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(番外編) 夢のしずく ー過去へー

 ロイが闇に還って、もう10年が経つ。


 サラは毎年、ロイの命日は山小屋で過ごしている。

 たくさんの愛に囲まれて毎日が涙が溢れそうなほど幸せだが、何年経っても、この日だけは哀しみと後悔に押しつぶされそうになった。


「ロイ……会いたいよ」


 色とりどりの花々に囲まれた小さな墓に、ロイが好きだったトマトを添えて、何度も何度も墓石を撫でる。周囲には誰もいない。家族も仲間も従魔も、この日はサラを放っておいてくれている。もちろん、何かあればすぐに駆け付けてくれるだろうが、サラとロイの逢瀬を邪魔する者はいない。


「ロイ。今日はちょっと風が冷たいね。毛布持って来たから、一緒に入ろう?」


 ロイが使っていたお気に入りの毛布に墓石と一緒に包まって、サラは歌った。ロイが好きだと言ってくれた子守唄。お世辞にも上手いとは言えないのに、ロイはいつも嬉しそうに聞き入ってくれた。

 優しくて、綺麗で、愛おしいサラの宝物。

 どれだけリュークや子供達を愛しても、ロイの居場所がサラの胸から消えることはない。


(ロイ。大好き。思い出せば思い出すほど、あなたが好き。会いたいよ。会いたい……)


 歌声が、次第にたどたどしくなっていく。

 いつしかサラは深い眠りについていた。


 ◇◇◇◇


「……ぶ? 大丈夫?」

「え……?」


 誰かに体を揺すられて、サラは目を覚ました。

 頭がぼんやりしていて、思考が定まらない。サラを起こしてくれた女性は目深に深緑色のフードを被っており、人目を避けている様に見えた。


(……お腹が大きい。7、8カ月かな? 妊婦さんがこんな山奥に何の用だろう。ひょっとして、私の治療が必要なのかな……?)


 地方に住む平民の多くは、王都まで行く金と手段がない。そのため、週末に現れるサラを頼って訪れる病人や怪我人がいる。もっとも、魔物が闊歩する山小屋まで来る気力と体力があれば、近くの大都市に行く方が便利で確実なため、その数は少ない。


 10年前とは異なり、この国もかなり医療が進歩した。

 サラや国王となったユーティスらの尽力によるものであるが、ある程度大きな街には王都やエルジア王国で教育を受けた治療師が滞在するようになった。特に、エルジアの女王アルシノエが産婦人科領域の進歩に力を注いだため、腕の良い産婆が小さな村にまで配属されている。おかげで妊婦の死亡率も大幅に改善したはずである。

 わざわざ妊婦がこんな山奥まで足を運ぶなど、よほどの事情があるに違いない。


「えっろ、ごめんらしゃい! ちょっろねぼれれれ! きんきゅじらいれすよれ?」

「え? いえ、あの、ごめんね? 何を言っているのか聞き取れなかったわ。……どうしてこんな小さな子がこんなところに……」

「ひゃ……い?」


 きょとん、とサラは首を傾げた。寝起きだからだろうか。舌が回らない。

 慌てて見回すと、ロイの墓も、畑も、山小屋も見当たらない。それどころか、周囲は深い藪に覆われ、山と言うより森である。しかも、瘴気が濃い。

 ここは、明らかにサラの山小屋がある場所ではなかった。


「ろこじゃ、ここ!?」

「えっと、レダコート王国のビトレール子爵領の端の森よ。ここは魔物が多いから、滅多に人が入って来ないの」

「え!? びろれぇる……ししゃくろ?」

「……あなた、もしかしてサルナーン様の所から逃げてきたの? とても可愛い顔をしてるもの。……ああ、可哀想に! 辛かったでしょう!?」

「へ? ぅえええええ!?」


 ちょっと待てい、とサラは脳内で盛大に突っ込んだ。

 ビトレール領にいること自体はさほど問題ではない。ロイに会いたいと願いながら眠っている間に、うっかり転移してしまったのだろう。寝相が悪いにもほどがあるが、そこは笑って許せる範囲だ。

 また、ビトレール家を伯爵ではなく、子爵と言ったのも間違いだろう。昔から住んでいる人なら、つい昔の爵位で呼んでしまう事があってもおかしくない。


 だが、だがしかし。


 小柄な女性の胸にすっぽりと納まって、サラはある重大なことに気が付いた。


(なんか私、幼児っぽい……!?)


 慌てて自分の手のひらを見て、サラは小さく「ぴえっ!」と悲鳴を上げた。ぷくぷくでふにふにの小さな手は、明らかに幼児のそれだ。推定、2歳。


(な、何で何で何で!?)


 サラはパニックになりながら女性の顔を見上げ、再び「ぴええええ!!」と悲鳴を上げた。


 血管が透ける様な青白い肌。艶めく黒髪に、星を散りばめた様な夜空色の瞳。小さな唇はほんのりと色付き、儚げな雰囲気の中に妖艶さを醸し出している。


 ―――ハラハラと真珠の様な涙を流す女性の顔は、ロイと瓜二つだった。


 ◇◇◇◇


(状況を整理しよう)


 女性に抱っこされて大きな木の根元に連れてこられたサラは、根っこと根っこに挟まりながら「ぐおお」と頭を抱えた。女性はすぐ傍を流れる小川に水を汲みに行っている。


 色々考えた結果、出た答えは一つ。


(私、過去に来てる。……あの人、ロイのお母さんだ……!!)


 にわかには信じがたい話だが、そもそも異世界転生した身としては、今更何が起きても驚きはしない。


「いや、おろろくれしょ!」


 自分で自分の考えに突っ込みながら、サラは小さな脳みそをフル回転させた。


 こんな事が出来るのは、神意外にあり得ない。

 サラが知る神は、この世界の守護神セレナと、邪神エダムだけだ。

 おそらく、サラの「ロイに会いたい」という願いにエダムが応えた結果だろう。エダムはこの世界では邪神扱いされているが、『異界の扉』を閉じる際にサラから多くの大切な者を奪ったことに罪悪感を抱いており、何かとサラに便宜を図ってくれている。サラからすれば、セレナよりもエダムの方が気安い相手である。


(だ、だからって、生まれる前から始めるの!?)


 今のサラに聖女の力は感じられない。

 おそらく過去に戻ったのではなく、本来のサラが過去に転移……タイムスリップ(若返りのおまけつき)してきたに違いない。聖女サラは別に存在しており、今頃はノルンの街で祖父母の元で2歳児らしく「ふぎゃふぎゃ」言っていることだろう。


「あら、起きてたの? 眠って良いのよ。私の傍にいれば安全だから。どうやらこの子、とても強い魔物みたいなの。あっ、心配しなくていいのよ! 私も初めは怖かったけど、この子のおかげで何も襲ってこないの」


 サラが唸っているところに、水と木の実を抱えたフロイアが戻って来た。

 フロイアは、頭が重くて起き上がれないサラを抱きかかえ、膝に乗せた。お腹が重くて大変だろうに、サラを労わる気持ちが手の平から伝わってくる。


(ああ。本当に……ロイにそっくり)


 フロイアの壮絶な最期は、ロイの死後にエドワードから聞いている。お腹の子が災いをもたらすことを恐れ、たった一人でロイを産んだ、強くて優しい人。こんなところで、家も頼る人もなく、どれほど心細かったことだろう。


「ねえ、私はフロイア。あなたはお名前なんて言うの?」

「しゃら!」

「シャラちゃんね? 可愛いわ!」


 久々に人の温もりに触れて気が緩んだのか、フロイアは可愛くて堪らないと言わんばかりにサラに頬ずりした。「シャラじゃなくてサラです」と言おうとしたサラだったが、ロイによく似た美少女からのスキンシップに思わず「でへへ」と照れてしまい、何も言えなくなった。

 「もういいやシャラで」、と何かを諦めた。


(ロイ。ロイ。あなたのお母さん、とても素敵な人ね)


 フロイアのパンパンに張ったお腹に甘えながら、サラはロイに呼びかけた。


 先程は「どうしてロイが生まれる前から始めるのか」と苦情を言ったが、今なら分かる。エダムは、サラに全てをやり直すチャンスをくれたのだ。

 ロイが若くして亡くなったのは、幼少期の辛い経験が主な原因だ。今ならフロイアも救うことが出来る。母親の愛情をいっぱい浴びて、虐待を受けることも無く、のびのびと育つことが出来れば、もっと長く生きられるはずだ。

 フロイアの温もりを感じながら、サラは胸の奥に熱い炎が灯っていくのが分かった。


(ロイ。あなたの運命、私が変えてみせる! フロイアさんも、エドワードさんも、みんな、みんな幸せにしてみせるから……!!)


「おかあしゃま」

「!?」


 急にサラから「おかあしゃま」と呼ばれて驚いたのか、フロイアは一瞬言葉を失った。しかし、すぐに切れ長の大きな瞳を潤ませながらギュッとサラを抱きしめた。

 サラは何も考えずに「お義母様」の意味で呼んだのだが、どうやら、サラの事情など知らないフロイアは別の意味で捉えたようだ。

 フロイアに勘違いさせているとも知らず、サラはフロイアを抱きしめ返し言葉を繋いだ。


「おかあしゃまは、わらしら守りましゅ!」

「……っ! ありがとう。シャラちゃん! シャラちゃんは、お母様が守るからね……!」


 わんわんと声を上げて泣きじゃくるフロイアの背をポンポンと叩きながら、幼児サラは、28年前の世界で生きる覚悟を決めた。


ブックマーク、評価、感想、いいね、等、いつもありがとうございます。

励みになります!


今回から新しい番外編になります。

転生聖女がタイムスリップしました。なんのこっちゃ、訳分からんですね。

皆のハッピーを目指して、頑張ります(笑)

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