(番外編) 夢のしずく ー旅立ちー
「私達、エドワード様のお屋敷で暮らすことにしました」
「えええ!?」
日暮れの診療所で、サラが驚きのあまり椅子からひっくり返った。
ルカがさっと手を伸ばして受け止めたので、頭は打たずにすんだが下着が丸見えになった。ロイが真っ赤になって「きゃあぁ」と両手で顔を覆っているが、ロイが相変わらず可愛いのでサラは下着のことなど気にしない。中身が100歳近い4歳児は、イチゴ柄のカボチャパンツを見られたくらい何とも無いのだ。
ロイを膝に抱えるフロイアは、聖母の様に美しく、楽しそうにクスクスと笑っている。フロイアは一時期瀕死の状態を彷徨っていたが、魔力切れの症状はほぼ回復し、アグロスに憑依された後遺症もほとんど見られていない。
グランの手を借りてエドワードと手紙のやり取りをしているらしく、フロイアは明らかに以前よりも良く笑う様になった。それは年相応の、恋する少女のような華やかで明るい笑みだった。
アグロスとの戦いから、一カ月が過ぎた。
レダコード王国の方は、パメラが中心となって事後処理を行っている。
あの時、サラのいた過去と同様、アグロスの魔力が暴走したことで、あちこちで奴隷が凶暴化する事件が起きたそうだ。だが、速やかに討伐できたため、王都では大きな被害は出なかったらしい。
とは言え、ビトレール領の被害は甚大だった。
まず、瓦礫の下から、領主であるサルナーン子爵の死体が見つかった。アグロスにより傀儡となった彼は、逃げ出すこともできずに、多くの使用人と共にこの世を去った。
幼い子供を虐待していた彼の悪行は、「アグロスと言う魔族に操られていた」とされ、罪が問われることは無かった。それを聞いたエドワードは複雑な表情になったが、「娘が罪人の孫と呼ばれることがなくて良かった」と己を納得させたようだった。
また、屋敷のあった辺り一帯が『何か』により食い尽くされ、豊かな森は荒野となった。もっとも、荒野となった原因は『何か』だけでなく、ヒートアップした暴走大賢者様の火炎魔法の影響も大きい。珍しく、グランが土下座していたので反省しているのだろう。
エドワードの苦難は、これからも続く。
それでも新しいビトレール領の領主として懸命に復興と償いに尽力するつもりだと、フロイアへの手紙に書いてあった。
それを知ったフロイアは、同じ境遇で育った奴隷達やエドワードの力になれればと、ビトレール領に戻ることを決心したらしい。
このままサフラン大陸で暮らすつもりだったサラにとっては、まさに寝耳に水だ。ひっくり返るのも無理はない。
既にエドワードの許可は得ており、妻子のいる屋敷とは別の小さな屋敷で、他の元奴隷仲間達とビトレール領の復興に携わる予定だそうだ。
「シャラちゃんも、一緒に行かない?」
「う……」
サラが言葉に詰まる。
せっかくのフロイアからの誘いだが、なるべく知人に会う訳にはいかないサラには「YES」という選択肢がない。
正直なところ、ロイやフロイアと別れるのは嫌だ。ロイの成長を一番近くで見守りたいし、一緒に行ってフロイアやエドワードを助けたい。
だが、今回の件で「シャラ」というとんでもない潜在能力を秘めた魔女っ娘の存在が、レダコート魔術師団にバレてしまった。レダコート王国にいれば、否応なしに国の中枢に関わっていくことになるだろう。
そうなると、ほぼ確実に『聖女サラ』と出会ってしまう。
それだけは、絶対に避けなければならない。
同じ存在がこの世に二人も存在するなど、本来あってはならないことなのだ。邪神エダムの力で過去を捻じ曲げ、未来を創り変える権利を得たといっても、限界はあるだろう。万が一、サラとシャラがばったり出会って片方が消滅でもしたら一大事である。
「……ごめんなさい。私、レダコート王国には行けないの……行ぎだいけど!!」
半分泣きべそをかきながら、サラが言葉を絞り出した。すると、ロイが目をまん丸に見開き、フロイアの膝から飛び降りた。
「えっ!? シャラおねえちゃん、一緒じゃないの? やだ!」
「ううっ! ロイが可愛すぎて決心が揺らぐ……!」
ロイに飛び付かれ、再びひっくり返りそうになるが、ルカが支えた。
「シャラちゃん、あなたさえよければ、私の養女にならない? もう奴隷ではないし、治療術師として開業するつもりなの。あなたとロイを養うくらい、何とかなると思うわ。その……ルカは立派なお父さんだけど、魔物……よね? 何かと不便があると思うの」
「うおおおお。魅力的な提案……! でも、駄目なのおおおおぉ」
真実を話す訳にもいかず、サラはロイに頬ずりしながら号泣した。ロイもつられて号泣する。困ったフロイアがルカに視線を送るが、ルカは黙って首を横に振った。
「そう……何か理由があるのね? 分かったわ。レダコートには私とロイだけで行くわね」
「えええ! 母上、ぼく、シャラおねえちゃんと一緒がいい! ぼく行かない!!」
「ロイ。私と離れてもいいの?」
「えええ!? ぼ、ぼく、母上とも一緒がいい! 『るか』や、『ぐらんじいちゃ』と一緒がいいよぅ」
うわああああん、とロイが声を上げてぐずり始めた。
普段、滅多に駄々をこねることが無いだけに、フロイアはすっかり困り果ててしまった。
すると、フワッと、ロイをルカが抱き上げた。正面で向かい合うように抱き直すと、こつん、とオデコを当てた。急に抱っこされて、ロイが一瞬泣き止む。
「ロイ。レダコートには、ロイの本当のお父さんが待っているよ」
「おとう……さん?」
「うん。世界で一番、君を愛してくれる人だよ。もちろん、僕も、シャラも、お母さんも君を一番愛しているけど、エドワードは特別なんだ」
「とくべつ? とくべつって、なに?」
「ふふ。難しい質問だね。きっと、エドワードに会ったらロイにも分かるよ」
「でも、ぼく、みんなと一緒がいい」
「大丈夫。世界中の何処にいても、僕達は一緒だよ。ロイ。世界はね、『想い』で繋がっているんだ。海も、空も、時空だって超えられる。だから、傍にいなくても僕達はずっと一緒だよ」
「?? ぼく、よく分かんない」
「そのうち分かるよ。それにね、ロイ」
そう言うと、ルカはロイの耳に口を近づけ、ロイにだけ聞こえるように囁いた。サラとフロイアがハラハラしながら成り行きを見守っていると、ロイは一瞬『はっ』と目を見開き、キュッと顔を引き締めた。
ルカがロイを床に降ろすと、ロイは凛々しい顔でトテトテと歩き、サラの前に立った。
「シャラおねえちゃん!」
「な……ひゃあ!?」
突然、ロイがサラのほっぺにキスをした。「あらまあ」とフロイアが頬を染める。ロイはサラから顔を離すと、真っ赤な顔で想いを告げた。
「シャラおねえちゃん。ぼく、大きくなったらおねえちゃんと結婚する!」
「ひゃあ! なに? 急にっ」
「ぼく、父上のところに行く! あっちで、『ぐらんじいちゃ』より強くなって、『るか』よりかっこよくなって、シャラおねえちゃんが『くらくら』するように、頑張る!」
「ええ!? 何それ、可愛い!」
一体ロイに何を言ったの、と念話でルカを問い詰めたが、ルカはニコニコ笑うだけで答えてくれなかった。
「だから、ぼくのこと、待っててね?」
「……待ってる! 私、ずっと待ってる!」
目を潤ませながら真っ直ぐに見つめてくるロイに愛しさがこみ上げ、今度はサラがキスを返した。
2日後。
フロイアとロイの見送りに、スタン子爵をはじめ、多くの人々が集まった。ロイの誕生を見守った者にとって、この美しい親子は家族にも等しい存在だった。
心から感謝を述べるフロイアの澄み切った笑顔と、「大きくなって、また来ます!」と涙を堪えて手を振るロイに、それぞれが涙で声援を送った。
心の籠った、盛大な壮行会であった。
―――こうして、フロイア親子はサフラン大陸を後にした。
ちなみに、ルカとフロイアが夫婦だと思っていた人々は、この日初めて「そうでない」と知り、驚愕した。そもそも、黒髪のフロイアと金髪のルカから桃髪のサラが生まれるわけがないのだが、『あれだけの美貌なら何でも有り得る!』と勝手に解釈していたらしい。
『なら何で同室だったんだよ!?』とフロイアファンの男性陣から苦情が飛んだが、ルカにニッコリ微笑まれ、『まあ、ルカならいいか!』と何故か許した。
人外の美貌は、何をしても許されるらしい。
便利だなあ、と苦笑しながら、サラは小さな恋人の背中を見送った。
いつだって愛してるよ、と呟いて。
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はあ! だいぶ終わりが見えてきました!
まだ数話残ってますけど(笑)
エドワード父上の元で、愛されて育って欲しいです。
まあ、心配ないと思いますけど(笑)
幼子の恋と言えば、『大姫と義高』のお話をご存じですか?
源頼朝の娘・大姫6歳と木曾義仲の息子・義高11歳の悲恋物語です。
桑佳あさ先生(当時は藤野もやむ先生)の『あの日見た桜』がお薦めです。
実は、原作はうちの高校の演劇部なんですよ~ (〃▽〃) てれっ




