(番外編) 夢のしずく ー対峙ー
「こんなところに居たのか、ヒュー」
「なぜ、『魔王』と居るのかな? 『聖女』サラちゃん」
「「!!」」
手を繋ぎ合ったまま、ヒューとサラがそれぞれ振り返った。
ガイアードら『魔王軍』と、リーンら『対魔王軍』の精鋭達の姿が『聖女の泉』を挟んで睨み合っている。
「聖……女?」
「魔王……?」
震える声で、少年と少女は向き直った。
ほんの一瞬で甘い時間が消え去った。生まれて初めて心から共感しあった相手の姿が、全く違う意味をもっていく。
魔王と聖女。
それは、悪と善の象徴として、古代から敵対してきた相手である。
「ヒュー。さっさとこっちにこい。その者らを片付け、帰るぞ」
「むざむざ魔王を逃がすと思ってるの? 馬鹿なの、魔族君」
「それはこちらの台詞だ。『聖女の泉』には近づけぬとはいえ、ここは我らの領土だ。貴様らまとめて消し炭にしてくれる」
ガイアードとリーンが、ピタリと視線を合わせたまま言葉を交わす。
周囲の気温が一気に冷え込んだ。じりじりと、互いに相手の様子を伺いながら睨み合いが続く。
魔王軍は結界に侵入できないとはいえ、『魔王の森』全体が彼らの陣地であり、100体を超える魔族がすぐに召喚できる状態だ。
それに対し、直径20メートルほどの泉と、それを囲う様に張られた直径40メートルほどの結界内だけが対魔王軍の陣地である。
結界が壊れれば、圧倒的に対魔王軍が不利な状況だ。
しかも、肝心の『聖女』は『魔王』と手を繋いだまま、魔王軍に近い位置にいる。『魔王』が数歩移動するだけで、『聖女』は簡単に敵の手に渡ってしまうだろう。
「あれじゃ、人質だわ……」
「……サラ……!」
ぼそり、とパメラが呟き、ゴルドが唸った。
こちらが魔王を仕留めるのと魔王がサラを殺すのとでは、どう考えても後者が早い。
なぜ未だにサラが生きているのかが不思議なほどである。
条件は同じだが、サラに魔王は殺せない。
そして相手が人類の宿敵である魔王だと知った今でも、娘は固く手を握り合ったままだ。
このままでは、手が出せない。
だが、このままではサラが危ない。
「サラ! その少年から離れろ!」
「お、お父様」
焦ったゴルドが吼えた。
その声に、ビクッとサラが肩を揺らす。
「サラ……!」
ああ、とゴルドの喉から後悔が洩れた。
すっかり『もう一人のサラ』のおかげで娘と打ち解けた気持ちになっていたが、実の娘の目には、ありありと恐怖の色が浮かんでいる。
サラは父の視線から隠れるように、魔王の腕にしがみついた。
サラにとって、自分は魔王以上に脅威なのだと、改めて思い知らされた気分だった。
「サ……」
「サラ!!」
ゴルドが何かを言いかけた時、今度はユーティスが前に出た。ハッと、サラが顔を上げる。ユーティスは青い顔で、震える腕を伸ばした。
「サラ。こっちにおいで」
「ユーティス様」
ゴルドの時とは違い、サラは哀し気な表情を見せた。その顔に、ユーティスは少しだけ安堵する。魔王に操られているのではないかと、勘ぐっていたからだ。
ユーティスは努めて笑顔を浮かべ、一歩踏み出した。
皆が、固唾を飲んで見守っている。
「サラ。今まで君の苦しみに気付いてあげられなくて、すまなかった。誰も君を責めたりしない。だから、安心して戻っておいで」
「ユーティス様……」
サラとユーティスが愛し合っていることは、王都では有名な話である。そんな恋人の姿を見つめながら、ぽろり、と、サラは夜空の様な瞳から星を落とした。
「ごめんなさい! 私、行けません……! ヒューを一人にしたくありません!」
「「「!?」」」
サラの発言に、対魔王軍だけでなく魔王軍も目を見開らく。
誰よりも驚いたのは、ユーティスに他ならない。
ユーティスは胸を引き裂かれるような痛みと共に、全身の血の気が引くのを感じていた。
「何故だ!? サラ、君は俺を愛していると言っただろう!? 俺がいないと生きていけないと! 全て嘘だったのか!?」
「嘘じゃありません!」
ユーティスの血を吐く様な激白に、サラも叫んだ。
サラもまた、心臓を掴まれるような痛みを感じていた。
確かに、ユーティスのことを愛していた。……否、愛だと思っていた。
だが、ヒューと出会った今だから分かる。
ユーティスとは、孤独でヒビだらけだった心を包んでくる温もりに、ただ甘えていただけの関係だったと。
それは白馬の王子様に憧れる、恋に恋する少女の幻想に他ならない。
「……ご……ごめんなさい。ユーティス様……私……本気で愛だと思っていたのです。ユーティス様が居れば、他に何もいらないって……でも」
ガタガタと体が震え、涙がとめどなく溢れてくる。
言ってはいけないと自制する自分と、言わなければいけないと責める自分が居る。
「愛じゃ、なかった……!」
「!!」
ガクッと、ユーティスが膝を突いた。
サラは、後者を選んだ。
耳当たりの良い優しい言葉で誤魔化すことはできた。
だが、それは本気で向き合ってくれたユーティスに嘘を吐くことになる。
それは、傷つけるよりも残酷なことに思えたのだ。
(ごめんなさい。ユーティス様。だけど、今はこの腕を離したくない。離したら、ヒューは殺されてしまうから……!)
「ごめんなさい!」
「あーあ。つまんない茶番だねぇ」
サラが再度謝罪の言葉を口にした時、心底呆れ返った様な声が割って入った。
ゾクッ、と身の毛がよだつのを感じ、サラはギュッとヒューの腕を抱きしめた。
「リーン……」
「君が『聖女』だったから優しくしてたけど、なんかもういいや。扉も閉まったことだし、裏切り者の聖女なんて、必要ないよね。そこで魔王を押えておいてくれる? 二人まとめて眠らせてあげるよ」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべ、リーンはパチンと指を鳴らした。
一瞬で、ヒューとサラを囲むように無数の矢が出現する。
「サラ!」
「ヒュー!」
反射的に、ヒューとサラは互いを庇う様に抱きしめ合った。
「!? リーン殿、何をっ」
「大魔術師、貴様狂ったか!?」
ゴルドとガイアードが同時に叫ぶ。
リーンは意に介する様子もなく、再び指を鳴らした。
今度は、サラ達と矢を覆う様に結界が出現した。
二人を逃がすつもりはないという、リーンの意思表示だ。
リーンにとって、『異界の扉』が閉じた今、役に立たない聖女は無用の長物だ。むしろ、『シャラ』のために『サラ』を消したいくらいだった。
「サラ」
ヒューがサラの頬に手を当て、泣きそうに笑う。
「巻き込んで、ごめん」
サラもまた死を覚悟し、泣きながら笑った。
「ううん。私が選んだ道よ。ヒュー。一緒に逝こう?」
「うん。サラが一緒なら、怖くない」
同情と憐憫の情と愛情とが混ざり合った、若い恋。
許されるはずの無い恋には、重すぎる代償が待っていた。
どちらからともなく重ねた唇は、涙の味がした。
「ヒュー! 逃げろ! ヒュー!!」
「ガイアード様! 手がっ」
「ヒュー!!」
ガイアードが結界を叩きながら、悲痛な叫びを上げる。
まさか、こんな形で魔王を失うことになるとは想像もしていなかったのだ。
『この結界さえ破壊すれば、例え自分が死んでも部下達がヒューを救い出すだろう』
そんな想いで、ガイアードは結界に無理やり腕をねじ込んだ。
「おやめください、リーン殿!」
一方で、対魔王軍もリーンの暴走を止めようと次々に攻撃を放っていた。
が、リーンには全く通用しない。
そればかりか、リーンの邪魔をする者達をアルシノエらエルフの戦士達が攻撃し始めた。グランが間に入るが、互いに譲らず、狭い結界内は混沌と化した。
「アルちゃん、いい子だね! すぐに片付けて、ご褒美をあげるね!」
「はい! お父様!」
敵味方が必死になる姿を見て、リーンは心底楽しそうに笑った。
「あはは! さあ、終わりにしようか。止められるならやってごらん! 誰も僕の結界は破れないよ」
「やめろおおおおおおお!!」
再びリーンが指を鳴らし、ゴルドが叫んだその時。
「勇者、参じょぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!!」
パリーン、とガラスが割れる様な音がして、若い男女が空から降って来た。
「ゆうしゃあああああああ!?」
リーンが絶叫する。
大魔術師が張った渾身の結界は……一瞬で跡形もなく消え去った。
「ヒュー!!」
「サラ!!」
結界が消えた瞬間、ガイアードはヒューを、ゴルドはサラの元に転移し、腕に抱いた。
「ああ、もう頭に来た!! 魔王を倒すチャンスなのに何で邪魔するのさ! アルちゃん以外、まとめて死んじゃえ!!」
怒りで黒いオーラに代わったリーンが一気に魔力を放出し、旧アルバトロス王国の空を光の矢で埋め尽くした。
世界の守護者である大魔術師の、本気の攻撃を防げるものなど居ない。
無数の矢が、音もなく地上に降り注ぐ。
世界が白く染まったその時―――
「「駄目えええええええええ!!」」
二人のサラの声が、重なった。
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この世界のリーンはマシロサラちゃんに感化されておらず、欲望に忠実です。
最近、ポケットビスケッツの「Days」という曲を聞き返しています。
20年前の曲とは思えない程、今でも胸に響きます。
『大きな手で、小さな手を。掴んだら離さないでいて』の所がグッときます。
恋愛物の小説が好きな方にはクリティカルヒットすると思うので、
是非聞いてみてください!! お薦めです!!




