(番外編) 夢のしずく ー愛しい再会ー
魔王戦の終結は、『勇者と聖女らの活躍により、魔族は『魔の国』に隔離されることとなった』と、『人の国』に広まっていった。
したがって、一般の人々は『聖女サラ』が自身の身と引き換えに魔族と和解したことを知らない。
余計な騒ぎを起こしたくなかったゴルドの意向もあり、サラは『聖女サラ』として学園に赴き、退学届けを提出した。
その際、サラは憧れの制服に身を包み、「ごきげんよう。ごきげんよう」とお淑やかに振舞いながら颯爽と道を間違え、迷子になり、半泣き状態のところをティアナに救われた。
さすがは悪役令嬢というべきか、ティアナは一目でサラが『聖女サラ』とは別人であることを看破した。
サラは正直に『聖女サラ』についてティアナに語った。
ティアナは最後まで黙って聞いていたが、『聖女サラ』がユーティスを振って魔王と添い遂げたことを知ると、「そう……」と呟き俯いた。
ティアナにしてみれば、幼い頃から一途に慕っていた婚約者をとられたばかりか、その婚約者を振って別の男を選んだ『聖女サラ』に対して複雑な想いがあるに違いない。実際、世の中の九割の女性は「ふざけんな」と叫ぶところだろう。
ところが、ティアナは一瞬だけ両手で顔を覆った後、キリッとサラを見上げた。
「シャラ様。私、もう一度……いいえ、何度だってユーティス様とやり直しますわ。見ていてくださいませ!」
大人びた、美しい笑顔だった。
サラは頷き、ティアナと固く手を握り合った。ティアナが諦めない限り、きっと二人は大丈夫だと確信しながら。
学園を退学後、魔王戦の後処理が片付くまでの間、サラはシェード家で世話になることになった。
ロイという婚約者のいる身でパルマの屋敷に居候するわけにもいかず、かといって、思春期真っただ中のロイと同じ屋敷に住むことを、両家の父兄とリーンが反対したからである。
向こうの世界では、ロイと1年以上も旅をして何もなかった。
だから心配いらないとサラは言ったのだが、「駄目だ! 男はみんな狼だ。サラに近付く奴は、片っ端から消す」と、自分も狼のくせに、父に怖い顔で睨まれた。
ロイの安全のために、サラはロイが成人するまでは文通で我慢すると宣言した。
すっかり『シャラ』と一緒に暮らせると思っていたロイは「しゅん」となったが、義父に反対されて婚約破棄になってはたまらない。
あと2年の辛抱だ。可哀想だが、頑張ってもらおう。
ロイとはしばしの別れとなった一方で、サラはアイザックやテス、そしてシズと再会することができた。
約35年ぶりに会うシズは、記憶にあるよりもずいぶん落ち着いた印象だった。少なくとも、「ゴルド様、命!!」と公衆の面前で宣言するような女性には見えない。
シズは5年前に幼馴染と結婚し、今は二児の母となったそうだ。
サラの知らない、未来のシズだ。
シズが娘を抱えて微笑んでいる姿を見て、サラは思わず声を上げて泣いた。
向こうのシズは、ずっと、サラを実の娘のように愛し、守ってくれた。
最後に見たシズは、血だらけの笑顔だった。
ずっと忘れることができなかったその顔が、今、ようやく本来の笑顔に塗り変えれた。
「良かった……良かった……!」
10歳の子供の様に泣きじゃくるサラを、シズは戸惑いながら豊かな胸に抱き寄せ、あやしてくれた。
懐かしい、温かくて優しい胸だ。
香しいお乳の匂いがする、母の胸だ。
「シズ。大好き。長生きしてね?」
「……ありがとうございます。サラ様」
シズは現在、子育てのため鬼の里で暮らしている。
そのため頻繁に会うことはできないだろうが、こうして再会できただけでもサラの心は大いに満たされた。
ちなみに、シズの夫であるサザレは、シグレと共に『聖女サラ』の護衛として『魔の国』に出張中である。二人が付いているなら、『聖女サラ』も大丈夫だろう。なんとも心強い。
サラはシズ以外にも、様々な再会を果たした。
冒険者ギルドマスターや『紅の鹿』、『S会』のメンバー達。
そして……。
「こんにちは」
カランカラン、と呼び鈴を鳴らして武器屋のドアを開く。
「いらっしゃいませ。今日は何をお求めで?」
黒いフードを目深にかぶった店主が、カウンター越しにお決まりの台詞で迎える。
薬草やポーション、金属や木の匂いがする薄暗い店内。
他の客はいない。
「ポーション一つくださいな」
「60ペグになります」
(……ああ)
近くに寄ると、大好きな独特の匂いが漂って来た。
小銭を受け渡しながら、サラは胸の奥が「きゅん」と締め付けられるのを感じていた。
「まいどあり」
「……」
何か気の利いたことを言いたいが、口を開くと涙が零れそうだったので止めた。
ポーションを受け取り、ペコリとお辞儀をすると、サラは足早に出口へと向かった。
カランカランと、扉を開く。
サラが店を出ようとした瞬間。
「君は……」
不意に、店主に呼び止められた。
ゲーム通りの文言を繰り返す店主には有り得ない行動だった。
「……何か?」
「いや……。君から、少し、懐かしい匂いがしたので……いえ。失礼しました。またのご来店を」
「……うん。またね、リューク」
泣き出しそうな笑顔で、サラは店を出た。
一瞬だけ、フードの奥にキョトンと目を見開くリュークの顔が見えた。
(リューク……! リューク! リューク!)
思わず走り出しながら、サラは高鳴る鼓動を抑えられずにいた。
この世界では会わないと決めていたのに、我慢できずに会いに来てしまった。
会えば、愛しさが心の蓋を押し上げて溢れてしまうことが分かっていたのに。
(リューク。愛してる。でも)
ピタリ、と足が止まる。
(もう会わない)
この世界では、ロイと添い遂げると決めた。
元の世界に戻れば、リュークとは好きなだけ会えるのだ。
愛しさが満ち溢れるが、溺れてはいけない。
今は名前を呼ばれて驚いている顔が見られただけで、良しとしよう。
(バイバイ、リューク。……またね!)
涙と共に心の蓋を再び閉じて、サラは晴れ渡った空を見上げた。
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シズとリュークとの再会。
リュークと違って、戻った世界にシズはいない。
シズちゃん、この世界で思い切り幸せになってね!!
さて、次回は少し時間が経ちます。ロイとサラを幸せにしなくっちゃです。




