサラは処刑されると、分かっていたはずなのに。

(どうして?)

 リュークなら、サラを連れて逃げることくらい出来たはずだ。

(リューク。お願い。説明して? あなたまでいなくなったら、私、耐えられない)

 サラは自分の膝を抱きしめた。


「サラ」

 はっと、サラは顔を上げた。

 目の前には黒いフードで顔を隠す、武器商人が立っていた。見張りの騎士が通してくれたのだろう。

「リューク」

 いつもなら、満面の笑みで飛びついていたはずだ。

 でも今は、複雑な思いで見つめることしか出来ない。フードを外したリュークは、少し、寂しそうな顔をした。

「サラ。怒っているのか?」

 何故か、カチン、ときた。

「怒ってる? 誰に? 何で?」

「サラ。聞いてくれ」

「聞いてるわよ。何? 謝りたいの?」

(違う……! こんな事が言いたいんじゃない!)

「私、どうしたら良かったの? ロイを見捨てれば良かった? そうよね、ロイを見捨てていれば、シズも、街の人達も、誰も死なずに済んだんだもんね」

 やり場のない怒りが、溜め込んだ哀しみが、リュークを責めたてる。ただのやつ当たりだ。リュークは悪くないと分かっているのに……!

「お前達のやったことは人として、間違ってはいない」

「! じゃあ、何で!? どうして私を捨てたの!? リュークの事、信じてたのに!」

 リュークは真っ直ぐにサラの暴言を受け止めている。その目はゆるぎなく、真紅に彩られていた。

「正しいことが正解とは限らない」

 リュークは一歩、サラの方へ踏み出した。サラはビクッと身を固くした。

「ルールに従わない正義は、必ずどこかに綻びがでる」

「綻び……?」

 サラの脳裏に、横たわるシズの姿が浮かんだ。父に迷惑をかけた。ユーティスやパルマも巻き込んでしまった。 沢山の罪のない人々を死なせてしまった。

「もっと違う道はなかったのか、考えただろうか」

 それは、リュークに指摘されるまでもなく、サラがずっと考えていたことだ。

「考えたよ! 何度も、何度も! もっと、ああしたら、こうしてたらって! ずっと、ずっと前から、考え続けてきたよ!」

「分かってる」

「分かる訳ない!」

「お前は正しい事をした。やり方は間違ったかもしれない。だが、俺はお前を誇りに思う」

「じゃ、じゃあ何で……!?」

「常に『選択には責任が伴う』ことを忘れてはいけない。どんな小さな選択でも、自分で選んだのなら、責任を負わなければならない」

 リュークはベッドの横で膝をついた。サラと目線を合わす。

「俺は、お前を守ることを選択した。シズも、リーンも、パルマも、他の沢山の人達がお前に力を貸した。その結果、どういう結果になったとしても、それは自己責任だ」

「そんな……! 私、誰にも協力してなんて言ってないよ!? 勝手に手伝って、勝手に死んで! 私はどうしたら良かったのよ!」

 自分でも、滅茶苦茶な事を言っているのは分かる。でも、シズの死が自己責任だと、言ってほしくなかった。

「お前はどうしたら良かったと思う?」

「どう、どうって……」

「お前の周りには仲間が沢山いるはずだ。俺は、そんなに頼りないか?」

 仲間。

 リュークに言われて、サラは愕然とした。

「仲間?」

 リュークは無言で頷いた。

「お前は、一人で生きるつもりなのか? こんなにも、お前を大事に思う仲間がいるのに」

「だって……」

 ずっと、一人でやらなければと信じてきた。シロの世話も、ロイを救うのも、魔王を倒すのも。

「私の我が儘で、誰かに迷惑かけたくないの! 私が頑張るだけでどうにかなるなら、一人でやりたい! ずっと、ずっとそうしてきたの!」

「俺は、迷惑だなんて思ったことはない」

 リュークは、ボロボロと涙を流すサラの手を握った。

「サラは、俺やリーンが困っていたら助けてくれないのか?」

 ううん! とサラは首を横に振った。

「俺達も同じだ。サラのやりたいことを助け、サラを守るのが仲間だ。もっと、仲間を頼ってくれ。サラの選択で生じた責任は、俺達も背負う」

 実際、リュークはこの数日間、『S会』のメンバーを訪ね歩き、サラとロイに起こった事を伝えて回った。街中がサラを魔女として糾弾する中、『S会』のメンバー達はリュークの話をあっさり信じた。そして、それぞれがサラの無実を広めてくれていた。サラに王都での居場所を残そうと、皆が協力しあった。サラが一人で生きていくために選んだ道が、いつしか大勢の仲間を作っていたのだ。


 リュークの言葉に、サラの中にある何かの大きな柱が、ポロリ、ポロリとはがれ落ちていく。


(ああ、リュークはシロに似てる)

 純粋で、優しくて、真っ直ぐにマシロを見つめている。

(誰かに頼っていたら、シロの最期に間に合ったかしら)

 オムツの買い出しを頼んでいたら、どうだっただろうか。

 日頃の世話を分担していたら、マシロがストレスを溜め込むことも無かったかもしれない。

 日中も側に誰かがついてやれれば、シロに寂しい想いをさせずに済んだかもしれない。

 マシロの周りには、誰もいなかったのだろうか? 否、いたはずだ。母が、弟が、姪が、甥が。あるいは施設を利用することもできたはずだ。

(今頃、気付くなんて……!)

「私、リュークに言ってないこと沢山ある」

 ゲームの知識は、誰にも言えない秘密だった。

「言えないことも、いっぱいあるけど、ロイの事、ちゃんと皆に相談してたら、助けてくれた……?」

「当たり前だ」

「シズは、死なずに済んだ?」

「……それは、分からない。だが、シズの事も皆で守れたかもしれない。ああなる前に、解決できたかもしれない」

「うぅ……シズ……!」

 リュークは優しく、サラの頭を撫でた。

「時は戻らない。過去の失敗は、反省はしても囚われてはいけない。お前は、これからどうしたい?」

「私……!」

 サラは赤くなった目で、顔を上げた。

「私、強くなりたい! 皆を守れるようになりたい! もう、仲間を失いたくない!」

 サラは、リュークの首に腕を回した。

「リューク! 私を助けて! 私を守って!」

 それは、マシロが、サラが、初めて人に頼った瞬間だった。70年以上も、かかってしまった。

 リュークは、サラの背を大きな腕で包んだ。

「ああ。もちろんだ」

 リュークは、笑っていた。



「いいの? 別れを言わなくて?」

 リーンは、サラの部屋から遠ざかるロイに尋ねた。

「いいんだ」

 途中からではあったが、サラとリュークの会話を聞いてしまった。

 サラが、自分を助けるために多くを犠牲にし、苦しんでいたこと知ってしまった。

 自分一人が浮かれていた。恥ずかしさで、ロイは気が狂いそうだった。

 命の恩人の苦悩を知って、笑顔で向き合える自信が今のロイにはない。

「先生」

 ロイは、足を止めた。

「何だね? ロイ君」

 リーンは優しく、見守ってくれている。

「俺も、強くなりたいです。サラを守れるように」

 リーンはにっこりと微笑んだ。

「しょうがないなあ。面倒みてあげるよ。……グランが」

「えっ!?」

 ガーン、と目を見開くロイの頭を撫でながら、リーンは朗らかに笑った。

 ロイに、サラに、パルマに、ユーティス。皆、本当にいい子達だ。


(少年少女達。君たちはまだ若く、弱い雛鳥だ。強くおなり。それまで僕達が守ってあげるから……!)


 その夜。

 結局、サラに会わぬまま、ロイとエドワードはグランと共に領地に戻った。


 サラ、およびユーティスとパルマにも無罪が確定した。

 牢を出て、久しぶりに顔を合わせた三人の顔は、少し大人びて見えた。

 三人はお互いに礼を言い、笑顔で別れた。


 サラには『2年間の謹慎』が言い渡された。

 無罪ではあったが、王都に広まったサラへの疑惑は直ぐに消える訳はなく、サラの心身の安全を考慮した王の判断だった。

 ゴルドはサラに、ノルンの町に近い本邸での謹慎を命じた。


 ユーティスは今まで以上に、学問、剣術、魔術に打ち込むようになった。それだけでなく、王都やそれ以外のレダコート国の様々な地方都市に、積極的に視察に行くようになった。ロイの住む地方にも行ったが、シェード領だけには寄らなかった。


 パルマは『梟』の長の地位を、パルマ本体の父に返した。リーンに弟子入りし、一から魔術を鍛え直すことにしたのだ。時々、リュークに手合わせをしてもらっている。一度、リュークの父ドラゴンに挑み、丸飲みされた。すぐにリュークとリーンに助け出されたものの、軽いトラウマになった。


 ロイはエドワードから貴族としての振る舞いを、グランから魔術を習った。定期的に黒い魔石に魔力を吸わせることで、成長を遅らせることができると気付いてからは、急激な見た目の変化もなくなった。恐らく、僅かながら寿命も延びるに違いない。

 領地では継母と、年上の異母妹が出来た。ロイを一目見てメロメロに懐いた娘を見て、「血は争えない」と呟いたエドワードがグランには印象的だった。エドワードはこの数年間顧みなかった罪を償う様に、妻と娘、家臣や領地の民の為に働いた。父の残した奴隷達へも仕事を与え、家を与えた。エドワードは生涯をかけて、父の罪と向き合う覚悟だった。

 ……1年後にロイに弟ができた。貴族の義務として結婚した相手だったが、夫婦仲はどうやら悪くないらしい。



 それぞれが、それぞれの想いを胸に抱きながら、あっという間に2年が過ぎた。


 王都レダの南門に、一台の馬車が停まった。


 馬車から降りた美少女に、入場待ちの列にざわめきが広がる。

 薄桃色の長い髪。深い藍色の大きな瞳。

 白いシャツにピンクのネクタイとフレアスカートを合わせて。

 少し背が伸びたサラは、王都を囲む白い外壁を眩しそうに見上げて、小銭を握りしめた。


「さて、武器屋に行きますか!」


 ―第1章 完—


わー! 第一章、完走しました!

とても楽しかったです。


皆さまからの評価や感想、ブックマークが増える度、ニヤニヤさせていただきました。

おかげで頑張れました! 心から感謝いたします。


数話番外編を挟んで、第二章に移りたいと思います。

第二章では、今まで出てこなかったもう一人の攻略対象者が登場予定です。


今後もよろしくお願いします!

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