(番外編) 夢のしずく ー過去からの脱却ー
本日2話目です。
「や、止めて! 止めて!」
食いちぎられていく、リーンの体。
何度も何度も、必死で叫び、祈り、懇願した。
だが、願いは届かず、リーンは破片になっていく。
サラはその一部始終をエダムの眼を通して見続けた。
誰よりもサラを愛し、見守り続けてくれた愛しい人。
そこにいるだけで、全てが上手くいくような気にさせてくれる、大きな人。
その人が、成す術もなく小さくなっていくのを、サラは何も出来ないまま見ている事しか出来なかった。
―――あの惨劇は、強烈なトラウマとしてサラの心の奥底に、何重にも鍵をかけた小さな箱に閉じ込められていた。
絶対に開かないように。サラの心が、壊れないように。
だが、目の前を通り過ぎていく巨大なクジラと目が合った瞬間、小さな箱は堰を切ったように、内側から破裂した。
「や……いやだ! リーン! リーン! リーン!!」
「僕はここに居るよ! シャラちゃん、ここに居るよ! 落ち着いて!!」
サラの魔力が、暴走した。
サラの体から、嵐が沸き起こる。
先程マールを召喚した際に失った魔力を補う様に、周囲の魔力を強引に吸収し始めた。サラの体を中心に、巨大な魔力の渦ができつつある。
まずい、と呟いて、リーンはサラがこれ以上魔力を吸わないように、結界の強度を上げて外からの魔力を遮断した。
だが、すでに遅く、二人の気配に気が付いた何体かの魔物が襲い掛かってきた。
リーンが結界の強度を最大限まで強化し、攻撃に耐える。
しかし、相手はSS級以上の魔物ばかりだ。
あと少しで出口だと言うのに、その出口を塞ぐように大型の魔物が待ち構えている。
彼らにとっては、サラもリーンも最高の餌なのだ。
「やだあああああああ!!」
「シャラちゃん、僕の声を聞いて!」
何度も、何度も、千切れたリーンの残像がサラの脳内にフラッシュバックする。
サラは完全に、過去のトラウマに捕らわれていた。訳も分からず、叫び続ける。
そんなサラを抱きしめ、飛行して攻撃を躱しながら、リーンは強烈な後悔に見舞われていた。
過去のサラに起きたことは、決して自分のせいではない。
だが、サラのトラウマに気付かず、中に入ることを許してしまった。向こうの世界の自分を失った彼女の苦しみを、軽く考えていた。
それは、自分のミスだ。
「……まったく。参ったな」
後悔と同時に、ある想いが全身を満たしていく。それは、歓喜に似ていた。
逃げるのを諦め、リーンは扉の目前で止まった。その顔には、僅かに笑みが浮かんでいる。
「どんだけ、僕の事が好きだったの? シャラちゃん」
狂ったように叫びながら、しがみついてくるサラの顔を持ち上げ……唇を重ねた。
「!?」
「リーンだよ。サラちゃん」
「!!」
サラ、と呼ばれて、ピクッとサラが反応した。
「ちゃんと見て。僕の存在を感じて」
トクン、と、リーンの鼓動がサラの胸に響く。
はっ、とサラは目を見開いた。
「り、リーン……?」
「ん。僕だよ、リーンだよ。僕はここにいて、君もここにいて、ちゃんと生きてる。それを認識して」
頭の中で千切れていくリーンと、目の前にいる笑顔のリーンで脳が混乱する。
「う……ぅああ」
「サラ。僕はここにいるよ」
必死でトラウマと戦うサラの唇を、リーンは再び奪った。
宝物に触れるような、優しく、甘いくちづけ。
その柔らかな感触に、混乱の渦に飲み込まれていたサラの意識が、ゆっくりと現実へと引き戻されていく。
同時に、先程一瞬だけ感じたリーンの鼓動が、はっきりと熱を持って意識できるようになっていった。
それは間違いなく、生きている証だった。
「リー……ン? 生きて、る。生きてる。生きてる。……うう」
サラが、リーンの胸に縋りつく。
力強い鼓動が、過去の記憶が蘇りそうになる度に、サラを現実へと引き戻す。
「サラちゃん、過去を乗り越えるのは時間がかかるかもしれない。でも、過去よりも大事な『今』をちゃんと見て。僕の胸、あったかいでしょ? 僕は、生きてて、君を愛しているよ」
過去よりも大事な、今。
リーンを失った過去は消せない。だけど今、自分はリーンの腕の中で、リーンの鼓動を感じている。
(ああ。この温もりを忘れちゃ駄目だ……!)
現実を見ろ。
今を感じろ。
このリーンを生かすために、ここに来たことを忘れてはいけない。
過去に捕らわれて、飲み込まれてはいけない。
『サラちゃん。もう、自分を許してもいいんだよ』
「!?」
急に、リーンの声が聞こえた気がした。
ロイが死んだ時、なかなか夢の続きから抜け出さなかったサラに、かけてくれた言葉だ。
(ああ、そうか)
ギュッと、リーンの服を握りしめる。
(私が捕らわれてたのは過去じゃない。罪の意識だったんだ)
ロイが死んだ時も、リーンが死んだ時も、何もできなかった。
愛してくれた人たちに、何の恩返しもできないまま死なせてしまった。傍にいたのに、たった一人で逝かせてしまった。
そのことを、ずっと後悔していた。
『許しておやり。甘やかせておやり。君を夢の牢獄から解放できるのは、君自身だ』
あの時のリーンの言葉が、胸に優しく響く。
(うん。うん。ごめんね、リーン。私、また同じ失敗してたね)
「リーン。お願いがあるの」
「なに? 何でも聞いちゃうよ」
(ああ、何でこの人は、いつも優しいの……?)
サラは、リーンの首に自ら腕を回した。
「ギュッてして」
「……まったく、もう」
参ったなあ、と笑いながら、リーンは抱きしめてくれた。
その瞬間、過去のリーンと同じ匂いと温もりが、サラのトラウマを封じた心の箱を包み込んだ。
(……ああ)
あの時の記憶は、一生消えない。
だけど、この温もりがサラを守ってくれる。例え再び箱が開くことがあっても、先程までの自分とは違う捉え方が出来るだろう。
「ありがとう、リーン。ありがとう」
「ふふ。落ち着いたみたいだね。魔力の流れが変わった」
「うん」
今度は素直に頷いて、サラは笑顔を見せた。
「良かった。サラちゃんは笑顔が一番キュートだよ!」
「ふふ。なんか、サラって呼ばれるのくすぐったい」
「きゅん! ……って、いちゃついてる場合じゃないよね。そろそろ限界」
「え?」
リーンに言われて、サラは辺りを見回した。
扉は目前だが、魔物達が道を塞いでいる。
マールがせっせとサラ達を襲っている魔物を排除しているが、多勢に無勢だ。
あれらをどうにかしなければ、脱出することも、マールたちが安心して鍵をかけることもできない。
「困ったね。さすがにあの量は始末できないや」
「できるよ」
「へ?」
きょとん、とするリーンにウィンクして、サラは両手を掲げた。
先程までのサラとは、一味違う。
「一皮むけたサラ様の威力を思い知るがいい!!」
「ええ!? 急に元気だね!?」
若干の戸惑いを見せるリーンの腕に抱かれたまま、胸の奥にあるエダムの気配を強く意識した。
「エダム! 力を貸して!! 『異界の扉』、一緒に閉じよう!」
サラが天に向かって叫んだ瞬間、サラの体から虹色の光が溢れ出した。
聖女じゃなくとも、サラの『想い』はいつだって奇跡を呼び寄せる。
願い、戦い、苦しみ、何度倒れても起き上がるからこそ、奇跡は起こるのだ。
「うがあ! 力が湧いてくるゾ! 素晴らしいですね」
光がマールとルカ(略してマールカ)を包み込むと、マールカは咆哮と共に巨大化した。
かつてベヒモスを平らげた時以上の巨体だ。
「マールカ!! 全部食べちゃえ!!」
「いただきます!!」
「えええええ!?」
驚くリーンの目の前で、虹色に輝く古代龍はペロリ、と辺り一帯にいた魔物を口に納めた。
「おっと、今だ!」
その隙を突いて、リーンとサラは無事に扉の隙間から外へと脱出した。
「全員、押さえろ!」
二人が飛び出すと同時に、ジョイスの号令で天使族とパルマ達が一斉に魔力で扉を押し始めた。内側からもマールカが引っ張る。
「閉じたぞ!!」
誰かが叫んだ。
ガチャン、と扉が噛み合う感覚があった数秒後、サラがパッと顔を上げた。
「リーン、ジョイスさん! 一瞬だけでいいの、私の周りに超強力な結界を張って!」
「了解!!」
皆が息をのんで見守る中、サラは結界の中でマールカを召喚した。
小さな龍は一瞬で人型の魔物と分かれた後、サラに抱きしめられながら姿を消した。
「『異界の扉閉鎖作戦』、成功です!!」
サラが振り返ると、一斉に歓声が上がった。
誰もが笑顔だった。
ゆっくりと、巨大な扉が薄くなり……消えた。
青い空が一層深く澄み渡り、太陽の光を受けた白い羽をキラキラと輝かせる。
―――こうして、永い、永い『異界の扉』との戦いは、一人の犠牲者も出すことなく幕を閉じた。
翌日。
興奮冷めやらぬまま、サラ達はレダコート王国へと戻った。
『異界の扉』が閉じられたことは瞬く間に世界中に知れ渡り、世界は、未だかつてないほどの陽気に包まれている。
ユーティスやノーリス王もさぞかし喜んでくれるだろう、と意気揚々と帰ったサラ達一行は、とある知らせに凍りついた。
「嘘でしょ……」
―――『聖女サラ』が失踪したのである。
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ついに、『異界の扉』を閉めることができました!
『異界の扉』を閉めるとこは、サラちゃんのトラウマの払拭だけでなく、
きっとエダムにとっても救いになったと思います。
よかったね、エダム。
この『夢のしずく』編は、サラちゃんの救済であり、エダム自身も救われた感じかな? と思います。
さて、あとは魔王戦のみです。
頑張って行きましょう!!




