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(番外編) 夢のしずく ー決戦 終結ー

「ルカあああああ!!」


 一瞬の静寂を引き裂くように、サラの悲鳴がこだました。ルカを知るもの達も、一様に息を呑んだ。特に、ルカを人間だと思っていた者達は、溶けるように消えたことが理解できないでいた。


「あ……あがっ……なに、を……した」


 ガクガクと、フロイアが顎を震わせる。


 ルカを貫くはずだった剣は空を切り、フロイアとエドワードが向かい合わせに抱き合う形になっている。エドワードの弱々しい腕など簡単に振り払えるはずなのに、全く体が言う事をきかない。

 アグロスは、フロイアの体が突然動かなくなったことに驚愕した。


「何をしたと聞いている!!」


 やっとの想いで叫んだ。声を出すだけで頭が割れる様に痛む。

 アグロスはエドワードの髪を引っ張り、引き離そうともがいた。


「フロイア。私だ。エドワードだよ」

「!!」


 精一杯の力を込めてフロイアにしがみつきながら、エドワードが優しく呼びかけた。その声に、フロイアの体がビクッと反応する。


 今、ルカはフロイアの中だ。


 サラと目が合った時、かつてサラが『共感と共有』という聖女の力を使ってアグロスを倒した話を思い出した。あるいは、もう一人の聖女であるソフィアが、肉体を共有した兄と心も繋がっていた事実が脳裏によぎったのかもしれない。


「エドワード! もっと、もっと呼びかけて!!」


 フロイアの口を借りて、ルカが叫んだ。

 ルカは、フロイアの中に己を溶かし込んだ。アグロスの『何か』に対抗するためには、己のほとんどを賭けねば無理だと判断したからだ。

 そして今、アグロスとフロイアの所有権を巡って争っている。

 エドワードがルカの一部を通して直接フロイアに呼びかければ、フロイアの意識を取り戻すことができると信じて。


「ぐあああああああ! 貴様ら、ふざけるなよ!? フロイアの意識など、とっくに食い尽くしてやっ……くそっ……エドワード! もっと祈って! もっと望んで!」

「フロイア! ずっと君に謝りたかった」


 どこにそんな力が残っていたのかと目を疑うほどの力で、エドワードはフロイアの華奢な体を抱きしめた。もう二度と離さないと、柔らかな胸に顔を埋めて、堰を切ったように言葉を繋ぐ。


「寂しい想いをさせてごめんよ。君を愛しているのに、妻を娶ったことを、ずっと、ずっと後悔していたんだ。妻も娘も、私には大事な人だ。だけど、君とは違う。君は、特別なんだ。お願いだ。戻ってきておくれ。そんな奴に、負けないでおくれ。どうか、どうか……もう一度、私の名前を呼んでくれ、フロイア!!」


 懺悔と、懇願。

 身勝手な男ですまないと心の底から謝罪しながら、エドワードはフロイアの唇に触れた。


 その瞬間、フロイアの気配がはっきりと変わった。

 エドワードと唇を合わせながら、フロイアが「ふふ」と笑った。


「フロ……」

「上出来だよ、エドワード」

「!?」


 艶やかに微笑んでから、ルカはフロイアの口で叫んだ。たった一人の主人に向かって。


「サラ!! 今だ、アグロスを吸い出して!!」

「!? 分かった! ドレイン!!」


 瞬時にルカの考えを察したサラが、ドレインを発動させた。

 やめろ、とフロイアの中で主導権を失ったアグロスが声なき悲鳴を上げる。


「援護するぞ、シャラ!」

「私も!」

「「「俺達もいるぜ!」」」


 仲間達がサラの元に駆け付けた。

 強引にフロイアの体から吸い出されたアグロスと『何か』は、穴を空けて逃れようと暴れ出した。それをグランとパメラが結界で閉じ込め、デュオンが重力魔法で抑え込む。サラをネイサンが抱っこし、オースティンはフロイアとエドワードを支えた。


『くそが、くそが、くそがああああああ!!』


 アグロスの思念が絶叫する。


『まだだ! まだ終わらん!!』 


 行き場を失ったアグロスの核は、とっさに元の体に戻った。

 ボロボロだが、100年馴染んだ魔族の体だ。戻りさえすれば修復は可能だ。


 だが。


「なんだ、これはああああ!!」


 記憶にある以上に、体が破壊されていた。グランとパメラの攻撃を受けた時は、少なくとも五体満足な状態だった。自ら捨てたとはいえ、高位魔族の魔力によって守られていた体が、屋敷の崩壊に巻き込まれただけで、四肢が折れ曲がり、首がおかしな方向を向いているなど、ありえないことだった。


「ふざけるなあああ!!」


 残った僅かな魔力を振絞り、アグロスは体を修復し始めた。

 核さえ無事なら何とかなる……はずだった。


「がはっ!」


 突然、背中を激しく打ち据えられた。背骨の折れる感覚に、アグロスは目を見張った。そこにいたのは、アグロスに捕らえられ、地下牢に幽閉されていた『魔王の器』の候補達であった。

 彼らは屋敷が崩壊する寸前、ロイの手により救出されていたのだ。


「お、お前ら……やめろ……やめろおおおお!!」


 かつての奴隷達に囲まれ……アグロスの肉体は消えた。


「……やったの……?」


 フッと、空が晴れていく。

 急激に薄まっていく瘴気に、サラの目が輝いた。


「やったんじゃねえか!? この二人も無事だぜ」


 オースティンが両腕にフロイアとエドワードを抱えながら笑っている。2人とも気を失っているが、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


「そうだ! ルカ!!」


 慌ててネイサンの腕から飛び降り、サラはルカの核の元に走った。幸い、金色に輝く核には傷一つない。

 ぶわっ、とサラの目から涙が溢れた。


(良かった! ルカ、よく頑張ったね。戻っておいで)


 サラが祈ると、核が一層輝きを増した。

 それに呼応するように、フロイアの体からゆっくりと金色の光の粒が抜けていき、核に集まって来た。ルカの正体に気付いた土魔法使いのパメラとネイソン、そして何処からか仲間を引き連れて走って来たロイの精霊の力も借りて、ルカは人の姿を取り戻した。……服を着ていないのは、ご愛嬌だ。


「ただいま、サラ」

「ルカの阿呆!! 死んじゃったかと思ったじゃない!」


 泣きじゃくりながらポカポカと胸を叩いてくるサラの温かさと、自分を取り囲む沢山の愛を感じながら、ルカは空を見上げた。


(アグロス……君にも仲間がいれば違った人生だったろうに)


 ルカはそっと、遠い場所で静かに消えた『魔王になれなかった男』の冥福を祈った。


 ◇◇◇◇


「なぜだ、なぜこうなった」


 アグロスは体を破壊される直前、無意識に転移していた。


 そこは、かつて故郷があった場所だった。

 カザルという青年の全てが詰まった場所であり、全てが奪われた場所でもある。


 昔と変わらない抜ける様な青空と、背中に感じる砂の感触が酷く懐かしかった。


 もう、指一本すら動かす力も無いが、核はまだ残っている。

 時間をかければ、復活することもできるだろう。


 ―――だが、それに何の意味があるというのだろう。


 自分の欲しかったものは、もうどこにもない。

 フロイアと、あの小さな魔術師の娘の姿が、妻と娘を思い起こさせた。

 永い間忘れていた、胸の疼き。

 どれだけ力を求めても、もう二度と、あの幸せだった時間は戻ってこない。


 そう思うと、全てがむなしくなった。


「このままここで、朽ちていくのも悪くない」


 そう言って、アグロスは目を閉じた。


 その時、アグロスの頭上に二つの影が差した。


「ふむ。知らぬ魔族の気配がしたので来てみれば、ゴミではないか」

「ゴミは綺麗にしませんと」

「そうだな。ヒューやソフィアの目に入ったら大変だ」

「親馬鹿ですね」

「うるさい」


 面倒くさそうに、影の一つがパチンと指を鳴らした。


 何かを想う間も与えられず、アグロスはこの世から蒸発した。


ブックマーク、評価、感想、いいね! 等、いつもありがとうございます!


アグロスとの戦い、終わりました。

ルカ君、また全裸でしたね(笑)

イケメンだから許してください。


アグロスことカザル氏の故郷は、旧アルバトロス領にあります。

王様と忠臣にあっさりと消されて終わったアグロス。

安らかにお休みください。


さて、次回は戦いの後片付けです。

最後までお付き合いいただけると幸いです!



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