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(番外編) 夢のしずく ー幸せの代償 2ー

 それは突然の出来事だった。


 いつものように「おはよう」を言って、身支度をしている最中だった。

 薄桃色の髪を梳きながら、鏡越しにロイの生着替えを盗み見して「細身のロイも色っぽいけど、マッチョなロイもたまりませんな」とニヤニヤしていると、ふわっとロイが視界から消えた。

 何か落としたのかな、と大して気にもせず髪を梳いていたが、すぐに、ロイが立ちあがる気配がないことに気が付いた。


「ロイ!?」


 急に不安に襲われて振り返ったサラの目に映ったのは、意識を失い、床に仰向けに倒れるロイの姿だった。


「きゃああああああああ!!」


 過去の記憶が濁流の様に一気に襲い掛かる。

 忘れていた恐怖が、体の奥底から吹き出してきた。


「やだ! やだ、どうして!? どうしてよ!!」


 我を忘れて、サラは治癒魔法をかけた。

 異変に気が付いたエドワードとフロイアが、パルマやグラン、シェード家に連絡を取った。


 訳が分からなかった。


 この世界のロイは、生まれた時から大きな苦労もなく、周りの愛情を浴びて育った。不老長寿薬を飲み、80歳まで生きられる予定だった。


「ロイ! ロイ! 目を覚まして! また私をおいていくの? いやよ、いかないで……!!」

「シャラ! 子供達が怯えているわ。母親でしょう、しっかりしなさい!」

「!?」


 フロイアから叱られて、ようやくサラは我に返った。

 バタバタと動き回る大人達の向こうで、子供達が不安そうに部屋を覗き込んでいる。


「ミユ。ルイ……」

「シャラ。ロイはちゃんと息をしているわ。後は私達が診るからミユ達の部屋で待っていて」

「シャラ様、ロイは大丈夫だよ。大丈夫だよ」


 フロイアとエドワードに半ば強引にロイから引き剥がされて、サラはヨロヨロと子供達の元へ向かった。

「お母様!」「おかあしゃま!」と、年齢よりも大人びた二人の子に支えられながら、サラは子供部屋に辿り着き……気を失った。



「とりあえず、ロイの容態は落ち着いた様じゃ。呼吸も安定しておるし、そのうち目を覚ますじゃろう」

「ありがとうございます。グラン様」


 少し遠くからグランとフロイアの声がして、サラは意識を取り戻した。だが瞼も意識も重く、目は開けられない。ぼんやりと二人以外にも人の気配があるのは分かるが、何も考える気力が湧かなかった。


「シャラの具合はどうじゃ?」

「ご覧の通り、気を失ったままです。よほどショックだったのでしょう」

「お前さんこそ、大丈夫か?」

「……ええ……私は、母ですもの。倒れる訳にはいきませんわ」

「そうか。無理するでないぞ? ワシからすれば、お前さんもエドワードも子供みたいなもんなんじゃ」

「……うっ!」


 フロイアが嗚咽を漏らした。

 ずっと気を張り詰めていたのだろう。

 初めて会った時から祖父の様な存在だったグランの優しさに触れ、ようやく気を緩めることができたに違いない。


(ああ。お義母様もお辛いのに、私、何やってるんだろう……しっかりしろ)


 フロイアの押し殺した泣き声を遠くに感じながら、サラは必死で自分自身に「しっかりしろ! 起きろ!」と呼びかけた。


 次第に鮮明になっていく頭で、サラはロイが倒れた瞬間のことを思い出していた。


 何も言わず、フッと糸が切れたかのように倒れたロイ。

 サラが駆け寄った時には、息をしていなかった。


(怖い……!)


 再びロイを失うかもしれない恐怖で、頭が真っ白になっていく。


(駄目! 逃げちゃ駄目! ちゃんと考えるのよ、サラ!)


 バクバクと心臓が拍動し、ガンガンと雑音が頭の中を駆け巡る。

 考えることを拒否する体と、何としてでもロイを助けたいという想いがせめぎ合う。

 冷や汗が全身から吹き出すのを感じながら、サラは必死に思考を巡らせた。


(まさか、闇の精霊を分けたせい? でも、寿命は関係ないって……)


 ガンガンと鳴り響いていた雑音が、ピタリ、と止まった。


(本当に、寿命は関係ないの……? 本体である闇の精霊を分けたのに?)


 ゾワッと、蟲が体内を這い上がる様な感覚がした。


 考えてみたら、おかしな話だ。

 どうして、そんな大事なことを疑いもしなかったのだろう。


(まさか……リーン……!?)


『ギャプ・ロスの精』の子を宿す方法を教えてくれたのはリーンだ。

 だが、リーンは文献には詳しい方法は載っていなかったと言った。


 本当にそうだろうか。


 たとえそうだとしても、『ギャプ・ロスの精』やその子がどうなったのか、記載されていたのではないだろうか。


(読まなければ)


 リーンは全て知った上で、子作りを提案したのではないだろうか。

 子供が欲しいと願うサラやロイの想いを汲み取ったのか、はたまた別の思惑があったのかは分からないが、大事なことを言わなかったことは事実だ。


 ドキドキと、先程までとは違う鼓動がサラの胸に響く。


 リーンを疑いたくはない。

 だからこそ、白黒はっきりさせなければならない。


「ロイの……ために……!」


 サラは覚悟を決め、目を開いた。


 ◇◇◇◇


 翌日。

 スヤスヤと寝息を立てるロイの額にキスをして、サラは大聖堂に向かった。

 表向きは「夫の回復を神に祈るため」だが、真の目的は、ことの真相を探るためである。


 レダコート王国の王都は、リーンの張った結界に覆われている。

 言い換えれば、王都内で起きたことはリーンに筒抜けなのである。だが、そんな王都で唯一、リーンの目から逃れられる場所がある。


 それが『大聖堂』だ。


 この大聖堂は、500年程前、自分だけの居場所を欲した当時の聖女が作り上げた物だ。

 一説によると、複数の女性と交際しておきながら、聖女にも手を出そうとした勇者から逃げるためだったとも言われている。

 聖女の全身全霊を賭けた祈りが通じ、大聖堂は、(ことわり)を無視する勇者ですら破ることの出来ない強固な要塞となった。

 つまり、リーンの結界内にありながら、大聖堂は聖女の完全なプライベート空間となったのである。


 だからこそ、大聖堂の職員はみな聖女に好意的であり、聖女を全面的に支持している。

 おかげで『聖女サラ』の双子の姉であり、妹以上に聖女としての心構えと魔力があるシャラのことを、大聖堂は主のように慕ってくれている。


 大聖堂の奥にある小さな祈祷室を借りて、サラはスカーフと『天使の輪』を取り出した。

 『天使の輪』を床に置き、祈る様な気持ちでスカーフに呼びかけた。


 リーンがかつて見せてくれた『ギャプ・ロスの精』に関する文献は、手元にはない。おそらくリーンが所有しているはずだ。それを奪い、中身を見ることはできない。そもそも、サラが古代エルフ語を解読することは不可能だ。


 ならば、方法は一つ。


「ジョイス。リーンが本を読んでいた時を『視て』欲しいの」


 向こうの世界のリーンは、サラにもロイにも裏表なく接してくれた。

 本気で心配し、守り、支えてくれているのを常に感じることができた。

 だからこそ、こちらのリーンにも心を許し、信用してしまったのだ。

 実際に接した時間は、ほんの僅かだったというのに。


 胸に痛みを感じながら、サラはジョイスが『視』終わるのを待った。


「……言い辛いのですが……」


 数分後。

 ふぅ、と息を吐いて、ジョイスが口を開いた。

 端正な眉間にシワが寄っている。言うべきか言わざるべきか、ジョイスは悩んでいる様だった。

 サラは瞬きもせず、じっとジョイスを見つめ頷いた。


「教えてください。覚悟はできています」

「……承知しました」


 ジョイスは、リーンの様子を後ろから『視』て、本の中身を読んだ。

 そこには、『ギャプ・ロスの精』が黒い魔石に自分の精霊の半分を閉じ込め、それを伴侶の子宮に入れる様子が書かれていた。

 伴侶の女性は優れた魔女であり、魔力を貯め込みやすい特異体質だった。彼女は魔石から洩れ出す闇の精霊の魔力に徐々に体を慣れさせ、彼女自身が『ギャプ・ロスの精』と同化したところで、第三者から精子の提供を受けた。

 彼女は自分の体を使って夫の精霊を自分の受精卵に宿らせ、『ギャプ・ロスの精』を産んだのだ。


 サラ達の方法とは、全く異なる。


 そして彼女は出産後すぐに力尽き、夫である『ギャプ・ロスの精』も後を追う様に数日でこの世を去った。更に、子の『ギャプ・ロスの精』もまた、10年程で死んでしまったらしい。


「そんな……」


 覚悟をしていたはずなのに、あまりの結末にサラは全身の力が抜けた。

 ジョイスが抱き留めてくれなければ、そのまま床に倒れていただろう。


「これはあくまでも一例です。貴女方に当てはまるとは限りません。ただ……」

「ただ?」

「……精霊を分けた時点で、『ギャプ・ロスの精』の寿命は半分になったと断言していいでしょう。20年の寿命が10年になった。子が生まれるまで生きていられたのは、運が良かったのか、気力だけで持ちこたえていたのか。そして子供もまた、初めから10年の寿命しかなかった」

「……じゃあロイは……ミユとルイは……」


 ガタガタと、体が震えて声が出ない。


 ロイは、本来20年ほどしかなかった寿命を『不老長寿薬』で80年に延ばしていた。

 その半分を、ミユに渡した時点で40年。

 さらにその半分を、ルイに渡して20年。


 そして、今、ロイは20歳だ。


「いっ……いやああぁぁぁ」


 ロイが、死んでしまう。

 自分が子供を願ったばかりに、ロイを死なせてしまうのだ。

 そして子供達もまた、40年と20年の寿命しかない。


「やだぁ! やだぁ!! やだあああああ!!」


 現実を受け止め切れず、サラは「やだ」を繰り返した。

 幼子の様に泣き狂うサラを、ジョイスは抱きしめてやることしか出来ないでいた。


「サラ。リーンに会わなければ。リーンが何を考えているのか確かめましょう。泣くのは、それからですよ……!?」


 事と次第によっては私が黙っていませんから、と優しく宥めて、ジョイスはサラを抱えて転移した。


 リーンの元へ。


ブックマーク、評価、感想、いいね! 等、いつもありがとうございます!


2019年の6月から書き始めたこの小説も、もうすぐ終わりです。

7月中に完結するといいなと思ってます。

……というか、3年以上かかってるんですね。

長い間お付き合いいただき、誠にありがとうございます!

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