(番外編) 夢のしずく ー会議ー
サラの住むサフラン大陸の遥か西に、エウロパ大陸がある。
その最大国家であるレダコート王国の王都レダの中央に、白壁と鮮やかな青地の文様で囲われた堅固な城がそびえ立っている。
ノーリス王や第一王子ユーティスらが住まう、王城である。
そして今、永い時を経てサラはこの城に戻って来た。
パルマに『そうなるはずだった未来』を話したことにより、緊急会議が開かれることになったのだ。前の世界でこの会議が開かれたのは魔王戦の数年後であり、ロイは既に死亡していた。傷心のサラが、リュークとリーンの間で揺れ動いていた時期だ。
(というか、リーンに告白された当日だったな……)
急にその時のことを思い出し、サラは真っ赤になった。
「大丈夫ですか? シャラさん。肩の力を抜いて下さい。緊張すると思いますが、僕がフォローしますから、ね?」
「あ、う、うん! よろしく、パルマ!」
「はい」
サラが緊張で赤くなったと勘違いしてくれたパルマが、会議室の前で立ち止まり、シャラの手をギュッと握ってくれた。見た目は変わっても、さりげなく気を遣ってくれるところがパルマらしい。
今回、この会議のために招集されたメンバーは、ノーリス王、第一王妃、ユーティス、パルマ、パルマの両親、大魔術師リーン、大賢者グランそして『シャラ』ことサラである。
前回参加していた天使族のジョイスはおらず、代わりにパメラとグランが加わったことになる。
世界の未来に関わる重要な会議だというのに、相変わらず『勇者』は呼ばれていない。こちらのカイトも残念な感じなのだろうか。
「パルマです。シャラ嬢をお連れしました」
サラから手を離し、パルマが中に呼びかけると扉が開かれた。
中で歓談していたらしい一同の視線が、一斉にサラに向けられる。皆の反応はそれぞれだった。
ユーティスやリーンは『聖女サラ』を知っているためか、はっ、と目を見開いた。
ノーリス王や王妃、パルマの実父は初対面らしく無表情だ。
パメラとグランは、母と祖父のような優しい笑顔を浮かべている。
パメラやグラン、パルマが居るので逃げ出さずに済んだが、他のメンバーの空気は重い。向こうの世界で自分に向けられていた感情とは、まるで違う。
リーンが生きていることに感動し、思わず抱きつきそうになったが、リーンの目は氷のように冷たく、高鳴った胸が一気に静まった。
リーンからは親しみや愛情が全く感じられない。
自分とこの世界のサラが全くの別人であるように、リーンもまた「サラの知らないリーン」なのだ。
ここでは自分は部外者なのだと、サラははっきりと自覚し、肝に銘じた。
「パルマ様からお話は伺っているかと存じます。別の世界から来たサラ・フィナ・シェードです。シャラとお呼びください」
不安な気持ちを抑えつつ、礼を正した。
サラが安心するようにと、パルマはサラの手を取り、自分とパメラの間の席に案内した。11年ぶりに会うパメラは、相変わらず華やかで美しい。左手首から先は義手を着けているらしく、パッと見はまるで違和感がない。
「ご無沙汰しております。パ」
「すっかり見違えたわね! あの時はありがとう。……やだわ、本当に可愛いわね。うちの嫁にならない?」
「母上!?」
サラが挨拶しようとパメラの前で立ち止まると、パメラはパアッと満開の笑顔と豊満な胸でサラを包み込んだ。隣で真っ赤になる息子のことなど、母はお構いなしである。
パメラは昔から『シャラ』のことを気にかけていた。
実は、パメラはゴルドが庶子を王都に引き取ったと聞いた時、『シャラ』ではないかと疑っていたのだ。『シャラ』から感じた魔力の波動や性格が、ゴルドを彷彿とさせたからだ。
そしてわざわざパルマを連れてシェード家を訪問し、『サラ』と面会した。
ああやっぱり『シャラ』だわ、と喜んだのも束の間、『シャラ』と『サラ』が別人であることに気が付いた。
ゴルドに「もしかして、サラちゃんは双子?」と確認したが、「違う」と不愛想に返された。
それでも長年疑い続け、「もし、シャラちゃんが認知されていない伯爵令嬢なら、引き取って私の養子にするわ!」と決心していた。そんな時、パルマから「シャラは未来から時空を超えてやって来た『元聖女』であり、我々の運命を変えてくれた」と聞き、特別な感情が芽生えた。それが「息子の嫁にしたい」である。レダスの生まれ変わりと結婚することは、公爵家の養子になるよりも、名誉なことなのだ。
「すみません、パメラ様。私には、既に結婚を約束した可愛い婚約者がいるのです」
「「えええ!? そうなの(なんですか)!?」」
「ん、ん。パメラ、パルマ。再会が嬉しいのは分かるが、今は会議中だ。それくらいでよいか?」
「あら、王様ごめんなさい」
「すみません。取り乱しました」
全く反省していない感じで、パメラはサラを解放すると隣に座らせた。顔の赤いパルマも腰を下ろす。
サラが周りを見回すと、笑いを堪えるグランと目が合った。グランとは頻繁に会っており、すっかり祖父のような存在だ。居てくれるだけでホッとする。
サラが落ち着いたのを確認して、パルマが口を開いた。
事前に全員に通知していたとはいえ、改めて聞く『そうなるはずだった未来』の悲惨さに一同が沈黙する。今の魔王を倒しても、たった18年で世界のほとんどが滅びてしまうのだ。愚かな勇者と、魔王の妹のせいで。
「でも、まあ……」
ポツリ、と沈黙を破るかのようにリーンが呟いた。
「怪我の功名、っていうやつだよね? 結果的に『異界の扉』を閉じることができるんだから」
「な……! 大魔術師殿、ちゃんと聞いていましたか? 聖女が……サラが死んでしまうのですよ!?」
ユーティスが立ち上がって反論する。
この世界では、ユーティスとリーンは恋のライバルだ。サラを愛する者として、リーンの発言は理解できなかった。
「それはとても残念だけど、聖女の役目だから仕方ないよね? それとも君は、聖女の命惜しさに、この世界を完全に滅ぼすつもりかい?」
「それは……」
「即答できないなら、余計なことを言わないでくれるかな? その程度の覚悟もなく、この場にいられるのは邪魔なんだよ」
「私は……サラ一人に責任を押し付けることなど……できない……!」
くっ、と眉目秀麗な横顔が歪む。
サラは、本気でサラを愛してくれているユーティスの想いに胸が熱くなった。それと同時に、冷淡なリーンの言葉が胸を抉る。
きっとこれが、本来のリーンなのだろう。
「はいはい、二人で喧嘩しないでください」
パン、パン、と手を叩いて、パルマがくるりとサラを見た。
「シャラさん。シャラさんのいた世界では、『異界の扉』はどうなったんですか? シャラさんが居るという事は、開いたままですか?」
はっ、と弾かれた様に一同の視線がサラに集まった。
サラは一瞬どうするか迷った後、一息ついて口を開いた。リーンにとっては辛い話だが、いまさら隠しても仕方がない。
「『異界の扉』は……閉じました」
ザワッと、緊張が走る。
誰かが口を開きかけたが、それを制するようにサラが言葉を繋いだ。
「『聖女の魔力と深く同調し、聖女と同じほどの魔力容量を持つ者であれば、扉を閉める事は可能だ』……これは、邪神と呼ばれるエダムの言葉です。エダムは別の者を犠牲にするつもりだったようですが……私が拒みました。私は死を覚悟して、一人で扉の中に残りました」
「でも、生きている」
「はい。別の方が……身代わりになってくれたんです」
「別の……? 誰ですか?」
パルマの問いに、サラはゴクリと唾をのんだ。
何度か深呼吸して顔を上げると、パッとリーンを見た。
サラと目が合い、リーンが驚いたように目を見開く。
「まさか、僕!?」
「はい。リーンは『異界の扉』を閉じ、この世界から消えました」
サラの言葉に、一同が息をのんだ。
先程、リーンは大儀のために聖女を犠牲にすると豪語したばかりだ。そのリーンがどんな反応を示すのか、それぞれが複雑な表情でリーンを見つめている。
「……ふーん。面白いね。何万年も扉を閉じる力を持った聖女を探していたのに、結局自分でやっちゃたんだ」
半ば自嘲しながら、リーンは机に両肘を付き、両手に顎を乗せた。
「『聖女の魔力と深く同調し』ってことは、僕とシャラちゃん、そういう関係だったの?」
「「「!?」」」
「そそそそそそそそれは、何というか、友達以上恋人未満、というやつでっ」
「キスしてないの?」
「しました! って、ちょっ! そんなプライベートなこと聞かないで!」
「ふーん。僕が、君とねえ……」
ニヤニヤしながら、リーンが楽しそうにサラを見つめている。心なしか、先程までと雰囲気が変わっている。
リーンはゆっくりと立ち上がると、サラの近くまで歩を進め……無言でバックハグした。
「ぅぎゃあああああああ!」
「へえ。本当だ。僕の魔力を感じる。しかも、とても深い所から」
サラから手を離すと、リーンは唖然とする一同を見回した。
別の世界の自分の想いを、肌で感じ取った。
ならば、すべきことは一つ。
「僕が扉を閉めるよ。それでいいでしょ? 愛しのシャラちゃん」
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ロイの幸せだけを考えていたサラちゃんですが、
『この世界を救わなければロイの幸せもない』ということに今更気が付く……。
リーンは、本来、目的のために手段を選ばない男です。
どれだけ向こうのリーンがサラを愛していたのか……ほろり。
リーンが久々に書けて嬉しいです!




