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(番外編) 夢のしずく ーエドワードー

 ロイが生まれて1年半が過ぎた。

 ロイはすっかり大きくなり、サラよりもお兄ちゃんに見える。だが、知能と体の発達と比らべ心の成長は遅れており、泣き虫で甘えん坊のままである。もっとも、比較対象が実年齢90歳越えのサラなので、ロイが普通なのかもしれない。


「シャラおねえちゃん。かくれんぼしよう!」

「うっそだあ。ロイったら、今日も奇跡の可愛さ……!」


 ロイの可愛さにメロメロになりながら、サラはロイの手を引いた。ロイは嬉しそうにニコニコ笑いながら、サラの後を付いてくる。

 こういう時のロイの表情を見ていると、エドワードの笑顔が思い出された。目を細めて愛おしそうに微笑む表情が、昔も今も、そっくりである。血の繋がりどころか、今のロイはエドワードに会ったことすらないというのに、不思議なものだ。


 本来なら、ロイを育てるのはエドワードの役目だった。暗い教会の地下に隠しながら、大事に大事に愛を注いだエドワード。その時の想い出があったからこそ、ロイは記憶を取り戻し、サルナーンの元から逃げることができたのだ。


 今のロイは、母とたくさんの人の愛情に包まれ、伸び伸びと育っている。成長速度や、暗い所が好きなところを除けば、普通の子供と何ら変わらない。よく笑い、よく遊び、よく食べる、元気いっぱいの少年だ。

 このままアグロスやサルナーンと関わることなく生きていければ、それなりに長生きできるだろう。


(だけど……)


 ロイの笑顔を見ていると、サラは不意に泣きたくなる時がある。


 今の幸せの中には、エドワードがいない。

 あれほどロイを愛しロイに愛された人がいないなど、一番大事なピースが欠けたパズルのようだ。


 そう感じているは、サラだけではない。

 フロイアは毎晩、ロイの耳の後ろのホクロに口付けしながら泣いている。エドワードと同じところにある、小さなホクロだ。

 ルカも時折、レダコート王国の方角を見つめて祈りを捧げている。サラは一度だけ、何を祈っているのか訊いたことがある。ルカは「エドワードの健康と幸せを」と答えた。


(一刻も早くアグロスとサルナーンを倒し、父と子が一緒に暮らせるようにしてあげたい)


 それが、サラの今一番の願いだ。


「師匠ぉ。まだアグロス倒すの難しいかなぁ……」


 ある晩、サラはグランに話を切り出した。部屋にいるのはグランとサラ、そしてルカの三人だけだ。

 グランはワインの注がれたグラスをテーブルに置くと、「うーむ」と唸った。


 サラや三人組の成長は著しく、A~S級の魔物にも引けを取らないまでになった。ルカはサラの成長に合わせて魔力が上がっているし、フロイアも充分に治癒魔術師として活躍できるだろう。

 以前借りを作っておいたレダコート王国魔術師団も、ハノス王国との示談が無事に成立し、すぐにでも動ける状態だ。グランが手を貸したとはいえ、中位魔族を軽い一撃で仕留めたパメラの実力はS~SSランクで通用するだろう。その他の魔術師達も粒ぞろいで、さすがは大陸一の大国レダコートの魔術師団といえる。


 だが、相手は高位魔族。

 しかも、今以上の器さえ手に入れば魔王になり得る実力者だ。

 正直なところ、これまで四人の魔王と対峙したことのあるグランでさえ、どれ程の戦力を揃えれば太刀打ちできるのか想像がつかない。一言に『魔王』と言っても、実力差が天と地ほどもあるのだ。


 現在、既に西の旧アルバトロス王国に魔王が誕生しているが、過去にも魔王が複数出現した例はある。アルバトロス王国の魔王はまだ幼子だが、かなり古代エルフに近い南のエルフだと聞いている。おそらく過去に類を見ないほど強力な器だ。その側近の高位魔族でさえ、並みの魔王ほどの力があると言われている。

 西の魔王の勢力がアグロスを消してくれれば一番楽なのだが、幼い魔王が成長するまでは大きな動きはみせないだろう。

 一方で、アグロスが今後魔王として君臨するには、このエルフの魔王が成長する前に覚醒して力を付ける必要がある。おそらく、アグロスは焦っている。今この瞬間も、サルナーンの趣味と財力を利用し、世界中から才能のある者を掻き集めていることだろう。グランの孫が攫われたのも、器集めの一環だったのかもしれない。


「できるだけ早く、アグロスを何とかしたいよぅ」

「分かっておるわい」


 グランはぐずるサラの頭を撫でた。


 既に多くの命が、アグロスの犠牲になっている。アグロスを止めることができるのは、正体を知る自分達だけだ。


「一応、ワシの一族に『いつでも戦う準備をしておけ』とは言っておる。ワシが声をかければエルフの戦士が10人は来る予定じゃ。とはいえ、戦う場所やタイミングを考えねばな。下手をすれば、レダコート王国が壊滅してしまうわい。一度、レダコートに様子を見に行くかのぅ……」


 ふう、と珍しくグランがため息を吐いた。

 すると、ズバッ、とサラが勢いよく手を挙げた。 


「私も行く!!」

「駄目じゃ。お前さんの潜在能力は大魔術師並みじゃが、まだ子供じゃ。初期魔法は使えても、大魔法を使うだけの魔力が貯まっておらんじゃろ」

「うっ。ごもっともです」


 しゅん、と手を下げたサラに代わって、ルカが挙手した。


「なら、シャラの代わりに僕が行くよ。少し、気になっていることがあるんだ」

「そうか。ルカなら安心じゃな。では、ルカにはサルナーンの屋敷を探ってもらおうか。ワシはクライス公爵夫人に面会しよう。そう言えば、今生のレダスも4歳くらいか。そろそろ話が出来るかもしれんな。知恵を借りるとするか」

「今生のレダス!? パルマ!? パルマ大好き! 会いたい!」

「駄目じゃろ」

「そうでした」


 再びサラがしゅんと肩を落とした。


 翌日、グランとルカが旅立った。

 ルカは転移が使えない。世界中の何処にいても(時間すら超えて)サラの元へは行けるのだが、それ以外の場所に自由に行くことはできないのだ。そのため、一旦グランはルカを伴ってビトレール領の近くに転移してから、王都に行く必要があった。


「……なんじゃ、これは」 


 ビトレール領から山一つ越えた先の村に降りて、グランが顔をしかめた。ルカも辺り一帯に漂う異様な瘴気に気付き、口元を手で覆った。村人のほとんどは平素と変わらぬ様子だが、魔力に敏感な者は体調に異常をきたしているだろう。


 サラの話では、アグロスが本性を現すのは6年ほど先のはずだ。それも、ロイという優れた器があってこその話だ。

 フロイアを助けたことで、何かが大きく変わったのだろうか。


「グラン様。急いだ方がいいかもしれません」

「そうじゃな。ルカ、無理はするなよ?」

「大丈夫です。いざとなったらシャラの所に戻ります」

「ふむ。またな」


 手短に別れを告げて、グランは王都へと転移していった。

 ルカは冒険者を装いながら、村人に話を聞いて回った。ルカの美貌の効果もあり、主に女性陣から有用な情報を得ることができた。


 それによると、一年半ほど前から、ビトレール子爵家の子息エドワードが消息を絶っているらしい。また、この半年ほど、奴隷商人の馬車が以前よりも頻繁に子爵領に出入りするようになったそうだ。


「この間、旅人の楽師さんがね『ビトレール子爵は何か良からぬ実験をしているのではないか』って言ってたのよ。ここはお屋敷からは遠いけど、子爵領の隣でしょう? 怖いったらありゃしないよ」

「そうですか……お仕事中、お邪魔しました」


 いいのよイケメンだから、と手を振る中年女性に礼を言って、ルカはビトレール領へ向けて走り出した。


 悪い予感に、存在しないはずの心臓が締め付けられる。


 ルカはずっと、エドワードの安否が気になっていた。

 以前の世界では、エドワードはフロイアを見付けるためにサルナーンとアグロスの力を借りた。

 今の世界でも、エドワードはフロイアを探したに違いない。だが、フロイアとアグロスの絆は精霊とルカが封じており、見付けることができなかっただろう。


 きっと、エドワードは今でも生死も分からぬフロイアを探し続けているはずだ。

 何年も、何年も、ロイを探し続けたように。


「エドワード……何処にいるんだい?」


 ルカは目を閉じて、懐かしい気配を探った。

 ロイの一部だったルカにとって、エドワードは特別な存在だった。かつての妻や、大好きな村人達を思い出させてくれる、父の様な存在だ。


 守りたい、と思っていた。

 ロイの代わりに、親孝行をするのだと心に決めていた。


 だからこそ。


「……!!」


 ようやく彼を見付けた時、あまりの衝撃に言葉を失った。


 薄暗い子爵家の地下室。

 首を鎖に繋がれたエドワードは……すでに廃人と化していた。


ブックマーク、評価、感想、いいね、等、いつもありがとうございます!

励みになってます。


順風満帆に見えたサラの回帰ですが、思わぬシワ寄せがあの方に……

なんかもう、私の中でエドワード氏はヒロインです(笑)

グラン師匠! ちゃちゃっとエドワードを救ってください!

ということで、次回はエドワード救出作戦&打倒アグロスになります。


次回もお付き合いいただければ幸いです。

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