(番外編) 夢のしずく ーロイの誕生ー
サフラン大陸は、レダコート王国があるエウロパ大陸の海を挟んだ先にある。
西のルドラス、南のアデル、東のガイモン、そして、中央および北を支配するハミルトンの4つの王国から成り、寒さが厳しく、夜の長いことで知られている。
バンパイアをはじめとする魔物の多い土地としても有名で、他大陸から好んで移住する者は少ない。
ルカが300年間も囚われていた、通称『ルカ湖』を有する場所でもある。
サラの狙いは、この時すでに『この世界に存在しているはずの三人組』に会う事だった。
フロイアに今一番必要なのは、安心して子供を産める環境だ。最初はエルジア王国を頼ることも考えたが、エルフ達は異種族を嫌がる傾向がある。子供で人間のサラだけなら受け入れてもらえるだろうが、『ギャプ・ロスの精』を宿したフロイアと、魔物であるルカやグリフォンの安全が保障されるとは到底思えなかった。
そこで考えたのが、デュオンを頼ることだった。
できるだけ知り合いは避けようと思っていたが、この当時のデュオンはこの世界に転移して間もなく、二人の仲間も生きているはずである。21世紀の医療関係者が三人もいるのだ。これほど心強いことはない。しかも、異世界から来た彼らにとっては、精霊も魔物もエルフもドワーフも獣人も「人間ではない種族」と言う意味で同じであり、偏見はない。父のいない子供を宿したフロイアのことも「この世界では、そういう事があるんだな」と、あっさり受け入れてくれるだろう。むしろ、陽気なアメリカン男子達のことだ。数奇な運命に翻弄される美少女を救おうと、奮闘してくれるはずだ。
そんな期待を胸に、サラ一行は途中で何度か陸に降りて休みながら、2週間かけてサフラン大陸の西、ルドラス王国に辿り着いた。グリフォンや古代龍での飛行に慣れているサラとは違い、初めての空の旅を体験したフロイアは終始興奮状態であったが、精霊やルカが風や寒さの影響を受けないように尽力してくれたため、母児共に元気そうである。
サラはデュオンから聞いた記憶を頼りに、異世界転移をしてからの5年間を過ごしたというスタン子爵の屋敷を訪ねた。
サラ一行の見た目が非常に麗しかったことや、妊婦と幼児連れということもあり、スタン子爵は簡単な問答をしただけであっさりと三人組に会わせてくれた。
サラの期待通り、ルカからフロイアの事情を聴いた三人は、大いに驚き、奮い立った。
特にフロイアが奴隷として長い間虐待を受けていたことを知ると、黒人であるネイソンは自分の事の様に悲しみ、涙を流した。そんな仲間の様子を見て、デュオンもオースティンも「絶対にフロイアと子供を助ける」と決意した。
主治医は産科の経験もあるオースティンが務めることになり、フロイアのために風通しの良い明るい部屋と、妊婦に最適な栄養価の高い食事を用意してくれた。この時代のこの世界では、考えられない程の待遇である。案の定、良からぬ噂をする者が続出したが、フロイアの耳に届かぬよう細心の注意を払い、サラもルカも三人組も努めて明るく振舞った。
その甲斐あってか、フロイアは以前よりも肌艶が良くなり、笑顔も増えた。
それでも時折、エドワードを思い出して泣くことがあった。サラはその度にフロイアの布団に潜りこみ、ギュッと背中を抱きしめ子守唄を歌った。拙くて、音程もめちゃくちゃで、すぐに息が切れてしまうけど、それでも一生懸命に歌う。何があっても、あなたの幸せを願っているよ、と。
◇◇◇◇
ルドラス王国での暮らしは想像以上に快適だった。
フロイアもここが気に入ったらしく、スタン子爵との交渉の結果、ロイが少し大きくなるまで、ここに住まわせてもらえることになった。
かといって、ただ飯を喰う訳にはいかず、ルカは治療費と滞在費を稼ぐために、隣りのハミルトン王国の冒険者ギルドに登録しクエストをこなしている。ここルドラス王国にもギルドはあるが、わざわざハミルトン王国まで行ったことには理由がある。ハミルトン王国はバンパイアの国であり、国際的には正式なギルドとして認められていない。そのため、「ちょっと訳あり」な人物でもギルドに登録することが可能なのだ。
魔物であるルカが登録できるかは賭けであったが、見た目が完全に人間であることや、魔物特有の禍々しさが一切ないこと、また、ルカ自身の性格が非常に人間的であったことから、特に疑われることも無くあっさり登録できた。
現在、『美しすぎるテイマー』として活躍中である。もちろん、ルカが使っている従魔はサラが召喚したものであるが、サラの夫ロイの一部であったルカのことを『主人の片割れ』と認識しているらしく、従魔達はみなルカに協力的であった。
また、スタン子爵の三女カドレアが、年の近いフロイアのことを何かと気にかけ、診療所と屋敷を行き来するうちにオースティンと恋仲になった。初めは女たらしのオースティンを警戒していたカドレアだったが、真摯に患者と向き合う様子を目の当たりにして心が動いたらしい。まだスタン子爵には内緒にしているが、折をみて交際の許可を得る予定だそうだ。
サラ達が現れたことによる、良い変化の一つといえる。
幼児サラも三人組から大いに可愛がられ、「中身は90歳過ぎた老婆です。ごめんなさい」と心の中で土下座しながら、ハンサムなメンズたちにおんぶや抱っこされる逆ハーレム状態を満喫している。みな、サラが可愛くて仕方がないらしく、先を争って遊んでくれる。
ルカの笑顔が心なしか引きつっている気がするが、気にしてはいけない。
サラは、記憶にあるより少しだけ若いデュオンが仲間達と笑顔でふざけ合う様子がたまらなく嬉しかった。
サラの知るデュオンは知性溢れる大人だが、いつも笑顔に陰りがあった。今のデュオンの屈託のない笑顔を見ていると、仲間を失った寂しさと後悔がどれほど深いものであったのかが想像できる。
フロイアに適切な医療を受けさせたくてここまで来たが、デュオン達がバンパイアにならなくて済むよう、全力を尽くすことをサラは心に誓った。
―――そうして何事もなく一カ月が過ぎたある日、フロイアに陣痛が始まった。
この世界では分娩に男性が立ち会うことは禁忌とされていたため、オースティンやデュオンから指導を受けた産婆達が代わる代わる出産に立ち会った。元々献身的な性格であるカドレアも、貴族の娘でありながら積極的に手を貸してくれた。
また、魔力容量の高い赤ん坊が生まれる際に母親や周囲の者の魔力を吸い取ってしまう問題については、あらかじめ精霊達がロイの魔脈を閉じておくことで解決している。
ドタバタと大人達が右往左往する間、サラはフロイアとロイの無事を祈った。
この日ために過去に戻ったのだ。
(絶対に、絶対に、無事に生まれてきて……ロイ……!!)
そうして陣痛から12時間を超え、辺りが闇に包まれた頃。
「生まれました! 男の子ですわ!」
「母体は無事か!?」
「無事です!!」
わあっ、と子爵家の領地に歓声が上がった。
気が付けば、深夜にも関わらず診療所の周りには人だかりができていた。スタン子爵まで両手を上げて喜んでいる。言葉に出さなくても、みなフロイアやサラ達を受け入れ、心配してくれていたのだ。
「ロイ! ロイ!」
涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、サラは生まれたばかりのロイと、すっかり母親の顔になったフロイアに飛びついた。ふぎゃあ、ふぎゃあと泣くロイは、皺くちゃで、とても可愛かった。
「ふふ。シャラちゃん、名前考えてくれたの?」
「うん! ロイ、ロイって言うろ!」
「ロイ……ロイ。なんて可愛いの」
ぽろり、とフロイアが真珠の涙を零した。
母から始めて名前を呼ばれ、ロイは「ふぎゃあ」と応えた。
頑張ったフロイアも、力を尽くしてくれた大人達も、見守ってくれていた人々も、キラキラと輝く小さなロイも。
全てが温かく、愛おしい。
(ロイ……! みんな、あなたが大好きよ!!)
―――たくさんの愛に包まれて、ロイが生まれた。
サラの知る過去とは、全く別の未来の始まりである。
ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます。
今回は説明が多かったですね。
読みづらくてすみません。
でも、ロイ君が無事に生まれました!
ロイを幸せにできるよう、頑張ります!




