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56. 王都の生贄、王子の決意

 アグロスの死により、奴隷達の暴動は治まった。

 アグロスが暴走してからの時間が短かったことや、王家の対応が素早かったこと、『梟』や『鬼』達が奴隷達を無力化して回っていたことから、王家やゴルドが当初予想したよりも遥かに被害は少なかった。

 また、街まで及んだ『何か』の大群は、巨大なドラゴンの咆哮によって大半が散らされ、残ったものも宮廷魔術師達の結界に阻まれ、王都内への侵入はほとんど見られなかった。


 死者;104名

 負傷者;376名


 今回の騒動における死傷者の数だ。

『魔王』クラスの『魔族』が引き起こした事件としては破格に数が少ないとはいえ、100年もの間『魔族』とは無縁だった王都の民に与えた衝撃は凄まじいものがあった。


 彼らは理由を求めた。

「何故、母は死んだのか」「何故、息子は殺されたのか」「何故、奴隷が暴れだしたのか」

 何故。何故。何故。


 一度、彼らは答えを得た。

「アグロスという奴隷商人が契約魔法を暴走させた」

 その答えに、彼らは歓喜した。怒りを、恨みを、哀しみをぶつける相手を与えられたからだ。しかし、その相手が既に故人であることを知ると、彼らは再び答えを求め始めた。

「奴隷商人は何故暴走したのか」

「誰かが奴隷商人を襲い、奴隷を攫ったらしい」

「一体誰がそんなことを」

「シェード家の人間に襲われたと言っていた」

「シェード家の娘が、城に監禁されているらしい」

「奴隷商人を殺したのは、その娘か」

「怖い娘だ」

「魔法が使えるらしい」

「魔女だ」

「魔女だ」

「魔女だ」

 魔女の名は。


「サラ・フィナ・シェード」


 王都の民は、生贄にサラを選んだ。



 アグロスの死から2日後。王都には静かに雨が降り注いでいる。

 サラはまだ眠っていた。


 王城の敷地の端に、貴族の罪人を収容する牢獄がある。

 その中でも公爵家以上の罪人に使われる、窓に格子を嵌めただけの豪華な一室で、ユーティスは不機嫌そうにため息をついた。

「ロイの裁判は、いつ終わる?」

「エドワード卿の父、サルナーン子爵とアグロスの悪事を暴く必要がありますからね。調査も含めて、もうしばらくかかるかと。……まあ、エドワード卿が証人ですし、うちの馬鹿親父とグランさんが違法奴隷を保護してくれていたおかげで、長引きはしないと思いますよ」

 ユーティスの問いに答えたのはパルマだ。

 二人は罪人として、囚われの身となっていた。

 廊下を挟んだ向かいの部屋で、サラは眠っている。


 決戦のあった森で騎士団から身柄の引き渡しを乞われた際、リュークは「安全が確保できるまでは自分が運ぶ」という条件のもと、あっさりサラとロイを手放した。

 無論、他の者は反対した。

 しかし、リュークは引かなかった。

 理由はどうあれ、サラは「犯罪奴隷を略奪した犯罪者」なのだ。

「人の罪は、人の法律で裁かれなければならない」

 それは、リュークの信念だった。


 結局、サラとロイは捕らえられた。


 すぐさま、パルマは「協力者」として出頭し、狼狽える騎士達に畳みかける様に、第一王子が自ら「私も協力者だ! 捕らえるがいい!」と鮮やかに名乗り出たおかげで、サラは一貴族の罪人にも関わらず、ユーティスと同じ豪華な一室を与えられたのだった。


 ロイは現在、元主人であり、ロイが犯罪奴隷として登録される原因となったサルナーン子爵を相手に裁判中だ。

 サルナーンとアグロスの悪行が暴かれ、ロイに無罪判決が出れば、サラの罪状は「違法奴隷を悪い商人から解放した」に変わり、無罪となるだろう。


 それまでは、この牢獄で匿う必要があった。


「街に不穏な空気が流れているらしいね」

 ユーティスが不機嫌な理由は、サラを魔女に見立て糾弾する動きがあることだった。王都を『魔族』から救ったのはサラだ。それにも関わらず、『魔女』と呼ばれ、死刑すら望む声がある。「彼女は聖女だ」と、ユーティスは大声で言いたかった。しかし、周りの大人達は揃って首を横に振った。

 『聖女』は希少価値が高く、犯罪組織から狙われやすい。それだけならまだしも、『魔王』やその手下となった『魔族』に襲われれば、今回どころの被害では済まないだろう。

 もちろん、いつまでも隠し通せる訳がないことは、皆承知している。

 サラが力を付け、仲間を集め、十分に戦える体制が整うまでは『聖女』であることを隠したい、というのが大人達の意見だった。

 結局、今回の『魔族討伐』は大魔術師リーンと大賢者グランの功績として公表された。


 大人達の言うことはユーティスにも理解できる。頭では、の話だ。

 ロイの無罪が証明されれば、サラの無罪も確定し、庶民の関心はサルナーンに移るだろう。

 それは、分かっている。

 しかし、それまでの間、この重荷を、何も知らずに……おそらく、ロイが犯罪奴隷であることすら知らずにスヤスヤと眠る少女に負わせるのかと思うと、ユーティスは酷くいたたまれない気持ちになるのだ。

 ただでさえ、彼女には『()()()()()()()()()()()()』が待っている。

 せめて、救ってもらった者達くらい、彼女を労ってあげて欲しかった。


「私は、無力だな……」

 憂鬱な雲を眺めながら、ユーティスが呟く。

「僕もですよ、王子」

 ユーティスの隣に立ち、パルマも雲を見上げる。雨は、少年達の心に静かに降り注ぎ、暗い水溜まりになっていく。

「パルマ」

 ユーティスは、友の顔を見た。ここ数日で、ようやく心から友と呼べるようになった幼馴染は、「はい」と言ってユーティスに視線を合わせた。

「私は、強い王になる」

「強い王、とは?」

「私一人の力では限界がある。それは、よく、思い知ったよ」

 ユーティスは一度パルマから視線を逸らすと、空を見上げた。見つめているのは、雲の先にあるものだ。

「しかし、私には権力がある。私の役目は、この国の民、一人一人の力を集約させることだ。民をまとめ、力を集め、国を守り、『魔王』を倒す。『魔族』の一人や二人ごときで、民を動揺させたりせぬ」

 ユーティスは、拳を固く握りしめた。


「サラをこれ以上、苦しめたりしない……!」


 雲の隙間から、サアーッと光が差し込んだ。スポットライトの様に陽の光を浴びるユーティスの瞳には、強い光が宿っていた。


「私が目指す強き王とは、民を照らす太陽の王だ!」


 ユーティスの決意に呼応するように、スポットライトだった楕円の光が、広く、広く広がっていく。


「パルマ。私の道にはお前が必要だ」

「お供しますよ。……陛下」

 パルマは片膝を付き、臣下の礼をとった。


 雲が、晴れた。


ご覧いただき、誠にありがとうございます!

励みになってます!


さてさて『向き合わなければならない現実』ですよね。私も向き合わねば!(笑)

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