(番外編) 夢のしずく ー救済ー
「なんで逃げるの!?」
「う……うわああああ!」
叫びながら逃走したロイを、サラはハンターのごとく追跡した。
途中で、目が点になっているエドワードとフロイアの横を「お久しぶりです! また後で!」と言いながら通り抜け、ロイを部屋まで追い詰めた。
「捕まえた! なんで逃げるの!?」
背後からロイの背に飛び付き、ソファの上に押し倒す。「ぐふっ」と小さくロイが呻いたが、逃げたロイが悪いので謝ってあげない。
「に、逃げるよ! だってっ」
「だって?」
息がかかるほどの至近距離で問い詰められて、ロイは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「だって……もう少し、大人になってから会うつもりだったから……」
「きゅん!」
サラの、残り少ない理性が飛んだ。
「ロイ、愛してる!!」
「あ、愛っ!?」
ガバッと正面から襲い直し、ロイの額に思い切りキスをした。ロイがまた「うわあああ」と小さな悲鳴を上げた。
ロイ曰く、まだグラン師匠よりも強くなっておらず、ルカよりもカッコよくなっておらず、シャラをクラクラさせるには不十分だと思っている、とのことだ。もう少し大人の男になって、自信をもってサラに会いに行くつもりだったそうだ。
何ソレ、カワイイ。
しかし、「なんで来ちゃったの、シャラ」と言いながらも、ロイはサラに再会できたことが相当嬉しいらしく、駄々洩れした精霊達の歓喜の舞で、屋敷中がポルターガイスト現象に襲われている。
ロイの部屋も、花瓶やら机やら枕やらベッドやらが飛んできて、危険な状態だ。
「ロイ、聞いて。実はね……」
サラはここに来た理由を話しながら、ロイが落ち着くのを待った。
すると、サラが『異界の扉』をルカと閉める予定だと伝えた時、ピタリ、とポルターガイストが止んだ。ズドン、とベッドが床に落ちる。
「それ……危険、だよね?」
酷く真剣な表情で、ロイがサラの両肩を掴んだ。力強いが、大きくて優しい手だ。
思わず、ドキッと心臓が跳ね上がる。
「で、でも2度目だし。今回は扉を大きく開けることもないし、私は中に入らないし、大丈夫だと思うよ?」
ロイの眼差しが記憶にあるよりもずっと大人っぽくて、サラは何だか落ち着かなくなってきた。
「僕も行く」
「え!? 駄目だよ、危ないよ!?」
「ほら! 危ないんじゃないか!」
しまった、と思った時にはもう遅い。
ロイは少し怒った顔で、逃げようとするサラの腰に片手を回し、グイッと引き寄せた。「ひゃあっ!」と、悲鳴が洩れる。完全に形勢逆転だ。
「あ、いや、それは言葉のあやで」
「僕はシャラを守るために鍛えてきたんだ。まだ、成長途中だけど、その辺の冒険者には負けない」
本人は成長途中だと言うが、ロイは立派な青年に育っている。
向こうの世界では、どれだけ鍛えても筋肉がつかないと嘆いていたが、ここのロイは着やせして見えるが、かなりの筋肉質だ。ゴリラ男爵やオースティンやシグレのようなゴリマッチョタイプではないが、彫刻の様に均整のとれた無駄のない美しい肢体は、リュークやリーンを彷彿とさせた。
(いったい、どれほど頑張ったの……?)
魔術だけじゃなく、剣術もかなりの腕前に違いない。
たった10年ちょっとでここまで成長するには、相当な苦労があったに違いない。それを全て「シャラを守るため」の一言で片づけてしまうのだ、このロイは。
(ロイ……かっこいいな)
以前のサラは、ずっと「ロイを守りたい」と思っていた。
だが、今、初めて「ロイから守られたい」という衝動に駆られた。
(あ……ああ……!)
急に、サラの中で何かが弾けた。
ロイの死後、ルカから「サラはロイを対等の相手として見ていなかった」と言われてショックを受けた。「サラはロイの保護者みたいだった」とも言われ、そんなことはない、なんでそんな酷いことを言うのだと、ルカに反発した。
だが、今『初めてロイを大人の男性として意識した自分』に気付き、ルカが正しかったのだと、思い知らされた。
(ロイ……ロイ、ごめんなさい……! ごめんなさい!)
育った環境が違うと、こうも差が出るのかと、改めて向こうのロイの生い立ちに胸が痛む。
同時に、そんなロイを可愛がるだけで、『頼れる男性』として接してあげられなかったことが、ひどく悔やまれた。
どれだけ後悔しても遅い。今頃気が付いても、あのロイにしてあげられることは、何もないのだから。
「え……シャラ? 泣いているの!?」
急に黙り込んでポロポロと大粒の涙を零し始めたサラに、ロイは大層驚いた。ロイの知るサラは、豪快に笑い、豪快に泣く、感情が分かりやすい少女だった。こんな風に、じっと何処かを見つめて泣く姿など、想像したこともなかった。
「どこか、痛かった? あ……ごめん! 急に引き寄せたから、怖かったよね?」
自分達がもう子供ではない事を思い出し、ロイはサラから離れようと腰から手を離そうとした。
が、逆にサラの方からロイの胸に飛びこんできた。
ロイの胸に顔を埋めて、サラは縋りつくように腕を背中に回した。
「ううん。ううん。違うの。ロイが私のために強くなってくれて、嬉しいの」
自分は、本当に残酷な人間だった。
あのロイも、必死に頑張ってくれていたのに。
今のこのロイよりも、ずっと強い魔術師だったのに。
「でも、いいの……? 私、本当に馬鹿で、甘ったれで、人の気持ちを考えられない、酷い人間だよ?」
嘘じゃない。本当に、自分は最低な人間だった。
「そんなことない! シャラは賢くて、自分に厳しくて、皆を大事にしてくれる、最高のレディだ」
そんな自分を、ロイは全肯定し、キラキラした瞳で見つめてくれている。別人のはずなのに、本当に、本当にそっくりだ。
(ああ、どうして、たった一言……この言葉が言えなかったのだろう)
万感の想いを籠めて、サラは言葉を紡いだ。向こうのロイに、最期まで言ってあげれなかった一言を。
「私を……守って……!」
「当然だ!」
ロイが力強く吼えた。
その瞬間。
サラの胸で霞んでいたロイの面影が、パアッと笑った。
(ああ……そうか、そうだったのね)
この世界に来たのは、ロイを幸せにするためだと思っていた。
そのついでに、色々な人の哀しい運命を出来るだけひっくり返して、多くの人が幸せになる未来を築こうと頑張ってきた。
実際に多くの運命を変え、これからも変えていく予定だ。
だが、違ったのだ。
ここに来たのは、『誰か』のためじゃない。
(これは、『私』の救済なのね……エダム!!)
サラの中で、ずっとわだかまっていた黒い塊が、一気に溶けていく。
心の中に、色とりどりの花が咲き始め、同心円状に広がっていく。その花畑には、ロイの笑顔が満ち溢れているような気がした。
「それに、シャラが危険な時に傍にいないなんて、婚約者失格だ……あ! ご、ごめん。勝手に婚約者扱いして! 小っちゃい頃に『結婚する!』って宣言しただけで、正式に返事をもらった訳じゃないのに……ああ、恥ずかしいっ!」
さっきまでのカッコよさは何処に行ったのか。
ロイは急に顔を赤くして、乙女のように両手で顔を覆った。
その様子が可愛くて、愛おしくて……懐かしくて。
サラはまたポロリと涙を零しながら、豪快に笑った。
「あはは! 私、皆に『婚約者がいます!』って宣言してきちゃったよ!? 駄目だった!?」
「ええ!? ち、違わない! え? いいの!? まだ、僕、中途半端だよ!?」
「こんなにカッコよくて、優しくて、可愛くて、逞しく育ってくれたのに、中途半端とか言わないで! 私、ロイに会うためにこの世界に生まれてきたのよ? 今度こそ、『ロイを幸せにしたい』じゃなくて、『ロイと幸せになりたい』の」
対等な相手として。生涯の伴侶として。もう一度、あなたを選ぶ。
「ロイ。私と結婚してくれる?」
「……もち……もちろんだよ! シャラ、愛してる!」
「私も! 私も愛してる!」
心から、やり直す機会をくれた神に感謝する。
そして……心から祈る。
「お願い。長生きしてね? 私を一人にしないでね?」
「うん! 約束する」
「絶対だからね!? 約束破ったら、私、本当に、怒るからね?」
「うん! シャラ……シャラ!」
サラは、力の限りロイを抱きしめた。
(なんて、温かい)
あの日の、冷たくなっていたロイの記憶が、ゆっくりと塗り替えられていく。
同じ鼓動を感じながら、サラはロイの胸から顔を離し、そっと唇を近づけた……。
が。
「お取込み中のところ、すみません。夕食に誘われて、来ちゃいました」
「「ひゃあああああ!!」」
思わぬ邪魔が入った。
サラとロイは、揃って悲鳴を上げた。
見ると、開きっぱなしのドアの前に、赤い顔のパルマと、涙目のフロイアと、満面の笑みを浮かべるエドワードが並んで立っていた。
「フラれた上に、イチャイチャしてるところを目撃するなんて、僕ってなんでこんなに間が悪いんでしょう」
「シャラちゃんが本当の娘になるなんて、感激だわ。また『おかあしゃま』って呼んで欲しい……」
「ロイ。その方が噂のシャラ様だね? 結婚には大賛成だけど、まだロイは実質13歳だから、もう少し待とうね? せめて『15歳の大人の教科書』を読破するまで駄目だからね?」
三人が立て続けに、好き勝手なことを言っている。
サラはパッとロイから離れた。
「え!? 15歳!? てことは、『12歳の大人の教科書』はもう読んだの!? ロイが!?」
「ええ!? 反応するの、そこ!? ていうか、なんで女の子のシャラがその本を知ってるの!?」
「え!? え、えーと、作者のパルマから聞きました!」
「えええええ!? 僕のせいですか!? って、なんで作者って知ってるんですか!? あ、向こうの僕が教えたんですね!? あいつめ、余計なことを!!」
「「先生」」
「うわ! ついにロイまで『先生』って言うようになっちゃった!」
「大人の教科書……?」
「フロイアは知らなくていいんだよ」
急速に、日常が戻ってくる。
だが、さっきまでのサラと、今のサラは違う。
前よりもっと、笑える気がする。ロイの存在が、ロイの愛が、サラを強くする。
―――この日。
ビトレール家の両親に歓迎され、サラは正式にロイの婚約者となった。
ブックマーク、評価、感想、いいね! 等、いつもありがとうございます!
今回の話が、『夢のしずく』編で一番大事なシーンかも、と思いながら書きました。
その時はどれだけ考えても気が付かなかったことが、時間が経ったり、環境が変わったりして、ふと理解できる事ってありますよね。
だから、いっぱい悩んでも解決しない時は、一旦手放していいと思うのです。
きっと、『その時』が来たら気付けるはずだから。
サラちゃんも、私も、まだまだ成長途中です!
これからも応援していただけると嬉しいです!
あ、次回こそ、扉閉めに行きます。では!




