(番外編) 夢のしずく ー新しい世界のカタチー
今回の会談……後に『第一回人魔会談』と呼ばれる会談で、下記の三条約が締結された。
一、人族の国を『人の国』、魔族および魔物の国を『魔の国』とし、天使族の許可なく行き来することを禁じる。
二、人魔間での争いを禁じる
三、『勇者』の力を永久に封じる
一については、『魔の国』は旧アルバトロス王国およびそれに接する海域、空域とした。
『魔の国』はエウロパ大陸の五分の二ほどの広さがある。
周囲数万キロにも及ぶ城壁で囲まれた国のほとんどが砂漠であるが、複数の城塞都市と『魔王の森』を含むいくつかのダンジョンを有し、国家としては最大級となる。
今回の協議により、この城壁に沿って巨大な結界が張られることとなった。また、新たに海域の境界にも一定間隔で柱が建てられ、同様の結界が張られている。
結界を張るのは、天使族だ。
人と魔が無断で出入りすることのないよう監視する役目もあり、長年『異界の扉』を隠し通した結界術と、『視る』能力を持つ天使族は適任である。
また、魔族が国外へ出ることは基本的に禁じられているが、『魔の国』以外の場所で魔王や魔族が発生した場合に限り、それを回収する目的としての外出は許可された。しかし、その際にも天使族や古代龍の監視が付き、人族に害をなすことがあれば直ちに処刑される。
また、テイムにより従魔となった者についても、術者が生きている間限定で許された。とはいえ、魔族を従魔とする者は少なく、例外中の例外である。
『シャラ』の理想は人と魔が完全に仲良く共存できる世界であるが、魔が人を餌とみなす限り完全な共生は難しいだろう。これが今の精一杯の妥協案だ。
人族に関しても例外が設けられた。
『魔の国』における人族は、王都を含む一帯を囲む城壁から突き出したように存在する『ポルカ』という小さな街に集中して1万人ほどが暮らしている。
ポルカは二つの区域に分かれており、人族のみが暮らす区域と、魔族やいわゆる『魔族の子』が暮らす区域だ。この街も存続することになったが、場所を国全体を囲う城壁の最東の一角に移し、天使族の監視の下、人と魔の交流はこの『ポルカ』に限られることとなった。
また、これまでも自由に旧アルバトロス王国一帯を行き来していた商人や、ダンジョンを利用する冒険者については、自己責任で通行を許可されることとなった。
また、人と魔の混血である『魔族の子』も、人の性質を濃く受け継いだ者については、天使族の監視付きという条件はあったが、自由に出入りできることとした。
余談ではあるが、会談後1年程して、高位魔族であるレオナルドが娘を引き取ると言い出し、魔王軍に激震が走った。
レオナルドは『ポルカ』の魔区域に居を移し、レオナという娘と暮らすことになった。レオナの母は同居を拒み、人の世界で別の男性と暮らしている。レオナルドは、元部下であり、今はニーチェの愛人であるローベルトという男をレオナの護衛騎士として任命した。
驚いたことに、ニーチェはレオナをいたく気に入り、時々、自分の城に招いて可愛がっている。将来、ニーチェと愛人たちの間に子ができれば、レオナは良い姉となるだろう。
噂によると、ソフィアによく似たレオナのことをガイアードも大層可愛がっているらしい。そのうち、父レオナルドと共にガイアードの良き部下となるはずだ。
二については、ダンジョン内、およびダンジョン内から魔物が溢れ出す『スタンピード』時、また無許可で互いの国に侵入した者を発見した際は例外とした。『人の国』で自然発生した魔を討伐する際も同様である。
三については、『勇者』には結界を無意識に破壊する力があるためである。勇者がもう少し賢ければ問題にならなかったのかもしれない。しかし、歴代の勇者を鑑みるに期待はできない。少なくとも、カイトはソフィアから頼まれれば何も考えずに結界を破り侵入してしまうだろう。今後、『勇者』が生まれた際にもリーンや天使族、古代龍、アルシノエ等の術者が封印することとなった。
大まかな条約はこの3点であるが、その他、『聖女サラ』についても処遇が決められた。
「『聖女サラ』およびその子孫は今後『魔の国』で暮らすこととし、国外に出ることを禁じる」というものである。
もちろん、ゴルドやユーティスらは激しく反対した。
しかし、肝心のサラ自身がそれを望んだのである。
ヒューの傍にいたいこと、自分が周りから良く思われていないこと、そして、『聖女』が人質となることで魔族からの反発を防ぐ目的もあった。
一方で、ソフィアもまた父の元を離れ、レダコート王国のカイトの実家である侯爵領で暮らすことになった。
その際、魔王と交換していた左腕はアルシノエやリーンの魔術により、元の体に戻されることになった。また、ソフィアの従魔として、兎の魔物であるキトと花の魔物であるシェリルは同行を許された。
―――『勇者』が封じられ、『聖女』は人質となった。
『魔王』と魔族は『魔の国』に閉じ込められ、人を襲うことを禁じられた。
一見すると、お互い痛み分けのような結果であるが、実際は魔サイドに圧倒的に不利な条件である。
特に、まさにこれから人族と戦争をし、魔物優位の世界を創ることを夢見ていた者達にとって、今回の沙汰は寝耳に水であった。
会談後ほどなくして、高位魔族であるギィが異議を唱える者達を集め反乱を起こした。
魔族の半数が関わる一大事であったが、これを魔王ヒュー自らギィを討伐したことにより、事態は速やかに沈静化した。
この謀反に加担した魔族の内、主犯格の数人はガイアードの手で粛清されたが、残りの者達は改めて魔王に忠誠を誓うことで死罪を逃れた。
以前のガイアードからは考えられない甘い沙汰だが、『そうなるはずだった未来』を視たことで心境の変化が生まれたことは確かである。もっとも、再度裏切った場合は死よりも惨い罰を与えるつもりでいるため、腑抜けになった訳ではない。
ガイアードにしてみれば、嫁に行ったソフィアは人質同然なのだ。娘の幸せのためなら容赦なく部下を切り捨てる覚悟ができたガイアードは、魔族からすれば以前よりも怖い上司になったと言えるだろう。
◇◇◇◇
会談から一週間後。
『聖女サラ』は『ポルカ』の街で、家族らとの別れを惜しんでいた。
といっても、見送りに来たのは父ゴルドと兄アイザックそして幼馴染のパルマだけである。
その他の者達とは、すでに別れを済ませている。
特にユーティスとの別れは壮絶だった。
数人の護衛と侍女を伴うことを許されたとは言え、サラを人質として『魔の国』に行かせることにユーティスは最後まで反対した。サラからあれほど酷いフラれ方をしたというのに、ユーティスは己の愛を貫こうとしたのだ。
『シャラ』とティアナが涙ながらに説得し、ようやくユーティスはサラを見送る覚悟を決めた。
別れの時、「君の幸せを心から願うよ。君が望めば、私は何を犠牲にしても君を攫いに行く」と涙をにじませるユーティスに対し、「大丈夫です。私は、きっと今より幸せになりますから」と笑顔で返したサラの意識を瞬時に『シャラ』が乗っ取り、「この馬鹿むすめ!」と自ら壁に頭を強打して気絶させた。ユーティスもショックで寝込んだ。
一部始終を見ていたパルマが「いや、本当に王子はサラさんと別れて良かったと思います……」とため息を吐いた。
「サラ。本当に行ってしまうんだね。辛い事があったら、すぐに言うんだよ? いつでもこの『ポルカ』にくれば、僕に会えるからね?」
「はい。お兄様。いままでありがとうございました」
「愛してるよ、サラ」
「私もです。お兄様」
ユーティスの時とはうって変わって、サラは名残惜しそうにアイザックの胸に抱かれている。その光景を見守りながら、パルマは何度目かのため息を吐いた。
「まあ、下手に甘えられるより良かったかも……可哀想な王子」
「どうかしたの? パルマ」
「いいえ。サラさん、僕もサラさんの幸せを祈ってますからね。なんやかんや言って、三歳の頃からの幼馴染なんだし。これから気軽に会えなくなるかと思うと、やっぱり寂しいです」
「ありがとう、パルマ。パメラおば様にも、よろしくお伝えください」
「はいはい」
再び「はあ」とため息を吐いて、パルマはひらひらと手を振った。
「サラ」
「……お父様」
名前を呼ばれて、ビクッとサラが肩を震わせた。
アイザックの後ろに隠れるようにして、サラは父の顔を見上げた。
この一週間で、父と娘の間に横たわっていた溝はずいぶんと浅くなった。ゴルドが『シャラ』に叱られて、態度を改め努力した成果である。しかし、長年の習慣が短期間で改善される訳もなく、サラは今でもゴルドの前で委縮してしまった。
アイザックが間に立っていなければ、逃げ出しそうな勢いである。
「サラ。どうか、逃げずに聞いて欲しい」
「……はい」
ゴルドはゆっくりとサラに近付くと、アイザックからサラを受け取り、抱きしめた。カチコチに固まる娘の感触を胸に刻みながら、ゴルドは緊張でひりついた喉から声を絞り出した。
「サラ。俺はフィナを心から愛していた」
ゴルドは、初めて自分の口からフィナとのなりそめをサラに語った。
ゴルドがサラの母フィナと出会ったのは、第一夫人だったアイザックの母が亡くなって気落ちしていた時だった。
フィナの優しさに触れ、次第に心惹かれるようになり、結婚の約束をした。
だが、当時シェード家の当主だったゴルドの父は、平民のフィナを正室とすることを認めなかった。何とか認めてもらえた条件が「父が選んだ正室を娶り子を成せば、側室として迎えても良い」というものだった。
ゴルドはフィナのために、愛のない結婚をした。
だが、条件を満たしたにも関わらず、父はフィナとの結婚を許さなかった。
駆け落ちしようかと本気で考えていた時、フィナの妊娠が判明した。妻の殺意からフィナを守るため、そして、安心して出産できるようにと、ゴルドはフィナを実家に帰した。
フィナがそのままこの世を去るとは、夢にも思わずに。
「お前の事も本当に愛している。お前は俺の宝だ。命を賭けてお前を守ると誓ったのに、こんな形で手放すことになるとは……無念だ……!」
「お父様……」
父の告白を聞き、サラは胸の奥が熱くなるのを感じていた。
自分の未来が明るくない事は、分かっている。
皆には大丈夫だと笑って言ってみたが、本当は不安でたまらない。
ヒューのことは愛しているが、ヒューの家族も部下も『魔の国』のことも何もしらない。
それに今回の条約で、サラとヒューは『寿命を同じくする魔術』をかけられた。
人からの魔素や負の感情を摂取できなくなった代わりに、『魔王』が定期的に扉を開くことで、魔族や魔物は『魔素』を補給することになった。
だが、ヒューが『魔王』としての意識に乗っ取られないためには、サラの力が必要だ。魔族の中には、サラを邪魔に思う者も多い。そこで、人族サイドからの提案で『寿命を同じくする魔術』をかけたのだ。
そのため、長命のエルフであるヒューが出来るだけ生きられるように、サラは定期的に『不老長寿薬』を飲まなくてはならない。
ヒューと愛し合っている間はまだいい。だが、万が一、愛が冷めてしまった時に『ただ生かされるだけの人生』となる可能性がある。下手をすれば、生きたまま水晶などに封じられ、永遠に死ぬことができなくなるかもしれない。
怖くて仕方がない。
だが、今まで何の役にも立てなかった自分が、初めて役に立てているのだ。
しかも、人と魔を繋ぐ、誰にもできない尊い役目だ。
だから、自分の心に蓋をして、恐怖を抑え込む。
無邪気な笑顔で。
何も知らない馬鹿な少女のフリをして。
「大丈夫です。お父様。心配なさらないでください。サラは、幸せになります!」
父の胸を押して、愛くるしい笑顔をふりまく。
『辛い時ほど笑いなさい』と、祖父母から教わったとおりに。
今までも、ずっとそうしてきたように。
これが、自分にできる精一杯の『聖女』なのだから。
何か言いたげな父の腕から逃れ、後ろで待つヒューの胸に抱き着いた。
「さようなら。お父様、お兄様、パルマ。たまに遊びに来てくださいね!」
とびきりの笑顔で手を振り、父に向かって頭を下げるヒューと共に、魔王城へと転移した。
しん……と静まり返った城は、ぼんやりと暗くて、冷たい。
まるで、これからの人生を暗示しているようだった。
「……サラ。大丈夫。俺が守るから」
「!?」
不意に、ギュッと温かい光に包まれた。
愛に不慣れなヒューの、精一杯の想いが伝わってくる。
(ヒューとなら乗り越えられる)
そんな想いが、胸の中に広がった。
「うん……うん……! この手を、離さないで。ヒュー!」
「うん。離さない」
窓から差し込む夕日に抱かれながら、サラはヒューの胸に縋って泣いた。
◇◇◇◇
「はあ」
サラの消えた街で、パルマが大きなため息を吐いた。
横を見ると、ゴルドが膝を突き、男泣きをしている。アイザックも瞳を潤ませ、父の肩を支えている。
(不器用すぎるでしょ。サラさん)
本人は気付いていなかったかもしれない。
ゴルドの腕から離れ、とびきりの笑顔で手を振っていたサラの目からは、大粒の涙が溢れていた。
(サラの本心に気が付かない程、僕達が鈍感だと思ってるんですかね)
おそらく、サラと親しい者は皆気付いている。
シャラも、ロイも……ユーティスも。
砂漠の夕焼けが、目に沁みる。
夕日が滲んで見えるのは、蜃気楼のせいだけではないだろう。
はあ、と再びため息を吐き、パルマは顔を上げた。
「さ、二人とも。泣いている場合じゃありませんよ! サラさんの覚悟を無駄にしないよう、やることがいっぱいありますからね!」
「……ああ」
ゴルドとアイザックが顔を上げた。
覚悟を決めた親子の凛々しい表情に、パルマはフッと笑顔になった。
「大丈夫。大丈夫ですよ。素敵じゃないですか。『聖女』と『魔王』の紡ぐ道なんて……!」
……幻と言われた『魔王』ルート達成である。
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更新が遅くなり、申し訳なく存じます。
書きたいことが多すぎてまとまらず、二転三転して結局長くなっちゃいました。
さて、大きなイベントも片が付いたので、あとはシャラちゃんの人生ですね。
ロイをハッピーにするために始めた「やり直し」人生なのに、まだロイと結ばれてませんからね!
次回もお付き合いいただけると幸いです。




