(番外編)運命の糸 ーデュオンとアルシノエ 7ー(挿絵有り)
アルシノエのイメージ画を追加しました。
赤い光が弾けた。
光は糸となり、デュオンの胸を貫く。
何が起きたのか考える余裕もないまま、デュオンは意識を失った。
『デュオン。何処にいるの? デュオン』
夢の中で、誰かがずっとデュオンを呼んでいる。
知らない男の声だ。
暗闇の中で、男が握っている細い糸だけが頼りなく光を放っている。
先程の光と同じ、赤い糸だ。
彼は、頼りない糸を手繰る様に長い旅をしながら、デュオンを探しているようだった。
(誰だ、君は)
頭の中で、デュオンは男に呼びかけた。
だが、男はデュオンに気付く様子も無く、ひたすらに歩き続けている。
(ここは、彼の記憶なのか?)
自分に、サラのような『共感と共有』の力など無い。
だとすると、誰かが意図的にデュオンに何かを伝えようとしているのだろう。
それが何かは分からないが、何故かとても大事なものに思えて、デュオンは男の声に耳を澄ました。
突然、男の視界が明るく開けた。
金色の光が、キラキラと弧を描いている。
それがアルシノエの髪だという事に、デュオンは即座に気が付いた。
男の持つ赤い糸はクルクルとアルシノエを包み、その先端は彼女の中へと消えている。
(運命の赤い糸……?)
デュオンはふと、かつてカレンから聞いた言い伝えを思い出した。
カレンの祖先が住んでいた東アジアには、『巡り合うべき二人は、見えない赤い糸で結ばれている』という伝説があるのだそうだ。
見えないのになぜ『赤い』と分かるのだと、デュオンは不思議に思った記憶がある。
『魂にも血管の様なものがあって、それが繋がっているのだろうか。だとすると魂も臓器の一つなのだろうか』と真面目に考察を始めて、『ロマンがないわね!』とカレンに叱られたものだ。
これが本当に『運命の赤い糸』だとすれば、アルシノエの相手はこの男という事になる。
夢の中だというのに、チクリ、と胸が痛んだ。
(……否?)
痛んだのではない。
意識を自分の胸に集中すると、心臓の少し上の辺り……アルシノエの一部が埋まった部分が熱を発しているのが分かった。
(あ……!)
赤い糸が、胸から伸びている。
(カレン!?)
突然、雷に打たれたような衝撃が走った。
男が握っていた細い糸は、アルシノエを通じてデュオンへと繋がっていたのだーーー!
目が覚める様な感覚と共に、デュオンは理解した。
男がカレンの生まれ変わりであり、ずっと自分を探してくれていたこと。
そして、生前にデュオンと再会した際に感じたアルシノエの魔力を辿って、彼女と巡り合っていたことを。
『ようやく、辿り着いた』
急にそんな声が頭に響いた。
幸せそうにカレンの胸の中で赤ん坊を抱くアルシノエの姿に、胸が締め付けられる。
カレン、と叫びたい想いに駆られるが、声が出ない。
夢の中の男が、スヤスヤと眠る妻子を腕に抱えたまま、そっと呟く。
『運命の糸。そんなものがあるとしたら、きっと私はあなたとその糸によって結ばれている。だから、待つ。何年でも、何千年でも、何万年でも。だから忘れないで。どんな姿であれ、どんな形であれ、私があなたを愛していたことを……』
それはアルシノエに向けた言葉なのか、デュオンに向けた言葉なのか。
『でも』
と、赤い糸はデュオンを包み込むように漂いながら、カレンである男の想いを伝えてくる。
『遠い未来、あなた達が出会ったら、どうか私のことを忘れて幸せになって欲しい。あなた達も、この赤い糸で結ばれているのだから』
(ああ! カレン!)
デュオンの必死の呼びかけは、カレンには届かない。
今デュオンが見ているのは、カレンだった男の残留思念に過ぎないのだ。
だが、彼の……彼女の想いはデュオンには伝わった。
(カレン……ありがとう。愛しの我が妻よ……!)
デュオンは赤い糸に想いの丈を込めた。
その瞬間、ふと、男が空を見上げた。
何も無いはずの空間に向かって腕を伸ばし、嬉しそうに呟く。
デュオン
と。
◇◇◇◇
「私、この人が好きなの……!」
「!?」
急に目の前がクリアになった。
一瞬、目と鼻の先にアルシノエの澄み切ったブルーダイヤモンドの瞳が見えた。驚く間もなく、デュオンの頭は、柔らかな乳白色の双丘と美しい金色の髪に埋もれた。
甘く華やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「私の中から出てけぇ! 体を返しやがれ、くそったれぇぇ!!」
頭上から、アルシノエの張りのある怒声が響く。
エルフの女王とは思えない口の悪さだが、いつものアルシノエが帰ってきたことに、デュオンは心の底から喜びが湧き上がるのを感じていた。
とはいえ、アルシノエの体はいまだに魔族に支配されている。魔族がこれ以上デュオンを傷つけないようにと、抱きしめているのが精一杯のようだ。
「アルシノエ様」
アルシノエの背中に腕を回し、細い肩を掴む。
腕に激痛が走るが、グッと力をいれて体を引き上げると、アルシノエのきめ細かい頬に唇が触れた。
「出てけ! 返せ! こんにゃろう!」
デュオンの胸は熱く高鳴っているというのに、アルシノエは魔族に逆らうのに夢中でデュオンの動きに気付いていないようだ。
一刻も早く魔族を倒して、大事な話をしなければならない。
(そうでなければ、この胸の熱さで焼け死んでしまいそうだ)
「アルシノエ様……失礼」
「お前なんかボッコボコにっ……ぅんん……!?」
デュオンの唇が、アルシノエの艶やかな唇を塞いだ。
地上から仲間達が息を呑む気配が伝わってきたが、そんなことは気にしない。
瑞々しく柔らかな感触と甘い芳香をたっぷりと堪能して顔を離すと、キョトンとした子猫の様なアルシノエと目が合った。
一瞬の沈黙の後、アルシノエの顔がボッと火を噴いた。
「デュ……デュオン様!?」
「アルシノエ。目を閉じて、意識を胸の中へ」
「!? は、はいっ!」
「魔族はそのまま、体内で封じ込めましょう」
アルシノエは魔族を追い出そうとしていたが、外に出た魔族が逃げてしまえば元も子もない。それならば、アルシノエという世界最高の魔力保持者の檻の中に、封じ込めた方がいい。
「そんなこと」
「出来ます。あなたなら……私と、カレンに愛されたあなたになら」
「!?」
「さあ、集中して。赤い糸を感じてください。私と、あなたと、カレンを繋ぐ赤い糸です。その糸で、魔族を封じ込めるのです」
「……分かりましたわ!!」
アルシノエの胸も弾けそうなほど高鳴っているのが直に伝わってきて、デュオンの鼓動も一層早くなる。
魔族が外に出ようと暴れているが、それをデュオンは魔力で抑え込んだ。本来のデュオンの魔力量では不可能な作業であるが、テイムで繋がっているサラが地上から魔力を供給してくれているのだろう。
魔族を封じ込めるには、魔族を上回る力で封じる必要がある。
そのためには膨大な魔力が必要だ。
ならば、サラという最強の魔力タンクから、糸を通じてアルシノエに魔力を注ぎ込めばよい。
「アルシノエ!!」
「デュオン様……ラシャド!! 力を貸して!!」
グゥワン!
と、世界が歪んだ。
刹那、世界中の魔力が吸い取られるような引力がかかり、一瞬で弾けた。
ほんの少しの静寂の後、瑞々しい金色の光がアルシノエから放たれ、周囲に広がっていった。まるで、朝日がゆっくりと大地を照らしていくように、
「魔族の……気配が消えた!」
リュークに支えられながら、サラが呟いた。
魔族の封じ込めが成功したのだ。
金色の光は、傷付いた者達を癒しながら遠くへと伸びていく。
「……ふ……ふえええええ」
不意に、デュオンの耳元で情けない声がした。
気の抜けた、だが、何とも可愛らしい声だ。
「私、やりましたわぁ。思い知ったか、くそったれ、ですわぁ」
「ええ。素晴らしい……!」
デュオンはアルシノエの豊満な肢体をきつく抱きしめた。「ひゃあ」と、アルシノエから変な悲鳴が発せられたが、それもまた愛おしい。
「『私この人が好きなの』、とおっしゃいましたね?」
「ひっ! そそそそそそれは、勢いというか」
「私もです」
「!?」
半ば強引に、デュオンはアルシノエの唇を奪った。一瞬身を硬くしたアルシノエだが、すぐに自然に力が抜けていくのを感じた。デュオンの腕の中は、居心地がいい。まるで、あの赤い繭のように。
「私と、結婚して下さいませんか」
「私は……カレンではないわよ?」
「分かっています」
デュオンは『アルシノエがカレンではないか』と意識している内に、アルシノエ自身を愛する様になっていた。カレンへの裏切りの様な気がして、一生秘めて生きるつもりでいたが、魔王になりかけたアルシノエを目の当たりにして、居ても立っても居られなくなった。
この人を守りたいと本気で思った。
そして……ラシャドの、カレンの想いを受け取った。
「私は、『カレンかもしれないあなた』ではなく、あなたそのものを……アルシノエという女性を愛してしまいました。あなたの時間を、私に下さい」
「……!!」
ボロ、とアルシノエの目から真珠のような涙が零れた。ラシャドの顔が浮かび、罪悪感が胸に広がる。
「私、あなたに黙っていたことがあるの……! きっと、許してもらえない」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないわ! 私、カレンの生まれ変わりが誰か知ってて黙っていたの……! あなたを取られたくなくて」
「大丈夫です」
大丈夫です、と繰り返しながら、デュオンは再びアルシノエの唇を奪った。
「私も、あなたの夫に……カレンに嫉妬しました。おあいこでしょう?」
「!?」
「夢の中でカレンが伝えてくれたのです。『私を忘れて、幸せになって』と。カレンを忘れることは出来ませんが、私はカレンが愛したあなたを幸せにしたい。あなたと共にありたい」
「……ぅうっ……! デュオン!! デュオン!!」
今度は、アルシノエがデュオンの唇を奪った。
ラシャドから引き継いだ、長い、長い旅の終着点に、ようやくたどり着いた気分だった。
(私達を見守っていてね)
と、アルシノエはラシャドに祈った。
心の中で、滅多に笑わないラシャドが破顔した気がした。
二人のやり取りを、仲間達が温かい目で見守っている。
光に癒され、意識を取り戻したエルフ達も、眩しいものを見るように空を見上げている。
魔族の残した傷跡はあまりにも大きいが、赤い糸で結ばれたあの二人なら心配ないだろう。
―――金色の光は、杉の木まで届くと吸い込まれるように消えた。
煌めきの後、その切り株からは小さな小さな緑が芽吹いていた。
ブックマーク、感想、評価、誤字脱字等、ありがとうございます!
やっとアルちゃんとデュオン様編が終わりました!
エメラルドグリーンはリーンとラシャドの瞳の色ですね。
どうでもいいですが、エメラルド○○というと、エメラルドスプラッシュが真っ先に思い浮かぶ私ってw
とりあえず、今回のアルちゃん編で一通り予定していた番外編は終わりです。
とはいえ、まだまだ書きたい話はいっぱいあるので、今後は、途中で止まっている他の作品を片付けつつ、のんびり追加していこうと思います。
今後ともよろしくお願いいたします




