(番外編) 夢のしずく ー決戦1ー
「!?」
全身の魔脈が、泥水で穢されるような感覚が走る。
突然の不快感に、ルカはエドワードから手を離した。
振り返った先にいたのは、歪に笑う浅黒い肌の男だった。
初対面だが、ルカは彼を良く知っている。
ロイの記憶の一番暗い所に沁みついて消えなかった男の一人。そして、サラが『共感と共有』の力を初めて使った相手だ。サラの記憶の深い場所で、ポツンと佇む憐れな男。
「君は……カザルだね?」
「!?」
ルカからの問いに、今度はアグロスが身を強張らせた。
従属の魔法が効かないばかりか、本名を呼ばれたのだ。その衝撃は測り知れない。アグロスの一瞬の隙を、ルカは逃さない。
「エドワード、また来る!」
一瞬だけエドワードの髪に触れ、ルカはサラの元に戻った。
「ルカ!? どしたの!?」
前触れもなく苦し気なルカが目の前に現れ、サラは読んでいた本を放り投げた。同じ部屋で遊んでいたロイとフロイアも目を見開いている。
「サラ、アグロスが動いた」
間一髪のところで逃れることが出来たが、「シャラ」ではなく「サラ」と言っていることにも気付かない程、ルカは混乱していた。
アグロスの名を聞いて、フロイアが身を強張らせる。そんな母をロイが不安そうに抱きしめた。
「アグロスが!? どうして? まだ先のはず」
「エドワードが捕まってた。たぶん、フロイアを呼び戻すための餌だ」
「私を……!? エドワード様はご無事ですか!?」
「……ごめん。一緒に逃げられれば良かったんだけど」
「そんな……」
がくっ、とフロイアが膝を突いた。
エドワードは妻子に囲まれ幸せに暮らしていると信じていたフロイアにとっては、青天の霹靂だ。
「ごめんね」
蒼白な顔で、ルカが繰り返した。
本当はエドワードも連れてきたかったのだが、ルカは転移が使えない。それに、アグロスは格上の相手だ。接してみて、自分では敵わないと肌で感じた。サラとの繋がりがなければ、従属の魔法に縛られ身体を乗っ取られていただろう。
大丈夫、大丈夫、とサラがルカの頭を抱きしめる。サラの温もりを感じて、ルカの胸にじわじわと恐怖心が実感を伴ってきた。
「サラ。既にサルナーンの屋敷の者はアグロスの奴隷になってた。地下にいる子達は無事みたいだったけど、僕が逃げたことでアグロスがどう出るか分からない。一刻も早く決着をつけたほうがいいと思う」
「分かった! グラン師匠に伝えるから、ルカ、休んで? 酷い顔よ。よほど怖い目にあったのね」
「うん。あれは酷い魔法だ。サラの従魔じゃなければ、やられてた」
「もう大丈夫よ。大丈夫」
サラがもう一度「大丈夫」を繰り返した時だった。
ルカと同じくらい蒼白な顔のグランが転移で戻って来た。
「シャラとヒーローズはおるかの!?」
「グラン師匠! どしたの!?」
「おお、シャラ。ルカも戻っておるな。アグロスとかいう魔族が、本性を現しおった。今、レダコート王国魔術師団とワシの一族が対応しておるが、戦力が足りん! アグロスめ、軍隊を育成しておったようじゃ」
アグロスがルカに『闇の檻』を使った時、グランは王都で魔術師団と話をしていた。ビトレール領の方角から歪な魔力の流れを感じたグランと魔術師団の一部は、転移ができる者を中心に速やかに戦地へと向かった。転移が出来ない者は事前にビトレール領の近くに潜ませており、すぐに合流する手筈になっている。
レダコート王国魔術団が迅速に行動できたのには訳がある。
パルマの母パメラに、事前にアグロスの事を伝えていたのだ。パメラは魔術師団長に復帰した後、秘密裏にアグロスと戦う準備を進めていた。
王都にあるアグロスの屋敷には、パルマ(4歳)の指揮によって『梟』達が向かっているだろう。
グランが転移した時には既に、サルナーンの屋敷の上空には『何か』が蠢いていた。
グランは屋敷でルカに起こった事を知らないが、魔族が一気に『魔王』になろうとしているのは分かった。
まずい、とグランは眉を寄せた。
『何か』を操る魔族や魔王とは何度も戦ったことがある。『何か』は襲った相手から魔力を奪う。今、この周辺には大勢の魔術師やエルフがいる。アグロスには、全員が餌に見えているだろう。
一気に倒さねば、取り返しのつかない事になる。そう判断したグランは、現場の指揮をパメラに任せ、サラとヒーローズを呼びに来たのだった。
「グラン師匠、何があったのですか!?」
グランがサラと話していると、騒ぎを聞きつけた三人組が部屋に飛び込んできた。グランが手短に状況を説明すると、三人はすぐに理解し戦闘態勢を整えた。グランはシャラを腕に抱え、三人組に自分の体に触れるように指示する。ルカは一旦、待機だ。
「待ってください! 私も行きます!」
転移する直前、フロイアがグランの腕を掴んだ。
「フロイア! なんで付いてきたんじゃ! ……ロイまで!!」
転移して早々、思わずグランがフロイアに怒鳴った。
フロイアは優秀な治療術師だが、身を守る術がない。ましてや、まだ二歳にもならないロイまで引っ付いてきてしまった。状況の分かっていないロイは、大好きな「ぐらんじいちゃ」に怒鳴られて泣きそうになっている。
「グラン様! 屋敷は包囲しましたが、守りが固く侵入できません。……その方たちは?」
グラン一行の元に、パメラが駆け寄った。滅多なことで動揺しないパメラだが、グランが非戦闘員の女性と子供二人を連れてきたことに驚いた様子をみせた。
「シャラは規格外の魔力容量がある子供じゃ。相手の魔力をドレインしてもらえば戦闘が楽になる。こっちの二人は……予定外じゃ!」
「承知しました。では、そちらの二人は後ろに下がっていてください。グラン様と、シャラ様、そして私で中央突破しましょう。他の者達で、アグロスに操られている魔術師の相手をします」
パメラの提案に、グランは「うむ」と頷いた。あらかじめ、大まかな作戦パターンは決めている。今回は、最高戦力で一点突破する作戦だ。アグロスが倒れれば、従属の魔法は解け、周りの戦力は無力化する。アグロスが魔王化する前に、いかに速やかに倒せるかが鍵だ。
「それがよかろう。ワシが連れてきたこの三人もそこそこ役に立つ。ヒーローズよ、修行の成果の見せ所じゃ!」
「「「YES,SIR!」」」
「みんな、気を付けてね! アグロスは、本当に怖いからね!?」
「Ha-Ha! 任せろ、シャラ!」
「シャラ、君こそ無理しないでね?」
「シャラ、お兄ちゃん達の活躍、ちゃんと見ててね?」
「分かった! 頑張れ、頑張れ、ヒーローズ!」
「「「YEAH!」」」
三人組を上手く調子に乗せてから、サラはグランの肩によじ登った。
聖女の力もなく、魔力が少ししか貯まっていないサラが使える戦法は多くない。だが、逆に巨大な魔力容量に空きがあるからこそ有効な手段がある。それが、ドレインだ。相手の魔力を吸収し、自分の魔力に返還する闇魔法である。かつてソフィアが得意としていた魔術だ。
この日のために、サラはグランの指導の下、ドレインを猛特訓していたのだ。
「シャラ! ドレインで中央に穴を開けろ! オースティンとネイソンは援護射撃、デュオンはワシらに付いてこい!」
「「「YES,SIR!」」」
「いっくよおぉ! 出陣じゃああ!!」
「「「おおう!」」」
何故かサラが号令を出して、一斉に戦況が動き出した。
狙うは、アグロス。
魔族以上、魔王未満の、奴隷商人である。
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ルカ氏は非戦闘員ですが、魔物としては魔族並みの力量です。
ロイといい、ルカといい、アグロス氏は意外と面食いなのかも(笑)
上手くまとめられるか心配ですが、決戦、頑張ります!
次は、フロイアとエドワードのターンです。応援お願いします!!




