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(番外編) 夢のしずく ーユーティスー

 2日後。

 最終打ち合わせの会議には、当事者であるルカとカイト、そしてサラの婚約者となったロイも参加した。

 一同から祝福されるサラとロイであったが、リーンだけは目が笑っていなかった。明らかに、ロイに向けて殺気を放っている。

 世界一の大魔術師様の殺気は、凶器だ。

 心臓どころか、体中の魔脈を引きちぎられるような感覚に、ロイは歯を食いしばって耐えた。


「どうしたの、ロイ!? 具合悪い?」

「なんでもないよ、シャラ。ちょっと緊張してるだけ」


 そう言いながらサラの肩を引き寄せると、ロイはチラリとリーンを睨んだ。

 あきらめていないリーンと、譲る気のないロイの間で火花が飛ぶ。

 だが、それも一瞬であり、すぐにリーンはいつも通りの笑顔になった。フッと、体が軽くなる感覚に、ロイはホッと胸をなで下ろした。


 リーンがロイを解放した理由は簡単だ。

 『ギャプ・ロスの精』の寿命が短い事を知っているリーンにとって、ロイは大した脅威ではないのだ。それにサラ自身もまだ15歳であり、リーンの相手としては子供すぎる。

 この幼い二人の愛は、ひとときの夢だ。

 ほんの数年、待てばいい。

 それはエルフであるリーンには、瞬きよりも短い時間だ。


「おめでとう、シャラちゃん」

「ありがとう、リーン!」


 リーンの黒い思惑など知る由もないサラは、リーンからの祝福に素直に喜んだ。


 めでたい話の一方で、今回の会議では、ある事案が取り上げられた。


 『聖女サラ』の逃亡発言である。


 サラからの報告に、誰よりもショックを受けたのはユーティスである。

 ユーティスは、『聖女サラ』のために婚約者であるティアナを袖にした。幼馴染であるティアナのことは、将来の伴侶として好ましく思っていた。そんな彼女を憎み、婚約破棄まで考えるようになったのは、全て『聖女サラ』のためだった。


 その聖女が、自分ではなくロイを選んだ。

 それだけでなく、『聖女』としての責務から逃れようとしたのだ。


「……信じられない」


 時間をかけて、ユーティスが言葉を絞り出した。


「全くです。これは未だかつてない事件ですよ? サラさんには失望しました」

「そうだね。逃げないように、監禁しなきゃね。いっそのこと、魔王戦まで水晶に閉じ込めておく?」

「いいですね」


 ユーティスの言葉に同調するように、パルマとリーンが物騒なことを言い始めた。ユーティスは青ざめた顔で、ガタッと椅子を倒して立ち上がった。


「私が信じられないのは、お前達だ! 確かに、サラのことはショックだった。だが、サラは虫も殺せない、心優しい、か弱い女性だ。私自身、サラに『聖女』の役目は重すぎると思っていたくらいだ。逃げたくなるのは当然だ。ロイを選んだ理由も、一国の王子である私や、魔王戦の中心になるはずのカイトやパルマ、大魔術師様には『逃げたい』などと言い出せなかったからだろう。なぜ、それを理解してやらないのだ?」


 未だに状況を理解していないカイトは別として、ほんの数日前まで、パルマとリーンはサラを巡る恋のライバルだった。その二人が、まるで悪い夢から醒めたように、手のひらを返してサラを断罪していることが、ユーティスには全く理解できなかった。


 まあ、まあ、落ち着け、とノーリス王が右手を挙げた。


「たしかに、ユーティスの言う事も一理ある。15歳の少女に、我々は期待し過ぎている。聖女としての責任感から魔王戦への不安が募り、思わず本音が出たのだろう。可哀想ではないか。許してやれ」

「親子そろって甘すぎじゃない?」

「父上、静かに!」


 ノーリスの言葉を鼻で笑ったリーンの足を、パルマが踏んだ。


「分かりました。王がそうおっしゃるなら、そっとしておきます。今はそれよりも、優先すべき事項がありますからね」

「『異界の扉』の件だな?」

「ええ」


 頷くパルマに、「そういえば」と言いながら、ノーリスは人差し指を立てた。


「一つ疑問なのだが、『異界の扉』を閉めたら『魔王』も消えたりしないのか?」

「それはありません」


 ノーリスの質問に、パルマは即答した。


「『魔王』は、独自に『異界の扉』や『穴』を作りだせる者です。今から閉じに行く『異界の扉』はかつて邪神エダムが出現させた扉で、桁違いの大きさだと言われています。この扉が常に僅かに開いているため、この世界には絶えず『魔』が流れ込んでおり、そのため『魔王』が生まれやすい環境なのです。ですから、この扉を閉じることで、今後新しい『魔王』が生まれるペースが極端に緩やかになると考えられます。しかし、既に生まれている『魔王』が消えることもありませんし、力が弱まることもないでしょう」

「そうか。『魔王』が消えてくれたら、『聖女』の負担も無くなると思ったのだが……残念だ」


 パルマの回答に、ノーリスは「ふぅ」と肩を落とした。

 パルマは一度周りを見渡し、パンパン、と手を打った。


「さて。『聖女サラ』さんのことは扉を閉めてから考えることにして、各自、出発までに万全の態勢で臨めるようにしてください。……王子も、それでいいですね?」

「……分かった」


 こうして重々しい空気の中、会議はお開きとなった。


「シャラ嬢」


 サラが帰り支度をしていると、後ろからユーティスに声をかけられた。

 ユーティスの表情は暗い。


「シャラ嬢は、恐ろしくはないのですか?」

「!」


 思いもよらなかった言葉に、ドキッと、胸が痛む。

 一瞬ひるんだサラの表情を見逃さず、ユーティスはパッとサラの左手を取った。


「あなただって、15歳の少女だ。たとえ一度経験したことであっても、『異界の扉』に立ち向かうなど、私からすれば狂気の沙汰だ。逃げたいと思ってもいいのですよ? 私はサラにも、あなたにも、重荷を強要したくない」

「……!」


 しんっ、と部屋が静まり返った。


 ユーティスの手は、熱い。

 ユーティスは、サラの事もシャラの事も『聖女』でも『回帰者』でもなく、一人の人間として扱ってくれている。

 思い返せば、向こうのユーティスも、いつもそうだった。

 だからこそ、ユーティスといる間は普通の女の子になれた。

 使命を忘れ、胸をときめかせ、真剣に悩むことができた。


(ああ、そっか)


 ユーティスがメイン攻略対象者である理由が、やっと分かった気がする。

 ユーティスは唯一、サラに『普通』の幸せを与えてくれる人物なのだ。


 マシロの記憶がある自分でさえ、彼の前ではいつもドキドキと胸を躍らせていた。

 祖父母から引き離され、庶子として辛い思いをしながら成長し、気が付けば『聖女』としての運命を強制されて生きる中で、彼の真っ直ぐな愛は、どれほど甘く、切なく、『サラ達』の救いになったことだろう。


(私、本当に何も分かってなかったんだ)


 戻ったら、ユーティスに会いに行こう。

 ありがとうと、改めて伝えよう。


 そう心に刻み、サラは顔を上げた。


「怖いよ」

「「「!?」」」


 真っ直ぐにユーティスを見つめて、サラは正直に言った。

 一斉に、皆が息をのむのが分かった。

 ロイがそっと後ろから両肩に手を添える。振り向かなくても、容易に表情が推測できた。


「めちゃくちゃ怖いよ。だってあの時、大事な人がたくさん死んだの。もし、失敗したらどうしよう。もし、また誰かが死んだり、自分が死んだりしたら、どうしよう。……って、考えれば考えるほど、どうしようもなく、怖いよ」

「シャラ嬢……なら」

「でもね。私は、逃げない」

「!?」


 サラの覇気のある声に、ユーティスは目を見開いた。

 思わず、サラの手を掴んだ右手が震える。


「私は、一人じゃない。私を助け、守ってくれる人がたくさんいる。みんなだって、きっと不安で、怖いに決まってる。でも、それを乗り越えて力を貸してくれている。私は、みんなを信じて立ち向かう。『共感と共有』の力はもう無いけど、そんなの無くったって、みんなの温もりは感じられる」


 サラはギュッと、ユーティスの手を握り返した。


「ほら。ユーティスが心配してくれる気持ちも、私の力になっている」

「!!」


 サラの眩しい笑顔に、ユーティスの心も震えた。


「……分かりました。ご武運を、心より祈っています」


 そう言って、震える唇でサラの手の甲に触れた。


 ユーティスが手を離すと、あっという間にサラはパメラの豊満な胸に奪われてしまった。

 先を越されてガーンと固まるロイや、「シャラさん、大丈夫ですからね!」と母親ごとサラを抱きしめるパルマ、そのパルマごと「シャラちゃんは僕が守るから心配ないよ!」と抱きしめパメラからビンタをもらうリーンなど、大勢の仲間に囲まれて、サラはすぐにユーティスから見えなくなった。


 手を離した瞬間に見たサラの笑顔は、聖母の様に穏やかで……とても美しかった。

 もみくちゃにされるサラを見つめながら、ユーティスはそっと自分の唇に触れた。



 ―――そして時が過ぎ。

 決行の2日前、サラ達一行は『白龍の里』に向けて出発した。


ブックマーク、評価、感想、いいね! 等、いつもありがとうございます!


夢のしずく編が、本編の伏線の回収みたいになってますね……ぶっちゃけ予想外です(笑)

プロットの段階より倍くらいの長さになってますが、大団円に向けて、最後までがんばります!



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