(番外編) 夢のしずく ー新たな別れ 2ー
本日2話目です。
「……戻れるのか? 元の世界に」
ボソッと、オースティンが呟いた。はっ、とカドレアがオースティンを見つめた。
デュオンとネイソンも、信じられないと言った表情で互いを見ている。
優秀な頭脳を持った彼らには、ルカの短い説明だけで全てが分かってしまったのだ。
―――『ルカ湖』を通して、地球と行き来が出来ることを。
「なんで……なんでそんな大事な事を今頃言うんだ? 教えてくれ、ルカ。初めから知っていたんだろう? 俺達を利用するために黙っていたのか? アグロスを倒して、バンパイアも一掃して、もう用が無くなったから打ち明けたのか?」
ぐっ、とテーブルに指を喰い込ませながら、オースティンがルカを見据えた。ミシッ、と机が嫌な音を立てる。怒りで声を荒げそうになるのを、理性で抑え込んでいるのが伝わってきた。
オースティンの気持ちが痛いほど分かるのか、デュオンとネイソンも無言でルカを見つめている。彼らは皆、大事な家族や仕事や生活が、向こうにあったのだ。
サラ達と出会った2年前にその話を聞いていれば、手放しで喜んだだろう。なぜ今なのかと、恨み言を言いたくなるのは当然だ。
彼らの視線を受け、ルカはそっと目を伏せた。
「……ごめん。でも、誤解しないでほしい。僕も可能性に気が付いたのは『あの光』を見たからなんだ。これは危険な賭けだ。『穴』はとても小さいし、全く同じ場所に戻れるとは限らない。いや、むしろ帰れたら奇跡だ。……デュオン。僕達が前に居た未来で、一度君は聖女と一緒に『穴』を通っている。君がカレンを想いながら飛んだのに、辿り着いたのは50年後だった」
「50年後!?」
「それでも、信じられない奇跡なんだよ。最高の魔術師と、聖女の力が揃って成し得た奇跡だ。その証拠に、君のカレンは向こうで亡くなった後、君に会うためにこの世界に転生した……けど、今より1万年も前の時代だった」
「な……」
デュオンが絶句する。
デュオンとサラが知り合いだったとは聞いていたが、カレンのことまで話したことはない。なのに、ルカはカレンを知っている。それは、この話に信憑性を持たせるには十分すぎた。
「……それでも、俺は帰る」
覚悟を決めたのか、力強くネイソンが顔を上げた。ネイソンには、妻と子供がいる。次第に大きくなるサラやロイを見守りながら、心は常に息子のリッキーの元にあった。少しでも帰れる可能性があるのなら、それに賭けてみたい。
「私も、帰ります」
「え!?」
デュオンが手を挙げると、思わずサラも声を上げた。
いつも何かと頼りにしていたデュオンが居なくなるのが想像できない。
第一、アルシノエのことがある。
カレンを想うデュオンの気持ちも分かるし、ずっとデュオンを待ち続けたカレンの姿も実際に見ている。
だが、デュオンと愛し合い、幸福感が駄々洩れしていたアルシノエの方が、サラには身近な存在だった。あの笑顔が見れなくなるのかと思うと、心が重くなる。人の恋人を勝手に奪った気分だ。
「デュオンさぁん……」
「シャラ。君は私と長い付き合いがあると言っていたね。きっと、これから私が会うはずだった人達のことが気になるんだろう?」
「う……ご名答です」
「でも、まだ会っていない。なら、君が気にする必要はないと思うよ。それよりも、私はカレンの元に帰りたい。私を探して1万年前に生まれ変わってしまう彼女の運命を変えたいんだ。……分かってほしい」
「う……」
そう言われてしまうと、何も言えなくなる。アルシノエは、今でも楽しく生きている。もちろん、心の中には色々な葛藤を抱えているが、彼女を愛する家族や仲間が沢山いる。デュオンと会わなくても、それは変わらない。
だが、カレンは違う。
たった一人で、失踪した夫の帰りを待ち続けながら、息子を育てているのだ。
「分かった」
しょんぼりと、サラが肩を落とした。
「……そもそも、私が決めることじゃないし……」
「ありがとう、シャラ。それでも、君には笑って見送って欲しいから、分かってもらえて嬉しいよ」
「うん」
ネイソンとデュオンが帰る決意を表明したのを見届けて、オースティンがパンッ、パンッと手を叩いた。一斉に、全員がオースティンに注目する。残るは、オースティンだけだ。
オースティンは「ふぅ」と小さく息を吐いて、腹筋に力を入れた。
「俺は、残るぜ」
「!?」
バッと、カドレアが自分の顔を覆った。
そんなカドレアの肩を抱き寄せ、オースティンは白い歯を見せた。
「俺にはもう、ここが故郷だ。ここで、カドレアと生きていく」
「ぉぉおオースティィン!!」
何故か、カドレアではなくサラが号泣した。
デュオンとネイソンは始めからオースティンの選択が分かっていたらしく、ただ、「うん」と頷いた。カドレアは全身を震わせながら、オースティンの腕に抱かれている。カドレアを見つめるオースティンの瞳は、どこまでも優しい。
後で聞いた話だが、オースティンの兄は政治家、姉は弁護士らしく、両親の世話等は心配ないらしい。また、特定の恋人もおらず自由気ままな独身男子だったことから、家族のいるデュオン達ほど向こうへの思い入れはなかったそうだ。拳と魔法で愛する人を守れるこの世界は、ヒーローに憧れるオースティンには性があっていたのだろう。
その後の話し合いで、デュオンとネイソンの帰還はオースティンらの結婚式後に決まった。
彼らはそれまでに、お世話になった人々への挨拶周りや、診療所の整備や医学書の執筆、泥団子の作成など、寝る間を惜しんで精力的に働いた。その合間を縫って、サラを抱きしめてくれた。その温もりを、サラは一生忘れないでおこうと心に刻んだ。
こうして、あっという間に、結婚式当日を迎えた。
別の世界線で、絶望の中で愛を誓い、抱き合いながら崖底へと身を投げた二人が、今こうして多くの人の祝福の中で笑っている。
式の後、熱い抱擁を交わすヒーローズを見て、サラは温かい涙が止まらなかった。今は聖女ではないが、精一杯の祝福の魔法を四人の上に注いだ。
式から二日後。
デュオンとネイソンは元の世界に帰ることになった。
危険な賭けではあったが、ルカとサラもこの数日、ぼーっと過ごしたわけではない。少しでも勝算を高めるために、グランに相談したり、エダムの神殿を建てたり、盛大にお供えをしたりと大忙しだったのだ。
特に湖の浄化が大変だった。
前の世界では聖女の治癒魔法によって穴を塞ぎ、湖まで浄化したが、今のサラは聖女ではない。ドレインを使って湖に溜まったヘドロのような魔力を吸い上げ、その魔力を使って浄化魔法をかけるという『ドレイン&浄化魔法』のヘビーローテーション作戦で、ようやく人が潜れるほどの瘴気に薄めることができた。正直、幼いサラには重労働であり、死を覚悟したほどだった。
その甲斐あって、結界で身を守りながら進めば『穴』まで行けるだろう。『穴』は、湖に溶け込んだ自分の魔力を利用してルカが広げている。
確証はないが、きっと元の場所に戻れるとサラは信じている。エダムの気配を何となく感じたからだ。
こういう時は、きっと上手くいく。
「じゃあ、覚悟はいい?」
ルカが尋ねると、デュオンとネイソンが大きく頷いた。二人とも元の世界で来ていた服に着替えている。
見送りに来たのは、サラとルカ、オースティン、そしてグランだ。
「みんな。今まで本当にありがとう。どうか、お幸せに」
「オースティン、お前はカドレアのヒーローだ。大事にしてやれよ」
「分かってるさ、ネイソン。お前も嫁さんとリッキーを大事にしろよ。それからデュオン。……お前と一緒に働いてた時、マジで楽しかった。一人の医師として、お前を尊敬してるよ。俺はもう研究は出来ないけど、あの世界から血液腫瘍を無くしてくれ。ネイソン、お前の細胞を見分ける実力は世界一だ。どうか、デュオンを助けてやってくれ」
「……当たり前だ! くそ! 泣かせるなよ!」
「オースティン。私も君を尊敬している。君は私の最高のライバルで、ヒーローだ。一生、忘れない。本当に、本当に、今までありがとう」
「ああ、元気でな。カレンによろしく」
「ああ」
ヒーローズがそれぞれに別れを惜しみ、固い握手を交わした。
私も、と言ってサラがデュオンとネイソンに抱き着き、二人の頬にキスをした。二人も笑ってキスを返す。
二人はグランとルカにも別れを告げ、背を向けた。
それを見届けてから、ルカは『ルカ湖』に力を流し『穴』までの道を示した。サラとグランの結界に守られながら、二人は湖へと沈んでいく。
沈み切る寸前、二人は振り返り大きく手を振った。二人とも、清々しい笑顔だった。
「さよなら、さよなら! ……さよなら!」
力一杯叫びながら、サラも必死に腕を振った。
二人が見えなくなり、『穴』が元の大きさに戻っても腕を振り続けた。オースティンに抱き上げられて、ようやく腕を下ろし、分厚い胸に顔を埋めて号泣した。
幸せな別れだというのに、何故か涙が止まらない。もう二度と会えないと分かっているからだ。
「ありがとう、シャラ。俺のヒーロー達を愛してくれて」
「うん……うん! 大好き! ぅぅぅ……うわああああん!!」
散々泣いて、サラはそのまま眠りについた。
家族と再会し、喜び合うデュオンとネイソンの夢を見ながら……
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デュオンとネイソン、帰っちゃいましたね。寂しいです。
ごめんなさい。アルちゃん。
きっとこの世界線では、カレンがラシャドとして生まれ変わることもなく、アルちゃんの運命も大きく変わっているのでしょう。
さて、次話からはサラこと『シャラ』ちゃんがもう少し大きくなります。
温かく見守っていただけると幸いです!




