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(番外編) 魔族の子 ー明けない夜ー

本日2話目です。

 ジリジリと空気を焦がす感覚が妙に心地よい。周囲を燃やす炎も温かくて気持ちいい。


 人としての殻を破り、魔族としての意識が表に現れたからだろうか。

 夜だと言うのに、昼間の様に世界が明るく感じられる。

 小さな小さな光の粒が舞っているようだ。


(ああ、これが魔素なのね)


 光の粒は、導かれるようにレオナの胸へと向かって流れている。胸から全身へと力が漲っていくのが手に取るように分かった。


 ―――目覚めよ。目覚めよ。魔族の子よ。


 あの時の声が、繰り返しレオナの胸に響く。


 ―――奪われるな。奪え。生き延びろ。


 父の石は、既に力尽きている。

 魔素を感じられるようになって初めて、それが父の核であり、ずっと自分を見守ってくれていたのだと理解した。そして、既に父がこの世に居ない事も。


(そうだ。私は生きる。こんなところで、殺されたりしない)


 母とおじさんは、きっとあの爆発に巻き込まれて死んでしまったに違いない。


 今までのレオナなら『自分のせいだ』と嘆き悲しんだだろう。

 だが今は、『あいつらのせいだ』とだけ強く感じた。


「よくも……人間め」


 自分でも驚くほど、するりと憎しみが口から溢れた。


 首を動かすと、『猟犬』が再び杖を構えるのが見えた。

 3年前よりもずっと強くなっている。あの時の剣士と女は、この男の大切な者だったのだろうか。


「だったら、何なの……?」


 ぐっ、と腕に力を入れて、レオナは身を起こした。


(お前達がいなければ、お母様もおじさんも死ななかった。お父様の核だって、残ったはずなのに……!)


 言いようのない怒りと、上質な獲物を目の前にした歓喜が、マグマの様に赤黒く胸の中で湧き上がってくる。


 ―――目覚めよ。目覚めよ。魔族の子よ。

 ―――奪われるな。奪え。生き延びろ。


「そうだ! 私は奪われない!! 死ねえ『猟犬』め!!」


 レオナは腕を掲げ、吼えた。

 奇しくも、レオナは何度も落雷を喰らったせいで電撃魔法を理解し、使いこなせるようになっていた。 

 『猟犬』の魔術とは比較にならない程の電撃が空を割る。


「駄目だ! レオナ!!」

「!?」


 電撃が『猟犬』を引き裂く寸前、白刃が煌めき『猟犬』の首を落とした。驚きに目を見張るレオナの前で、電撃はそのまま『猟犬』を殺めた男に襲い掛かった。


「……っくぁあぁあああ!!」

「お、おじさん!? や……やだやだやだやだっ!!」


 慌ててレオナは魔術を解いた。

 辺り一帯に散っていた電撃がフッと消える。

 同時に、赤黒く塗りつぶされていたレオナの心にパッと光が差した。


「おじさん!? ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!」


 レオナは倒れ込む様にローベルトに覆いかぶさった。

 電撃魔法は、火や水、風や土といった属性の魔法よりも殺傷能力が高い。即座に消したとはいえ、ローベルトの体を貫いた電撃は確実にダメージを与えていた。 


「どうしようっ! どうしようっ!!」


 なぜ、自分がこれほど動揺しているのか分からない。

 この男とは今朝会ったばかりで、親しいわけではない。見知らぬ男の生死など、魔族の自分には関係ないはずなのに。


「なんで……っ!?」


 なぜ、こんなに涙が零れるのだろう。


 呼吸が止まった体に縋りつき、天に祈った。魔族の祈りを神が聞いてくれるとは思えないが、それでも奇跡を祈った。


(……奇跡……?)


 ハッと、レオナは顔を上げた。昔読んだ絵本に、雷に打たれて生き返った旅人が居たことを思い出したのだ。


「生き返って! おじさんっ!!」


 祈りを込めて、心臓めがけて電撃を放つ。初めは弱く、徐々に強く。


 何度か試した後、奇跡は起きた。


「……っレオ……ナ」

「おじさん!?」


 涙でぐちゃぐちゃのレオナの顔に、パアッと赤みがさした。

 ローベルトは僅かに微笑んだが、すぐに顔をしかめ呻いた。


「レオ……ナ。治……癒……魔法……を」

「治癒魔法!?」


 ずっと娼館で育ち、奴隷になってからも魔法とは無縁だったレオナが、突然、治癒魔法を使える訳がない。魔法は想像力がなければ発動しない。想像の原点は、経験だ。


「だい……じょ……ぶ。でき……る」


 ローベルトの手が、レオナの頬に触れた。


(あ……)


 急に、父の温もりが蘇った。

 幼い頃に一度だけ、風邪をひいて寝込んだレオナの元に父が現れたことがあった。父は大きな手をレオナのお腹に乗せ、一言呟いた。


「ヒール……!」


 あの時の父の魔力の流れを思い出しながら、父と同じ言葉を紡ぐ。

 ブワッ、と、レオナの腹の奥から春風が巻き起こるような感覚がした。

 春風はレオナの魔力を吸いながら、ローベルトを包み込み……消えた。


「おじさん!? どう!? 大丈夫!?」

「はは……凄いな」


 両手でグーとパーを何度か繰り返して、ローベルトは笑った。


「おじさん」


 レオナは全身の力が抜けるのを感じた。先程までとは違う涙が滝のように溢れてくる。


「ありがとう。レオナ」

「おじさん……!」


 レオナは、ローベルトの胸に飛び込んだ。体を起こし、レオナがきつくないように姿勢を整えると、ローベルトはポンポンとレオナの背を叩いた。幼子をあやす様に。


 レオナはローベルトの温もりに安らぎを感じていた。こんな感覚は、長い間、忘れていた。


「おじさん、ありがとう」


 きっと『魔族の子』だと分かっていたはずなのに、娘でもない自分を見つけ出し、守ってくれた。

『猟犬』を殺そうとした時、この人と目が合わなければ自分は完全に魔に堕ちていただろう。そうなることに何の抵抗感も罪悪感も無かったというのに、この人に「駄目だ」と言われて頬を打たれた気持ちになった。


「おじさん、どうして『猟犬』を殺したの? 私は『魔族の子』で、あの人は人間なのに」

「君は『魔族の子』だけど、魔族ではないだろう?」

「!? でも私、とっくに人を殺しているの! もう、人間には戻れないのっ!!」

「知ってる……分かっている。だけど、俺は、君を守ると決めたんだ。君の罪も、君が『魔族の子』であることも、全て受け入れる。君だけに罪を背負わせたりしない。君を守るためなら、俺は何でもする。……レオナ。俺はその覚悟を見せたつもりだ」


 レオナが人を殺したのは、どうしようもない理由があったからだ。だが、どれほど「君のせいじゃない」と言ったところで、人を殺した事実が変わることはない。ましてや、『魔族の子』であるレオナの言い分など、誰も聞いてはくれないだろう。「もう人間には戻れない」と思いつめるほど罪悪感に苦しむ少女に必要なのは、慰めではなく事実を事実として受け入れ共に生きることだ。


「……うっ……!」


 ローベルトの覚悟に、思わず嗚咽が洩れる。

 母は、レオナが『魔族の子』だと知った時、我が子を殺そうとした。魔族の父は、もう居ない。自分はこれから誰からも愛されず、『猟犬』に追われながら一人で生きていくしかないのだと諦めていた。


(なのに、この人は、一緒に生きてくれる……!)


「ど、どうして……? どうしてそこまでしてくれるの……?」


 涙が、止まらない。喉はカラカラなのに、どこからともなく水が溢れてくる。


「レオナ。君のお父さんはとても素晴らしい人だった。……レオナルド様が魔族になったのは、俺達を守るためだったんだ。なのに俺は、ガキみたいに意地をはって、仲直りすることができなかった。……謝りたい。『助けて下さって、ありがとうございました』と礼を言いたい……! だから、君がレオナルド様の忘れ形見だと知った時、運命だと思った」


 ローベルトの瞳も潤んでいた。

 ところどころ声を詰まらせ、それでも涙を見せまいと意地をはりながら、ローベルトはレオナの肩に手を置き、目線を合わせた。


(ああ。やっぱり、そっくりだ)


 敬愛する上司と同じ瞳を持つ少女。

 人と魔族の間に生まれた、不完全な存在。その存在こそが奇跡であり、とても、愛おしい。


(ニーチェ。この子を、私とあなたの娘にしてもいいですか?)


 答える声は無い。だが、不思議と許された気がして、熱いものが込み上げてきた。


「レオナ。俺の娘になってくれ」

「うぅ……でもっ、でも私っ、魔族で」

「俺の妻は魔族だった」

「!?」

「『魔族の子』も、レオナも。俺にとっては特別なんだよ……!」


 堪えきれず、涙が零れた。娘の前で泣くまいと、必死に耐えていたのに我慢が出来なかった。驚くレオナから涙を隠す様に、レオナを胸に引き寄せ、力強く抱きしめた。


 レオナの小さな手がローベルトの背中に回り、ギュッと服を掴んだ。縋るようにしがみついて、レオナは声を上げて泣いた。


「レオナ。俺が、父親でもいいか?」

「うん……うん……!! お父さん……!」


 夜の闇が、二人を包み込む。


 レオナが疲れて眠るまで、ローベルトはレオナルドの話を聞かせた。レオナは初めて知る父の英雄譚に、目を輝かせながら聞き入ってくれた。


(いつか、この子の夜も明けるだろうか)


 すやすやと安心しきって眠るレオナを背負いながら、ローベルトは暗い山を下る。


 レオナには言わなかったが、レオナの母もローベルトの弟も、レオナが『魔族の子』だと知ると再会を拒み……探そうともしなかった。人間にとって、『魔族の子』であるレオナの存在は恐怖でしかないだろう。どれだけ愛情を注いで育てても、突然魔族としての意識に目覚め、殺戮を始めるかもしれないのだ。恐れは、仕方のないことだと言える。


 しばらくは、レオナには二人が生きていることを教えないつもりだ。

 もう少しレオナが大人になって、全てを受け入れるだけの余裕ができた時に、打ち明けられれば良いと思う。


(だがな、レオナ)


 木々の隙間から差し込む朝日に、ローベルトは目を細めた。


(二人とも、俺がお前を探すことを止めなかったんだよ)


 もしかしたら、二人の方から会いに来てくれるかもしれない。一緒に暮らせれば、どれだけ幸せだろう。


(そうしたら、父親が3人になってしまうな……)


 困惑するレオナを想像して微笑みながら、それまで生き残れるだろうかと暗い考えも過る。


 今回の件で、『魔族の子』の存在は『猟犬』だけでなく、世界中に知られることになっただろう。『猟犬』や冒険者、各国の騎士や魔術師に命を狙われるはずだ。大きな被害を出せば、勇者や聖女も動くかもしれない。


 できるだけ静かに、どこか平和な土地で暮らそう。

 レオナが笑って暮らせるなら、父さんは何でもする。

 たとえそれが、世界中を敵に回すことであっても。


「娘になってくれて、ありがとな。レオナ」


 遠くで雷鳴が聞こえる。

 朝の光と夜の闇が入り混じる藪を掻き分けながら、ローベルトは娘の寝息に耳を傾けた。

ブックマーク、評価、感想、いいね、等、いつもありがとうございます!

『魔族の子』編、いかがだったでしょうか。

当初の予定では、もっと暗く、レオナももっと魔族よりな考え方の娘にするはずだったのですが、思ったより良い子に育ってくれました。

ローベルトが良い子だからですかね!


さて、暗い話が続いたせいで『おふざけしたい病』を発症したため、次回は明るい話になります。

今日中にアップします!

ご覧いただけると幸いです。

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