(番外編) 夢のしずく ールカー
守る、と決めたものの、具体的にどうすれば良いのか見当もつかず、サラは途方に暮れた。
まず、課題が多すぎる。
フロイアは奴隷商人アグロスの従属魔法により、サルナーン子爵の奴隷となっている。そのため、世界中の何処に逃げてもいずれ掴まってしまうだろう。
フロイアが無事に出産するためには、『ギャプ・ロスの精』に対する知識と理解があり、ある程度の医療設備が整った環境が必要だ。
さらに、高位魔族並みの力のあるアグロスに対抗できる戦力も必須である。
リーンやリュークの手を借りることが出来れば確実だろうが、本来この世界にいないはずの未来のサラが彼らに会ってもよいものか、悩みどころだ。
サラの胸の内は、この時まだ生きているリーンやシズに会いたい気持ちでいっぱいであるが、それによってこの世界のサラが不幸になることがあっては本末転倒だ。できる限り知り合いとの接触は避けながら、みんながハッピーになれる道を探したい。
そのためには、最大の難関であるアグロスをどうにかするしかない。
アグロスさえ倒すことができれば、フロイアは助かり、ロイは奴隷にならず、グランの孫やシズが死ぬことも無い。
過去にアグロスに共感し意識を共有しサラとしては、アグロス……かつてのカザルという青年に対して憐憫の情を禁じ得ないが、アグロスは数えきれないほどの命を奪い、人々を不幸にした魔族である。
絶対に、放置してはいけない相手だ。
だが、今のサラはただの幼児である。
フロイアが眠っている間に確かめたのだが、簡単な魔法は使えるものの魔力容量が少なく、複雑な魔術を扱うことができなかった。
指先が明るくなる程度の光や火を灯すことはできるが、転移や空間魔法は使えない。攻撃魔法など、もってのほかだ。
そうなると誰かの力を借りないといけないのだが、アグロスを倒すならSSランク以上の冒険者パーティが必須だ。幼児シャラに彼らを雇うだけのコネも金もない。空間魔法が使える様になれば国家予算ほどの貯金を取り出せるのだが、まだまだ先になるだろう。
(……詰んだ)
サラは早くも自分の無力さに絶望し、未来から一緒に転移してきた毛布に包まって泣いた。
このままでは誰も救えない。フロイアのお腹の大きさからして、ロイの誕生は間近だ。
時間が無い。
(ううう。せめて、ロイに詳しいルカが居てくれたら、何かアイデアが湧くかもしれないのに……)
「呼んだ? サラ」
「ふえええええええええええ!!」
急にひょっこり美青年が目の前に現れて、サラは腹の底から悲鳴を上げた。慌てて口を押えて隣を見るが、ルカが防音魔法をかけているのか、フロイアはスヤスヤと寝息を立てていた。
「な、なんれルカがいるろ!? こころこらとおもってるろ!?」
「サラ、念話しようか。何言ってるか聞き取れないよ」
「ひゃい!」
サラが元気よく返事をすると、ルカは春風の様に微笑み、サラを抱き上げて膝に乗せた。
知り合いのいない土地で途方に暮れていたサラの心に、フワッと温もりと元気が蘇る。
(私、召喚は使えるのね!?)
(当たり前じゃない。それより、何でサラ小さいの? 可愛らしいね)
(う、それは……)
サラはこれまでの事や、これからどうしたいのかをルカに語った。ルカはサラの話を聞き終わると、「ちょっと待ってね」と言ったまま考え込んでしまった。
(うわぁ……やっぱり、ルカって凄く綺麗……ロイに負けてない……え? ヤバくね?)
至近距離でルカを見上げる形になってしまい、サラの脳内では盛大な写真撮影会が開催され始めた。
ルカは、地球生まれ地球育ちの魔物である。
ヨーロッパの片田舎で生まれ、村人に愛されて育ち、人間の奥さんを娶った。とある病が原因でルカの村は滅びたが、ルカは廃城の地下で眠りについた。そして、後のバンパイアクイーンとなるコルネという少女と出会い、この世界に辿り着いた。
ルカはサラの従魔になった後、体の一部をロイに取り込ませ、5年余りをロイと共に生きた。ルカがいなければ、ロイはサラと結婚する前に死んでいたかもしれない。
ルカは、ロイの命の恩人であり、ロイとサラの思い出を共有する唯一の人物だ。それだけに、サラのルカに対する感情は、従魔というよりも家族に近い。
(サラ。先に言っておくけど、僕は戦闘向きじゃない。サラの従魔には父ドラゴン様やバンパイアみたいな強力な魔物もいるけど、彼らは呼び出さないほうが良いと思う。今のサラの魔力では体が耐えられないし、父ドラゴン様がこの世界に同時に二匹存在してしまうと、どんな影響が出るか想像がつかない)
(うん。私もそう思う。でも、そうなると戦力が足りないよね)
(そうだね。だからね、僕らでアグロスを倒すのは止めた方が良いと思うんだ)
(え!?)
(もちろん、放ってはおかないよ? でも今は、フロイアの体を優先して、アグロスを倒すのは他の人に任せよう)
(でも、アグロス倒さないとフロイア見付かっちゃうよ!?)
(あ、それなら大丈夫みたい)
(へ?)
(サラが頭の中で僕の絵をいっぱい描いてくれている間に、ロイの精霊達の力を借りてフロイアの体の中に入ってみたんだ)
(へ?)
何を言われているのか理解が追い付かず、サラがキョトンと目を丸くすると、ルカは楽しそうに指先を見せた。人差し指の第二関節から上が、消えている。ロイの中に溶け込んだ時の様に、体の一部を溶かしてフロイアの中に入ったのだろう。おそらく、霧状になるまで小さくなって吸気と一緒に肺に入り、そこから魔脈に入ったと推測される。
(数千人もの奴隷と契約してるからか、彼女の中のアグロスの魔力は微々たるものだ。僕と、闇の精霊の力で抑え込める。外から感知できなくなるはずだ)
(え!? すごい!)
従属の魔法は、術者の魔力を対象者に流し込み、魔脈を操る魔術だ。解放されるためには、術者か対象者のどちらかが死亡するか、術者本人が術を解くしかない。
直接魔脈に侵入して魔力を封じ込めるやり方など、ルカにしか出来ない芸当である。
(やってみてもいい?)
(もちろん!!)
サラが目を輝かせて首を縦に振ると、ルカは嬉しそうに破顔した。サラを右腕に抱えたまま、人差し指の先が消えた左手をフロイアの胸の双丘の間に差し込み、ギュッと拳を握りしめた。
すると、今のサラでもはっきりと分かるほどフロイアを取りまく空気の質が変わった。想像していたよりも、アグロスの邪悪な魔力の影響を受けていたのだろう。思わず「あっ」とサラが声を上げた。
(すごいね!)
(ふふ。術を解いたわけではないから油断はできないけど、これで逃げられるでしょ? 朝になったら、できるだけここから離れよう)
(イエッサー!!)
見張りをルカに任せ、サラは安心しきった笑顔で眠りについた。2歳児の体にはルカの召喚は相当な負担になったらしく、朝日が昇り辺りが明るくなるまでサラは爆睡した。
その間に目を覚ましたフロイアは、傍に男性がいることに驚きパニックに陥りかけた。しかし、ルカから「シャラの父です。娘を助けてくれてありがとうございます」と笑顔で礼を言われ、あっという間に警戒を解いた。大事そうにサラを抱っこしているルカの姿に安心したこともあるが、寝ている間に従属の魔法が封じられ、気分が晴れやかになったことも大きい。
サラが起きた時には、国宝級の美男美女はすっかり意気投合していた。あまりの仲の良さに「ごめんなさい、エドワードさん」とサラが心の中で謝ったほどである。
二人が打ち解けてくれたおかげで、フロイアはこの場を離れることをあっさり了承してくれた。フロイアとしても、ビトレール子爵領に留まる事には不安があったらしい。
三人はサラが召喚したグリフォンに乗って、レダコート王国をあとにした。
(サラ。行くあてはあるの?)
(もちろん!)
心配そうに尋ねるルカに、サラは満面の笑みで応えた。
かなり遠いが、朝一番で思いついた、とっておきの場所だ。
(いざ、サフラン大陸へ!!)
ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます。
いまいち影の薄いルカ氏の登場です!
って、サフラン大陸に行くんかーい、って、作者が焦ってます。




