表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/365

58. 喜びの陰で

 アグロスの死から3日後、サラは王城のベッドで目を覚ました。


 誰かが手を握っている。

(ああ……! シズだ。やっぱり、シズは生きてたんだ)

 サラは手を握り返し、ゆっくりと目を開けた。

「……サラ様?」

「……? アマネ? シズは……?」

 見上げた先にいたのは、アマネだった。酷い隈だ。寝ていないのだろうか。

「旦那様をお呼びします!」

 アマネはサラから荒々しく手を離すと、質問には答えずにドアから出て行った。

(聞こえなかったのかな……?)

 サラはぼんやりと思った。

 部屋の中を見渡すと、何もかもが見慣れない部屋だった。サラの殺風景な自室と異なり、壁紙も絨毯も装飾が美しく、天蓋付きのベッドはふかふかだ。窓の格子だけが異様だった。

(誰の家だろう。贅沢だなあ。パルマかな。ユーティスかも)

 サラはゆっくりと身を起こした。

 どれくらい寝ていたのだろうか。体が重たい。上半身を起こすだけで、力を使い果たした気分だ。枕を前に抱いて、体を支えた。

(ロイは、どうしてるかな。お父様、生きてて良かった……!)

 サラは父と手を繋いだロイの表情を思い出し、思わず笑みがこぼれた。

(どうなるかと思ったけど、ロイが助かった。こんなエンディングは初めて見た!)

 ロイを救うと決めた時、ゲームから大きく道が外れることは覚悟していた。上手くいく保障もなかった。それでも、サラは踏み出した。誰も見たことのない未来を目指して。

(ロイ。良かった。もう、一人じゃないよ。私も、リュークも、リーンも、パルマも、シズもいるよ。『S会』のメンバーにも紹介したいな。美味しいものを沢山食べさせてあげたい)

 それは、サラの夢見る温かい未来だ。

(お父様は貴族だって言ってたな。ユーティスは王子だから、あまり遊べないかもしれないけど、貴族のパーティとかで会えるかも。ああ、どっちもカッコいいだろうな。ロイ、私と踊ってくれるかな? ユーティスが嫉妬しそう!)

 サラは枕に顔を埋めて「ふふふ」と笑った。

 やり遂げたという思いが、サラの胸を高揚させていた。自分の一歩が、ロイの運命を変えた。もう無理だと、諦めないで良かった。

(本当に、良かった)


 ガチャリ、と錠前が外れる音がして、部屋のドアが開いた。サラは現れた人物に驚き、慌てて姿勢を正そうとした。

「楽な姿勢で構わん」

「お父様!」

 サラはベッドから降りるのを諦め、枕を背中に当てて背筋を伸ばした。

「…………」

「…………」

 沈黙が流れた。サラは父に黙って屋敷を飛び出し、何日も家を空けていることを思い出した。

「あの、お父様……」

「何だ」

 相変わらず、父はそっけない。

「黙って家を出て、申し訳ないことをいたしました」

 サラは謝った。サラは王都で起こった事を知らない。父は、言葉を探している様だった。

「……お前は」

 ゴルドは、低く、言葉を絞り出した。伝えなければならないことがあった。

「お前は…………体は大丈夫か? 3日も寝ていた」

 言えなかった。

「3日も!?」

 藍色の瞳を大きく瞬かせてぽかんと口を開けるあどけない娘に、どう伝えればいいのだ、とゴルドは苦悩した。

「皆は、どうしていますか? ロイは、無事でしょうか!?」

 今は、娘の質問がありがたい。向き合わなければならない現実から、時間を稼いでくれている。

「ロイは、裁判中だ」

「裁判?」

「ロイは、犯罪奴隷だ。……やはり、知らなかったか」

「犯罪奴隷!? 違法奴隷のはずでは?」

「元々は借金奴隷として登録されていたが、主人を殺そうとした罪で犯罪奴隷に登録し直されている」

「そんな……」

 娘は青ざめた顔でゴルドを凝視している。

「では、私は、犯罪奴隷を脱獄させた罪人なのですね……?」

 頭の回転が速い娘だ。たったあれだけの情報で、自分の状況を把握してしまった。

「では、では、シズは無事ですか!? パルマやユーティス様は!?」

 皆捕まっているのでは? と、サラは続けた。

 ゴルドは、娘の手を握った。はっと、サラが身構える。

 小さな、小さな手だった。

(こんな小さな手で、王都を救ったのか)

 ゴルドは驚きを隠せなかった。もっと早くに握っていれば、違う結果を見せてあげられたかもしれない。…………サラにも、シズにも。

 ゴルドは、シズの最後の願いを思い出した。

「サラ」

 ゴルドは娘の横に腰を下ろした。そして、腕をまわし、抱きしめた。サラが動揺しているのが伝わってくる。ゴルドは息を止め、覚悟を決めた。


「シズが、死んだ」


 それは短く、冷たい宣告だった。

「……え?」

 サラは、父が何を言っているのか、理解できなかった。

「何を、おっしゃって」

「シズは死んだ。3日前のことだ。あの奴隷商人に殺された」

 ゴルドは、言葉を誤魔化すことが出来なかった。

「いっ、いや。いやいやいやいやいやいやいや!」

 サラが叫んだ。ゴルドの胸の中で、激しく身を揺らしている。

「サラ」

「や、やだ、やだあああああああああ!」

 うわああああ、と娘が絶叫した。胸が張り裂ける様な、悲痛な叫びだった。シズにとってサラが娘だったように、サラにとってシズは母の様な存在だったのだと、ゴルドは気が付いた。

 サラは、母の愛を知らずに育った。シズの無償の愛は、どれほどこの小さな聖女に光を与えていたことだろう。

(私が、判断を誤らなければ。私が、サラの話にもっと耳を傾けていれば。私が、シズを愛してやれれば…………!)

 後悔が、ゴルドの胸を締め付ける。

 サラの母を失った時もそうだった。嫉妬深い正妻から守るためだったとはいえ、身重の体でノルンまで旅をさせてしまった。出産後、出血多量で亡くなったと聞いた時は目の前が真っ暗になった。私が、私が、という後悔の波がとめどなく押し寄せてきた。

「サラ、すまない……!」

 ゴルドは娘を強く抱きしめた。サラは逃げ出そうと身をよじった。

「やだ、はなしてぇ! シズのとこに行く! 私も行くぅ‼」

「行かせん!」

 ゴルドは叫んだ。叫ぶと同時に、10年前に枯れ果てていたはずの涙が溢れた。

「私はお前から、二人も母を奪ってしまった!」

「おどっ、おどうさまっ!?」

「許せとは言わん。憎んで構わん! シズが戻るなら……お前の母が戻るなら、喜んで死んでやる! だが、お前は行くな!」

 サラは父の涙に困惑した。父が泣くなど、想像もしていなかった。そして気付いてしまった。震える胸を通して、父がどれほどシズを大切にしていたかを。

 シズを失った喪失感と罪悪感は、見えない爪となってサラの胸をぐちゃぐちゃに掻きむしっている。痛い、痛い、苦しい。

 ほんの数カ月過ごしただけなのに、こんなに苦しい。

 シズと長く過ごした人達は、どれほどの苦しみを抱えているだろう。シズから惜しみない愛情を向けられていた父は、どれほど…………!

「お父様……‼」

 サラは、父の背中に手を回した。思いのたけをぶつける様に、力一杯抱きしめ返す。

「お父様、ごめんなさい! ごめんなさい! 私がシズを死なせたの! シズは私を守るために戦ったの! 私が我が儘言わなければ、シズは死なずに済んだの!」

 ロイの幸せを掴んだ道の陰で、サラは沢山の人を不幸にした。ゲーム通りに生きていれば、シズは死ぬことはなかった。自分の踏み出した一歩が、シズの運命を変えてしまった。

「ごめんなさい、ごめんなさい! お父様に、アマネに、シユウに、テスに、シズを返してあげられなくて、ごめんなさい!」

「サラ! 謝るな!」

「お父様!」

 二人は、声を上げて泣いた。サラが泣き疲れて気を失うまで、お互いを想い、お互いのために泣いた。


「テス様……」

 二人の様子をドアの隙間から覗っていたアマネも泣いていた。隣に立つ、テスの小指をぎゅっと握っている。

「『鬼』が、泣くな」

『鬼』は泣かない。シズの死を見届けた時も、何人もの部下を見送ってきた時と同様、テスは泣かなかった。


 だが、ただの部下に過ぎないはずのシズの死を、ゴルドと聖女が悼んでいる。その光景は、テスの心に小さな光を灯した。


「シズ、良い家族を持ったな」

 テスの頬を、一筋の涙が伝った。


 娘の死を、ようやく悲しんでやることができた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!


サラもようやく向き合うことができました。あと1~2話で第1部が終われそうです!その後は、挿話を挟んで、第2部スタートの予定です。

これからもよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 祖父母に大切に育てられた人にとっては祖父母が全てで、父母に育てられた人が父親や母親に向けるような感情は祖父母に向けられているので欠落感もないですよ。 母を知らない人は可哀想ってのはちょっと傲…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ