(番外編) 夢のしずく ーゴルドとサラー
予告詐欺を働きました。今回は父と娘の話です。
「王よ! 緊急事態だ! 娘が……聖女が居なくなった!」
「「「!?」」」
『聖女サラ』の失踪の知らせがもたらされた時、レダコート王国では『異界の扉』を閉じたシャラ達のための、凱旋パーティの準備中であった。
『王の間』には、国王とユーティス、そして転移で帰還したシャラ達一行が集まっていた。
鬼の形相をしたゴルドがもたらした最悪のニュースに、全員が言葉を失う。サラも父の顔を久しぶりに見た喜びと、『聖女失踪』の事実で思考が停止し、口をポカンと開けたまま彫刻の様に固まった。
この世界のゴルドは義兄として国王からの信頼が厚く、第一騎士団長を任されている。
向こうの世界では、ノーリス王に嫁いだ最愛の妹マーゴットが第三王妃グラシアに操られ自殺したせいで、シェード家と王家の仲は最悪であった。しかし、ここでは『シャラ』からの悪行を聞いたパメラが手をまわし、未然にマーゴットの自殺を止めることができた。そのおかげで王家を恨む理由が無くなり、性格上の好き嫌いはあれども、シェード家と王家は上手くやれているのである。
また、ゴルドには『聖女』の保護者として、王家直属の隠密組織『梟』や魔術師団の力を借りる権限が与えられていた。
事実上、伯爵家でありながらゴルドは王家やレダスに次ぐ影の権力者といえる。
そのため、王城を無断で闊歩し、荒々しく『王の間』を蹴破ったゴルドを咎める者はいなかった。
そもそも、顔が怖くて近づけない。
ゴルドはその場に居る者の顔をざっと見回し、ギョッと目を見開き、ある一点を二度見した。
「サラ!?」
「ふへっ!?」
近くに居たパメラやグランが止めるのを無視して、ゴルドはサラの元に駆け寄ると細い手首を掴み上げた。すっかり忘れていた父のゴリラ並みの握力に、サラは一気に正気に戻った。
「痛っ!」
「馬鹿者! どれだけ探したと思っているのだ! お前は自分が『聖女』だという自覚があるのか!? 帰るぞ!」
「痛い! 痛いです、お父様!」
「うるさい!」
痛みで、思わず声が大きくなる。そんな娘を、ゴルドは容赦なく怒鳴りつけた。
「そこまでだ」
ザッ、と、サラとゴルドの周りをサラの仲間達が囲った。
皆、目に殺気がこもっている。
ゴルドがサラの父でなければ、一斉に殺しにかかっていただろう。
いつの間にか『聖女サラ』ではない『シャラ』のことを、みな特別に思うようになっていた。その『シャラ』が謂れのないことで手首を掴まれ、涙目になっている。
到底、許容できない。
「何だ、貴様ら。父が娘を連れて帰って何が悪い?」
「その娘は君の娘じゃないよ、ゴルドくん」
「何だと?」
殺気立ったリーンの指摘に、パッとゴルドは視線をサラに落とした。
しかし、薄桃色の髪と濃紺の瞳を持つ最愛の女性と瓜二つの少女は、どこからどう見ても自分の娘にしか見えない。
―――否。
目に宿る力が強くなった気がする。
痛みで顔をしかめてはいるが、そこに恐怖心や嫌悪感は見られない。どちらかといえば、怒気がこもっている。
いつもはビクビクと怯えて目を合わすことのない娘が初めて見せる、気丈な顔だ。こちらの方が、視線を外したくなるほどに。
「……サラでは、ないのか?」
確かに、魔力の質が異なっている。
娘サラの魔力は『聖女』と呼ぶにふさわしく、清らかで純粋で、儚い。
しかし、この少女から感じる魔力は、力強く真っ直ぐで、まるで歴戦の魔導士のような風格がある。
ゴルドはサラから手を離した。
「この世界のサラではないです。お父様」
「? どういうことだ?」
ゴルドが怪訝そうに眉をしかめると、「僕が説明します」とパルマが名乗りを上げた。パルマは手短に要点をまとめて経緯を語った。
ゴルドは眉間のシワを深めながら、サラの目をじっと見つめた。
「……つまり、お前はサラだがサラではないということか」
「そうです。お父様も、私のお父様じゃないってことです。手首を掴んだこと、謝ってください」
「ぐっ」
娘と瓜二つの少女から正当な理由で睨まれ、ゴルドが言葉に詰まる。
―――サラは怒っていた。
手首を掴まれたからではなく、この世界の父の態度が、サラをノルンから連れ去った時のまま変わっていない事に愕然としたからだ。
幼いサラにとって、無口で無骨な父は恐怖そのものだった。また、『母を捨てて見殺しにした』という恨みもあった。
サラが父と話ができたのは、人生経験豊富なマシロとしての記憶があり、第三者の立場で父を見ることができたからだ。
しかし、この世界のサラはマシロではない。
先程の父の様子から察するに、『聖女サラ』は幼い頃の感情のまま、父と打ち解けることができずに孤独な人生を送ってきたに違いない。
あの広く冷たい家で、父の愛情を感じることなく義母と兄妹から虐められて育ったサラ。
攻略対象者からの愛情に救いを求めたのは、仕方のないことに思えた。
「素直じゃないお父様は、嫌いです」
「ぐうっ!」
ピシャリ、とサラはゴルドに言い放った。
別人とはいえ、初めて聞く娘の本音に思わず膝を突く。大抵の魔物を拳一つで退治するゴルドが膝を突いたのは、生まれて初めてのことだ。そんな父に、サラは容赦なく追い打ちをかけた。
「私は、お父様が『娘のことが好きで好きでたまらない』人だってこと、よく知ってます。でも、不器用で、頑固で、素直じゃないままだと何も伝わりませんよ? きっと、ここのサラは、お父様のことを怖くて理解しがたい人だと思ってます。8歳の時から、ずっと」
サラの言葉に、ハッとゴルドは顔を上げた。
「……お前も、そうだったのか?」
「昔はそうでした。でも、私の大事な方が亡くなった時、お父様が抱きしめてくださいました。泣きながら、謝ってくださいました……母のことも」
「!?」
「あの時から、私とお父様の関係は変わりました。サラは、誰よりも愛情に飢えています。私は沢山の人に愛をもらえて幸せでしたが、きっと、お父様の愛情を知らなければ、私の心は欠けたままでした」
「俺は、充分愛してきたつもりだ!」
馬鹿を言うな、とゴルドは憤慨した。
「安全な場所を与え、お前が望んだことは何でもしてやったではないか! 出来るだけ静かな部屋が良いと言うから屋敷の端の物置部屋を改装して与えたし、俺に会いたくないと言うから出来るだけ屋敷に寄らないようにした。学園での色々な噂も聞こえてきたが、余計な口出しも避けた。それもこれも、魔王が覚醒すれば聖女として苛酷な戦いを強いられるお前に、それまでの間は自由に生きて欲しかったからだ。あれ以上、何をしてやれば良かったというのだ!」
ゴルドの剣幕に、『王の間』の空気がビリビリと張りつめる。気の弱い者なら失神していただろう。
だが、間近でゴルドの覇気を浴びながら、サラは微塵もひるむことなく「はぁ」とため息を吐いた。
「……お父様。『お前が望んだこと』をお父様に言ったのは、お義母様ではありませんか?それとも、エイミー?」
「!?」
「お父様は、サラがお義母様達から虐められていることはご存じでしたか? 私にとってシェード家は決して『安全な場所』ではありませんでした。『お前が望んだこと』とおっしゃいましたが、サラが直接、何かをお願いしたことがありましたか? ドレス一つ与えられず、充分な教育も受けられず、義母達に罵倒され続けたサラが、諸悪の根源である父に何かを望めたと思っているのですか?」
「……馬鹿な……」
「お父様。幼いサラのたった一つの望みは『助けて』です。……叶えてくださいましたか?」
「……っ!」
ゴルドの顔が青ざめる。
サラの口から『聖女サラ』の境遇を聞いた一同も、予想外の生い立ちに衝撃を受け沈黙している。
学園での『聖女サラ』は、いつも笑顔で、健気で、誰にでも優しい少女だった。一歩引いて見ると、わざとらしく感じるほどに、彼女は慈悲に溢れた『聖女』そのものだった。
事実、『聖女サラ』がロイに逃亡を持ち掛けた話を聞いた頃から、皆の気持ちは『聖女サラ』から離れ始めていた。リーンに至っては嫌悪感を覚えるほどに。
だが彼女の愛情を振りまくような行動が、苛酷な幼少期の経験から愛情を渇望するようになった故だとしたら、少し見方が変わってくる。
むしろ、あの環境で腐ることなく、誰かに愛を与えることで自分の心を満たしていたのだとしたら、それはまさしく『聖女』に相応しい資質である。思わず抱きしめてあげたくなるような、愛おしさすら湧いてくる。
ぐう、と、ゴルドは胸の底から唸った。
後悔しかない。
「……すまなかった」
「お父様。どうか、私ではなく、ちゃんと『サラ』と向き合ってください。それから、いっぱい、いっぱい、抱きしめてください。それだけで、いいんです」
「分かった……努力する」
グッと両足に力を入れ、ゴルドは重い身体で立ち上がった。
潤んだ濃紺の瞳と視線が会い、我慢できずに薄桃色の髪を胸に抱いた。
「まだ、こんなに小さかったのだな。俺は、お前のことを何も知らない……!」
「サラも、お父様の胸が暖かくて大きくて安心できるって、知りません。……大丈夫です、お父様。きっと、まだ間に合います」
「ああ。ああ!」
父の涙が、ポトリ、とサラの額を濡らす。
『聖女サラ』に同情すると同時に、父も辛かったのだと理解した。先程までの怒りは消え去り、代わりにある感情が芽生えてきた。
『聖女サラ』は、もう一人の自分だ。
自分は、たまたまマシロの記憶のおかげで救われただけなのだ。
(サラ。私、あなたのことも助けたい。あなたが心から幸せになれる道を、作ってみせる……!!)
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更新に時間がかかり、すみませんでした!
定期的に訪れる「バイオハザード4をやり直したい病」にかかり、
めっちゃくちゃ村人と戦ってました。
「バイオハザード4」は2005年に発売されてから、今なお愛される名作です!
ちなみに、ゲーム「バイオハザード」が苦手な方、
『駆られる側』でなく、『狩る側』の気持ちでプレイすると全く怖くありませんよ!(笑)
あ、話がズレましたが、
次回こそカイトとソフィアです。頑張ります!




