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(番外編)運命の糸 ーデュオンとアルシノエ 6ー

「アルシノエ様!」


 もう一度、デュオンは叫んだ。

 だが、アルシノエは虚ろな目を細めて笑う様に見下ろすだけで、何の反応も見せない。

 魔族に操られていることは一目瞭然だった。


 アルシノエは楽しそうに腕を振りかざし、指揮をする様に振り下ろした。


 凄まじい攻撃が、交響曲を奏でるように繰り出される。


「アルシノエ様! 聞こえますか!? アルシノエ様!」


 デュオンだけでなくランヒルドやサラも必死で呼びかけるが、アルシノエの怒涛の攻撃は止む気配がない。


 ランヒルドの話によると、母の遺体を守る結界の解除を中断し、先に邪魔者を倒して魔力を補給するつもりらしい。


 周りには、傷付いたエルフ達が散らばっている。

 彼らを攻撃から守るためにサラが結界を張り、リュークやランヒルドが瓦の下から怪我人を運び、デュオンが応急処置を施していく。

 マールが攻撃しているが、元々、防御が得意なアルシノエの結界を破ることができないでいる。


 元聖女や古代龍という現在のこの世界の最高戦力が居るというのに、防戦一方だ。


「うがー! 本気が出せれば負けないのに! あの結界、邪魔だゾ!」


 マールがキレた。

 その小さな体を、サラとランヒルドが左右から撫でて宥める。


「サラ。アルシノエの意識に呼びかけることはできないか?」

「うう。『共感と共有』の力が使えたらいいのに……!」


 ランヒルドの問いに、サラが小さく呻いた。

 その言葉を聞いた瞬間、デュオンはふと、ある事を思い出した。


 先の魔王戦の際、聖女であるサラだけでなく、もう一人、魔王と繋がった人物がいた。

 魔王の双子の妹である、ソフィアだ。

 彼女が魔王と繋がることができた理由は、肉体の一部を共有していたからに他ならない。


 そう。

 肉体の一部を。


「サラ様! 何とかなるかもしれません!」


 弾けるようにデュオンが叫んだ。


 デュオンの胸にはアルシノエの肉が埋め込まれている。

 デュオンならば、あの結界に拒絶されずに手が届くかもしれない。聖女の様な力は使えなくても、肉体に触れることが出来れば、何らかの変化をもたらす可能性はある。


「アルシノエ様!」


 深く考える間もなく、デュオンは飛んだ。

 即座にデュオンの意図を察した仲間達の援護もあり、アルシノエの目の前まで辿り着く。


 正面から見るアルシノエは、やはり美しい。ゾクゾクするほど、魅力的だ。


(何を考えているんだ。こんな時に……!)


 自らに喝を入れ、デュオンは結界に触れた。


 一瞬、ビリッと電気が走ったような痛みがあったが、案の定、結界はデュオンを拒まなかった。左手をアルシノエの肉が埋まった胸に添え、魔力を同調させながらゆっくりと右手を結界にねじ込んでいく。

 激しい拒絶はないものの、それでも異物が入ってくる痛みに抗うように、ジリジリとアルシノエの魔力がデュオンを襲う。


 回転する刃に身を削られるような痛みに耐えながら、デュオンはアルシノエに手を伸ばし続けた。


 誰よりも気高いアルシノエが魔族に体を許した原因は、元はと言えば、デュオンがアルシノエに不用意な発言をしたせいだろう。

 それに加えて、アルシノエが心の支えにしていた木を伐採したのもデュオンである。


(アルシノエ様が負った心の痛みは、こんなものではないはずだ)


 意識が飛びそうになるが、デュオンは気力を振り絞って痛みに耐えた。


 何としてもアルシノエを魔族の支配から助け出し、謝りたかった。

 謝ったうえで、伝えたいことがある。

 とても、大切なことだ。


「だから、目を覚ましてください……アルシノエ!!」


 ◇◇◇◇


 アルシノエは自らの意識の海に浮かぶ赤い繭の中で、膝を抱えていた。


(ごめんなさい。デュオン様)


 本当は分かっていた。


 あの木は『父との思い出』であって、父そのものではないことも。

 あの木を守るためには、燃えている部分を切り落とすしかないことも。

 デュオンが、自分のために木を伐ってくれたことも。


 分かっていたのに、幼子のように駄々をこねて、魔族相手に隙を作ってしまった。


 その代償がこれだ。


 自分の我が儘のせいで、多くのエルフを死なせてしまった。

 デュオンを傷付け、ランヒルドにも怪我を負わせた。


 母の結界はまだ解けていないけれど、ここに居る者達の魔力を取り込めば簡単に解除できるだろう。母の肉体に魔族が宿れば、きっと世界は滅んでしまう。


(させない。そんなこと、させない。……でも……!!)


 体が自由に動かない。

 一度、主導権を魔族に譲ってしまった体は、アルシノエの意識が戻ることを拒んでいる。それだけ支配力のある魔族なのだろう。


(ああ! 逃げて)


 アルシノエの体が笑っている。

 極上の魔力を持った者が目の前に5体。

 しかも、この体を傷付けることを躊躇い攻めあぐねている。

 アルシノエと関係の薄い青龍でさえ、アルシノエの強力な魔力が作り出す結界に阻まれ手も足も出せないでいる。本気を出せばいい勝負ができるだろうに、仲間や周りのエルフ達を傷付けることを恐れているのだろう。


 魔族にしてみれば、これほど美味しいシチュエーションはない。


(ああ、もう! 私の体よ!? 勝手に操ってるんじゃないわよ、馬鹿! 変態! クソ野郎!)


 心の中で口汚く罵ってみるが、やはり体はアルシノエの意思を無視して仲間を蹂躙していく。悔しいのに、文句すら言えない。


(ああ! 駄目っ! デュオン様っ)


 目の前で、デュオンの伸ばした腕がジリジリと千切れていく。端正な顔が苦悶に満ちている。それでも瞳は輝き、『絶対にアルシノエを救う』という強い意志が感じられた。


(……助けて)


 意識の中だというのに、涙が溢れる。


 ラシャドの……カレンの想い人だと分かってからは、好意と嫉妬が入り混じった複雑な心境で接してきた。優しくされればされるほど、親しくなればなるほど、デュオンへの好意が湧き上がるのと同時に、デュオンの愛情を独り占めしているカレンに嫉妬してしまった。


 だからこそ、カレンがラシャドだと言えなかった。


 言ってしまえば、デュオンは既に死んでしまったラシャドに想いを馳せ、あるいは次の生まれ変わりを探すのに必死になり、アルシノエのことなど見向きもしなくなるだろう。


 デュオンに相手にされなくなるのが怖かった。

 自分だけを愛して欲しかった。

 カレンの代わりじゃなく、アルシノエ自身を見て欲しかった。

 それに……少しだけ、意地悪をしたかった。

 自分ばかりが片思いで苦しむのは不公平だと思った。


 カレンとデュオンに嫉妬する想いが、本当のことを言う機会を邪魔していたのだ。


 だけど。


 目の前のデュオンは、真っ直ぐにアルシノエを見つめている。

 血だらけで、ボロボロになって。

 それでも必死に腕を伸ばしてくれている。

 アルシノエ、と名前を呼んでくれている。


 ああ、と深い息が洩れる。


(嬉しい)


 魔族に支配されているせいか、邪な感情が湧きあがってくる。


(いま時が止まれば、永遠にデュオン様は私の物)


 デュオンがアルシノエに優しいのは、カレンの生まれ変わりだと疑っているからだ。

 そんなのは、嫌だ。


(誰にも渡したくない。そうやって、私だけを見て……!)


 アルシノエの意識が、嫉妬と欲望の波に呑まれそうになる。


(……?)


 ふと、指先が繭に触れた。


 意識の海からアルシノエを守っていた赤い繭が、少し解けてきている。


(……ラシャド……?)


 その燃える様な赤い糸は、ラシャドの髪を連想させた。


(私を守ってくれていたの……?)


 はっ、とアルシノエは頬を打たれたような感覚を覚えた。


 ドクン、と胸が高鳴ると同時に、繭の隙間から温かな光が降り注ぎ、濁ったアルシノエの心を浄化していく。


 ラシャドがデュオンを愛していたのは紛れもない事実だ。

 だが、アルシノエを愛してくれたことも確かな事実だ。


 なぜ、忘れていたのだろう。


 自分以外の人間を愛していることが許せずに、嫉妬するあまり視野が狭くなっていた。


(ああ、ラシャド!)


 自分の命と引き換えに、アルシノエとの娘を守ったラシャドの愛を疑うなんて。


 そして。


 今まさに、命がけでアルシノエを救おうとしているデュオンを殺そうとしたなんて……!


(お前の好きにはさせない!!)


 アルシノエの心に、強い意志が生まれた。

 それと同時にアルシノエの意識が混沌の海を裂くように光を放つ。


 その中を、一本の赤い糸が真っ直ぐに伸びていく。


(助けてラシャド!)


「私、この人が好きなの……!」


ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!

更新が遅くなってすみません。ごめんなさい。


アルシノエとデュオン編も、次で終わりです。

最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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