(番外編) 夢のしずく ー希望ー
突然のリーンの宣言に、皆が言葉を失った。扉を閉める、とは、死を意味するからだ。
「だ」
「だ?」
完全に血の気の引いた顔でサラが立ちあがり、リーンに掴みかかった。
あまりの勢いに、リーンごと壁に激突する。
「ぐふっ!」
「駄目! 駄目に決まってるでしょう!? 私達が、どれほど悲しんだか分かる!? アルシノエさんやランヒルドさん……それに、リュークやパルマがどれだけ泣いたか分かる!? 私っ、私……一緒に閉めようって、言ったのに……言ったのに! リーンの馬鹿! 『僕は死なないよ』って、いつも言ってたくせに! 嘘つき! 大嫌い! 大嫌いなんだからああぁ! うわあああああん!!」
「シャラさん! 落ち着いて!? 父上が白目むいてます!」
パルマが慌ててサラをリーンの上から引き剥がした。
サラからマウントポジションをとられ、意識が吹っ飛びそうだったリーンは、ゆっくりと上体を起こした。
大人達にあやされながら、子供のように大号泣するサラを眺め、リーンは自然に顔がほころぶのを感じていた。胸の奥に、くすぐったい感じがある。
「ありがとう。シャラちゃん。ふふ。向こうの僕は君に酷いことをしたみたいだね。ごめんね?」
「一生許しません!」
「ふふ。でも、僕がやらないと。他に条件に当てはまる人、いないよね? 魔力容量だけならアルちゃんでもいけそうだけど、僕は僕よりアルちゃんの方が大事だから却下ね。第一、『聖女の魔力と深く同調』ってところがネックだよね。『共感と共有』の力を使うか、恋人になるか……ああ、従魔って手もあるね!」
ぽん、と両手を合わせてリーンが笑った。自分の生死がかかっているというのに、なにやら上機嫌だ。そんなリーンに、パルマが冷静に突っ込んだ。
「父上、従魔だと魔力容量の方が難しいかと」
「そうだよねえ……シャラちゃんとグラン。なんで目が泳いでるの?」
リーンとパルマの会話中、サラとグランがだんだん挙動不審になっていった。リーンが注意すると、二人と付き合いの長いパメラの目がキラリと光った。
「シャラちゃん、ひょっとして、強い従魔がいるんじゃない? ほら、あのルカとかいう」
「え!? あ、ル、ルカじゃなくて……その」
サラが言葉を濁す。ルカは並みの魔族より優秀だが、魔力容量は聖女には及ばない。
サラから従魔のことを聞いているグランには、サラが思い浮かべている人物が分かっていた。
「シャラ。あきらめろ。お前の規格外を知ってもらう良い機会じゃ」
「うおぅ。わ、分かりました、師匠。えーと、あの……ジークおじ様……です」
「「はあ!?」」
サラの出した名前に、リーンとパルマが激しく反応した。他の者は「?」と首を傾げている。パルマが説明と尋問を兼ねて、サラに詰め寄った。
「シャラさん。ジークおじ様とは、古代龍最強の黒龍のことですよね?」
「「「!?」」」
「うん。あ! あとマールもいるよ!」
「マール!? 最古の古代龍、青龍のマールですか!?」
「そうだよ!」
「「「!?」」」
サラが元気よく返事するたびに、一同の目が点になっていく。
伝説の古代龍が実在するだけでも衝撃なのに、それを二頭も従魔にするとは意味が分からない。何度も転生しているパルマでさえ、そんな聖女は見たことがない。確かに、始まりの聖女マリエールは黒龍ジークを従えていたが、マリエールの中身は女神だった。人間の身で、古代龍をテイムするなど狂気の沙汰だ。
「古代龍をテイム……? しかも二人も? え? シャラさん、化け物ですか?」
「よく言われる!」
「ドヤ顔! ……いや、待てよ? さっき、別の従魔の事を言ってましたね。シャラさん、その従魔はこちらの世界でテイムしたのですか? それとも向こうで?」
「向こうだよ!」
「……」
小鼻を膨らませて胸を張るサラを前に、パルマとリーンが無言で目を合わせた。魔術に造詣の深いパメラも事の重大さに気が付いたらしく、深刻な表情で口元を押さえている。
事情の分からない面々はお互い顔を見合わせ不安そうに見守っているが、一番目をパチクリとさせているのがサラだ。
この世界の二人をテイムしてしまったなら問題があるだろうが、サラがテイムしたのは自分のいた世界の二人である。
魔術師達が揃って深刻そうにしている理由がピンとこない。
「何か問題あるの?」
「大ありです!」
キョトン、と首を傾げたサラにパルマが突っ込んだ。
顔は怒っているが、その目はキラキラと輝いている。
よく見ると、リーンやパメラ、グランも笑っている。
「どしたの? 私、また何かやらかした!?」
「ええ! とんでもない事をしてますよ! いいですか? シャラさんは別の世界から時空を超えてここに来たんですよね? そして、別の世界にいる従魔を呼ぶことができる」
「うん……あっ!」
「気が付きました?」
「……あ?」
「気付いてなかった! つまり、『異界の扉』の向こう側にいる従魔を呼ぶことができるんです! 絶対とは言い切れませんが、かなり可能性は高い」
「それって……従魔に『異界の扉』の内側から鍵をしてもらった後、私が外から召喚すれば誰も死なずに済むってこと……?」
「そうです!!」
ざわっ、と周囲が騒めいた。
サラの胸が、ドクンと強く鼓動する。
じわじわと体の奥から熱いものが込み上げてくる感覚に、サラは泣きそうになった。
そんな可能性、前の世界では思い付きもしなかった。
もしかしたら、リーンを死なせずに済んだかもしれない。だがもう、あの世界の過去は変えられない。
だが、この世界には、希望がある。
「リーン!!」
高ぶる感情に身を任せ、サラは思い切りリーンの首に抱き着いた。驚きながらも、リーンが優しく受け止める。その手は、とても温かい。
懐かしい匂い。
いつもより少しだけ速い、エルフ特有のゆったりとした鼓動。
(生きてる……! リーンが、生きてる!)
どれだけ、この温もりが恋しかったことか。
別人だと分かっていても、リーンはリーンだ。サラの、大事な宝物だ。
「リーン! リーン! 死ななくていいんだよ! 皆、助かるよ!」
「うん。うん、シャラちゃん。今度こそ、僕は死なないよ。安心して」
「うん……! 約束だからね?」
ふふ、と愛おしそうに微笑んで、リーンはサラの額に口付けした。
そこで止めれば良かったのだが、調子に乗って唇まで奪おうとしたため、パルマが慌てて二人の間に割って入った。グランと女性陣が冷たい視線をリーンに送っている。リーンは楽しそうにペロッと舌を出した。
「じゃあ早速、詳細を詰めようか」
リーンが強引に話題を元に戻した。
つい先程までとは全く印象の違うリーンに、サラの胸が躍る。リーンのためにも、絶対に成功させねばと、気合が入った。
―――が。
思わぬ問題が発覚した。
扉を閉めるだけならば、ジークやマールでも十分可能だ。だが、更に鍵を閉めるには、高度な魔術が必要となる。脳筋の古代龍に、複雑な魔法陣や呪文を唱えることなど出来ない。強いて言えば、女神から高い知能を与えられた白龍のラグドールならば可能であろうが、今のサラに三人目となる古代龍をテイムする力はない。ならば、この世界の『聖女サラ』がテイムするのはどうかと案も出たが、そもそも魔力量が圧倒的に足りていない。同じ『サラ』でも、積み重ねた努力と経験値が全く違うのだ。
―――詰んだ。
「まさかの、知能問題……」
「そんなに古代龍は魔術が苦手なのか?」
「王子、古代龍は食欲と戦闘欲でできているんです。たぶん、大おじさん……ジークに『1+1は?』と訊いたら『腹減った』と答えると思います」
「……考えることすらしないレベルか……カイト以下だな」
うーん、と一同が頭を抱えたその時、「あ!」とパメラが顔を上げた。
「そうよ! それこそ、ルカちゃんの出番だわ!」
パメラは、アグロス戦の時にフロイアとエドワードの中にルカが体の一部を溶かし込み、操ったのを思い出した。そんな事ができる従魔など見たことがなかったため、強烈に覚えていたのだ。
「ルカってば、万能だねぇ!」
他人事の様にサラが感心し、「いや、万能なのはシャラさんですからね!? 自覚しましょうね?」とパルマがつっこんだ。
その他の問題点を洗い出し、話し合った結果『異界の扉閉鎖作戦』の概要が以下の様に決定した。
1.白龍の里付近にある『異界の門』を出現させる。門は天使族による結界で覆われているため、『勇者』に解除させる。この際、天使族や古代馬から攻撃を受ける可能性があるが、リーンが説得する。
2.一旦、天使族に結界を張り直してもらった後、シャラが古代龍とルカを召喚する。
3.ルカを古代龍に取り込ませ、扉の隙間から侵入させる。
4.扉が完全に閉じたのを確認し、古代龍とルカを召喚する。
5.古代龍を帰還させた後、結界を再度解除してもらう。
「と、こんな感じですね!」
巨大な紙に「めでたし、めでたし」と書き込んで、パルマが顔を上げた。
ジークではなくマールを選んだのは、ジークでは大きすぎて扉の隙間から侵入できないからだ。それに青龍は水との相性が良い。ルカが溶け込むにはちょうど良い媒体である。
また、一度壊した結界を再び修復する理由としては、古代龍の存在が大きすぎて『この世界に二匹存在する』という状況が許されるのかどうか、不安があるからだ。そのため、結界内で召喚し、帰還後に再び結界を解除してもらうことにした。
扉が閉じたことで、天使族や古代馬は役目を終え、自由にこの世界を闊歩できるようになる。そうなれば、魔王戦でも大きな戦力になってくれるだろう。なにせ、天使族の族長であるジョイスはリーンの大親友なのだ。
こうして、10日後に『異界の扉閉鎖作戦』は決行されることとなった。
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古代龍の知能は決して低いわけではありません。
基本的に考えるのが苦手なだけです。カイトと一緒です。
さて、扉を閉めた後は魔王戦ですね。まだ閉めてませんけど。
ロイやパメラ、フロイアやエドワード、ヒーローズ、そしてリーンを救ったシャラちゃんですが、まだまだ助けたい人はいっぱいいます。
全てを回収することはできませんが、やれるだけやってみたいと思います。
頑張れ、シャラちゃん!




