(番外編) 夢のしずく ー再会ー
サラ達が正面突破を決行している間、フロイアはロイを抱いて屋敷の裏手に回っていた。
ここには、一部の使用人しか知らない秘密の入り口がある。
屋敷から少し離れているためか、奴隷が一人で見張っているだけだった。生気のない綺麗な顔をした男がチラリとフロイアを見た。だが、自分と同じ奴隷だと気付くと何も言わず道を開けた。フロイアは男の横を抜け、藪に隠された扉に手を置くと、「エル・ソ・フィラ」と唱えた。アグロスの故郷の言葉で「扉よ開け」という意味らしい。アグロスの奴隷だけが使える呪文だ。
フロイアとロイが中に入ると、扉はすぐに閉じた。中は真っ暗で、僅かな光も無い。だが、闇の精霊であるロイと精霊に守られたフロイアには全く問題にならなかった。むしろ他の生物を拒絶するかのような絶対的な闇が、二人には心地良い。
細い通路を走り抜け、あっという間に地下に繋がる階段まで辿り着いた。
この先に、エドワードがいるはずだ。
「ロイ、ここに居て。闇が守ってくれるから」
フロイアは、ギュッとロイを抱きしめた。
本当はロイは診療所に置いてくるつもりだった。転移するグランに慌てて手を伸ばしたため、しがみついていたロイを引き離すタイミングが無かったのだ。
ロイは泣きそうな顔で、イヤイヤと顔を横に振った。
「母上と一緒に行く」
「だめよ。だめなの。お願い。いい子にしてて?」
膝を突き、愛する我が子の額にキスをした。もう一度だけギュッと抱きしめ、そっと手を離す。
フロイアは涙を堪え立ち上がると、闇に向かって「ロイを守ってね」と呟き、階段を駆け下りた。ロイの泣き声が聞こえたが、振り返らない。ロイと同じくらい大切な人が、死にかけているのだ。一刻も早く会いたかった。
(エドワード様)
愛しい、愛しいエドワード。
幼い頃からサルナーンから虐待を受けていたフロイアにとって、エドワードは唯一の光だった。何度捕まっても、その度に助けてくれた。蕩ける様な優しい笑みに、どれほど救われたことだろう。初めて体を重ねた時、このまま時が止まってくれたらいいのにと本気で思った。
貴族と奴隷。
けして祝福されることは無いと分かっていても、エドワードを愛する気持ちだけは自由でありたかった。そしてその気持ちと同じくらい、エドワードにも自由でいて欲しかった。だから、エドワードが貴族のしきたりとして政略結婚をした時も、笑顔で背中を押した。腹に何かが宿っていると気付いた時は、黙って逃げた。相談すれば、きっとエドワードはフロイアを匿い、生まれた『何か』ごと守ってくれただろう。『何か』が魔物だったとしても、あの優しい笑顔で愛してくれたかもしれない。
でもそれは、エドワードから『普通の幸せ』を奪うことになる。
だから、一人で産むと決めたのだ。
エドワードを不幸にするくらいなら、フロイアはどんな孤独にも、痛みにも、苦しみにも耐えるつもりだった。
なのに。
「エドワード様……!?」
一番奥の牢屋の前で、フロイアは小さく悲鳴を上げた。
誰よりも大切で愛しい人は、鎖に繋がれ粗末なベッドに横たわっていた。虚ろな目で、口から泡を吐きながら、もごもごと何かを言っているように見える。
(闇の精霊よ、お願い。牢屋を開けて!)
フロイアが祈ると、ガチャリと鍵が開いた。
フロイアは「あああぁ」と嗚咽を漏らしながら、エドワードの胸に飛びこんだ。エドワードに触れて、初めて彼がアグロスの奴隷にされていることに気が付いた。
「酷い……!」
フロイアの目から大粒の涙が零れた。
アグロスの罠だとしても構わない。
この優しい人をこんな姿のまま一人で死なせたくない。
「エドワード様……! フロイアです。フロイアです。エドワード様!!」
フロイアの必死の呼びかけにも、エドワードは虚空を見上げたまま反応しない。
だが、分かってしまった。
命が果てようとしている間際でも、エドワードがフロイアの名を呼び続けていることに。
「ああ! ああ! 私はここです!」
馬鹿だった。
エドワードは、どんな時でもフロイアを探し、見付けてくれる王子様だった。急にいなくなった自分を、この人が探さなかったはずがないのだ。
(諦めてくれれば良かったのに……! あなたには、家庭があるでしょう……!?)
馬鹿な人。
フロイアを守るために鍛えた体は骨と皮だけになり、精悍な顔立ちは見る影もない。いったい、どれほどの試練と戦ってきたのだろう。
フロイアの胸に愛しさが溢れてくる。
どんな惨めな姿でも、エドワードはエドワードだ。フロイアだけの、王子様だ。
「愛しています……愛しています。あなた」
子供がいると知ったら、捨てられるだろうか。でも、それでもいい。もう二度と、会えなくてもいい。
命に代えてでも、この人を救いたい。
(あなたは私の、全てだから……!)
万感の想いを籠めて、フロイアは治癒魔法を放った。いつかエドワードの役に立てるかもしれないと、必死で覚えた魔法だ。
破壊された魔脈を一本一本縫う様に繋げていくような、緻密で、気の遠くなるような作業が続く。5分も経たないうちに、たらり、と鼻から血が流れてきた。魔術師となって間もないフロイアの魔力は、そう多くない。早くも魔力切れの症状が現れ始めていた。
(耐えて、フロイア! エドワード様が受けた苦痛は、こんなものじゃないわ)
自分自身を鼓舞しながら、フロイアは治癒魔法をかけ続けた。
エドワードの顔色が少しずつ良くなるにつれ、いっそう気合が入る。今まで眠っていた魔脈が目覚めていくような不思議な感覚を味わいながら、フロイアはエドワードに生気を吹き込んでいった。
―――もし。
ここにサラやグランがいれば、違和感に気付けていたかもしれない。
なぜ、エドワードの元にすんなり辿り着けたのか。
なぜ、エドワードの治療が許されたのか。
なぜ……フロイアの従属の魔法が解除されているのか。
「……ロイ……ア」
何度目かの「ヒール」を唱えた時、エドワードの息に声が乗った。
そして。
「エドワード様!」
歓喜に目を輝かせたフロイアの頭上に……『穴』が開いた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます!
感謝しております。
この【番外編 夢のしずく】編は少し長めですが、
これが終わったらひとまず『転生したら乙女ゲームのヒロインだったけど、一人で魔王を倒します』は完結したいと思います。
いくらでも番外編が書けそうでずっと連載していましたが、「これ、キリがなくない?」とようやく気が付きまして(笑)
一旦、終わらせたいと思います。
さて、終わりに向けて、頑張っていきます!
応援していただけると嬉しいです。




