(番外編) 夢のしずく ー決戦 憑依ー
グラン達の相手をしながら、アグロスは機会を待っていた。
この屋敷内の事は、どこにいても手に取るように分かる。
今、地下牢にフロイアが来ている。
それも、かなり上質な魔術師になって。
そしてフロイアの中に先程出会った『異世界の魔族』の気配を感じた。フロイアにかけた従属の魔法を封じたのは、あの男だと確信した。
(素晴らしい)
笑いが止まらない。エドワードを生かしておいたことが僥倖に繋がった。
あの男に『闇の檻』が通じず、逃げられた時はショックを受けたが、おかげでフロイアを呼び寄せることができた。フロイアは必死でエドワードを治療している。フロイアの魔力量は多くなく、すぐに力尽きるだろう。そして恐らく、あの男はエドワードとフロイアを見捨てることができない。
罠だと分かっていても、現れるに違いない。
そう思ったからこそ、アグロスはフロイアの侵入を許し、わざと治療させた。そして、フロイアの従属魔法を解除した。フロイアの魔脈を縛っていた術が無くなったことで、フロイアの魔脈は飛躍的に成長するはずだ。
期待通り、フロイアは赤子の様に魔脈を広げていった。命を削っているとも気付かずに。
「……ロイ……ア」
ようやく、エドワードが目を覚ました。
その瞬間、もう一つの気配が地下牢に出現した。
(くくく……時間稼ぎは終わりだ!!)
頃合いを見計らって、アグロスはわざとパメラの『聖なる牢獄』に捕らえられた。
「観念するがいい! 『聖なる剣雨』!!」
「『聖なる鉄槌』!!」
グランとパメラの攻撃を一身に受けながら、アグロスは歪に笑った。
この体には、もう用がない。
極上の体が2体もいるのだから。
あっさりと100年使った体を放棄して、アグロスの魂は異界の穴を通じて地下に転移した。
穴の真下に、久々に対面するフロイアの美しい肉体があった。
「フロイア! 逃げて!!」
「遅い!」
あの男……ルカがフロイアを逃がすより早く、アグロスはフロイアに触れた。一瞬でフロイアの中に潜り込む。予想通り、魔力の枯渇したフロイアの体は砂漠が水を吸う様に、アグロスと『何か』を取り込んでいく。
「フハハハハハ! 良い、実に良い!」
フロイアの姿で、アグロスが豪快に笑う。アグロスは、新しい肉体を得た喜びを爆発させた。発散された感情は、そのまま魔力の塊となって頭上へと放たれた。
地下から天に向かって、サルナーンの屋敷が崩壊していく。
アグロスは『何か』をドレスのように身に纏いながら、地上へと昇っていった。
「フロイア!」
エドワードを両手に抱えて、ルカは後を追った。
屋敷の壁が壊れたおかげで鎖が外れ、エドワードを脱出させられたのは幸いだった。だが、エドワードは驚くほど軽い。まだ20代前半にも関わらず、老人のように枯れてしまっている。意識は取り戻したようだが、このままではすぐに力尽きるだろう。そうでなくても、アグロスが一言「死ね」と呟けば、簡単に死んでしまう状態なのだ。
「サラ! サラ! エドワードが死んでしまう!」
地上まで辿り着いた先でサラの姿を見付け、ルカは思わず叫んだ。地上はすでに瓦礫の山となっており、サラは従魔達を駆使しながら怪我人を救出している最中だった。
「ルカ!? 早くこっちに……きゃあ!」
「サラ!」
サラがルカに気を取られた隙を突いて、アグロスが『何か』を放った。間一髪のところで、パメラが『聖なる土壁』を発動し、サラ達を守った。だが、今度はそのパメラ目掛けて『何か』が襲来した。
「させるか! 『炎の大蛇』!」
「うっ!」
グランの魔術が『何か』を飲み込む。が、僅かに間に合わず、パメラは左の手首から先を失った。
「きゃあああ! パルマのお母さん!!」
悲鳴を上げながら、サラはパメラに駆け寄った。
全力で治癒魔法をかけるが、消失した左手は戻らないだろう。せめてこれ以上傷口から『何か』が侵入しないように、死ぬ気で結界を張るしかない。
くっ、とルカは唸った。
サラはパメラの治療で頭も心も目いっぱいだ。グランもアグロスを逃がすまいと奮闘している。ヒーローズは医者だが、魔による疾病は管轄外だろう。他の魔術師達も、自分達の身を守るのに必死だ。
だとしたら、エドワードを救えるのは自分しかいない。
「エドワード。気持ち悪いかもしれないけど、我慢してね」
覚悟を決めると、ルカはエドワードをサラの張った結界の内側に寝かせた。一息吐いて、自分の右手を溶かしながら彼の口にねじ込んだ。
うう、とエドワードが嘔吐くが、無理やり喉の奥に流し込む。ロイやフロイアにしたように、自分の体の一部を取り込ませているのだ。
これは、賭けだ。
エドワードの体は強い魔力には耐えられない。だが、フロイアの治療のおかげで魔脈が修復された今なら、ほんの少し取り込むくらいは出来るかもしれない。そして僅かでもルカを受け入れてくれたなら、内側からアグロスの魔術と戦える。
(あ……)
じわっと、エドワードの体が熱を帯びた。
ルカは自分の一部がエドワードに取り込まれるのと同時に、ある『想い』と『記憶』を受け取った。
それは、フロイアに対する深い、深い愛情だった。
フロイアを求めるあまり、エドワードは甘言に乗せられアグロスの奴隷となった。アグロスの術を直に味わったことで、エドワードはアグロスの狂気と、これがフロイアを呼び戻すための罠だと気が付いた。
気が狂いそうなほどの後悔。
せっかくアグロスの呪縛から逃げ、どこかで幸せに生きているかもしれないフロイアが、自分との繋がりのせいで見つかってしまう。
自分が窮地に陥っていることを知れば、彼女はきっと探しにくる。
フロイアを守らなければ。
そのためには、フロイアを望んではいけない。
そう決めたエドワードは、ただの人でありながら『フロイアを守る』という想いだけで、アグロスの命令に抗った。どれだけ拷問を受けようとも、けっして、フロイアとの絆に呼びかけることはしなかった。
そして、壊された。
それから後の記憶は見えない。
ただひたすらに、大切な人の名を呟くだけの廃人となった。
(なんて、なんて人なんだ、エドワード。僕は、あなたを尊敬する)
誇らしい気持ちと愛おしさが湧き上がり、ルカはエドワードを抱きしめた。
「う……フロ……イア……ぐふっ」
「エドワード!!」
急に、エドワードが起き上がった。が、すぐに苦しそうに胸を押え、うずくまった。
「よかった! 上手くいったみたいだ。もう大丈夫だよ、エドワード」
咳き込むエドワードの背中をさすりながら、ルカは安堵の笑顔を見せた。その腕に、ぐっ、とエドワードがしがみついた。ぜえ、ぜえ、と息が荒い。
「どなたかは存じませんが、どうか、どうか私を彼女の元へ」
「!」
彼女、とはもちろんフロイアのことだ。
上空を見上げるエドワードの視線の先に、黒い『何か』を身に纏い、踊る様に命を搾取する麗人が浮かんでいる。
魔王としては未完成だが、明らかに、以前のアグロスよりも威力が増している。
「ぐはっ!!」
「グラン師匠ぉ!!」
グランがアグロスの攻撃に耐えきれず、地面に叩きつけられた。
サラが悲鳴を上げる。
よく見ると、ヒーローズも魔術師団も、サラの従魔達も壊滅状態だ。サラも小さな体で魔力を酷使し続け、とっくに限界を超えている。全く戦闘力のないチュール達に両側から支えられている状態だ。これ以上、新たに従魔を召喚することもできないだろう。
今動けるのは、ルカだけだ。
「ハハハハハ! 実に愉快だ! さあ、あとはお前だけだ『異世界の魔族』よ。フロイアの容量ではここに居る全ては吸収できないからな。お前の体をもらうぞ」
「何を……はうっ!!」
ドクン、とルカの核が疼いた。
ルカの一部はフロイアとエドワードの中に居る。その繋がりを利用して、アグロスがルカの中に侵入しようとしていた。
(初めから、これが狙いだったのか……!?)
これは駄目だ、とルカが絶望しかけたその時、ルカの金色の核が眩く光った。
(ルカ! しっかりして!! ルカは私の従魔でしょ! アグロスが付け入る隙なんか無いんだから!!)
「! サラ!」
胸の内側から呼びかけられる声に、はっ、とルカは顔を上げた。サラの濃紺の瞳が力強く輝いている。
(そうだ、僕の体はサラの物。お前なんかにあげないよ、アグロス)
ルカはキュッと形の良い唇を噛んだ。
「アグロス! 僕が欲しければ、そんな間接的なやり方では不可能だ! 直接奪いに来い!」
ルカはエドワードを抱き上げると、アグロスに向かって叫んだ。
アグロスは一瞬ぽかんと目を瞬かせ、次の瞬間、大輪の華が弾ける様に笑った。
「アハハハハハ! なんだ、なんだ? エドワードと心中でもするつもりか!? いいだろう。望み通り、まとめて取り込んでやるよ! 愛しいフロイアの手でな!」
アグロスが『何か』で作った剣を握りしめ、ルカとエドワードに向かって急降下を始めた。
「ルカ!? 逃げて!!」
サラが叫ぶが、あえて無視する。
主人の命令に逆らってでも、ルカにはやるべきことがあった。
「エドワード! あとは頼んだよ!!」
アグロスの剣が体に触れる寸前……ルカは、核を残して消えた。
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今回はちょっと詰め込み過ぎた感があります。
んー。もっと文章が上手く書けるようになりたいです。
どうしたらいいいのでしょう??永遠に悩みそうです。
さて、決戦は次話で終わりますが、夢のしずく編はもう少し続きます。
だって、まだロイ君2歳にもなってませんし(笑)
というか、ロイ君今どこ!?




