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(番外編) 夢のしずく ー夢から、醒めるー

 あの日、ロイがリーンから『核』を受け取ったことを皆が涙を流して喜んでくれた。

 皆、ロイは長く生きられないのではないかと疑っていたらしい。誰もそのことに触れなかったのは、サラが心から子供達を愛し、慈しんでいたからだ。


 子供を授かったせいで最愛の夫を亡くしたのだと、サラが自分を責めることがないように。


 そのことを初めて知り、サラは皆の優しさと愛情に深謝した。

 改めて、ロイや子供達と一緒に幸せになるのだと心に誓った。


 病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も。

 互いを愛し、敬い、慈しみ。


 あっという間に40年が過ぎた。


「シャラ。今度のシャラの誕生会、どこまで呼ぶ?」

「おお……ぅ。ねえ、ロイ。もう63歳になるんだし、お祝いするの止めない?」

「駄目だよ! シャラが生まれた素晴らしい日なんだよ? みんな毎年楽しみにしてるんだからね」

「うう。だったら、家でひっそりやろうよ。お願いだから、大聖堂を貸切るのだけは勘弁して」

「じゃあ、王城でしようか!」

「もっと駄目!!」


 毎年恒例のやり取りだ。

 どうせ今年も大聖堂でやることになるのに、と、近くで聞いていたエドワードとフロイアが苦笑する。


『シャラ』の誕生日は、『聖女サラ』の誕生日でもある。

 そのため、毎年大聖堂が全力で誕生祭の用意をしてくれるのである。下手をすれば王や王妃の誕生祭よりも華やかかもしれない。いったいどれほどの金が動いているのか想像もできない。もはや事件だ。


 ちなみに『聖女サラ』は『魔の国』に嫁いだ後、聖女の力を存分に発揮し、魔物や魔族をテイムしまくっている。おかげでガイアードからこっぴどく叱られたそうだが、そんなガイアードも『聖女サラ』と魔王ヒューの間に生まれた三人の子供達にメロメロで、今ではすっかり好々爺だ。

 相変わらず逆らう者には容赦ないが、ガイアードが守ってくれる限り、『聖女サラ』も子供達も安心だろう。

『聖女サラ』は上手くやれているようである。


「そう言えば、ゴルドお義父様はまた『サラ』に会いに行ってるの?」

「うん。今度ひ孫が生まれるんだって。私と違って『サラ』は見た目が20代のままだから、『サラ』の子だって言っても通じそう」

「そうだね」


 『聖女サラ』は、エルフであるヒューのために『不老長寿薬』を飲んだ。

 前の世界でも、この世界でも知らなかったことだが、『不老長寿薬』を飲むと子供が産めない体になるらしい。『不老』とは、人の肉体の時間を止める魔術のようなもので、たとえ受精したとしても、母体が子供を育てることができないのだそうだ。


 それを知ったのは『聖女サラ』が10代で薬を飲もうとした時だった。

 高位魔族であるサキュバスのニーチェが慌てて止めたことで発覚した。サキュバスを倒して得られるお宝だけあって、ニーチェは薬のことに詳しかったのだ。

 そのため、『聖女サラ』は三人の母となった25歳で『不老長寿薬』を飲んだ。


 サラと『聖女サラ』が直接会うことはないが、自分のシミとシワだらけの手の甲を見る度に、『不老長寿薬』を飲まなかったことを少しだけ後悔してしまう。

 自分で選択したこととはいえ、今でも若いロイと一緒に居ると、なんだか申し訳ない気持ちになるからだ。ロイは毎日『シャラは今日も世界一可愛い』と言ってくれるが、自分が『聖女サラ』のように美しいままなら、ロイはもっと喜んでくれたのでないかと卑屈になってしまう。


「ねえ、ロイ。やっぱり、誕生祭は質素にしない? あまり着飾って人前に出るの、嫌なんだけど……」

「そうだったの!? ごめん。俺、毎年シャラを自慢できるのが嬉しくて……」

「若い頃はともかく、もう、おばあちゃんだよ? 自慢どころか、笑われちゃうよ」

「ええ!? シャラを笑う奴は、俺が許さない!」

「ロイ。そんな奴には悪夢を見せてあげなさい」

「はい! 父上!」

「二度と陽の光を拝めなくなるくらい、ねちねちと陰湿な夢を見せるのよ」

「はい! 母上!」

「怖いよ! だめだめ!!」


 美しい笑顔で物騒なことを言う親子を全力で止めて、シャラは笑った。


 考えてもどうにもならない事で悩んでも仕方がない。

 今目の前にある幸せを思い切り噛みしめよう。


 そうシャラが思った時、ロイがふらりとよろめいた。


「「「ロイ!?」」」


 一斉に顔色を変えた。

 リーンから『核』を譲ってもらったとはいえ、ロイがいくつまで生きられるかは未知数だった。サラも、エドワードも、フロイアも、ずっと恐怖に怯えながら、毎日を精一杯明るく生きてきた。誰よりも死の恐怖と戦い続けているロイに、いつも笑顔でいて欲しかったからだ。


「あ、ごめん。大丈夫だよ。ちょっと眩暈がしただけ! 最近寝不足なんだ」

「そうかい? 今日は父と一緒に寝るかい?」

「はい! 父上!」

「あら、じゃあ三人で寝ましょ」

「はい! 母上!」


 ロイが笑っている。

 エドワードもフロイアも皺くちゃの顔で肩を寄せ合っている。


 こんな景色を見ることができるなんて、想像もしていなかった。


 だけど。


(あ……)


 ふと、風の匂いが変わる感覚がした。


(そっか。もう、帰らないといけないのね)


 開いていない窓から、懐かしい空気が流れ込んでくるようだった。それは、向こうの世界でロイと過ごした、あの山小屋を思い出させた。


「ロイ」

「なに? シャラ」


 ロイと目が合うと、ロイの瞳にも何かを察知したような色が浮かんでいた。きっと、サラと同じ感覚をロイも感じている。


「やっぱり、今度の誕生祭は過去最高に盛大にやりましょ」

「うん。みーんな呼ぼうね」


 その日はロイを義理の両親に譲ったが、次の日からは毎日ロイと明け方近くまで話し込んだ。


 フロイアに出会った時のこと、ロイが生まれた日のこと、アグロスを倒したこと、離れ離れだった間に起こったこと、『異界の扉』を閉めた日のこと、魔王戦のこと、結婚式のこと、ミユが生まれた日のこと、ルイが生まれた日のこと、リーンが『核』をくれた日のこと、ミユがパルマに嫁いだこと、ルイが子供を望み精霊を分けたこと……そして、そのせいで短命となったルイが亡くなったこと。


 ルイのことは哀しかったが、ルイはとても満足そうな笑顔を残して眠りについた。かつての冷たくなったロイを思い出したが、ルイの笑みを見ていると何故か温かい気持ちになった。自分達もこんな風に笑顔で逝けたらいいねと、孫を抱きながらロイと語り合った。


 沢山の仲間に恵まれて、精一杯生きた。

 夢にまで見た子供達にも会うことができた。


 本当に、本当に幸せだった。

 あの日見た夢の続きは、とても素敵な人生だった。

 思い残すことは、何もない。


「シャラ。この世界に来てくれて、俺を選んでくれてありがとう」

「こちらこそありがとう、ロイ。あなたと同じ時が過ごせて嬉しかった」


―――世界中を巻き込んだ盛大な誕生祭から10日後。


 サラとロイは、沢山の愛に包まれながら、深い、深い眠りについた。


 ◇◇◇◇


「……。サ……ま。サラ様!」


 誰かから肩を揺すられ、サラは長い夢から目を覚ました。


「サラ様。こんなところで寝ていては風邪をひきますよ?」

「……お義父さま……?」

「!?」


 まだ、頭がぼんやりとしている。

 ついさっき、ロイに「おやすみ」と「またね」を言って眠りについたばかりだ。今でも、自分達を愛してくれた人々への感謝の気持ちが胸に溢れている。


「……サラ様。良い夢を見ていたんですね」

「ゆめ……夢!?」


 はっ、と急に夢から醒めた。


「いっ!」


 慌てて顔を上げると、ガツンと後頭部を石にぶつけた。ロイの、墓石だ。


「……帰ってきた……?」

「あはは、よほど名残惜しいのですねぇ。ロイは、元気にしていましたか?」

「! どうしてそれを?」

「あはは、勘です。あとは、願望ですよ。サラ様が、今でも夢に見るくらいロイを想ってくれていたらいいなって」

「……元気でした、とても。フロイアさんも」

「!」


 サラはエドワードに「とても幸せな夢」を語った。

 夢だと思いたくない程、現実な記憶としてサラの胸に刻まれた夢だ。


 エドワードは最後まで、驚いたり、悲しんだり、爆笑したりと様々なリアクションをとりながら聞いてくれた。相手がエドワードだからか、サラも包み隠さず思うがまま物語ることができた。


 ロイとフロイアの幸せは、エドワードにとっても『叶えたかった夢』だ。


「ありがとう。ありがとうサラ様」


 最後まで辿り着いた時、我慢の限界が来たのか、エドワードが滂沱の涙を流した。

 つられてサラの涙腺も崩壊してしまう。


「あれが夢なんていやだ! ここが夢の中で、あっちが現実ならいいのに……!!」

「そんなことを言わないでください、サラ様」


 思わずサラが本音を口にすると、エドワードが少し困った顔で首を振った。


「天使族の方がおっしゃっていました。どこかにある現実の世界を、夢でみることがあるのだそうです。あなたはきっと、そこに行って、2度目の人生を生きたのでしょう。だから、夢で見た世界も、あなたの人生の一部です。そこであの子が幸せになれたなら、とても嬉しい。一人の女性を幸せにできた息子を誇りに思います」


 にっこりとエドワードが微笑む。

 顔の造作は全く違うのに、ロイによく似た優しい笑顔だ。


(ああ。この人には敵わないな)


 誰よりもロイを愛している自信があるが、エドワードだけには負けても悔しくない。

 エドワードが肯定してくれただけで、あれは夢ではなく現実だったのだと信じられる気がする。


「夢の中のロイも、エドワードさんのことをとても愛していましたよ」

「……! そうですか。困ったな。あの子はいつまで経っても、私に喜びをくれるね。ありがとう……ありがとう……」


 再び号泣しながら、エドワードが感謝を述べる。

 サラに言っているのか、ロイに言っているのか……きっと後者だろうと、サラは思った。


「サラ様。小屋に戻りましょう? 泣き過ぎて、顔も袖もびちょびちょです」

「はい。……あ」

「どうしました?」


 立ち上がって、サラはある事に気が付いた。

 ……ロイの毛布が無くなっていることに。


 ◇◇◇◇

 この世界に、ロイはいない。


 だが、不思議と心が満たされていた。

 自分達もきっと、ルイと同じ笑顔を浮かべていたに違いない。


「ただいま」


 少しだけ緊張しながら、玄関扉を開いた。

 約60年ぶりの我が家は、当たり前だが、記憶にあるままの姿だった。


「おかえり。遅かったな」

「……!!」


 サラが帰ってくるタイミングが分かっていたかのように、目の前にリュークが立っていた。


 ぶわっ、と、音を立てて心の中に春風が吹いた。


「リューク……! リューク!! お久しぶり!! ただいま!! 会いたかった!!」

「久……? 朝会ったばかりだが……」


 急に勢いよく抱き着いてきたサラに「ぐふっ」となりながら、それでもリュークはサラの頭を優しく撫でた。

 久々のリュークの温もりと匂いに包まれて、サラはこの世界の幸せを噛みしめた。


「リューク。私、もう大丈夫だよ。今まで心配かけてごめんね?」

「そうか……サラが大丈夫なら、それでいい。良かったな、サラ」

「うん! うん! ありがとう。リューク大好き」


 きっと何のことだかさっぱり分からないはずなのに、リュークはサラの全てを受け入れ、抱きしめてくれている。


 ―――あの世界のロイは、きっと幸せだった。

 よく頑張ったと、自分を褒めたい。


(ロイ。あなたを忘れる訳じゃないの。でも、もう過去を悔やむのは止める。ちゃんと前を向いて、リュークと生きるために)


 そのために、神様がくれたチャンスだ。

 そしてそのチャンスに全力で挑み、サラは勝利を勝ち取った。

 『シャラ』として生きた記憶が、今のサラに力を与えてくれる。


 あの日見た夢の続きは終わった。

 これからは、今を生きる。


「リューク。私より長生きしてね」

「……当たり前だ」


 愛する人の胸に顔を埋めながら、サラはもう一度「ただいま」を言った。

 空には満天の星が輝いていた。


(夢のしずく 完)


ブックマーク、評価、感想、いいね! 等、いつもありがとうございます!


ついに、ついに終わりました!本当にありがとうございました。

あとはまとめだけです。

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