53. 私、やります
「父上!」
ロイは自らの意思で、はっきりと父を呼んだ。
「ロイ!」
「まだ駄目だよ!」
息子に向かって手を伸ばすエドワードの腕を、リーンは掴んだ。その表情は険しい。
3日前、リーンはエドワードが生きている可能性を考え、旅に出た。だが、リーン自体はエドワードに会ったことがなかったため、まずはロイの話に出てきた老エルフを探すことにした。老エルフには心当たりがあったのだ。
リーンは一人の弟子の姿を思い浮かべ転移魔法を使った。案の定、転移先にいたのは、かつてエドワードに力を貸した老エルフだった。
老エルフの名は、グラン・オリビエという。
かつて何度もリーンと共に、魔王や魔族を倒してきたSSランクの冒険者であった。
リーンが『救国の魔術師』と呼ばれるように、グランは『魔狩りの賢者』と呼ばれている。
グランはリーンの話を聞くと、即座にエドワードの気配を追って転移した。
エドワードは生きていた。否、生かされていた、という表現が正しい。かつてアグロスの魔術を受け廃人となったエドワードは、自力で食べることも排泄することも歩くことすらできず、付きっ切りで奴隷に世話をされながら生きながらえている状態だった。
アグロスは、エドワードは死んだと信じていた。だが、ロイを従わせる道具として、あるいは孫娘に何かあった場合の保険として、更にはアグロスが裏切った時に備え悪事を暴く切り札として、エドワードの父であるサルナーンが監禁していたのだ。
二人のエルフは、サルナーンからエドワードを救い出した。エドワードの弱り切った体では、転移が出来なかったため、徒歩での脱出となった。その際、サルナーンが保持する傭兵や冒険者、奴隷達と戦闘になった。リーンとグランが本気になれば辺り一帯が壊滅状態に陥るため、二人は戦闘に際し出来るだけ被害を抑える努力をしなければならなかった。その結果、死者は出なかったものの、腕のいいテイマーや魔術師の抵抗に遭い、かなり時間がかかってしまった。
救出されたエドワードは、リーンによる解術とグランの治癒魔法により意識を取り戻した。
そうして三人は、ここに現れたのだった。
「父上!」
再び父を呼ぶロイの周りには、まだ『何か』が溢れ続けている。リーンですら、これ以上は近づくのは危険であった。「これって、ちょっとした『魔王』クラスだよね?」と苦い顔をしている。
「ロイ! アグロスの力を使って! この黒い『何か』を魔界の穴に戻せる!?」
「くっ……! 駄目だ! まだ、アグロスの意識が……!」
ロイの体内で、ロイとアグロスのせめぎ合いは続いていた。
リーンはリュークの翼に包まるサラを見た。鑑定の結果、使える魔法の種類は増えたものの、聖女の力にはまだ目覚めていなかった。無理もない、とリーンは思う。歴代の聖女が聖女としての力に目覚め、魔界の穴を防げるようになるのはいつも成人後であった。膨大な魔力を貯める必要性と、その魔力の行使に子供の肉体では耐えきれないからだ。
サラは必死で魔力を貯めようとしている様だった。魔石を無理やり口に押し込んでは、パルマに止められている。二人とも、ボロボロだった。その様子に、リーンは胸が痛んだ。
(僕がやるしか、ないよね……?)
幸い、ロイの体はまだ『魔族』以上『魔王』未満、と言ったところだ。魔力を使い切り眠りにつく、という事態にはならないだろう。だが、猶予はあまり残されていない。
「グラン! ロイパパを連れて、リュークのところまで下がって!」
「貴方はどうするのです!?」
珍しく真剣な表情の師匠に、グランは聞き返した。グランはグランで「相打ちなら何とかなるか? いや、ワシの力ではもう手に負えんか!?」と考えていたところだった。
「僕、頑張っちゃうよ! 僕だってお父さんだもの。息子ちゃんにいいとこ見せたいもんね!」
ふざけた口調だったが、師匠が本気であることにグランは気付いた。
「分かりました」
「リーンさん、グランさん!?」
リーンに手を離され、代わりにグランに肩を掴まれ驚くエドワードと共に、グランはリュークの元へ転移した。
「グランか!」
リュークは足元に現れた老エルフと痩せ細った男を翼の中に招き入れた。
「お久しぶりです。リューク殿。彼は、ロイの父親です」
「『ギャプ・ロスの精』の父親!?」
リュークは目を丸くしている。
「詳しい話は後で。それよりも、構えて下さい。リーン様が封魔を使います」
「え!? 待ってください、グランさん!」
驚いたのはパルマだ。サラはグランの言葉に、「リーンなら何とかしてくれる!」と期待してしまっただけに、何故パルマが焦っているのか分からない。
「父上の封魔は『魔王』に使うものです! 今ここで使ったら、何処かで目覚めているはずの、本物の『魔王』をどうするんですか!?」
はっと、サラはリーンを見た。ロイから少し離れたところで、リーンは結界の中で目を閉じ、意識を集中させている。事情が呑み込めた。
「ですが、この状況では仕方ないでしょう? 力を出し惜しみしている場合ではない。聖女が力に目覚めていない今、アレを何とか出来るのはリーン様しかいない」
聖女、と言われて、サラの肩がビクッと震える。
「それは、そうですが……!」
なおも食い下がろうとするパルマの肩に、エドワードがそっと手を置いた。
「リーンさんは、『息子に良いところを見せたい』と言っていました。……貴方を、守りたいんですよ。父、ですから」
「……あんのぉ、クソ親父ぃ……!」
パルマは自分の無力さを呪った。レダスなら、こうなる前に何とでも出来たのに、という想いが胸を襲う。
サラには、パルマの気持ちが痛いほどよく分かった。自分は無力だ、とサラは思う。十分な力のないまま、「ロイを救いたい」という想いだけで行動を起こし、みんなを巻き込んでしまった。
ドクン、と、心臓が鳴る。
「今」やらなければならないのは、リーンではない。私だ。
ドクン、ドクン、とサラの中で、何かが目覚めようとしていた。
「私が」
鈴の鳴るような声が、パルマの耳に届いた。その場にいる全員が、声の主を見つめた。
「私が、やります! 出来ないかも知れないけど、やってみますから!」
「サラ!」
「サラさん!」
サラはリュークのマントに身を包み、暴風の中に駆け出した。ドラゴンの皮で出来たマントが、『何か』の攻撃をいくらか弱めてくれた。
「くっ! 援護する!」
身動きの取れないリュークは、咆哮でサラを襲う『何か』を吹き飛ばした。
「ああ、もう! 聖なる土壁!」
サラを挟む様に、壁が出現する。サラからロイに続く道が出来た。
「肉体強化、精神強化、……魔力、譲渡……!」
グランが補助魔法をサラにかける。サラは、体に魔力が満ちるのを感じた。体も軽い。真っ直ぐにロイに続く道の、何と走りやすいことか。リュークの風が、背中を押す。
(ありがとう! みんな!)
ドクン、ドクン、ドクン
「サラちゃん! 無茶だよ!」
リーンが止める声が聞こえる。
(リーン、ありがとう。でも、私、やれる気がするの)
ゲームでのサラは、暴走したロイを救いたいという気持ちだけで、聖女の力に目覚めた。
これは、ゲームじゃない。時期も違う。
それでも、ロイを助けたいという思いは同じ。否、きっとそれ以上だ……!
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
「駄目だ! 来ちゃ駄目だ、サラッ‼」
「ロイ」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
サラの心に、シズの笑顔が浮かんだ。
両手で抱えるように自分を押さえつけているロイを、サラは小さな腕の中に抱きしめた。シズがよくやってくれたように。
胸の高鳴りとは裏腹に、不思議なほど、心は落ち着き、温かさで満たされていた。
皆の想いが、ここにある。聖女の力はきっと、『共感と共有』だと、サラは唐突に理解した。
ドクン……!
鼓動が止まった。
世界を、白い光が包んだ。
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